Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2022年05月14日
XML
カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-409
 定理二一 何びとも、生存し行動しかつ生活すること、言いかえれば現実に存在することを欲することなしには幸福に生存し善く行動しかつ善く生活することを欲することができない。
 証明 この定理の証明、あるいはむしろこの事実そのものはそれ自体で明白であり、また欲望の定義:「*欲望とは、人間の本質が、与えられたそのおのおのの変状によってあることをなすように決定されると考えられる限りにおいて、人間の本質そのものである。」からも明らかである。なぜなら、幸福にあるいは善く生活し・行動しなどなどの欲望は(感情の定義:「感情とは、身体そのものの活動力を増大させたり減少させたり、あるいは促したり抑えたりするような身体の変様であると同時に、これらの変様の観念であると私は理解する。」により)人間の本質そのもの、言いかえれば(第三部定理七 おのおのの物が自己の有に固執しようと努める努力はその物の現実的本質にほかならない。により)各人が自己の有を維持しようと努める努力そのものだからである。ゆえに何びとも生存し行動し云々。Q・E・D・=此れが証明すべきことであった。
 記:スピノザの云う「欲望」とは、我々世俗の人間が解する欲望よりも、多分に人間精神の世界が当時の世界観である絶対宇宙としての「有」を根底に「神」を世界に、そして法則に、其の法則に従う人間に眼が注がれます。心的世界と物理学的世界との思考の矢面に立つ彼の心情が慮(おもんばか)れます。スピノザの云う世界には現代世界の最先端の物理化学理論、量子力学における不確定性原理や相対論どころか物理重力理論は無く、認識世界を絶対視することは認証主義の立場に立つスピノザには限界があります。但し、神即ち、世界にあらゆる事柄に指向性があるのか、はたして、無限を受け入れて確率は混沌なのか、我々の世界の真相が心待たれます。
追記:三位一体論は、キリスト教で、父(神)・子(キリスト)・聖霊の三位は、唯一の神が三つの姿となって現れたもので、元来は一体であるとする教理ですが、神と人間の祖アダムとエバ(Adam and Eve)との最初の契約の離反・逸脱行為により、人間は罪深き子として扱われます。其れが神からの契約違反への温情として再契約の機会を人間、拡張解釈すれば、人類に与えられたのが「父なる子」として誕生するナザレのイエスです。イエスは神が神格の聖霊として人間の生なるものを生身をもって産まれ出てきたものです。それ故、人間の肉体を有するイエスは人間の悲しみ・喜び・欲望を人の身体と精神をもって追体験します。人間の身体と精神を神格性と併せ持つイエスは当然に磔刑には、人間本性の定理二一 何びとも、生存し行動しかつ生活すること、言いかえれば現実に存在することを欲することなしには幸福に生存し善く行動しかつ善く生活することを欲するのは勿論のこと、人間性の特質である苦痛と悲哀を訴えます。神が人間の苦痛と悲哀を認証し、人間の原罪を許し、後楽園、天国への階段を登る機会を人間に与えます。スピノザは三位一体論を如何様に解釈したのでしょう。



哲学・思想ランキング





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2022年05月14日 06時10分04秒
コメント(0) | コメントを書く
[絶対存在論] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: