「霊魂論」エチカ詳解23 アウグスト・ヴァイスマンは1883年に生殖質説を提唱し論じます。単細胞のいわゆる分裂によって増殖する生物とは相違して、多細胞生物では遺伝には生殖細胞によってのみ引き起こされるとヴァイスマンは語ります。なかでも、彼がソーマ細胞と呼んだそれ以外の体細胞は遺伝には関係しないとします。ソーマ細胞とは生殖質の連続性に関与します。ソーマ細胞以外の体細胞は遺伝には関係しないし、生殖質の連続性は一方通行であるとします。すなわち生殖細胞は多くの生殖細胞と体細胞を作るが、生殖細胞は体細胞がその生涯で得たいかなる変化からも影響を受けない。遺伝情報は体から生殖細胞に伝わることはなく、従って次世代に受け継がれることはない。これをヴァイスマンバリアと呼称しています。仮にヴァイスマンバリアが正しければ、ブルボン朝から復古王政にかけての19世紀の著名な博物学者であり、biology(生物学)という語を、現代の意味で初めて使った人物の一人であるジャン=バティスト・ピエール・アントワーヌ・ド・モネ、シュヴァリエ・ド・ラマルク(Jean-Baptiste Pierre Antoine de Monet Chevalier de Lamarck/1744-1829)によって提案され、進化論のダーウィン自身もあり得ると考えていた獲得形質遺伝説は棄却されることになります。此れにはヴァイスマンは実証的な実験が必要だと考えていますが。彼はもちろん、複雑で高度な現代遺伝学のことは全く知らなかったが、体質からは生殖細胞系列に情報の伝達が行われないことを実験で示そうと試みます。此のような考察論を生殖質説と呼びます。