Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年02月07日
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カテゴリ: 霊魂論
内的霊的衝動の写しとしての美術史
 第1講 ドルナハ  1916年11月8日-5
第3講  中欧ー北方の芸術衝動を理解するための基礎
     中欧ー北方の芸術と南方の芸術の対立と関係
デューラー及びホルバインに至るドイツの彫刻と絵画
 デューラーを追求したとき、私は彼を次のような人物として理解するほか決して理解することができませんでした、なるほど中部ヨーロッパ文化全体のなかに置かれた個性的な人物ではあるけれども、魂生活を周囲の文化生活に結びつけている数知れない無意識の通路を通じて、ほかならぬこの周囲の文化生活と関係している人物としてです。デューラーがまったく初期の頃、すでに「フュアレーゲリン嬢の肖像画」において、人物の上に彼の流儀でみごとに明と暗のひな型を形作り始めるとき、そのなかに今描写しました衝動の作用を何としても認めざるを得ません。そしてこれはデューラーの全生涯を貫いています。ですからデューラーがとくに偉大なのは、彼がこの共体験から、元素的自然のこのまったく特殊な性質の共体験から表現にもたらすものを、表現しようとするところにおいてなのです。彼はこれを、聖書的に伝承されたものとして受け入れるもののなかにも持ち込みます。それで彼にとっては南方的な要素に適応するのが救い難く困難に、言うなればつらいことになるのです。レオナルドの場合、解剖学的なもの、生理学的なものの研究を受け入れ、それによって、最近みなさんにお話ししましたようにかつてはもっと隠れた(kult)感知に与えられていたものを観照のなかに獲得するといったことは、彼にとって自然にかなっていると私たちは感じますが、同じ解剖学的なものの研究が、デューラーにとってはかなり辛いものとなることがわかるのです。彼は決してこのやり方に格別に順応するということはないのです、人間の外にあるもの、神的・霊的なものが人間を通じてそのなかに現れるいわば研究されたフォルムを身につけて、神が創造したものから今度は彼自身で人間のフォルムを作り出すといったことに。これは彼のやり方ではありません。彼のやり方は、寧ろ、運動性や意志の衝動を、存在するもののなかに追求することです、人間の性質と外部の運動するもの、つまり明・暗や、明・暗のなかに生きるものとを直接関係づけるものを追求するのです。これが彼の本領です。ですから彼は、彼の根源的なファンタジーの向けられていた運動性から創造するのです。けれどもこのことによって、この衝動の展開のなかには日常的な人間生活も入り込むということ
が起こってきます。人間のなかに働く神的なもの、人間を超えて典型的なもの(das UebermenschlichTypische)を主に表現しようとする芸術、そういう芸術は、日常生活のなかで職業から、直接の生活経験から人物に刻み込まれるものを、自分自身の衝動を通じて人間のなかに表現するということには、あまり価値を置かないでしょう。けれども中部ヨーロッパの芸術においてはそういう事情であり、この関連で、今日のオランダ地方からさらに特別な衝動が発しています。ここから来るのはとくに実践的な衝動です、直接的地上的現実が人間に押印するものによってファンタジーを貫くとでも申し上げたいものが、人間をその身振りのなかで、そのフォルムや表情や骨相のなかでさえ、地上的なものと合体させているのです。このような諸衝動が、中部ヨーロッパでさまざまなしかたで合流します。そしてこれらを解きほぐすときにのみ、その際はもちろん、今日私が抽象的な線描で暗示しているものよりずっと多くのことを扱わねばなりませんが、中部ヨーロッパの芸術のまさに特徴をなすものを理解することができるでしょう。さらにひとつひとつ示唆していきましょう、すべてを語るというわけにはいかず、常に示唆するにとどまりますが参考のほどにお願いします。さてここで、言うなればローマ的傾向が中世的な衝動と合体する時代からまず出発点をとりたいと思いますので、ナウムブルクの大聖堂、ドイツのナウムブルクの大聖堂に見出せる人物像を見ていきます、当時の人々を表現している彫刻作品です。

参照像:ヘルマンとレグリンディス-
記:ヘルマンとレグリンディスは、12世紀にドイツのナウムブルク大聖堂に寄進した夫妻の名前です。彼らはマイセン辺境伯ヘルマン1世とポーランド王女レグリンディスで、その等身大の石像は大聖堂の西側内陣にあります12。この石像は、名前も残っていない「ナウムブルクのマイスター」によって作られたもので、ロマネスクとゴシックの融合した芸術的な傑作として高く評価されています3。レグリンディスの像は、彼女の美しさと優雅さを表現しており、ヘルマンの像は、彼の権威と気品を表現しています。彼らの像は、中世の人々の生き生きとした表情と個性を伝える貴重な歴史的遺産となえいます。ヘルマンとレグリンディスの石像についての情報を共有していただき、ありがとうございます。彼らの像は、「ナウムブルクのマイスター」と呼ばれる未知の芸術家によって作られ、ロマネスクとゴシックのスタイルが融合した芸術的な傑作として高く評価されています。



 この彫刻作品のなかにみなさんは、みごとに魂的な表現が合体されているのをごらんになるでしょう、高度な完成--まさに最盛期ですので--、つまり南方からフォルム付与のなかに獲得されたものとともに、追求し得られた表現です。これをみなさんはとりわけ、この十三世紀のナウムブルク大聖堂の彫刻作品にごらんになるでしょうが、これらが属する時代は、中部ヨーロッパにとって、中部ヨーロッパ的感情と、ローマ的要素からフォルム付与のなかに受け入れられたものとのこの合体が起こるともに、同じ時代のもう一方の側面で、この中部ヨーロッパ的な感情が、ヴァルター・フォン・デル・フォーゲルヴァイデ{1170頃1230}やヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ{1170頃-1220}の作品のなかに現れてくる時代なのです。それは今挙げました詩作活動の人物たちをも表面に駆りたてた時代なのだということを総括すれば、中部ヨーロッパを覆っていく流れ、文化潮流のひとつの像を実際に得ることができるでしょう。「350ヴィルヘルム 352ゲーパ 351 ディートリヒ 353マリア」、「聖障の最後のものまさにこのような仕事(353)」には、この面差しにまで流れ込んだ魂的なものをみごとに見て取ることができます。「354ヨハネ、これもナウムブルク大聖堂の聖障のもの」典型的なものはどうにも流れ込みようのないまさに個人的で魂的な表現が、南方的なものから来るフォ
ルム付与という点での高度な技術的完成と、ここで一体となっています。

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最終更新日  2024年02月07日 06時10分07秒
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