Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年10月24日
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カテゴリ: 霊魂論
ルドルフ・シュタイナー
「精神科学と医学」第九講 1920年 3月29日   ドルナハ
第九講-5
 珪化の正反対のものは、私たちが人間外部の自然において炭酸形成(Kohlensaeurebildung)と呼ぼうとしているすべてのもののなかに含まれています。炭酸形成というプロセスはいわば、珪酸形成(Kieselsaeurebildung)の対極に位置しているものなのです。したがって、治療にあたって炭酸形成プロセスを追求していくことは、今度は生体組織において私がたった今特徴をお話ししたものの反対にあるものすべてのために、最も広範囲に消化と関わっているけれども、その出発点、その起源は消化システムそのもののなかにあるようなすべてのもののために、不可欠なのです。ですから、何らかの炭酸結合というものは、とりわけ、それを自然そのものが形成しているようなやりかたで用いるなら、つまり他ならぬ植物によってそれを獲得するなら、このような病気の形式の場合きわめてうまく使いこなせるのです。さてここである種の関連に注意しておくことが非常に重要です。皆さんがまず物質を、匂いをかぐときと味わうときに物質が提示しているものに従って追求するなら、匂うことはもっぱら私たちを他の可視的世界に出て行かせ、味わうことは生体組織のなかに隠されているものに引き入れるのですが、消化をそれに従って考慮するなら、次のように言えるでしょう。消化プロセスの開始時に起こっていることに関しては、諸物質はこれほど溶け合い、混ざり合っている。けれども、器官のプロセスが進むにつれて、人間は、混合しているものの再分離に関わるようになり、物質的なものよりむしろプロセス的なものの再分割がなされると。そしてこの、栄養摂取において一緒になったものの分割、再分離こそが、生体組織の非常に大きな課題の一つなのです。生体組織が先ずとりかかるのは、一緒になったものの、主要な分離であり、つまりそれは、一方では腸を通じて排出されるべきものすべての排泄に向かい、さらに尿を通じて排出されるべきものすべての排泄に向かうのです。これですでに私たちはある器官組織に接近しているのですが、この器官組織に対しては、治療の際に医師のイントゥイション(Intuition/直観)が非常に問題になってくるでしょう。私たちが接近するのは、人間の生体組織において非常にすばらしい作用をしている腎臓組織で、これはそのプロセスにおいても、まったく奇妙な分岐を成しています。しかしこれについてはまた後ほどということにしましょう。さて問題は、以前の講演でも示しましたように、腸を通じての排泄であるすべてのものは、頭部における経過と関連していて、これら二つは互いに関連しあっているということです。同様に、尿における経過はすべて、心臓の回りで、つまり心臓組織において起こっている経過と関連しています。根本的に、腸を通じての排泄であるものすべてにおいては、人間が珪化プロセスを模造すること、尿形成において起こっているすべてのことにおいては、炭酸プロセスを模造することが関わっているのです。これらの関係はさらに、健康な人間において起こっていることと、病気の人間において起こっているはずのことを結びつけるものです。これによって私たちはむしろプロセス上の関係を指摘したのですが、これらは一面的に観察されてはならないでしょう。こういう事柄すべてに精通してはじめて、昨日きわめて納得のいくやりかたで、シャイデッガー博士によって類似性の法則として言及されたことを正しく評価することができるようになるということがわかってくるでしょう。この類似性の法則はきわめて重要なことを含んでいます。けれども、不可欠なのは、たった今私たちが確認したような関係を考察することによって得られたすべての要素に基づいて、この類似性の法則を打ち立てることです。なぜなら、私がたった今皆さんと議論いたしましたあらゆることの背後にあるのは、実際またも人間と鉱物的なものとの関係だからです。私たちが一方で、いわば珪質のものについて、人間を形成するものとして語り、人間を再び解体する炭酸的なものについて語るなら、生のプロセスとは、この絶え間なく形成し解体する傾向のなかにあるのです。私たちが一方で、人間を形成するもの、珪質的なものを見るなら、忘れてはならないことがあります。それは、先日の講演ですでにその理由は部分的に暗示しておいたのですが、人間生体組織におけるこの珪質のものに似た部位には、鉱物的なものすべてとの親和性があること、つまり鉛的なもの、錫的なもの、鉄的なものにに汲み尽くされる鉱物的なものとの親和性があるということです。つまりこのように言うことができるのです。心臓より上にある部位に目を向けるなら、私たちは、人間においてそこで一方では珪酸的なものから作用し、他方では鉛的なもの、錫的なもの、鉄的なものから作用するものに目を向けなければならない、と。鉄的なものは、肺の形成プロセスにより強く関わり、錫的なものは、頭部全般の形成原理と、そして鉛的なものは、骨に局所化されている形成原理と非常に強く関わっています。なぜなら、骨の構造と骨の成長は、実際本質的に、上部人間から発するもので、下部人間からではないからです。さて重要なのは、これらの事柄がどのように相互作用しているのか、つまり例えば珪酸塩をどのように使うのか、この場合、常にその金属がこれら三つの代表的金属と類似しているかどうかを調べなくてはなりませんが、こういうことをいわば慎重に吟味するすべを学ぶことです。さらに他方においてはっきり理解しておかなくてはならないことは、下部人間は、銅、水銀、銀と親和性があり、すべての炭酸プロセスにおいて、これらの金属に親和性のある金属、あるいはこれらの金属そのものを、どの程度用いるのか、それらを炭酸形成プロセスと何らかの方法で結びつけるのかということを考慮しなくてはならないということです。そうすることによって、地上において地球外的なものに起因している金属的なものと、普通は岩石状であるもの、つまり炭酸形成原理の影響下に形成されたものと、珪酸形成原理の影響下に形成されたものとが、統合されるのです。こうして私たちは、何らかの場合に人間の生体組織が治癒されるように、私たちが生体組織に供給せねばならない外界のものを、徐々に具体化していく可能性に近づいていくのです。その際常に注意していなければならないことは、あまり下位の感覚には作用しないもの、つまり匂いや味にはあまり作用しないもの、すなわち、その本質が外部に向かってそれほど一目瞭然ではないと申しますか、そういうものは、非常に希釈した状態でも作用することができ、それに対して、その本質がまさに匂いや味のなかに一目瞭然であるものの場合は、それほど希釈しないで用いることができるということです。匂いや味の強い物質は、治療するものがどこにあるかはっきりわかっている場合には、基本的にそれ自体としてきわめて良い薬なのです。特に、その治癒作用が通常の食餌療法によって相殺されない場合には、そうなのです。とはいえ、こういう事柄にさらに立ち入っていくこと、少なくとも、次のようなことを考慮しておくことが必要です。つまり、人間の感覚はどれも、このように細分化されていて、この場合に言われなくてはならないことは、反応を見いだすための最良の試薬、最良の薬というのはやはり根本的に言って人間そのものであるということです。匂いも味も無いような物質の場合これが困難になるのは言うまでもありません。けれども皆さんに注意していただきたいことは、とりわけ医師にとって重要な、一種の自己教育というものが存在しているということなのです。この自己教育というのは、養成することのできる精妙な感受能力、そうですね、外的な自然界の珪質形成プロセスのようなものにおいて何かを感じ取るというところまで導いてくれるような感受能力を養成することにあります。ひとつ考えてみてください、なるほど石英は非常に規則的な形態を見せていますが、この、一方でこれほど規則的な形態を見せている岩石・鉱物が、それに親和性のある形成「珪酸形成」においては、今度はあらゆる可能な結晶形態をとる傾向にあり、珪酸塩の場合、結晶化する際の多様性は途方もないものであるということ、これには実際何か意味がある筈です。こういうことを感じ取ることができる人は、さらに、きわめてさまざまな形態形成の可能性があるなかで、いかにして分散させる要素が優勢になっているのか、感じ取ることもできるのです。外的自然において、珪酸塩の場合ほど多くの形成物を生じさせる可能性があるという場合は、もちろん、分散させる要素が模範とされなければなりません。これは、珪酸塩を粉末状にして用いなければならないことを示しているのです。このためには感受能力というものが身についていなければならないのです。これから見ていきますように、この感受能力がさらに薬を評価することにも通じていくからです。他方においてまた不可欠なのは、人間が自分自身を、良い反応板として、とりわけ、例えば匂いというものも、色彩感覚と同様、本来七つに区分できるというところまで感受能力を修得することです。私たちが、甘い匂い、刺すような匂い等に対して識別力を身につけたら、実際に臭覚も、味覚と同様に七つのニュアンスに細分化されることがわかるでしょう。さらに興味深いことは、臭覚における階梯、こう言ってよろしければ匂いのスペクトルを修得すると、同時に、可燃性の物質に現われているすべてのものにおいても勝手が分かるための教育手段を獲得することになるのです。いわば可燃性の物質の本質に迫っていくわけですが、そのやりかたについては明日見ていくことにします。味覚に対してある種の感受力を身につけるなら、例えば、甘い味を、塩辛い味、つまり塩からきちんと区別できて、両者の間になお五つのニュアンスを区別できるなら、まさしく自然において塩形成しているものとの、一種の内的な親和性を身につけることになります。そしてこの内的な親和性を身につけたなら、いわば自然から得る印象をもとに、そこから次のように感じ取ることができるようになるのです、これは人間の生体組織のこの面に役に立つ、これは人間の生体組織の別の面に役に立つというように。さまざまな物質の作用については慎重で厳密な科学的調査が基礎にならなくてはなりませんが、それでもやはり大きな意味を持っているのは、こういう科学的な調査の成果にも、主観的な感受能力を添えることを決して無視してはならないこと、すなわち自然に対するある種の内的な親和感情を自らのものとするということです。以上の議論は明日さらに引き継いで、さらにもっと個別的なことに入っていきたいと思います。
   第九講-5 了
参考画:味覚と臭覚



   第九講 完了

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最終更新日  2024年10月24日 06時10分08秒
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