「霊魂論」エチカ詳解238(生と死69) 哲学上の存在論は突き詰めると「何が在るのか」と「何故に在るのか」の二つに問いに収束していくと云われています。この問いは人間が自己を肉体のみならず精神をを取り巻く世界における「なぜ在るのか」の問いでしょう。「何が無いのか」と「なぜ無いのか」の二つに問いに関しては、「虚と実(Imaginary and real)」の見極めが基準となります。たとえば「無」存在ですか現代科学が宇宙観測の極小粒子の活動に於いて、突然に世界から消滅乃至は出現が観測され、もはや「無」は虚ではない「存在無」と認識され、無とは在ること無しの存在であり、偶然或いは必然として世界に出現、無因でないことから世界内では「無」は「虚」ではなく「無としての存在」を予期させています。此れを人間精神の根底且つ深奥に眠る霊魂に当て嵌めると霊魂不滅の解答が出る一試案とは成り得ます。「霊魂」は、体とは別に実体として存在すると考えられているものであったり、人間の生命や精神の源とされ非肉体的、人格的な存在とされるもののことである。「霊魂」という表現は「霊」と「魂」という言葉の組み合わせであり、両方を指し示します。一般には、個人の肉体及び精神活動をつかさどる人格的な実在であり、人間肉体の五感的感覚による認識を超えた永遠不滅の存在を意味しているとされます。