Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年08月26日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-150
 スピノザ「エチカ」定理三一で、有限なものであろうと無限なものであろうとも現実的知性は、意志・欲望・愛などと同様に能産的自然にではなく所産的自然に数えられなければならぬとします。能産的自然とは生み出された結果としてある自然界である所産的自然を生み出す力としての自然をいうのですが、此れはB.スピノザの主要概念としての一つの要素であり、スピノザの倫理観にも反映されています。但し、人間精神特有の意志を除く欲望・愛などとは「知性」とは異なる意味合いを持たせています。スピノザの観念としての「知性」とは、人間に固有の思考力、認識力であり、思考一般認識では知性(ntellect)は理性とも呼ばれ、古来より規則に従って分析し論証する「悟性(understanding)、原理・始元を直覚・洞察して総観し統括する「理性(reason)」の二面を含むとされるのですが、多少はそれに近似しています。本能・感覚・記憶・想像・意志とは区別されており、啓示や信仰に対置されてきた「知性」に果敢にスピノザはスポット(spot)を当てます。また、「知性」と「知能」という語句を同一視する傾向がありますが、この二つの能力は、まったく逆の能力です。実は、この二つの能力は、まったく逆の能力である。まず、「知能」とは、「答えの有る問い」が与えられたとき、いかに早く、正しい答えを見出せるかという能力のことです。此のことは、世に「知能検査」というものがあることからも理解できるでしょう。この検査においては、被験者に、様々な「答えの有る問題」を与え、制限時間内に何問「正解」にたどり着けるかという能力を検査するものです。片や、「知性」とは、知能とは全くの逆の能力で、「知性」とは、通常では「答えの無い問い」が与えられたとき、容易に答えなど得られないと分かっていて、なお、その「問い」を粘り強く考え続ける能力のことです。其のこと故に、知性に帰納法を用いることなく演繹を以て解明する手法を用いています。デカルト的には「我思う故に我あり」が「神あり故に我思う」がスピノザ思考の信教を離れた認識論の特異な面でしょう。



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最終更新日  2021年08月26日 06時10分05秒
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