Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年07月06日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-462
 記:釈迦が出家を志すに至る過程を説明する。
 なぜ私は、みずから生の法(ダルマ)を有する者でありながら生まれるものを求め、みずから老の法を有する者でありながら老いるものを求め、みずから病の法を有する者でありながら病めるものを求め、みずから死の法を有する者でありながら死ぬものを求め、みずから憂の法を有する者でありながら憂いを求め、みずから煩悩の法を有する者でありながら煩悩を求めているのだろうかと。諸行無常の真理を求め、老い、病、死といった人を苦しめるものからの解放を探し求めたことにあります。これらを、釈迦は苦について四つの教え(四諦説)にまとめています。それは、「人生の現実は自己を含めて自己の思うとおりにはならず、苦である」という真実に向き合うことです。
 四門出遊の故事:釈迦が初めてピラヴァストゥ城から外出したとき、最初の外出では老人に会い、2回目の外出では病人に会い、3回目の外出では死者に会い、この身には老いも病も死もある、との避けられない苦しみを感じた(四苦)。4回目の外出では一人の沙門に出会い、老いと病と死にとらわれない違った生き方を知り、出家の意志を持つようになった。
 定理六七 自由の人は何についてよりも死について思惟することが最も少ない。そして彼の知恵は死についての省察ではなくて、生についての省察である。
 証明 自由の人すなわち理性の指図のみに従って生活する人は、死に対する恐怖に支配されない(この部第四部の定理六三 恐怖に導かれて、悪を避けるために善をなす者は、理性に導かれていない。により)。むしろ彼は直接に善を欲する(同定理六三の系 理性から生ずる欲望によって我々は直接に善に就き、間接に悪を逃れる。により)。言いかえれば彼は(この部第四部の定理二四 真に有徳的に働くとは、我々においては、理性の導きに従って行動し、生活し、自己の有を推持する(この三つは同じことを意味する)こと、しかもそれを自己の利益を求める原理に基づいてすること、にほかならない。により)自己自身の利益を求める原則に基づいて、行動し、生活し、自己の有を維持しようと欲する。したがって彼は何についてよりも死について思惟することが最も少なく、彼の知恵は生についての省察である。Q・E・D・=これが証明すべきことであった。



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最終更新日  2022年07月06日 06時01分43秒
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