Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2019年02月10日
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カテゴリ: 夢有無有
「霊魂論」エチカ詳解106
 スピノザは同時期・同世代に活躍したギリシァ以来の思想史上稀なる多種多様な思考を基底にする近世哲学者が輩出しています。なかでも、一際(ひときわ)異相に映るのは、過去見られなかった「神」の観相の概念・混迷にの解釈です。其れまでの思考論法とは演繹的論法とは逆の演繹的論法です。先ずは、スピノザの非常に特殊な「神観」を理解しなければスピノザの演繹世界は覗けません。スピノザによると、神は世界の外にいて世界の在り方を決めるような存在ではありません。神とは我々が在する世界そのもので、我々人類は勿論の事、汎ゆる星雲から、川辺や道端の石ころや、人間の手に成る机や椅子といった大凡あらゆるものどころではなく、完璧に全体としたところの質量や空間・運動・将又、時間の流れ等々が、神の絶対的な存在・意思・意識の顕れであると思考します。極論すればスピノザは世界には厳密には神しか存在しません。此のような神の心的、物的な顕れ方の順々は完全に必然的な連関のもとで生じている故に、世界の物的・心的な出来事全ては決定されているといます。スピノザはおおもとの連関定数は決定されているとし、神が神格性を以って意識的にともあれかくもあれと自体の意思が決めたのでは無いことは明白です。瑕疵なし玉・完璧な有に望みは全く不要、完璧な故に自己存在・意識・意思を確認する必要性は全く不要であり、必要とされるのは不足を補足するのであり、仮に神に神格があり望みを抱くとしたらスピノザ論法では「神」ではなく不全の「力あるもの」に当たり矛盾存在です。釈尊の世界観の「神」は当に不完全体であり死を併せ持ちます。スピノザの目的論批判は世界の物的、心的な出来事はすべて決定されているとする論拠に基づきます。然し乍ら、スピノザは自由意志と決定論について、両立主義的見解を「エチカ」で著しています。根拠は完全体は運動すら関与する必然性はない。神の活動自体に自由意思を許容するメカニズムが含有する。従って、自由意志と決定論は必然的な秩序のもとで以って活動しているのです。



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最終更新日  2019年02月10日 06時18分59秒
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