さて、古代人が三つの自然原理を苦心して取り出そうとこういうプロセスで行なっていたとおりやろうとしても、今日容易にはうまくいかないだろうということはまったく明らかです。けれども、この講演でもまさにそうするつもりなのですが、ときおり古代の文献に光が投げかけられるだけで、古きものをまったく度外視して、今日なお研究できることにに入っていくだけでも、次のようなことに行き着くことができるのです。つまり、私が昨日ときょう、自然の物質から皆さんに特徴をお話しした、これら三つの原理から、必要なものを取り出すためには、実際何らかの方法で、自然の物質によって燃焼プロセスを起こさなければならず、それによってはじめてたとえば火を担うもの、光を担うものが分離されること、さらに、ある目的のために自然の物質から水銀的なものを取り出すことも試みられなければならず、その結果、塩的なものに押し寄せるものだけが後に残されるということです。これはさらに、何らかの酸の性質を持つものによっても、引き出すことができ、こうして、植物からであれ、鉱物からであれ、真の塩性の薬を得ることができるのです。特殊な場合についてはこれから後さらに扱っていくことにします。このように私たちは、地球外的なものを獲得するために、光を担うものを自然のなかに求めなければならないか、あるいは、地上的な物質からこの地球外的なものを取り去り、地球的なものを保持することに努めなければならないか、その結果本来の真に塩的なものを得ることができるでしょう。あるいは、この両者の間に均衡状態を作り出すものを獲得することを試みなければならないか、いずれかをやってみなければならないのです。(*錬金術を匂わす。)けれどもここで、性質は異なるけれども、そのいずれもある程度目的に導いてくれる二つの道をとって進むことができます。本来は両方の道をとって進むことができるのです。よく知られた物質から、燐や塩あるいは水銀の性質を持つものを摘出することを常に目指し、それを用いていた古代の医師たちの立場に立つことができます。そういう医師たちにとって、薬のさまざまな特殊な作用は、彼らが当のものを、鉛から得たのか、銅から得たのかによっていくらか異なるということによって生じていました。つまり彼らはその起源を考慮していたのです。つまり、彼らが鉛から塩を作り出す場合、彼らにとってこの塩は、銅から作り出された塩とは少し異なっていたわけです。したがって、塩について語った場合でも、彼らは本来次のようなことを語っていたのです。つまり、彼らは、さまざまな塩におけるこの塩のなかには何かが、つまり、塩であることによって地上的であるけれど、いわばさまざまな金属からつくりだされた塩であることによって、何か地球外的なものでもあり、人間におけるきわめてさまざまなものと関わっているもの、これはすぐ明日にでも、より詳しく特徴をお話しできるでしょうが、そういうものがあるということを語っていたのです。たとえば、治療学における塩的なものの調合のために、この方法をとることができます。さらに、古代人たちの別の方法が忘れ去られたあとでとられた方法、これは、実際人間というものは単なるレトルト(加圧過熱殺菌をする釜)ではなく、レトルト以上のものであるという、なおも明確な感情から選ばれた方法なのですが、そういう方法をとることもできます。そしてこれは、そこにあるものの受容を通じて、そしてそこにあるものを自乗することを通じて、すでに存在している物質の根底にある力を利用できるようにすることを試みる方法です。これは、本質的に、「ハーネマン的な方向(☆4)」に内在している方法であり、古代の方法がすでに忘れ去られ、何か地球外的な、あるいはそれ以外の関連について、もはや何もわからなくなったあとに、人間の医学的な努力全体から、いわば一種の新たな興隆を示しているものです。これは、現代の医師社会が絶望のなかにあるとして申し上げたいことなのですが、現代の医学において、本来地上的なものの根底をなすもの、つまり地上を越えたものが仰ぎ見られることはもはやなく、人々は、地上的なもののなかにのみあるものを常にうまく処理しようとしているということです。これを越えていこうとしているのが「ホメオパシー的なシステム」です。もちろん、物理的な治療法もこれを越えていこうとしているのですが、これは、光の担い手、つまり燐を正しく用いる方法、あるいは、空気の担い手、つまり水銀を正しく用いる方法をもはや有していないがゆえに、光と空気を直接用いるのです。もちろんこれが第三の可能性でもあります。けれども真の有効な道は、精神科学によって、「鉱物的なものと地球外的なもの、植物的なものと地球外的なもの、動物的なものと地球外的なもの」との関係の極致ハーモニー(harmony)に迫るときにのみ、再び開かれるでしょう。動物的なものが問題になるとき、すでに昨日暗示いたしましたように、人間との近さは容易ならぬものでしょう。ここで古代人たちはひとつの境界を設けましたが、これもまた新たな研究から探究していくつもりです。古代人たちはこう言ったのです。植物、これは惑星系の範囲にあり、鉱物、これも惑星系の範囲にある。けれども動物界に至ると、惑星系から出ていく。つまり、地球外のもの、惑星的なものの内部にとどまっているときよりもはるかに、ものごとと戯れるなどということは許されなくなるのだと。動物形成、それからとりわけ人間形成を導く力は、鉱物や植物のなかの力よりもはるかに、なおも宇宙に拡散した状態なのです。動物形成、人間形成を導く力は、獣帯(という境界線)を引きました。それによって、植物的なものあるいは鉱物的なもののなかにあるものを越えて、治療力を探し求めないように、あるいは少なくとも、そうすれば容易ならぬ領域に踏み込んでいくことになるということに気づくようにするためです。むろん今や、昨日すでに皆さんにその特徴を少しばかりお話しました方法によって、この領域にも踏み込まれてしまいました。この方法については、病理学と血清療法の特殊なもののなかに立ち入っていくときに、さらに詳しく議論しなければなりません。こういう方法というのは通常、この方法が個別的なものに通ずるために、まったく強固な幻想を引き起こし、それによって、こういう事柄の背後にある危険性が、完全に隠蔽されてしまうということになるわけです。 ■原注 ☆1 1920年3月24日の「人智学と現代の諸科学」という講演のこと。「精神科 学と現代の生の要請」(小冊子5、1950年、ドルナハ)所収。 ☆2 Theodor Svedberg、スウェーデンの化学者。おそらく、「物質[Die Materie]」(1912)という著書のこと。1914年にドイツ語に翻訳出版された。 ☆3 草稿には単に「それはーーープロセスです」とあるのみ。適宜「鉛」とい語が補足された。「種子形成プロセス」を参照。 ☆4 第一講の注参照。 ハーネマン:Christian Friedrich Samuel Hahnemann 1755-1843 ホメオパシー(類似療法。健康な人に投与すると、ある病気の症状と類似した症状を引き起こす薬物を、実際に病気にかかっっているひとにごく少量希釈して投与することによって患者の体内の治癒力を呼び覚ます治療法)の創始者。ドイツのマイセンで生まれ、ライプツィヒ大学で医学を学びウィーンで臨床医の研修をした後、エルランゲンで学位を得る。マラリアの治療薬であるキナ皮を健康な人間が服用すると、マラリアと類似の症状を引き起こすという事実を確認し、それをもとに、ホメオパシーの考え方を発展させた。 ■訳注 * ラテン語の原文は ”Facilius est aurum facere quam destruere.”「黄金を壊すより、黄金をつくる方が易しい」というローマの箴言 第六講本文-後半部-第三:ハーモニー(harmony)-了/本文-完了 哲学・思想ランキング