Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年07月12日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-105
 定理一七の神は単に自己の本性の諸法則のみによって働き、何ものにも強制されて働くことがないの備考の前半では、神を現実に最高の認識者と考えながらも、彼らは、神が現実に認識することをすべて存在するようにさせることができるとは信じないとの主張を取り上げ、其の不条理を定理一七の備考の後半に問います。
 定理一七の備考の後半
 これに反して私は、神の最高能力あるいは神の無限の本性から無限に多くのものが無限に多くの仕方で、即ちありとあらゆるものが、必然的に流出したこと。あるいは常に同一の必然性をもって生起すること。そしてこれは三角形の本性からその三つの角の和が二直角に等しいことが永遠から永遠にわたって生起するのと同じ次第であること。そうしたことを十分明瞭に示したと信ずる(定理一六 神の本性の必然性から無限に多くのものが無限に多くの仕方で、言いかえれば無限の知性によって把握されうるすべてのものが生じなければならぬ。)を見よ。ゆえに神の全能は現実に、永遠から存し、且つ、永遠にわたって同一現実性にとどまるであろう。そしてこの仕方で神の全能は、少なくとも私の判断によれば、あなた方の思考の論理よりは、遥かに完全に確立される。あからさまに言ってよいならば、そればかりでなく反対者たちは神の全能を否定するように見える。というのは彼らは、神が無限に多くの創造可能なものを認識しながら、しかもそれを決して創造しえないことを認めないわけにはいかないからである。なぜなら、もしそうではなくて、神がその認識するものをすべて創造したとしたら、神は、彼らの見解によれば、自己の全能を使い果して不完全なものになるからである。ゆえに彼らは、神を完全な者として立てるためには、同時に、神は自己の能力の及びうることをことごとくは成し得ないと主張しなければならぬ結果になるのであるが、およそいかなる仮定にしても、これ以上不条理なあるいはこれ以上神の全能に矛盾するものを私は知らないのである。



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最終更新日  2021年07月12日 06時10分04秒
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