悠々楽々

悠々楽々

2009.02.22
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カテゴリ: 雑学
今日2月23日は、ふ「二」、じ「二」、さん「三」の語呂合わせで、「富士山」の日
私、子供の頃は良く富士山を眺めて育ったものです。ですから今は富士山を望
むことが出来ない地域に住んでいますので、あの白い雪を帽子のように被った
姿が何とも懐かしく思われます。

 富士山は裾野から頂上に至るまで登山道を10に区分して、その一区切りを一
合目、以下登るにつれて二合目、三合目と数を増し、最後の頂上は十合目、一
升とは呼ばないのです。

 では、どうしてこのような数字の符号が付けられたのかについては、いろいろな
説があるのです。

 まず、基本的な説は、人間が実際に登山し、時間的に刻んで目印をつけた説。
これは富士山が「籾の山」(もみのやま)に似ていると言われ、江戸初期に富士講
と言われる山岳宗教の修験道に基ずく登山者の団体の登山が盛んに行われた
時期から、表側の村山口(今の富士宮口)と、裏側の吉田口を対照に裾野の馬返
しを起点の一合目とし、さらに途中樹木の生えなくなる樹木限界点を五合目として、
頂上に向かってこの間を人間が登りながら、励みの目標になり、また休息地にもな
る地点を時間的に刻みだし、各数量の符号をつけたというもの。各地点には山小
屋も建てられて、いまではこの説が一番有力なのです。

 次ぎが油説。これは同様に江戸時代、富士講の登山者が油で灯をともしながら登
り、途中岩室に泊まるなどして頂上を極めたが、その際必要な油は一般に一升だっ
たと言われる。そこで一升の油のうち一合まで点った地点を一合目、以下二号まで
点った所を二合目と呼んで休息地としたという説。

 ですが、登山する人が休息する区間を目指しながら、苦しい登山の道程の心の励
みにしたものと言われていますが、油で灯を点しながらの登山はちょっと首を傾げざ
るを得ませんね。

 さらには、白米説というのが有りまして、これは白米一升を逆さにこぼし、その円錐
形を10に区切って、各数量の符号をつけ、これを富士山に当てはめたと言う説。
 この説は地元の古老たちによって語られていたものですが、広大な富士山の裾野
はその昔不毛の地で、農民たちにとって米は貴重な存在であり、白雪を冠った富士山
と同じイメージを抱いていたと思われることから、このような説が生まれたものと推測
されるのです。






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Last updated  2009.02.22 16:36:57
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