Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年06月26日
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カテゴリ: 霊魂論


ルドルフ・シュタイナー
ゲーテの自然科学論序説並びに精神科学(人智学)の基礎(GA1)
第17章 ゲーテ対原子論 佐々木義之訳 1-9項
第八項
 最近の世紀における自然科学の進歩は、より高次の人間的な要求を満足させる世界観へと科学を参画させる可能性のあるあらゆる概念を破壊する方向に導いてきました。それは、空間を占める活動する力や物質と同様、「概念」や「アイデア」も現実の世界に属しているというのは馬鹿げたことだと主張するように「現代の」科学者たちを導いてきたのです。そのように考える人たちにとって、概念やアイデアは人間の脳が作り出したものであり、それ以上のものではありません。スコラ哲学者たちはこれらのことがらの本質をまだ理解していました。現代の科学者たちは、スコラ哲学とは何であるかを、特に、それのどこが健全な面で、どこがそうではないかを知ることなく、それを退けます。スコラ哲学における健全な面とは、概念やアイデアは現実を理解するために人間の心が考案した単なる想像上のものではなく、何らかの仕方で事物そのものと、しかも物質や力以上に関連しているという感情でした。この健全なスコラ哲学的感性はプラトンやアリストテレスの偉大な観点の遺産だったのです。他方、スコラ哲学に関して不健全な点は、この感情が中世におけるキリスト教の発展の中に入ってきた概念と混合されるようになったということです。この発展の中で主張されたのは、別世界の、したがって、知ることのできない神が概念やアイデアを含むすべての精神的な現実の源泉であるということです。それは何かこの世のものではないものへの信仰に依存していました。他方、健全な人間の精神はこの世界にこだわり、他のいかなる世界も必要としません。その代替として、この世界を精神で染め上げたりもします。そのような精神は、ちょうどこの世の現実を感覚世界の事物やできごとに帰属させるように、概念やアイデアにもそれらを帰属させるのです。ギリシャ哲学はこのような健全な考えに由来していました。スコラ哲学はそれへの親和性を保っていましたが、それを読み変え、別世界のものであるキリスト教信仰にそれを対応させようとしたのです(*主観一辺倒主義)。概念やアイデアは、もはや人間がこの世界のプロセスの中に見ることができる最も深遠なものではなく、むしろ神であり、別の世界であると考えられたのです。何かについてのアイデアが分かってしまえば、私たちはその「源泉」についてさらに調べる必要を感じませんが、それは私たちが知識に対する人間的な必要を満たすものを見出しているからです。しかし、そのような知識に対する人間的な必要についてスコラ哲学者たちが何か気にとめていたことはあるでしょうか。彼らは神についてのキリスト教的な観点であると彼らが見ていたものを保持しようとしたのです。事物の内的な存在を求める彼らの探求は概念とアイデアにしか導きませんでしたが、彼らは別世界の神の中に世界の源泉を見い出そうとしたのです。
参考画:God made the universe



    (第17章 ゲーテ対原子論 第八項了)

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最終更新日  2024年06月26日 06時23分44秒
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