Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年07月11日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-104
 スピノザの本意は自由原因は物事の起生原因である神のみが持ち得るもので、仮に世界の創造に他者を立ち上げても無駄な想念だと定理一七の神は単に自己の本性の諸法則のみによって働き、何ものにも強制されて働くことがないで示しますが、過去の宗教的な神格性の既成観念に囚われた者の抵抗を予期してて定理一七に備考の前半では彼等の言い分を後半では彼等の思考の論理への反論を用意しています。
 備考 他の人々はこう思っている云々。神は、神の本性から生ずると我々の言ったことがら、言いかえれば神の力の中に在ることがら、そうした事柄を生じないようにしたり、或いはそれを神自身が産出しないようにしたりすることができる。彼らはそう信ずるがゆえに自由原因なのであると。しかしこれは、神は、三角形の本性からその三つの角の和が二直角に等しいことが起こらないようにしたり、あるいは与えられた原因から何の結果も生じないようにしたりすることができると言うのと同然であって、不条理である。
 なお私は以下において、この定理の助けを借りずに、神の本性には知性も意志も属さないことを示すであろう。
 たしかに私は、神の本性に最高の知性と自由な意志とが属することを証明しうると信じている多くの人々がいることを知っている。なぜなら彼らは、我々のうちにおいて最高完全性を意味するもの以外には、神に帰しうるより完全な何ものをも知らないと言っているからである。しかし、神を現実に最高の認識者と考えながらも、彼らは、神が現実に認識することをすべて存在するようにさせることができるとは信じない。なぜなら、もし仮にそうなれば、彼らは、神の能力を破壊すると思うからである。彼らは言う、神がその知性のうちに存することをすべて創造したとすれば、もうそれ以上何ものをも創造することができないであろうと。そしてこれは彼らの信念によれば神の全能と矛盾するのである。ゆえに彼らは、神が一切のことにたいして無関心であって、ただある絶対的な意志によって創造しようと決意したもの以外には何ものも創造しないという意見に傾いたのである。



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最終更新日  2021年07月11日 06時10分04秒
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