Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年03月22日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-356
 定理五三 精神は自己自身ならびに自己の活動能力を観想する時に喜びを感ずる。そして自己自身ならびに自己の活動能力をより判然と表象するに従ってそれだけ大なる喜びを感ずる。
 証明 人間は自己の身体の変状ならびにその変状の観念を通してのみ自己自身を認識する(第二部定理一九 人間精神は身体が受ける刺激(アフェクティオ)・変状の観念によってのみ人間身体自身を認識し、またそれの存在することを知る。および定理二三 精神は身体の変状・刺激状態の観念を知覚する限りにおいてのみ自分自身を認識する。により)。ゆえに精神が自己自身を観想しうるということが起こるならば、まさにそのことによって精神はより大なる完全性に移行するものと想定される。言いかえれば(この部第三部の定理一一の備考 要約:この三者、喜び・悲しみ・欲望のほかには私は何ら他の基本的感情を認めない。なぜならその他の諸感情は、以下において示すだろうように、この三者から生ずるものだからである云々。により)喜びに刺激されるものと想定される。そしてこの喜びは、精神が自己自身ならびに自己の活動能力をより判然と表象しうるに従ってそれだけ大なのである。Q・E・D・=此れが証明すべきことであった。
 系 この喜びは人間がより多く他人から賞讃されることを表象するに従ってますます強められる。なぜなら彼がより多く他人から賞讃されることを表象するに従って、彼は他人が彼からそれだけ大なる喜びを表象し、しかも彼自身の観念を伴った喜びに刺激されることを表象する(この部第三部の定理二九の備考 ただ人々の気に入ろうとする理由だけであること差したり控えたりするこの努力は名誉欲と呼ばれる。ことに我々が、我々自身あるいは他人の損害になるのも構わずにあること差したり控えたりするほど熱心に民衆の気に入ろうと努める場合にはそう呼ばれる。しかしそれほどまででない場合は鄭重と呼ばれるのが常である。次に我々を喜ばせようとする努力のもとになされた他人の行為を表象する際に我々の感ずる喜びを私は賞讃と呼び、これに反してその人の行為を嫌悪する際に感ずる悲しみを非難と呼ぶ。により)。したがって(この部第三部の定理二七 我々と同類のものでかつそれにたいして我々が何の感情もいだいていないものがある感情に刺激されるのを我々が表象するなら、我々はそのことだけによって、類似した感情に刺激される。により)彼自身は彼自身の観念を伴ったそれだけ大なる喜びに刺激される。Q・E・D・=此れが証明すべきことであった。
 我々は此の定理五三の系 喜びは人間がより多く他人から賞讃されることを表象するに従ってますます強められる。なぜなら彼がより多く他人から賞讃されることを表象するに従って、彼は他人が彼からそれだけ大なる喜びを表象し、しかも彼自身の観念を伴った喜びに刺激されることを表象するの此の文言は意味深です。自由の意味を追い続けたユダヤ民族のスピノザが、皮肉にも後世のムッソリーニの黒シャツ党やヒトラーのナチスの国民的歓喜を予言しているともとれるからです。カリスマ指導者・人民大衆の善悪の観想の危うさを予期していたのかは判明しません。



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最終更新日  2022年03月24日 05時47分50秒
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