Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年08月31日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-155
 定理三二の意志は自由なる原因とは呼ばれ得ずして、ただ必然的な原因とのみとする論は、スピノザが神存在を絶対無二の「有」存在と認識するところから生じます。つまりは、意志とは原因を要することになります。此れではすべての規制原因である「神」が存在することは矛盾に陥ります。
 系一 この帰結として第一に、神は意志の自由によって作用するものではないということになる。
 系二 第二に、意志および知性が神の本性に対する関係は、運動および静止、または一般的に言えば、一定の仕方で存在し作用するように神から決定されなければならぬすべての自然物が(定理二九 自然のうちには一として偶然なものがなく、すべては一定の仕方で存在し・作用するように神の本性の必然性から決定されている。)により、神に対する関係と同様であるということになる。なぜなら、意志は、他のすべての物のように、それを一定の仕方で存在し作用するように決定する原因を要するからである。そしてたとえ与えられた意志あるいは知性から無限に多くのものが生起するとしても、神はそのために意志の自由によって働くと言われえないことは、運動および静止から生起するもののために、というのはこれからもまた無限に多くのものが生起する神は運動および静止の自由によって働くと言われえないのと同様である。ゆえに意志は、他の自然物と同様に、神の本性には属さないで、むしろこれに対しては、運動および静止、また神の本性の必然性から生起しかつそれによって一定の仕方で存在し作用するように決定されることを我々が示した他のすべてのものと、まったく同様な関係に立っているのである。
 此処で新たに再確認したいのは「神の本性」とは何かでしょう。



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最終更新日  2021年08月31日 06時10分04秒
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