Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年03月13日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-347
 スピノザは精神感情への愛と憎しみの影響力が、相互に拮抗するものではなく、愛は憎しみを拭うちからを持つとします。:記
 定理四三 憎しみは憎み返しによって増大され、また反対に愛によって除去されることができる。
 証明 自分の憎む者が自分を憎み返していることを表象する人は、そのことによって(この部の定理四〇 自分が他人から憎まれていると表象し、しかも自分は憎まれる何の原因もその人に与えなかったと信ずる者は、その人を憎み返すであろう。により)新しい憎しみが生ずる_のを感ずる〕。しかも最初の憎しみはその仮定により、なお依然として存続しているのである。しかしもし反対に、自分の憎む者が自分に対して愛を感じていることを表象するなら、彼は、そのことを表象する限りにおいて(この部第三部の定理三〇 もしある人が他の人々を喜びに刺激すると表象するある事をしたならば、その人は喜びに刺激されかつそれとともに自分自身をその喜びの原因として意識するであろう、すなわち自分自身喜びをもって観想するであろう。これに反してもし他の人々を悲しみに刺激すると表象するある事をなしたならば、その人は反対に自分自身を悲しみをもって観想するであろう。により)自分自身を喜びをもって観想する。またその限りにおいて(この部第三部の定理二九 我々は人々(*注意 凡そその愛憎の精神感情とは無縁な人々)が喜びをもって眺めると我々の表象するすべてのことをなそうと努めるであろう。また反対に我々は人々が嫌悪すると我々の表象することをなすのを嫌悪するであろう。により)その人の気に入ろうと努めるであろう。言いかえれば(この部第三部の定理四一 もしある人が他人から愛されると表象し、しかも自分は愛される何の原因も与えなかったと信ずる場合は、彼はその人を愛し返すであろう。により)彼はその限りにおいてその人を憎まないように、またその人を悲しみに刺激しないように努める。この努力は(この部第三部の定理三七 悲しみや喜び、憎しみや愛から生ずる欲望は、それらの感情がより大であるに従ってそれだけ大である。により)それを生ぜしめる感情の度合に比例してより大でありあるいはより小であるであろう。したがってもしこの努力が、憎しみから生ずるあの努力、自分の憎むものを悲しみに刺激しようと努めるあの努力(この部第三部の定理二六 我々は、我々の憎むものを悲しみに刺激すると表象するすべてのものをその憎むものについて肯定しようと努める。また反対に我々の憎むものを喜びに刺激すると表象するすべてのものを否定しようと努める。により)よりもより大であるならば、それは優勢を占めて憎しみを心から除去するであろう。Q・E・D・=此れが証明すべきことであった。
 スピノザのこの上記の主張の骨針には「神への愛=善」の倫理が底流にあります。信教の徒であるマザー・テレサは恐らくは愛憎の軋轢を超えた並の偉丈夫を超えた人物であり、哲学と信仰という違いはあれ「善」を第一の実践としたことには両者に共通性が認められます。



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最終更新日  2022年03月13日 06時10分04秒
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