Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2018年07月10日
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カテゴリ: 夢有無有
「霊魂論」神秘学110
 真我(神我)とは「普遍的な絶対愛」であるとするのが世界の思考の・宗教の流れでしょう。「普遍的な絶対愛」とは「有」そのものが産み出し創造化するものを愛するという意味で「神我」自ずと愛するのが当然の流れでしょう。自ずと愛する「神我」は他者を愛することは有り得ません。世界そのものが我であり其の「身」だからです。絶対的な愛の認識は、そのもの以外には他の意識などあろう筈もなく、仮に在るとすれば相対的愛となり矛盾が生じます。一であって他に意識がない以上、人間的な「我」は生じません。完全体の「我」とは自己すら認識する必要がない完璧な認識を持ち、人間の単なる意識が認識の欠損から起こるのに対し完全なる認識は他を必要とせず「絶対認識」とは、自己さえ認識しない或いは認識の必要性が有り得ない「常有」です。「常有」には質量や空間の束縛はなく、考えれば当たり前ですが自らが持つ体裁であり、束縛という言語は当て嵌まりません。自我意識とは神の普遍エネルギーを分離し個人の意識として使っている状態です。人間の自我意識とは対照にある神の普遍エネルギーを「分離し個人の意識「エゴ」、自己を対象とする認識作用として使っている状態です。自己の霊魂が人間としての自我で生きているのか、将又、普遍的愛として生きているのかが、其の方の分岐点となるのです。人間は神から与えられ賦与される報償論的愛を期待してはいけません。神の「神我」を我の「自我」に同化することこそが「普遍の真理の愛」に接触し人間は最高の愛の喜びに歡喜するのです。



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最終更新日  2018年07月10日 06時14分55秒
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