Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2022年08月04日
XML
カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-491
 定理一七 神はいかなる受動にもあずからず、またいかなる喜びあるいは悲しみの感情にも動かされない。
 証明 すべての観念は神に関係する限り真である(第二部定理三二 すべての観念は神に関係する限り真である。により)。言いかえれば(第二部定義四 無限に多くのものが無限に多くの仕方で生じてくる神の観念はただ唯一でしかありえない。により)妥当である。ゆえに(感情の総括的定義 抜粋:我々は完全性ということを物の本質そのものと解する。により)神はいかなる受動にもあずからない。次に神はより大なる完全性へ移行することも、またより小なる完全性へ移行することもありえない(第一部定理二〇の系二 神あるいは神のすべての属性は不変であることになる。なぜなら、もしそれが存在に関して変化するなら、本質に関しても変化しなければならないであろう。言いかえれば、それ自体で明らかなように、異なるものが偽なるものになることになるであろう。これは不条理である。により)。したがって神は(感情の定義二 喜びとは人間がより小なる完全性からより大なる完全性へ移行することである。および、感情の定義三悲しみとは人間がより大なる完全性からより小なる完全性へ移行することである。により)いかなる喜びあるいは悲しみの感情にも動かされない。Q・E・D・=これが証明すべきことであった。
 系 神は本来的な意味では何びとをも愛さずまた何びとをも憎まない。なぜなら、神は(前定理一六 神に対するこの愛は精神を最も多く占有しなければならぬ。により)いかなる喜びあるいは悲しみの感情にも動かされず、したがって神は(感情の定義六 愛とは外部の原因の観念を伴った喜びである。および、感情の定義七 憎しみとは外部の原因の観念を伴った悲しみである。により)何びとをも愛さずまた何びとをも憎まないのである。



哲学・思想ランキング





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2022年08月04日 06時10分05秒
コメント(0) | コメントを書く
[絶対存在論] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: