Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年04月20日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-29
 エチカの第一部「神の定義」の「第八:永遠性とは、存在が永遠なるものの定義のみから必然的に出てくると考えられる限り、存在そのもののことと解する。
 説明 なぜなら、このような存在は、ものの本質と同様に永遠の真理と考えられ、そしてそのゆえに持続や時間によっては説明されないからである、たとえその持続を始めも終わりもないものと考えようとも、とあります。
 通常一般的に使用されるときには存在の無限的持続性を意味合いとして使用されますが、宗教や哲学の用語法では、常に在るものの在り方を云います。特に時間に対比して用いられること屡々です。時間が、移り変わり過ぎ去りゆくものに関わり、その在り方をいうのに対して、永遠は不変なものの在り方をいうからです。更には、哲学ではこれを「不朽( sempiternitas)」として「永遠(aeternitas; eternity)」と区別する場合があります。不朽は普通には時間的遍在を意味するのですが、永遠は過去・現在・未来という抑々が分節をもたない無時間性、若しくは超時間性を意味します。無時間的永遠とはスピノザの神の存在証明に持ち出す数学的真理などを永遠の真理という場合がそれにあたります。超時間的永遠を初めて語ったのはパルメニデスで、彼は一者について生成を否定し、それは同時に全的に存在するとした。この思想を受けてプラトンは著「ティマイオス」において、永遠の世界としてのイデア界を語ります。彼は永遠を存在の知的世界に、時間を生成の感性的世界に対応させ、生成の感性的世界には存在は属さないことを強調し永遠を存在の知的世界を顕揚します。このプラトンの永遠の思想はキリスト教思想に大きな影響を与え、永遠の生命の考えを中心とする教義の確立に預かります。其の経緯はアウグスチヌスを経て、トマス・アクィナス著ボエチウスの「三位一体論」において、永遠を神に、不朽を世界に帰して両者を区別しました。彼らが永遠を語った「全てを同時に」という思考は、謂わば、パルメニデスヘの回帰であるとも云えます。キリスト教では、神による世界創造は或る時点に起った事件なのではなく、時間もまた世界とともに創造されたと云うのです。近世ではスピノザや観念論者たちがそれぞれの神や絶対者の存在に関して永遠を語っていますが、そこでいわれる永遠は、所謂、生命と結びついたキリスト教的なそれではなく、真理の無時間的永遠に近似しています。此処で重要なのは永遠には「0」が無いことです。「ゼロ点(特異点)」を容認しない重力量子論には追い風となります。



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最終更新日  2021年04月20日 06時06分33秒
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