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道路沿いの植え込みの躑躅が咲き乱れ、白、薄紅、牡丹色の帯が真っ直ぐに伸びていく。もうこんな季節になった。世間ではゴールデンウィークとか言っている。通勤電車内における人口密度は半減し、代わりに休日を謳歌している人種が街を闊歩する。嫌な季節になった。世の中には祝日に営業する会社ってのも数多く存在する。一国民であり勤労者であり納税者であるにも拘らず、国民の休日も勤労感謝の日も業務に追われる人間は確かに存在する。そんな立場の者から見れば、晴天の連休に浮かれて買い物に来る人間の群は、鬱と苛立ちと怠け心を増進させるマイナス要因に他ならない。この季節、仕事のある人間にとっては黄金ならぬ暗黒週間。取引先はしっかり連休取るってのにウチは平常営業。中小企業に大型連休ほど縁遠い言葉はない。…明日も明後日もその次もそのまた次も仕事だ。さっさと寝よ。本日の教訓『国民の休日がみどりの日になったと知らぬまま休んでる人間は大勢いる』
2007年04月30日
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ウチにあるバスタオルはボロいのが多い。否、使い込んでいく内にボロくなったと言った方が正しい。ともかく、そろそろ雑巾にした方がよくないかと思うほどの、チャイナドレスの如くスリット入りの代物もあり、更に恐ろしい事にはそれを普通に常時使用している事実。そこで。安く売っていたと、親が新しいタオルを買ってきた。ベージュ地に黒と赤のラインにタータンチェックのバスタオルとフェイスタオル。「アンタいつもボロいの使っているからそれ使いなよ」いや、破れていてもまだ使えるからさ。じゃなくて。サンキュ。ありがたく使わせていただくよ。で。早速、風呂上りに使用したものの。新品のタオルというものは、使用前に洗濯をするものと聞く。それは何故か?その答えを身を以って思い知った。水分の吸収が悪いから。撥水加工してあるんじゃないのかコレ?って思うほど、体を覆う水分がタオルに浸透しない。仕方ないから叩くようにして体を乾かすかと思った時、ふと、何やら腹の辺りに黒い物体がついているのに気付く。細い、糸の切れ端のような黒い繊維。栄養失調のひじきのようなコレは。げっ。タオルの繊維が抜けてる。っつーか、コレ、毛深くなったように見えるぞ。いやいや、笑い事じゃないっての。もう一回シャワーで洗い落とさねば。…こういうのを二度手間と言うのではなかろうか。しかし、こんな時の苛立ちと言うのはぶつける相手がいないので飲み下すしか術はない。人が買ってくれた物にクレームをつけるってのは例え相手が身内であっても難しいのだ。本日の教訓『古いタオルは雑巾にして再利用、新品のタオルはまず洗え』
2007年04月29日
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最近にわかに血液型性格診断が盛り上がっているので、『誕生日大全』を会社に持っていった。 「当たってる、すごい当たってる~」と、大喜びの人約1名。「当たってる所もあるけど、そうじゃない所もあるかな」冷静な人の方が多かったりする。そらそうだ。1から10まで大当たりって人はそうやたらといない。この本、簡単に言えば非常に褒め上手。短所より、長所を多く並べているので読んでいてそう悪い気はしない。「この本、面白そうだと思っていたの。 買おうかなって思っていたんだけどね」と、例の大喜びの人は語る。定価税込2940円という価格は趣味の本としてはやや高価格。確かに、この本を購入するには財布のジッパーを緩める勇気がやや要る。「いいですよ、お貸しします」そんな訳で、今手元にこの本はない。よって、内容について詳しくは書けないので、別の本について書いてみようと思う。かれこれ10年以上も昔、初めて買った誕生日関係の本『366日誕生花の本』実はこの手の本は結構好きで、見ると必ず自分の誕生日を要チェックする習性がある。てか、むしろ欲しくなってレジに直行してしまう。えっと。3月8日『栗の花』、花言葉『真心』。…マイナーなの来たよオイ。栗のイガは見たことあるが花は見覚えがない。栗の実といってくれた方がよっぽど親愛の情が湧く。「多才で行動力のある人。はっきり物を言いすぎるため、 誤解を受けやすい傾向があります。 自信家ながら、反面、淋しい孤独な人です。 誠意や真心をもって人に接するようにしましょう。 相手の立場が理解できるようになれば、 愛も心強いものとなるのです」当たってるんだなコレが。前半部分、会社で注意受けた事そのまんま。もしかして社長、この本愛読してんのか?恐るべし誕生花。侮れないぞ栗の花。この本。巻末に「花の不思議とおまじない」というコーナーがある。花占いと、花を使ったおまじないが書いてあるのだが、このおまじないとやらがまた抱腹絶倒物で一見の価値がある。「変わらぬ愛を永遠にする」「恋人の浮気を防ぐ」こんな甘ったるい歯の浮くようなのも序の口で、「恋人を好きな時間自分のものにする」「嫌いな相手に媚薬を飲まされたとき、 効き目をなくすには」同時に使用したらどうなるんだ。「裁判に負けない」罪状はストーカーじゃないのか。「錠を外してしまう」「金庫を開けるには」否、窃盗罪だ。「遠くにいる人をぶつには」「相手を傷つけ、ついには殺してしまう…」傷害罪と殺人罪キターーーッ!「透明人間になる」「地中の財宝を発見する」日常生活と次第に乖離していく気がする。「幽霊に質問する」「鳥と会話ができる」最早人間業とは思えない。「魔女を見抜くには」お前だよ。いやはや。ここまでツッコミ所多いのも珍しい。出来るわけないと分かってはいるものの、笑いを取るには充分すぎる内容。是非、機会があればごらんあれ。本日の教訓『おまじない、漢字で書けばお呪い』
2007年04月28日
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色占いだの血液型だのの話をしていて、ふと思った。自分の性格って、どんなものだろうか。ポピュラーな占い的に考えると、うお座のO型。うお座っつったら、心優しく涙もろい空想家でお人よし、他人に尽くすタイプで人に流されやすい。はっきり言って、誰だコレ。自分はどっちかって言うと現実主義者。損か得か、理があるか無いかが判断基準の頭でっかち理屈人間。人付き合いと団体行動は苦手な単独行動派。基本的に他人を当てにしない独立独歩。金銭面に細かい、言い換えれば金に汚い。口が悪く態度もデカく性格もキツい。うわ、結構やな性格だなオイ。他人だったら友達になりたくないタイプだ。O型ってのは納得できるとしても、どこら辺にうお座の片鱗があるってんだ。そして、ちょっと考えてみる。昔、幼少の頃から人間関係は非常に苦手だった。非常におとなしい内気な子供であったと言える。本の中や空想の世界に入り浸っていた傾向もある。おっ、ちょっとうお座っぽい気がしてきた。それが何故こうなったのか。まず、自分の事は自分でしなければ誰も何もしてくれないと悟った。高校受験時、公立校1本だったので自分で受験料納付して、合格後自分で入学金支払って。私立と併願の友人が無邪気に笑う。「公立受かったら好きな物買ってもらえるんだ」そりゃよかったな。こちとら自腹だよ。授業料も自分の乏しいバイト代から拠出してた。どうも、親に任せておいたらうっかりか平気でなのかは知らんがかなりの高確率で滞納する危険性を感じていた。ウチの親は好人物に分類されるが、金銭面にかけては100%信用できない。自分で出来る事は自分でやった方が絶対確実。金の管理も自分でやるのが安全。その後、家計も公共料金も妹達の授業料口座も全て支配下に置く事になる。ちなみに妹どもは在学中、自分の学費の心配をした事は全く無く、自腹を切ることなんて考えてもいなかった。先憂後楽。世の中は不公平に出来ている。あ~。何となく理解できた。キリンの首が高い所の餌に届くために伸びたように、人間は環境に合わせて適応していくのだ。大雑把で適当でいい加減な環境に住んでいると、無意識に危機感を感じてシビアな性格に淘汰されるわけだ。って事は。もしウチが、厚生労働省のモデルケースみたいなそこそこ金銭的に余裕がある平凡なサラリーマン家庭だったら。現実問題の雑多な処理は親が大抵片付けてくれて、安穏とした気楽さと束縛が紙一重の子供というポジションに甘んじている事が出来ていたら。もうちょいうお座的なおっとりしたロマンチストになっていたかもしれないって事か?どんな自分だよ。気持ち悪い、でもちょっと見てみたい。進化の枝分かれが家庭環境に合ったとは。爬虫類の一部は哺乳類になり、別の一部は爬虫類のまま。その分岐点は結構些細な事なのかもしれない。まあ、こんな図太い性格も社会人として生活していく上では結構有効だから別にいいけどさ。本日の教訓『性格は生活環境等の後天的要素で決まる』
2007年04月27日
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日本人の4割はA型が占めている。以下、O型3割、B型2割、AB型1割と続く。という事は。日本におけるA型というのは議会における与党の存在に近い。日本人は、真面目で勤勉で几帳面で心配性で集団意識が強いというのが一般的なイメージであるが、血液型占いでは、これはA型の性格として描かれることが多い。言い換えれば、A型は日本の代表選手も同然の存在である。終戦後の荒地から立ち上がり、高度経済成長を支え、学歴社会の波に呑まれ、今尚格差社会と戦う日本人。でもちょっと待て。その過半数は非A型じゃないか。ウチの会社内では時折血液型の話題が急浮上する。その根源は、A型の人間達が「自分はAだからちゃんとしてる」と冗談めかして言う台詞が主である。どうやら、A型人は自分達が真面目な人間である事に誇りを持っている人が割と多い。丁寧でキッチリしているのを「A型だから」と表現する。気まぐれでいい加減なのは「B型だから」、大雑把で適当なのは「O型だから」。超少数派のAB型など分類すらされない。ここまで来るともう差別用語に近い響きがある。日本においてはワガママで傍迷惑の代名詞は「B型」で、単純でズボラの代名詞が「O型」、変わり者は「AB型」と見事に定着している。んなわけあるかい。A型にだって自分勝手で怠け者で不真面目な人間はいるだろうし、BやOにも慎重で繊細な人間はいるはずだ。実際にウチの会社の営業職の中でダントツに丁寧で神経質な人は紛れもなくO型である。その例えを持ち出すと、「嘘ぉ、あの人、A型じゃないの?」…血液型占いは日本人の奥深くまで浸透している。確かに。血液型占いは区分が4つと余りにも大まか過ぎて、信憑性に乏しいきらいはあるが、間違いなく当たっている人間ってのも実際に存在する。B型代表、妹その1。気まぐれで喜怒哀楽が非常に激しく、ちょっとした事ですぐ機嫌を損ね、またすぐ立ち直る。物事を深く考える事無く感情と本能のみで生きている。凝り性で収集癖があり、一度ハマると徹底的にのめり込むが、飽きっぽく、すぐに興味の対象が移り長続きしない。O型代表、ウチの親。よく言えば大らか、悪く言えば大雑把。細かい事は恐ろしいほど気に留めない。人の好き嫌いが激しく、気の合う友人達には友好的だが、嫌いな人間には全く容赦なくキツい。困難な状況でもくよくよせず開き直る傾向があり、土壇場に強い。こんな連中を間近で見ていると、一概に血液型占いを完全否定できない。A型の優越論に抵抗しつつも、BやOの悪い見本みたいなのが目の前にある現実は皮肉なものだ。本日の教訓『日本人の大半は血液型占いという固定概念を信じている』
2007年04月26日
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昨日の色彩の話の続き。他にもっと変な性格はないかと探してみる。何も知らない状態において、自分がそんなハズレ色を選択した場合は非常に不愉快だが、こうして検索してみるのは非常に楽しい。名前に響きとのギャップが笑いに拍車を掛ける。あった。その名も絢爛豪華な『鹿鳴館の舞踏会』一瞬、ただの黄土色じゃないかと思ったが、色見本にマンセル値が入ってないので、黄土色じゃなく黄金色だと悟る。この2色は漢字で1文字違いの癖に扱いに天と地ほどの差がある。小学生のクレヨン箱で最も待遇が悪いのは絶対黄土色だ。色が似ているだけで排泄物の如く理不尽な扱いを受けている。対して黄金色は折り紙セットの中でも一際目立つ。鶴を折りそこなって丸めてポイなんて軽々しく出来ない威厳が漂う。かつて子供心に、色の王様というものは存在するのだと、あらゆる所に蔓延る階級社会の格差を実感した。そんなキング・オブ・カラーな黄金色を好む人は、「威厳に満ちた地位をのぞみ、その浪費はとどまることを知らない。 破滅の原因はいつも途方もない夢。 夢が打ち砕かれると、それまでの外交的性格は一変して内向に変じ、 自分を必要以上に責めたててしまう」…実は偉ぶりたがりの小心者じゃんか。浪費と大それた夢で破滅するなんて何処のマリー・アントワネットだよお前は。夢破れた後のいじけっぷりは到底王様とは思えぬ醜態。単に黄金色が好きなのと、魂が黄金色なのとは全くの別問題だ。あれ?もう1つ黄金色がある。一見ただの茶色っぽい、けれどやはりマンセル値がないのでコレも黄金色。否、こっちの方が色が濃いので真の黄金色かも。って事は鹿鳴館は単なる金色にランクダウンだ。真の黄金色、その名も輝く『金閣寺』その美しさを妬まれて本の中で放火までされたゴージャス建造物。「富裕な人柄で他人に対して強力な保護者となってくれる。 ゴールドのように至高の理想を抱き、大らかな人徳の持ち主。 いつも花形、大立て者をめざし、それ以外は眼中にない」これぞ王様。むしろ将軍足利義満。視線が完全に上から見下ろしている。為政者が道楽で建造した金閣寺と、外交政策の一環としての鹿鳴館の贅沢レベルの違いがくっきり浮き彫りになっている。やはり似たような色でも歴然とした差があるようだ。色彩における階級制度は非常に細かい。聖徳太子の12色ランキングなんて甘っちょろい。本日の教訓『偉いヤツと偉そうなヤツは別物である』
2007年04月25日
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色が教える『自分の知らない自分』本屋でふと見かけた文庫本。パステルトーンのグラデーションが波打つ色鉛筆の装丁に心惹かれてつい手に取った。 何でも、「色彩の好き嫌いを答えるとき、 人々は自分の性格を思わず告白してしまう」そうだ。「特定の好みの色から、 その人の人格の推測がほぼ可能である」とも書いてある。マジでか。ま、星占いや血液型占いと一緒で当たるも八卦当たらぬも八卦相撲はハッケヨイって事で。500色にはそれぞれ美しい固有名詞がついている。「地中海の妖精」「早春の忘れな草」「クレオパトラの真珠」麗しい詩的な響きのものもあれば、「安曇野のわさび」「宇治の茶団子」「浅草の手焼せんべい」「博多の辛子明太子」「甲子園の砂」全国名産品市かよ。「ジェラシー」「やまびこ」「ためらい」もはや何色か推測不可能。思わず爆笑してしまいそうなおかしい名前も混じっている。更に。その色を好きな人の人柄や性格が書かれていて、コレがまた笑えて仕方がない。例えば。『ペパーミントの葉』爽やかなその名の通り鮮やかな緑色だが、その性格は、「何らかに挫折した経験があり、 いつもかなえられないあこがれでいっぱい。 恨みは重なる一方で、ひたすら腹を立てている」…すっげぇ後ろ向きで陰険でひねた性格って事ですかい。ミントの名の持つ爽快感も清涼感もどこかに吹っ飛んで、綺麗な名にふさわしくないダメ人間っぷり。ミントに失礼だから改名して毒草の名前にでもしてくれ。同じ緑でも、『草千里』は、「率直で、社会意識があり、道徳心を持ち、 人の道を踏み外さないタイプ。 生活では上品ぶったふるまいもしない。 調和とバランスの色であり、希望、回復、平和を象徴し、 上品で誠実な人が好む色」…エラい差だなオイ。似たような緑でも一つ間違えればここまで貶められるんですか?格差社会もビックリの扱いの違いがここにある。コレはもう笑うしかないだろう。願わくば、自分の気に入った色に変な性格が記されていない事を祈るばかりである。本日の教訓『名前負けには気をつけろ』
2007年04月24日
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あたたたた。今、胃が痛い。別に古いものを食べ過ぎて胃を壊したわけではなく、ただ単に思い切り空腹の時に夕食を食べた結果だ。帰宅するとき既に空腹度MAXだった。おかず用食材を買って帰りながらも歩く脚に力が入らない。天に向かってアンパンマンの名を呼んで召喚したい気分。今ならあの顔一切れどころかまるごと食べられそうだ。こんな時、何で夕食前のおやつ禁止ルールなんて決めたんだろうと体重減の決心が根本から揺らぎ始める。帰宅途中で口にするのはグミ数粒とキシリトールガム。無論それでは飽き足らず、正直な体は更なる糖分補給を訴える。少しだけならいいだろうと心は誘惑に折れそうになる。『その一口が豚になる』とはよく言ったものだ。菓子類の常習性を甘く見るなよ。少し食べたらその翌日もまたつい食べてしまうに決まっている。そして日に日にその量は増えてゆくのさ。で。お菓子を食べて胃の隙間を少しでも埋めようという、賢明よりも愚鈍が勝った行為に出るのを必死に踏み止まっていたら。この有様だったりする。愛煙家が禁煙して肥満に陥る的な不可抗力。ててて。あー、少し収まってきたかも。次から気をつけようっと。本日の教訓『いくら空腹でもちったぁ遠慮して食え』
2007年04月23日
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先週の火曜日、会社に保健師さんがやって来た。去年の秋に実施した健康診断の結果に基づいて、個別に健康相談に応じるという親切設計アフターサービス。結果はほぼ異常無しだったが、どうせ無料で専門家に意見を頂けるなら受けておいて損は無い。事前に、食生活や日常の運動についての問診を記入。朝昼夕食を、週に何回・何時頃摂取するか。毎日3食キッチリ食うに決まってる。主に主食、主菜、副菜にどんな種類を摂るか。あー、日によって違うが肉だったり魚だったり野菜だったり海藻だったり豆腐だったりイモ類だったりさ。間食。これは最近は朝に食べてる。合間にガムとかのど飴とかちょっと。夜食。そんなん食ったらすぐ太るだろーが。こちとら我慢してんだよ。ジュース等の缶飲料。わざわざ買って飲む事は無い。もらったら飲むけど。まだある、細かいなコレ。朝食にヨーグルトと、ココア入れた低脂肪乳は毎日。タバコ吸わない、酒飲まない。ストレッチ週に数回、出来るだけ歩く習慣。…すごく健康的な生活っぽくないか?コレ。持ち時間は1人20分。1つ前の順番の上司は肝機能だのコレステロールだのの結果がやや芳しくなかったようで、どうも話が長引いているらしく時間いっぱい話し込んでいた。保健師さん、健康診断の結果控と問診票を見て質問してくる。「ちゃんと3食キッチリ食べてるのね。 何か気をつけていることとかある?」「えっと、夕食は主食食べてません。 その代わりに海藻とかおかずを多めに食べてます」そう。夜はご飯の代わりにわかめとか豆腐を食べている。これはカロリー制限と食物繊維の一石二鳥。ついでに言うとおかずは煮物系が多い。こだわりがあるわけじゃなく、それが一番簡単という情けない理由。「よく気をつけているのね、全く問題ないわ」おお、褒められましたよ。へへっ。最近の若者は煮物を食わない。ウチの妹どもは人がせっかく作っても手をつけやしない。会社の人に聞いても、息子も娘も食べないそうだ。自分はもう若くねぇと感じる瞬間。確かなジェネレーションギャップを痛感する。確かにコンビニの菓子パンは大好きだが、最近はちょっと我慢して時々しか食べないように心掛けている。コンビニ弁当もカップ麺も殆ど食べないが、妹どもはよく食べている。自分が作ったおかず類には目もくれず、だ。この野郎。ちったぁ義理で食えや。ウチの妹どもに限らず、そんな人種は増殖しているのだ。ふっ。今のうちに飽食の限りを尽くしておけ愚民ども。数年後にメタボリック症候群に陥るのは自業自得だ。ふはは。「他に気になることはある?」「…体重を、もうちょい、あと数キロ落としたいですね」むしろこの生活で減らないってのが悲しい頑固な体脂肪。夕食の揚げ物はなるべく控えるように。食事はよく噛むように。乳製品も低脂肪タイプを選ぶように。運動も出来るだけ回数を増やすように。それらをがんばるようにしましょう。「このままの生活を続けていて、あともう少しだけ これらを頑張れば、きっといい結果が出ますよ」はい、分かりました。とても健康優良のお墨付きゲットだぜ。所要時間は持ち時間半分の10分。…1つだけ。保健師さんに言わなかった悪癖がある。賞味期限切れの食品を平気で食べてしまう習性。かつて腐ったクリームシチューを食べ1週間胃の具合を悪くした忌まわしい記憶。その後数年間クリームシチューを食べられなかった苦い過去。にもかかわらず。一昨年賞味期限のチョコレートだの、10日前の期限のチョコプリンだの、形状と嗅覚に異常が感じられなければ平気で食う。若年層の食生活におけるインスタント食品の弊害以前に、人としてヤバイだろコレは。そら言えないわな。「気になること…この間古いチョコレート 平気で食べちゃったんだけど 全く問題が無いんですが、大丈夫ですよね」 なんてさ。本日の教訓『古すぎる食品に関しては「もったいない」精神は不要』
2007年04月22日
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乱暴でぞんざいで男言葉に近いような喋り方が、ウチの家の公用語だが。仕事に行ったらそういう訳にもいかず、出来るだけ普通のまともそうな喋り方をしなければならない。それでも。『お里が知れる』とはよく言ったもので、時折ふとこぼれ出る暴言の数々に周囲をビビらせる事多数。空腹時に「腹が減った、メシ食いたい」。腹の立つ客との電話を終えた後の「クソジジィ」。しつこく来る発注変更連絡に「また来やがった」。その他、「ムカつく」「うぜぇ」だの数え切れず。勿論この点については再三注意を受け、大分収まってきている。確かに、これは一応生物学的に雌に該当し、尚且つ職業欄に会社員と記入する人間の吐く言葉とは到底思えない。はっきり言って余り柄のよくない男子中高生っぽい。電話の向こうの客に聞かせられるレベルの言語では断じてない。会社でこの調子では貰う給料に恥じねばならぬ。そう殊勝に思ってるんだかどうだか自分でも知らないが、習性とは真に恐ろしいもので、ベルが鳴って速攻で受話器を取った瞬間、声が変わる。「はい、(会社名)の(苗字)です」勿論、いい方に変化するのに決まってる。昼の主婦向け情報番組のコーナーによくある、ダサい視聴者がプロのメイクやスタイリストの手で劇的に変身するあのノリっぽい。通常の数割増で明るく高く愛想良く変わる自分の声。語尾に見えないハートマーク本当についているっぽい。ボイスチェンジャー必要なし。どうも自分は声や話し方を使い分けるのが結構上手なようだ。それを受話器に触れるという動作をスイッチとして、無意識に発動できているらしい。我ながらある意味すごい。よく電話でやり取りするお客さんの中には、本当に可愛い子だと思って下さっている方もいらっしゃるっぽい、マジで。いやいやいや。アレですよ、昔の流行語『バックシャン(後姿美人)』。その同義語で『ボイスシャン(声だけ美人)』。電話の声を褒められるたび思うのは、「騙されてるよ、この方々は」でもいいのだ。お客さんも可愛い子が相手だと思えば幸せ、こっちもやり取りが上手くいってれば幸せ。問題全くなし!世の中騙されている方が幸せって事もあるって良い見本。本日の教訓『電話の応対時は役者となれ、むしろ声優を目指せ』
2007年04月20日
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ついに。アナログからデジタルに生まれ変わった気がした。地上波放送の切り替えよりも早いぜ、ふふん。って、別に今更威張れる事ではありませぬが、遅ればせながらようやくiPod nano購入いたしましたとさ。 早速、手持ちのCDを取り込む。今まで、CDはマイクロソフトMEDIA PLAYERに取り込んでいたのだが、iPod nanoに録音するためには中継地点としてiTunesに音楽を取り込まなくてはダメらしい。インポート、すなわち引越し作業を行おうとしたが、フォルダ形式が違うとか何だかで、続行不可能。やはりマイクロソフトとアップルは相容れぬ仲だと再確認。って事は。再びCDから読み込まなくっちゃダメだって事か。持ってるCDは別にいいけど。以前妹から借りてパソコンに落としたCDに関してはここからインポートして移せないとかなり面倒くさい。何故って。ウチの妹だよ?散らかし魔で片付けられない症候群っぽい人間だよ?部屋の何処に何があるのか住人である自身が全く把握出来てないアマゾン川流域やコンゴ盆地奥地以上に魔境じみた部屋だよ?自分が考古学者だったらスコップ持って発掘作業しちゃうって程意味不明な物が堆積された未開の地だよ?足元にゴロゴロCDやDVDは転がってるものの6畳間の奥底に埋もれたCDなんてそう簡単に見つかる訳が無い。しかも。目当てのCDケースが見つかったからといって中身が入っているとは限らない。外箱と中身が違うなんてザラだし、空箱状態ってのも充分にありうる恐るべき出しっぱなし人間。人を当てにするよりは、レンタルショップに行った方がずっと早そうだ。本日の教訓『室内を歩く時は足元にCDが無いか気をつけろ』
2007年04月19日
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Is this a DORAYAKI?No,it's a HOTCAKE. 本日のランチでございます。帰ってきたホットケーキ三段重ね。一番上にはピーナッツクリームを塗っております。何だコレ?その姿が余りにも滑稽だったもので自分で作っておきながら爆笑してしまった。ついでに言うと。焼き上がった順に重ねているので、一番上のが最後に焼いた分。幾分小さいのはタネが少なかったからという杜撰な理由。等分に分けて焼くなどという高等テクは持ち合わせちゃぁいないぜ。更に言うと。真ん中には黒蜜かけて食べたのだが、中がややレアっぽい。レアで許されるのはステーキとチーズケーキとマニアグッズくらいでホットケーキにおいては致命的なミス。火の通りが足りなかったか。ちっ。もう少しヤキを入れておくんだったぜ。オマケに言うと。最下層の、最初に焼いたヤツは裏面がやや焦げている。王道のメープルシロップで食したが、やはり焦げ特有のシャリっとした苦味がほんのり口に残る。しまった。ここでヤキを入れすぎていたのか。全体的に共通しているのは、ふちの部分の、裏返すときにはみ出して広がった部分。これのせいでマンガっぽいドラ焼風に見えてしまう。遠目でならドラえもん騙せるんじゃないのか?ホットケーキチャンプへの道はまだまだ遠い。本日の教訓『まずはひっくり返す技術を磨け』
2007年04月18日
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昨日も雨、今日も雨。ついでに明日も多分雨。ウチの洗濯籠に、うず高く積み上げられた洗濯物の山。バスタオルに、シャツにズボンに、靴下の層。よく崩れ落ちないなと感心するばかりの微妙なバランスでトリプルアイスクリームの如く危うい均衡を保っている。いや、そんな美味そうなものじゃない。さながら廃棄物処理場のゴミの山に近い。ウチの洗濯物の量は何故か日によってバラつきがある。やけに少ない日と、異様に多い日。理由は単純。洗濯物を数日分まとめて出すマヌケが数名いるからだ。コイツら平均の美学というものを知らんのか。ドルコスト方式などとは一生無縁の生活を送っていろ。仕事が休みの日には、親に代わって洗濯物を干すのが自分の務め。その日に限って洗濯物が多いのは何故だ。この間の土曜のように好天ならいいが、荒天の日は勘弁してくれ。明日はきっと大量の部屋干しが湿気を呼ぶ感じがする。気分もぐっと湿気る。雨は3日連続で降らなくてもいい。洗濯物が乾かない事も現代人にとってはストレスに直結するのだ。本日の教訓『その日の洗濯物はその日に出せ』
2007年04月17日
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一昨日の夜、伯父(ウチの親の下の兄)から電話が掛かってきた。その時、肝心の親は近所のコンビニへ行っていて留守だった。妹どものアイスを買いに行っていたらしい。親のクセにガキにパシられてんじゃねぇぞと思うが、多分親の事だから自分の缶コーヒー代を駄賃としてちゃんとせしめているのだろう。嫌な親子関係だなオイ。ともあれ。自分は気持ちよく入浴中だったので、電話は妹その2が受けた。伯父と最後に会ったのは妹どもが小学生の時だったため、おそらく伯父の頭の中の妹の姿はその時のままだろう。それでも、声や話し方に成長という名の暗黒進化を感じ取ったのか。伯父「大きくなったね、見えてないけど」前半はありきたりな常套句。後半の一言のインパクトに、流石の妹その2も、「ツッコむタイミングが分からなかった」確かにこの御仁はウチの親の実の兄だ。そりゃ普通は電話じゃ姿は見えないって。直に会った時の台詞じゃないのかそれは。「話し方がしっかりしている」などとは言わない辺りに祖父母と兄弟姉妹全員O型の親の一族のアバウトさが感じられる。で、結局何の用だったんだ伯父さんは。妹その2と世間話して終わる辺り大した用事じゃなかったのだろう。本日の教訓『10年経てば大抵の子供は大きくなっている』
2007年04月16日
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かねてよりの野望を本日実行に移した。作戦B『本日のランチはホットケーキ』材料はホットケーキミックス、卵、牛乳。まずは、これらの材料を混ぜるだけ。小学生どころか猿でも出来そうだ。なのにダマが残りまくる。何故だ。で、油を引いたフライパンにお玉で流し入れて、プツプツ泡が出てきたらひっくり返す。よっと。あ。つぶれた。しかし、パッケージの写真は美しいキツネ色だってのに、どうして実物はマダラ模様になってしまうのだろう。これ、ホットケーキってよりむしろトラ焼。あんこ挟んだ方がよくないか? 自分の製作した食物に見栄えなど小賢しいものは求めない。どんな形でもありのまま受け入れる、それが生みの親の愛だ。ホットケーキとしちゃ恐ろしく不恰好ではあるが、食べる事が出来る味ならその他はもうどーでもいいのだ。何とか無事に焼き上がった3枚に、100円ショップで買っておいたメープルシロップをかけて、「いただきます」これを言わないと喰いタンに怒られてしまう。そして勿論手にはマイ箸、シャキーン!この間のクロックムッシューもこの箸を使って平らげた。ウチの家にはフォークを使用するというハイカラな習慣が存在しない。ちなみにケーキ類はスプーンで食べる。むぐむぐ。とりあえず中まで火は通っている模様、一安心。って、初歩だろ、そんな事。普通に美味い。見た目はひどいが味は結構まとも。って、ホットケーキミックス使用で失敗する例のほうが稀だろ。おし、また今度焼くぞ。今度はトラではなくキツネを目指すぜ。本日の教訓『手製ホットケーキとはトラの衣を借るキツネ』
2007年04月15日
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人類全体の中においては自分は結構ズボラな方である。しかし、蟻の集団は働き者と怠け者に自然と分かれ、怠け者のグループもまた自然と働き者と怠け者に再び分かれるように、ウチの家族と一緒にいれば仕方なく掃除に精を出さざるを得ない。家庭内唯一の常識人を自負する身の責任はアフリカ象より重い。親は今日午前中仕事に行ったので、代わりに洗濯物を干し。ついでにレールからずれたままになっていた網戸をはめ直し。自分の布団をロフトベッドから下に投げ下ろして天日干しし。トイレも磨いてマットどけて床掃いて便座カバーも洗って。冷蔵庫の中整理してガスコンロ周辺とシンク磨いて。連中が散らかしまくった床掃いて雑巾かけて誰のものだか分からない物を積み上げて。やっと自分の部屋の掃除に取り掛かれたと思ったらもう夕方。一日なんてあっという間さ。さて。冷蔵庫の中を整理した時の話。ウチの妹その2は食いかけ飲みかけ女。愛飲するコーヒー牛乳をデカい図体晒して飲みきれずあちこちに放置し、それを飽きもせず繰り返す無駄人間。家のテーブルにはいつもの見かけたまま二度と口をつけられる予定の無い哀れなコーヒー牛乳が毎日のように存在する。飲みきるか、捨てるかして欲しいが、何を言っても無駄。ついでに菓子類も食べきれない分は放置し、再び手をつける事は無い。冷蔵庫の片隅にずっとあるのは、北海道限定のビッグサイズアポロチョコの箱。もう長いこと当たり前のようにあるその箱を、他の賞味期限切れの食物の処分がてら開けてみることにした。中には、アポロチョコ数個と一口サイズメロン味チョコ数個。確か、これって、妹その2より2歳年上の友人が修学旅行のお土産に買ってきたものじゃなかったか。この家に越してきてまもなくの話だ。…3年ほど前だ。箱に書いてある賞味期限は2005年。今年は2007年。しかし、見た所傷んでいる様子はない。チョコレートが腐ったという話は余り聞かない。そして今、疲れてとても甘いものが欲しい心境。食べてみるだろ、普通。…(もぐもぐ)。うん、全然普通のチョコの味じゃないか。捨てるにはもったいない、掃除代としてもらっとこ。これでこれからの長くつらい掃除時間も乗り切れるエネルギーが捻出できるってもんよ。自分の感性は普通の人間を標榜するにはちょっとばかし無理があるかもしれないとふと思った瞬間。本日の教訓『チョコレートは優秀な保存食である』
2007年04月14日
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ウチの家は汚い。何度も書いたが汚い。寧ろ日増しに訳の分からない物が溢れてきてこのまま行けば取り返しのつかない事態に陥るんじゃないかと危惧するほど汚い。のだめの部屋からピアノが消えたらおそらくウチになるんじゃないかと思うほど汚い。たまの休日に掃除して何とか片付けても家族が帰宅した途端に時間が巻き戻ったように荒れ果てていくので常態として汚い。これで掃除をしようという気が萎えない方がどうかしている。でも。ここで諦めたら崩壊は広がる一方だ。何とかして被害を食い止めなければ。世界の平和よりもある意味貴重な家庭の平穏のため、重圧が双肩にのしかかる。上司の息子さんたちは自分と同年代。やはり仕事で忙しく、部屋を自分では掃除しないとのこと。別の男性社員のお子さん達はうちの妹達と同じか少し下。こちらもマンガ雑誌とか捨てもせず溜め込んでいるので、親である彼が捨てたり古本屋に持ち込んで処分したらしい。はぁぁ。何処の家でも同じような苦労をしているんだなぁ。って。何故ダンナも子供もいない気楽なシングルライフのはずか、ここまで貧乏所帯じみた話しかできないのだろう。スパだのジムだのエステだのネイルサロンだのスタバだのカフェでランチだのフレンチディナーだのコーチだのヴィトンだのシャネルだのエルメスだのゴージャスなカタカナ生活とはほぼ無縁。ってか、そんな生活を続けられる年収って如何ほどか。映画はレディースディで読書は図書館でショッピングは100円ショップで電車はチケットショップの回数券。節約生活して100万円貯めました系特集組んでる主婦愛読の生活雑誌みたいなライフスタイルだなオイ。時々立ち読みしてっけどさ。でも普通に生活してれば家の中はそれなりに汚れるから最低限の掃除は不可欠だし、トイレットペーパーも米を使えばなくなるから買い出すし、ゴミの日にはゴミ袋抱えて朝家を出るし。どう考えても全く生活臭のしないおしゃれな生活ってのは多分ありえない。教訓『日常生活は現実との闘いである』
2007年04月13日
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昨日の午後2時半頃、宅配便が来たらしい。あいにく仕事で留守していたので、郵便受けには不在票。って、ちょっと待て。帰宅したのは7時。家には既に親と妹その2が仕事より帰還している。本日再配達受付は午後6時まで。やっといてくれればいいのに2人して不在票の存在に気付いてはいなかった。気付けよ。ここでつい文句を言いたくなる所だが、それはそれで非常に見苦しい光景なので、黙って再配達受付センターに電話を入れる。明日、すなわち今日12日の配達を指定して、時間の入力でふと悩む。午後4時から6時までにするか。午後6時以降にするか。自分1人なら迷うことなく後者を選択する。5時半終業のため、どれだけ急いで帰宅しても6時半。しかし、親の会社は確か定時が3時。4時過ぎには帰還できるはず。希望的観測に頼ってはいけない。物事は最悪の展開を予測した上で行動を始めるべき。常々そう信じて生きていた筈が、ついうっかり甘っちょろい判断に身を委ねてしまった。午後4時から6時までの時間帯を選択。人生において無数に存在する運命の分岐点で道を誤った瞬間。今日、昨日と変わらぬ時間に帰宅して、やはり昨日をそのままなぞるように家には親と妹その2、郵便受けには不在票。時間は午後4時20分。…連中が帰宅したのは5時だったそうだ。ヤツ等の寄り道好きという嗜好を計算に入れ忘れた結果だ。今日こそ気付けよ。つい愚痴りそうになったが今日の件に関しては自分にも非があるので、またも無言で再配達以来の電話をかける。今度は勿論6時以降で。アナウンス音声を聞きながら、徒労感が体を支配するのを不快に思いつつ感じていた。自分以外の人間を当てにしてはいけないと再確認。本日の教訓、『歴史は繰り返し、日常も繰り返す。単に進歩が無いだけとも言う』
2007年04月12日
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ポテチ大好き女と言えば、むしろ主食となりつつあるレベルの妹その1・トロの通り名だが。そんな人体の半分がジャガイモで出来てそうなヤツにも、苦手な味があるらしい。トロ「梅とか、シソ味とかダメ」梅シソ。そういや昔は自分も梅干とか嫌いで食べなかったが、最近はご飯に梅入りゆかりを振りかけて食べるのがマイブーム。人間成長すると食の好みが変わるそうだが、苦手から好きになった食物は梅シソと鮭の皮くらいで、キュウリもトマトもマヨネーズも漬物も未だ好きじゃない。っつーか、キュウリなど一生かけても好きになるどころか食えそうにも無い。話は戻るが、妹その1の一番のお気に入りはのり塩味。様々な変り種に次々に手を伸ばしているようだが、本命は昔からの定番の味。意外とコンサバなヤツ。トロ「イカはさ、うす塩好きじゃないんだよね」頷くイカ。妹その2・イカはどうやらアンチうす塩だったらしい。いや、今まで知らんかった。ちなみに好きなのはコンソメ味だそうだ。親「コンソメはあまり食べないね、塩味が好き」親子で正反対ですか。ってか、何さこの連中の好き嫌いの激しさ。某マンガで『自分の家族でコンソメ味を食べるのは自分1人しかいない』って場面があったけど、コンソメだろうがのり塩だろうがうす塩だろうがポテチに好き嫌いなんか言ってんじゃねぇと心の中で毒づいていたのだが、自分の身内にそんなワガママな人間がいた。それとも何か?味に好き嫌いがあるほうが普通なんだろうか。どれも甲乙付けがたいってのは実は優柔不断な少数派だったのか。…ってことは、何味を買ってくれば自分の口に入る量が増えるのかな。
2007年04月11日
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買い物中、店内を流れる有線放送が耳に入った瞬間、1週間ほど水遣りを忘れた観葉植物の鉢に久方ぶりの水分があっという間に貪欲に滲み込んでいくように、一気に心の奥まで入り込んでしまった。いわゆる一目ぼれの感情作用に似ている。Mr.Childrenの『彩り』。 日本中殆どの人がその名を知っているような言わずと知れた超有名バンド。ボーカルの桜井さんと同じ誕生日ってのが何気に嬉しい。社会への皮肉や強いメッセージ性のある歌も魅力的だが、この歌はとても純粋で優しい。平凡で単調な毎日に追われていても、それが巡って他の誰かの喜びに変わる事への幸福感。その積み重ねにより、味気無い『モノクロの僕の毎日』が少しずつでも確かに彩られていく、水彩画のように美しい情景。仕事がつまらないと感じたり、物足りない思いをしたり、逆に疲労に負けて無気力に陥ったり。それでも。似たような不満や不安を抱えながら一生懸命に頑張っている大多数の人々がいて、誰かが作った物を別の誰かが食べて美味しいと感じたり、見ず知らずの人の小さな親切が嬉しかったりと、ふとした事で世間の見えない絆に気付いたりする。孤独じゃないんだよときれいな彩りは語りかける。つい涙腺が緩みそうになってしまったのが、『ただいま おかえり』日常何気なく使っている当たり前のこの言葉。難しい表現も飾り立てた言い回しでもないこのフレーズが、温かくて泣きたくなるほどに切なく響く。この言葉を言える限りは幸せな日々が続いていく気がする。あまりCDを買う方ではないのだが、これはついつい買ってしまった。他の曲も優しい雰囲気のものが多く、癒し系って感じ。目下最大の問題点は、CDプレーヤー持ってない。MDラジカセ調子悪くてMD録音ままならない。ゆっくり聞きたいってのにさ。
2007年04月10日
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先々月半ばでウチの会社を退職して再就職した男性社員が、今日、突然会社に顔を出した。「実は、仕事辞めちゃって」早っ!ってか明るすぎないかアンタ。「ハローワーク行ったら、失業手当貰うには ここの離職票がいるって言うから、お願いします」そう。辞める時点で既に再就職先が内定していたため、失業保険を受給するのに必要な離職票を交付する要求がなかったので、作成しなかったのだ。しかし、何が不満だったか知らんが、諦めるのちと早くねーか?賞味2ヶ月も勤務しちゃいないだろ。何でも。彼の再就職先は引越し屋で、営業職ということで入社したものの、実際に配属されたのは現場の仕事、しかも朝4時半起きだとか。給料はその分いいらしいが、話が違うってことで退職したそうな。でもさ。引越し屋の営業っつったら、引越しの見積もりに出向いたりする人じゃないのか?家具がどれくらいあって、箱はどれくらい必要で、車はどの大きさで足りるかって説明する仕事のはず。それってさ、現場の仕事もある程度把握できてなけりゃ厳しいんじゃないのか?同業者からの転職ならともかく、異種業界からでいきなり営業職ってのはかなりの冒険だと思うのだが。現場仕事を経て営業ってコースだったのかもしれないだろ。余所の会社の事情はよく知らないからそれ以上何とも言えないが。ちょいともったいなくね?話は違うが。3年弱前のウチの引越しの時。引越し屋の営業担当者に見積もりに来てもらうのが非常に恥ずかしくて仕方がなかった。アニメのコスプレをして秋葉原の町を闊歩するより恥ずかしい。あの人類の住処とは到底思えない劣悪な居住空間を晒す事は良識ある人間として最低不可欠な日常生活能力が欠如している事を他人様に自慢げに公表するようなものだ。ゴミと物とが不協和音をBGMに無秩序に共存する魔窟。多分あれほど汚らしい家ってのもそうそうお目にかかれないんじゃないかと思う。ある意味貴重な体験したな、あの営業の方。尚恐ろしい事に、そんな惨状に日一日と近づきつつある今の居宅の現状がおぞましい。本日の教訓、『家ってのは住んでる人間にふさわしい器である』
2007年04月09日
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政令指定都市YH市民でありながら、市内中心部より複数の隣接市に出る方が近いという辺境の地在住故、外出・買い物・映画鑑賞を楽しむのは専ら隣市YS市中心部である。YH市中心部ってのは県中心部だ。都内には及ばないが駅周辺にはでかい百貨店があり、新興臨海地域には日本一高いビルだの遊園地だのもあり、昔から名の知れた有名な港町や華僑の街もあり、市民は皆シュウマイを主食にしてるんじゃないかと他県民は思ってるんじゃないのか。(思っちゃいねーよ)市民税納付義務者として、非常に立派な町だと思う。思うのだが、ちょいと敷居が高い気がする。店も商品も豊富にあるが、ありすぎてむしろ見て回りきれない。ついでに人の量が半端なく、何処となく気忙しい。県内中の若者が集中してるんじゃないのかと思うほど渦巻く購買意欲オーラが眩しい。ちょっと散歩がてらのんびり歩くにはやや落ち着かない。そこへ行くと、YS市中心部は割と落ち着いている。それでもショッピングセンターがあり、シネコンもあり、マックもケンタもミスドもあり(モスがなくなったのが痛いが)、必要なものは殆ど事足りている。何より、大型100円ショップが3店も至近距離に存在しているってのが嬉しい。それぞれ別系列店舗なので、品揃えが違う。100円以上する商品を多数取り揃えている店や、比較的新しい有名メーカーの菓子を扱う店など、ウチの近所の小型店舗とは比べ物にならない楽しみがある。これらの店のハシゴショッピング。決してYH市中心部では味わえないチープでみみっちくも至福の買い物タイムがここにある。で。買ったお菓子も、通常100円じゃ絶対買えない菓子類。キットカットもダースもチロルチョコ10個入りも好きだが、下手すりゃ98円だの85円で売っていたりする菓子はここでは買わない。森永ラドンナ。確かこれはスーパーで200円近くで売っていた、即買い。明治ガルボ・ホルン、グミ入りのチョコレート効果。これらも近所の100均には置いてない。ブルボンガナッシュガナッシュ・フランボアーズ。期間限定の文字が眩しい生チョコ。菓子の量を気にして食べる人間の行為とは到底思えない。そして、意外な掘り出し物もある。100円コスメはさほど耳慣れないブランドや自社商品が定番だが、数ヶ月前、メンソレータムの日焼け止め乳液を発見。ドラッグストアで普通に売っている、ナース少女のマークでお馴染みのあの商品だ。やあ、こんなところでロート製薬にお目にかかるたぁ奇遇だね。そして今日、同じ店の同じ場所で、やはりメンソレータムボディデールUV、ボディケア用乳液発見。今日の邂逅もナース少女は微笑みかけてくれました。うわ、いいんですか。これからの季節にUVカット乳液ってのは嬉しいですぜ。2つ買っとこ。そんな訳で、200円商品1点含めて総数25点、総額2730円分のお買い物。とても楽しゅう御座いました。第2のホームタウンYS市よ、サンキュ。
2007年04月08日
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明日は統一地方選挙。選挙カーから繰り出されるやかましい名前の連呼が聞こえなくなるのは非常に喜ばしい。根性の曲がった人間故、政治家を標榜する人種に対しては非常に意地の悪い見方をしてしまう。でもいいのだ。市民は政治の厳正な監査役であるべきで、馴れ合う相手ではありえないのさ。今日は帰宅途中、自宅の目と鼻の先で、地元在住のJ党の市会議員候補の選挙カーに遭遇。『あたたかいご声援ありがとうございます』いや、しちゃいねーから。人並みがあれば流されて知らん振りを決め込みたい所だが、雨も降り出した裏道で、他に通行人もいないので、仕方なく軽く会釈などして早足で通り過ぎる。『ありがとうございます』だから、何にもしてねーっつーの。この選挙特有のバリバリに暑苦しい時代錯誤気味の高揚感って非常に苦手。『私、命をかけさせていただきます』と叫ばれても、政治家の殉職なんてそうやたらに聞かないので非常に胡散臭い。命かけるより議員年金返上してくれた方がよほど国民の役に立つ。しかし、あたたかいご声援を下さる市民の方ってのはどうやら本当にいるらしく、近所のオッサンらしい人が、『●●(候補の名)さん、頑張って!!』と大声で応援する声が背後から聞こえた。どうもこの現職候補殿はここいらの古い住民には割と人気があるらしい。知らんかった。さて。今思い出したが、選挙公報をまだ見ていない。っつーかウチに届いていないらしい。ちと困った。誰と誰が立候補してどんな公約してるのかさっぱり分からん。こういう人間が参政権を持っていて投票に行く辺り、日本の政治は民主政治というより衆愚政治のレベルに近いんじゃないのかとふと感じる。
2007年04月07日
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唐突に何かを食べたくなる衝動に駆られる事がしばしばある。ってか、殆ど毎日食欲は円グラフに組み込まれた日課の如く定期的に頭をもたげる。ネットなんか見てるとダメだね、つい、食べ物のページにマウスポインターが行ってしまう。結局見るだけだけどさ。あと、スーパーで買い物をしている時、値引きシールの菓子パンとか商品入れ替え処分中のお菓子とかをいけないと思いつつも見て回る習慣を体が欲している。未練を断ち切るように背を向けて、ふと視線をずらした先に飛び込んで来たのは、ホットケーキミックス。ホットケーキ食いたい。一瞬でそんな煩悩が湧き出る欲望のツボが人体のどこかに多分ある。逆に制御するツボはないものか。とにかく、突然ホットケーキをフライパンで焼いてみたくなったのだ。マーガリンとか、ピーナツクリームとか、メープルシロップをかけて食べたくなったのだ。最後にホットケーキを焼いたのはもう何年前になるのか、さっぱり覚えちゃいない。今はもう処分したホットプレートで焼いてたな確か。よっしゃ、今度ホットケーキを焼くぞ。そしてたらふく食うのさ。ついでに余計なことを思い出した。もっと大昔、ホットケーキミックスではなく、小麦粉と卵、水のみで焼いたホットケーキもどきは表面黒焦げ、中は生焼けで死ぬほど不味かった。戦時中の代用食もビックリの酷い代物である。材料が無く、ありあわせだけで作るにも限度ってものがある。そう思い知った忌まわしい記憶。あれはホットケーキじゃない、あれこそ黒い悪魔のお菓子・デビルズフードケーキに相違無い。過去の教訓、『菓子作りには砂糖と牛乳を忘れるな』
2007年04月06日
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昨日、久々に自分の中で二塁打並にヒットな料理を食し、調子に乗っておやつもガッツリ食べて、三塁打級の満足感を味わったのだが。げっ。その分しっかり太ってる。ありえないほど余剰エネルギーに対して反応のいい体だ。食ったら、即溜まる。盗塁王クラスのスピードだ。よほど体内に栄養素を備蓄しておきたいと見える。某在京球団の二軍並に層が厚い腹部の脂肪。何つーか、体重落とすのは、コツコツ犠打で走者を進めて何とか1点をもぎ取るような堅実且つ地味なプレイに似ているが、増える時は四死球が続いた後一気に満塁弾をかまされるようなものだ。もう、あっという間の大量失点。●村はぼやくし星●は暴れる。もうベンチ内大恐慌だ。はぁぁ。野球…じゃなくってストレッチしよっと。
2007年04月05日
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外食っつってもファーストフードがいい所の食事出不精人間。カフェで昼食など、憧れつつも結局実現しそうにないハワイ旅行のような存在。それでも、時々は美味しいものが急激に食べたくなるのだ。煮物だの玉子焼きだの炒めた肉だの鮭の切り身だの、好きっちゃあ好きだけど明らかに製造過程に手抜きが感じられる定番時代劇ドラマ以上にマンネリ化した食事が続いているせいだ。それだ。問い、何故自分の料理が美味く感じられないのか。答え、面倒くさいからと手をかけないものばかりを作るから。一手間かける。その僅かな努力を惜しむだけで、出来上がりには大きな差が出る。更に、かけた手間が料理の質を上に見せる錯覚効果も否めない。そこで、今日は意を決して挑戦してみることにした。ちょっとカフェっぽいメニュー、クロックムッシュー。何つーか、名前からしてもうフレンチっぽい。ハムとチーズ食パンに挟んで焼いただけじゃねーかと思いつつ、今まで実行しようとしなかったワンランク上の調理法を試みる。まず、食パン2枚にマーガリンを塗る。バターじゃないってのが何とも庶民くさく既にこの時点で邪道。ハムとチーズを挟んで重ねる。通常ならこれをそのままオーブントースターに入れて焼いて終了だが。卵1個を溶きほぐし、牛乳と塩少々を加える。この卵液にパンを浸すのだが、ウチにはバットというものがないので、皿に乗せたパンに上からぶっ掛ける。ひっくり返して下側にも染み込ませる。こんな豪快な力技、フランス人どころかアメリカ人でもしやしない。熱したフライパンに、これまた代用バターなマーガリンを敷き、黄色く卵衣を着たパンを焼く。ひっくり返して、おお、焦げ目が美味そう。白身部分がよく混ざってないせいか所々白っぽいが気にしない。両面焼いたら皿に移し、4つ切りにする。出来上がり~イマイチ不恰好だが、なかなかいい感じじゃないか。食べてみる。うむ、トースターで焼くよりパンがふわっとしている。フレンチトーストになった事で卵の味が加わってお得な気分。これは出来たてを食べるに限るな、はふはふ。思ったより時間もかからない。トースターの待ち時間程度だ。作った時間より短時間で平らげて思う事。もっと食いたい。しかしそれはちょっと食いすぎだろう、満腹中枢が寝ぼけているんじゃないのか自分よと思い直し、おかわりを泣く泣く断念し、デザートに手を伸ばす。やっぱり食後には甘いものだねとかじるパイシュー。非常に贅沢な気分の自宅ランチタイムだったとさ。よっしゃ、また今度作ったるぜ。本日の教訓、『通常より手がかかっている食事は何となく美味しく感じられる錯覚効果を生かすべし』
2007年04月04日
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満開の桜を濡らす冷たい雨。散り急ぐ花を後押しするように降る。水たまりを覆い尽くすように散らばり重なり合う花弁。雨は嫌いだ。洗濯物が乾かないじゃないか。…桜、全然関係ないじゃん。ウチには乾燥機付洗濯機も浴室乾燥設備もない。ついでに、バルコニーといえば聞こえはいいが物干スペースの屋根部分がほとんどないため、(屋根があるのがベランダ、ないのがバルコニー)マンションのベランダと違い、雨の日に外干が出来ない。更に。ウチの親、雨の日は室内に洗濯物をあまり干したがらない。どうせ大して乾かないからと後回しにする腹だ。1日くらいならまだいいが、連続で降られると非常に困る。翌日は晴天になるという確固たる保証は何処にもないからだ。洗濯籠の中に、昨日の朝洗濯した、一昨日着用分の服発見。…いくら完全には乾かないとはいえ、少しでも干しておいた方がまだいいような気がするのだが。
2007年04月03日
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昼食は自家製弁当派だ。そう言えば非常に家庭的な気もするが、無論そんなものは錯覚に他ならなく、要するに単に夕飯のおかずを詰めて翌日会社に持参しているだけだ。弁当というより、むしろ残飯に近い。ついでに作る時間も夜作っておくという徹底した手抜きっぷり。会社に電子レンジが無ければ成り立たない邪道である。さて。昨日の夜、日本中の多数の会社員が明日の出勤を憂鬱に感じてる頃、やはりやる気の欠片も無い状態で弁当の準備を始めた。炊飯器を開けると、ご飯が半分ほどしか入ってない。ここでどっさり弁当用に貰ってしまっては、家族の夕飯分が残らないなと殊勝に思い、少なめに弁当箱に詰める。ホントにこんなんで足りるのかオイ。夕食は控えめにしてるけど、その分朝昼ガッツリしっかり食ってるから体力が持つんだぞ。で。今日は月初と週初めが重なった仕事分量的に最悪の日。ついでに何かとトラブルが続く。無駄に疲れ、空腹に耐え兼ねそうになる午前中。待ちに待った昼食タイムにふと思い出す。今日の弁当の量的不足状態。何?これ、強制ダイエットか?昨日のカロリーなんかとっくに燃焼したはずだぞ。チョコレートサンデーの代償といわんばかりの侘しい弁当が午後の怒涛の仕事時間を無事乗り切れるかの不安を無意味に無責任に掻き立てる。本日の教訓、『弁当はたっぷり入れろ』
2007年04月02日
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貯金というものはただ単に貯め込むのみならず、貯めた分で欲しい物を買い満足感を得るのが王道であるように。日頃しみったれた地味で垢抜けない食生活を送るのも、時折味わう贅沢な食事の付加価値を高める効果に繋がる。つまりは、たまには美味いものドーーーンと食っちまえって事さね。そんな訳で、暦上は世間が嘘偽りで溢れ返る愚者の日とされている今日、度胸を決めて行って来ましたファミレスへ。一般的に敷居が低い飲食店の代名詞とされるファミレスも、ファーストフードがいい所の自分にとっては煌びやかで華やかな世界。1回の食事で1000円以上使うなど恐れ多い。改めて自分の金銭感覚は別の意味で異常だと実感する。しかし今日の目的はランチではない。人間が生まれながらに持つ本能・糖分補給欲の充足を図るべく、かねてよりの宿願・チョコレートパフェを食べるのだ。某有名ファミレスには、悪魔の名を冠したデザートがある。『Devil's チョコレートサンデー』米国ではチョコケーキを悪魔の食べ物と称するが、確かに、このボリューム&カロリーは危険な魔性の誘惑。しかし、悪魔が怖くて八百万の国の民は務まらぬ。ウチの田舎の菩提寺は曹洞宗だ、多分。運ばれてきたサンデーを見る。日中に食べるのがサンデー、夜に食べるのがパフェ。ついでに今日は日曜なのでダブルサンデー。中点を仰ぐ百合の花のようなグラスに、危ういバランスで突き刺さるチョコレートのブラウニー、チョコプリンにチョコアイス。生クリームにかかるは勿論チョコシロップ。もう、チョコ、チョコ、チョコ尽くし。辛党人間なら見ただけで口の中がベタつきそうな代物だが、慢性チョコレート中毒と急性パフェ食べたい病を併発している甘党人間にとってはこんなもの目じゃないぜ。効果音つけるなら、ひょいパク、ひょいパクって感じで次から次に口の中へ軽快に運ぶ。1人で午後のファミレス来て、ビッグサイズのチョコサンデーをがつがつ食べるってのもある意味羞恥プレイに違いないが、代償として甘味摂取がもたらす幸福感は計り知れない。あー、美味かった。口直しに塩っ気が欲しいけど、既に600超kcalを胃袋に収めた身分故、ここで打ち止め。帰ったら焼海苔でもかじるとすっか。さて、早足で歩こう。そして夕食は控えめでいこう。本日の教訓、『チョコレートデザートを食べる時は、魔道に堕ちる覚悟で望むべし』
2007年04月01日
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