Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年11月08日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-223
 スピノザの哲学は全体論、汎神論的世界観と捉えます。人間の本性は神や神聖な宇宙の一部と考えるのは
仏教やヒンドゥー教のようなインド宗教哲学に共通します。スピノザは述べます。全自然が一つの個体であってその部分すなわちすべての物体が全体としての個体には何の変化もきたすことなしに無限に多くの仕方で変化することを容易に理解するであろうとしています。此れは彼が初めて無限宇宙を主張したコペルニクスの説を支持したブルーノGiordano Bruno(1548―1600)及びニュートンが考えた「無限宇宙論」を受け入れていたことの証でしょう。更には、定常宇宙論、無からの物質の創生により、任意の空間の質量は常に一定に保たれ、宇宙の基本的な構造は時間によって変化することはないとする1948年にフレッド・ホイル、トーマス・ゴールド、ヘルマン・ボンディらによって提唱された宇宙論のモデルを予期していたかも知れません。
 補助定理四 もし多くの物体から組織されている物体あるいは個体から、いくつかの物体が分離して、同時に、同一本性を有する同数量の他の物体がそれに代るならば、その個体は何ら形相を変ずることなく以前のままの本性を保持するであろう。
 証明 なぜなら、物体は(補助定理一 物体は運動および静止、迅速および遅緩に関して相互に区別され、実体に関しては区別されない。)により、実体に関しては区別されない。一方、個体の形相を構成するものは単に構成物体の合一に存する。ところがこの合一は仮定により、構成物体の絶えざる変化にもかかわらず保持されることになっている。ゆえにこの個体は実体ならびに様態に関して以前のままの本性を保持するであろう。Q・E・D・=此れが証明スべきことであった。
 補助定理五 もし個体を組織する各部分が、すべてその相互間の運動および静止の割合を以前のままに保つような関係において、より大きくあるいはより小さくなるならば、その個体もまた何ら形相を変ずることなく以前のままの本性を保持するであろう。
 証明 この補助定理の証明は前の補助定理のそれと同一である。
 補助定理六 もし個体を組織するいくつかの物体がある方向に対して有する運動を他の方向に転ずるように強いられ、しかもその運動を継続しかつその運動を以前と同じ割合において相互間に伝えることができるようにされるならば、その個体はやはり何ら形相を変ずることなくその本性を保持するであろう。
 証明 それ自体で明らかである。なぜなら、仮定によれば、この個体は我々が先に個体の定義の中で個体の形相を構成すると言ったすべてのものを保持しているからである。
 補助定理七 そのほか、このように複合した個体は、全体として運動ないし静止していようとも、あるいはこのないしかの方向に運動していようとも、もしただその各部分が自己の運動を保持してそれを以前と同じように他の部分に伝えてさえいれば、その本性を保持する。
 証明 これもまた、その定義から明白である。補助定理四の前にある定義を見よ。
 備考 このようにして我々は、これから、複合した個体が多様の仕方で動かされかつそれにもかかわらずその本性を保ちうることの理由を解しうる。
 これまで我々は単に運動および静止、迅速および遅緩によって相互に区別される諸物体からのみ組織されている個体、言いかえれば最も単純な諸物体からのみ組織されている個体を考えた。しかし今もし本性を異にする多くの個体から組織されている他の個体を考えるなら、その個体は他のいっそう多くの仕方で動かされかつそれにもかかわらずその本性を保ちうることを我々は見いだすであろう。なぜなら、その個体の各部分が種々の物体から組織されているのだから、その各部分は個体の本性を少しも変えることなしに、ある時は緩やかにある時は速やかに運動し、したがってまたその運動を他の部分へ速やかにあるいは緩やかに伝えることができるだろうからである。
 もしさらに我々がこうした第二の種類の個体から組織された第三の種類の個体を考えるなら、我々はそうした個体がその形相を少しも変えることなしに他の多くの仕方で動かされうることを見いだすであろう。そしてもし我々がこのようにして無限に先へ進むなら、我々は、全自然が一つの個体であってその部分すなわちすべての物体が全体としての個体には何の変化もきたすことなしに無限に多くの仕方で変化することを容易に理解するであろう。
 もし私の意図が、物質について、あるいは、物体について専門に且つ特別に論ずることにあったとしたら、私はこれらのことをもっと詳しく説明し証明しなければならなかったであろう。しかし、すでに述べたように、私の意図するところは別のものであり、私がこうした事柄をここに問題としたのは、私が本来証明しようと企てたことをそれから容易に引き出しうるためにほかならなかったのである。



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最終更新日  2021年11月08日 06時10分05秒
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