Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年05月14日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-50
 スピノザの神の存在の存否を述べる真意は、人間精神の拠り所を見付ける探求の旅の一里塚に過ぎません。其の精神の拠り所が曖昧模糊としたものであれば、人間精神の善き在り処もまた曖昧模糊であり、虚神・虚偽の信教の餌食となります。スピノザの神とは人間の精神を反映した表象されるものではなく、世界の根本としての実体、無限の「有」として「形態や運動」に関連性はあるものの、完全体としての活動一般だとします。ところが、人間の脳髄は神の概念を表象力をもって事物に神の主要属性を見ます。「なぜなら、すでに述べたように、彼らはすべてのものが自分たちのために造られていると信じ、そしてある物から刺激されるぐあいに応じてその物の本性を善あるいは悪、健全または頽廃および腐敗と言うからである。例えば目に映る対象から神経が受ける刺激が健康に役立つなら、これを引き起こす対象は美と言われ、反対の刺激を生ずるものは醜と言われる。次に鼻によって感覚を刺激するものを芳香あるいは臭気と呼び、舌によるものを甘あるいは苦、美味あるいは不味などと呼ぶ。また触覚によるものを硬あるいは軟、粗あるいは滑などと言う。また最後に、耳を刺激するものを騒音、音響、または諧音を発すると言う。これらのうちで諧音は、神もまたこれを喜ぶと信じたほど人々の心を奪った。そればかりでなく天体の運行が諧音をたてることを確信した哲学者たちもなくはない。これらすべては、各人が事物を脳髄の状態に従って判断し、あるいはむしろ表象力の受けた刺激を事物自体と見たことを十分に示すものである。このゆえに、ついでながら注意するが、人々の間に、我々の見聞きするようなあんなに多くの論争が生じ、これからついに懐疑論が発生したことも怪しむに足りない。なぜなら、人々の身体は多くの点において一致するがもっと多くの点において異なり、そのゆえにある人に善く見えるものが他の人に悪しく見え、ある人に秩序正しく思えるものが他の人には混乱して思え、ある人には快いものが他の人には不快だからである。そしてその他のことについてもこれと同様であるが、それはここに述べない。ここはそうしたことを詳しく論ずる個所でないし、それにまたそれはすべての人が十分に経験しているところだからである。というのは、頭数だけの意見、誰でも自分の意見で一杯になっている、、脳髄は味覚に劣らず相違している、などいう諺はすべての人の口にするところである。これらの諺は、人間が物を脳髄の状態に従って判断し、また物を知性的に認識するよりはむしろ感覚的に表現することを十分物語っている。なぜなら、もし彼らが物を知性的に認識するとしたら、数学において見るように、それらの物は、彼らすべてを惹きつけないまでも、少なくとも彼らすべてを同じ確信に導いたであろうからである。」と締めくくります。


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最終更新日  2021年05月14日 06時05分38秒
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