Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年07月09日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-102
 スピノザの定理一六 神の本性の必然性から無限に多くのものが無限に多くの仕方で、言いかえれば無限の知性によって把握されうるすべてのものが生じなければならぬの三つの系
 系一 この帰結として、神は無限の知性によって把握されうるすべての物の起成原因であることになる。
 系二 第二に、神はそれ自身による原因であって偶然による原因ではないことになる。
 系三 第三に、神は絶対に第一の原因であることになる。
先ずは、系一の神は無限の知性によって把握されうるとは、世界に起こる全ての物事を掌握しているということです。観測物理科学が存在を観測的に可視可能とする、物質を究極にまで細分化すると現れる物質要素とされるものを素粒子とします。観測物理科学が存在を観測的に可視可能とする前提に立てば、物を構成する一番小さい単位のことで、宇宙内存在である人間の身体も、白色矮星も、此処では一応、時空間の条件を充たすものを除いて、皆々が素粒子の集まりと云えます。時空間を除くのは、宇宙空間において時間粒子は観測されたことはなく、理論的にも無いとされるからです。同様に、物理科学的に空間粒子は予期されてはおらず、時空間を齎すものは宇宙を構成する他者の変形の状態と見るのが妥当でしょう。系二の神はそれ自身による原因であって偶然による原因ではないとは、他者そのものが無い、自己自身が起生因たるものには
偶然性は有り得ないということを述べます。系三は第三に神は絶対に第一の原因であると述べますが、其処には、神への人間の影響を考慮する必要はなく、其れを人生の究極目標にしても見返しがない、此の一点がスピノザを自由国家ネーデルランドのスピノザを窮地に貶めます。ところがぎっちょん、スピノザは驚くなかれ、其れまでの信教の史的流れの「神の恩寵」の信仰的期待の方向を逆転し、「人間の至高の幸福」が神を受け入れることにあるとしたのです。



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最終更新日  2021年07月09日 06時04分20秒
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