Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年07月04日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-97
 スピノザは定理一五の備考では、更に反対者たちの第一の論拠に次いで第二の論拠を提示します。彼らは同様に、神の最高完全性からとっている。彼らは言う。神は最高完全な実有であるから働き受けることができぬ、ところが物体的実体は分割可能であるから働きを受けることができる、ゆえに物体的実体は神の本質に属さないと。
 このようなものが著作家たちの間に見られる論拠である。彼らはこれによって、物体的実体は神の本性に価せずまた神の本性に属さないこと示そうと試みている。しかし正当に注意する者は、私がこれにたいしてすでに答弁していること見いだすであろう。なぜなら、これらの論拠は物体的実体が部分から成るという仮定の上にのみ立っているのであるが、そうした仮定が不条理なことは私のすでに(定理一二 ある実体をその属性のゆえに分割可能であるとするような考え方は、実体のいかなる属性についてもあてはまらない。および定理一三の系 これらの帰結として、いかなる実体も、したがってまたいかなる物体的実体も、それが実体である限り、分割されないことになる。)で示したところであるから。さらにまた事態を正常に熟考しようとする者は、次のことを、すなわち、延長的実体が有限であるという彼らの結論の基礎となっているこれらすべての不条理、それについては今の私は論争しないが、もしそれがみな不条理なものとしては決して無限なる量を仮定することから生ずるのではなく、むしろ無限なる量が測定可能でありかつ有限な部分から成ると仮定することから生ずるということを認めるであろう。ゆえにこの仮定から生ずるもろもろの不条理から彼らの結論し得ることは、無限なる量は測定可能ではなく、且つ有限な部分から成りえないということだけである。そしてこれは我々が(定理一二 ある実体をその属性のゆえに分割可能であるとするような考え方は、実体のいかなる属性についてもあてはまらない--云々。)で既にに証明したことと同じである。だから、彼らが我々を狙った投槍は、実は彼ら自身に向かって投げられているのである。



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最終更新日  2021年07月04日 06時10分04秒
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