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1つ先の駅のショッピングセンターへは歩いて約40分。幼少時からの馴染みは深いが、立地条件の不便さから月に数回程度しか訪れないものの、ここには他を遥かに凌駕する誘惑的な魅力がある。食品コーナーの、試食の豊富さ。隅にあるベーカリーでは2、3種類のパンの試食があり、ウインナーやハンバーグとかのチルド惣菜や、出来合い惣菜の店ではコロッケやカツの試食もある。全てが常時必ずあるわけではないが、ぐるりと1周回れば必ず何かしらの試食にありつける実にありがたい場所。さて。今日は試食の花形・ウインナーがなかった。この間はやっていた餃子も今日はない。この雨ととってつけたような寒波の所為か明らかに不作だ。ふと、足が止まった。エプロンをつけた女性が立っている一角。就学前の幼い姉妹と、その母親らしい人物がなにやら食べている。試食を嗅ぎつけるのも才能の1つさと開き直り接近する。チョコレートがそこにあった。明治製菓のショコライフ。『ひとときの贅沢を』のキャッチコピーの元、100円という価格と比較して確かに量的には物足りない感のある、厳選された素材を生かした味わい深いチョコレート。季節で切り替わるその種類は豊富で、食べてないうちに店頭から消えて涙を飲んだこともしばしば。それが、現在発売されている8種類全部が豪華にも試食に供されている。幼い姉妹はどれが美味しいのかと食べ比べて考えいる。どれか1つ、好きなの買ってあげるから選んでいいよと母親の声。そりゃ悩むよな。大人である自分でも菓子の種類の選択には様々な欲望と煩悶と苦悩とがついて回るのだ。子供と同レベルで1つずつチョコの欠片をつまみ口に運びつつどれが一番美味しいかテイスティング。「もっと食べていいよ、いっぱいあるからね」子供達に話しかける試食コーナーの女性はかなり親切な人のようだ。これがウインナー売り場に仁王立ちするオバちゃんタイプなら速攻口に入れて早々に退散したくなる。子供達がお気に入りの味を決め立ち去ると、自然と取り残される状態に陥る。「どれがお好きですか?」にこやかに店員さんが声をかけてきたのは当然の成り行きといえる。「あー、どれも美味しくてなかなか決められないですね~」実際、ホワイトもミルクもはちみつも普段それほど食べることのないイチゴも抹茶もなかなか美味いのだ。「そうですね、色々種類がありますしね。 もっと試食いいですよ、まだありますから」いい人だ。ぐるぐる回って試食食べ荒らすなんて日常茶飯事のこんな傍若無人人間にも人らしい心はチョコの欠片ほどはある。どれか1個、買っていこう。1個98円の商品を全種類大人買いをしない辺りが非常にみみっちい。悩んで選んだのは、アーモンドペーストと粒々焼き菓子と粗塩の、塩プラリネ。商品と財布を手に意気揚々とレジに直進する。他の味はまた今度買おう。何処か別の店では確か78円で売っていたことを思い出しながら。本日の教訓『「買って」と直接的に勧めない方が意外と効果的』
2007年09月30日
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先日、ウチの会社に蟻が侵略を開始している事実が発覚した。しかも自分の椅子の真下を傍若無人に通行していたので、踏んでやった。ところが。踏まれても虐げられても諦めの悪さはゴキブリに勝るとも劣らない蟻の執念恐るべし。甘味を目指し、着々と地下潜伏を進めていたのだ。給湯室のガスコンロ隣に、円筒型のインスタントコーヒーの瓶が3本ある。1つは詰め替え用コーヒーが入った瓶。もう1つは詰め替え用クリーミングパウダーの瓶。最後の1つは砂糖が入った瓶。こんな所が微妙に地球に優しい、3時のコーヒーという福利厚生。コーヒーの瓶を開けカップにスプーンで2杯。味が薄くて不味いと言われた経験から心持ち多めに入れる。さて次はクリープ…と。瓶を手にとって持ち上げ蓋を開けた時、瓶側面の不自然すぎる黒いゴマ粒模様が目に入った。大変だ。クリーミングパウダーの瓶に、小さな蟻が集団でたむろしていた。何故クリープ?この場合砂糖狙うんじゃないのか?よく見たらコンロ周辺はそれこそ団体さんいらっしゃい状態。否、来るな。ぼやぼやしているうちに、開いたままの瓶の内部に進攻しようとする小癪なヤツまでいる。これ以上の暴挙は武力を持って制御せねばならぬ。指先で圧迫し、水道水で流し落とす水攻め。他人の領地に不法侵入した代償は命を以って償うべし。同僚の協力を仰ぎ何とか蟻部隊殲滅に成功。さて、やっとコーヒーの続きを淹れられる。クリーミングパウダーの瓶をじっくりと覗き込む。うん、生き残りが潜伏している気配はない。脚があれば机以外何でも食べる民族とは違うのでコーヒーに蟻が入っていて珍味と喜んでくれる人はいない。むしろ蟻の隠し味など不味そうなだけだ。ただでさえ不味いコーヒーの作り手の名をほしいままにしているのにこれ以上余計な称号を増やしたくはない。お湯を注ぐ前、カップの中の白い粉をもう一度よく見る。うむ、蟻の姿はない。多分。本日の教訓『蟻はクリーミングパウダーがお気に入り』
2007年09月28日
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職場における8月から9月にかけての楽しみは、夏休み明けの社員がもたらす土産物の恩恵に他ならない。『萩の月』『私の恋人』と、甘味は疲れ荒んだ心を癒す回復アイテム。今日は、九州の実家に帰っていた人がお土産を持って来てくれた。箱の中に、丸い個包装の菓子が縦2列に並んでいる。赤茶色の包みはドラ焼。クリーム色の包みはカスタードケーキ。数種類の菓子の入った箱を提示されて、「どれか1つ好きなの選んで」と選択を迫られるのはある種の拷問だ。特別決断力が鈍いわけではない。ただ単に全種類食べたい欲望が堪え切れないだけだ。しかし、公の場でそんな蛮行は許されるはずはなく、食欲に裏打ちされた直感を最大限に研ぎ澄ませてこれと決めた1つを選び抜くには必ず痛みが伴う。あっちにすればよかったかも。今回は二者択一だが、それでも選択には数多くの迷いが存在する。最優先されるのはチョコ味であり、逆に最も扱いが低いのは抹茶味である。オレンジより林檎、苺よりモンブランが優先で、あんも好きだが、カスタードの方がより好き。となると、これはやはりカスタードケーキか。しかしドラ焼の方が面積が大きい気がする。腹持ちがいいのはあんこの方か。我ながらくだらない思考回路。結局カスタードを手に取る。いただきます。形状は、丸いカステラケーキの中にカスタードクリーム。萩の月とほぼ変わらない。銘菓と呼ばれる代物は全国にドッペルゲンガーが多数存在する。肝心の味は。萩の月に比べ、クリームの甘味がやや強く、ねっとりしている。やはり形は似ていても味は微妙に異なるのだ。そこで遅まきながら気がつく。この間萩の月を食べたんだから、わざわざ似たような味の菓子を食べずに、全く違うドラ焼を選択していた方が多彩な味覚を楽しむことが出来たじゃないか。痛恨のミス。そう思うと無性にドラ焼が食べたくなってきた。しかし時間は巻き戻らない。基本的な味覚の好みは一瞬の判断力を鈍らせるのだ。ドラ焼を美味そうに食べる人が羨ましくなる、余りにも底の浅い人間性。本日の教訓『お土産は迷わぬように単一の味にして欲しい』
2007年09月27日
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朝晩が涼しくなって眠っている時間が心地よくなった。秋は一年で最も惰眠を貪るのにふさわしい快適な季節。の、はずが。ウチの家族全員、どうも体調が思わしくない模様。今朝も上の妹が熱っぽさを訴えた上に吐きそうな勢いで咳き込み、仕事を休んだ。そういえば一昨日は親が仕事から帰ってからだるくてずっと寝ていたっけ。下の妹は、どうもこれが諸悪の根源じゃないだろうか、以前から鼻水をぐずつかせてうだうだ寝転がっていた。これは。間違いなく集団風邪状態。伝染サイクルはほぼ固定されている。妹その2親妹その1、そして下手を踏めばこっちにもとばっちりが来ることがある。季節の変わり目は風邪を引きやすいってのはまさに真実。バカは風邪を引かないってのは全くのガセビア。不要なレジ袋やストローやスプーンを「もらえるものは何でももらう」と豪語して集めまくりそのまま放置する妹その2は傍迷惑な風邪まで余す所なくもらってくる。しかも、風邪には免疫がないので何度も繰り返し罹患する。このセコい根性をプラスマイナストータルすればおそらく人生赤字決算計上疑いなし。そんな人々を横目で眺め、明日は我が身と恐れ戦きつつもとりあえず今現在の己の健康に深く感謝。ウチの仕事場は人手不足なので迂闊に長期休暇など取得できる環境ではないのだ。労働者は体が資本さ。ヘイ、みんな。こっちに移してくれるなよ。本日の教訓『バカこそ風邪を引く』
2007年09月26日
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ウチの会社には、大体11時過ぎに郵便が届く。今日、ポストを開けると、ハガキが1枚だけ入っていた。保険会社からの満期通知のハガキのようだ。それを手にとった時、明らかな違和感を感じた。この類のハガキは、ほとんど密封式タイプだ。が、このハガキに関しては、密封状態ではなかった。通知面が完全に開かれた状態で、仮止めとしてほんの1ヶ所だけセロハンテープで止められている。角の部分は開きっぱなしの、中を見ようとすれば安易に見れるようなあまりにお粗末な補修。雨に濡れてくっついて開かないハガキなら見たことがある。しかし、開封された状態で届いたハガキは初めてだ。通信の秘密が侵された非常事態発生に、とりあえず郵便局に電話をかける。郵便局集配担当者はこう語った。「配達の際、届け先は必ず確認したけれど、 仮止めされていたかどうかは分からなかった。 この郵便物が近所に誤配されて再配達されたことはなく、 郵便局から直接配達されていて、 誰かが間違って開けたとは考えにくい。 郵便局では時折封が開いてしまった手紙をテープで仮止めして 配達することもある」 確かに、糊がはがれて封筒が開くケースはよくありそうだが、密封ハガキの場合はありうるだろうか。とりあえず、このテープは郵便局のどこかで補修されたのだろう。では、これは何処で開いたのだ。今度はハガキに記載されている保険会社の相談窓口に電話して、これまでに通知ハガキが途中で開いたという話があったか尋ねる。が、やはりそんな話は聞いたことがないそうで、別の相談窓口の電話番号を聞き、そちらへかけ直す。しかしもらえた返事は想定の範囲内を逸脱しない内容だった。開いたハガキをそのまま発送するということはなく、途中で自然に開くことも考えられないそうだ。となると。誰かが故意に開封したという可能性が浮上する。一体誰が、何のために?何処の暇人かは知らないが、開くハガキの選択を間違ってるとしか言いようがない。会社が加入している損害保険が満期を迎えるという連絡と、次に支払う保険料しか記載されてないような、面白くも可笑しくもない内容だ。わざわざこれを開いて覗き見ることに好奇心と背徳の入り混じった興奮を感じる奴の気が知れぬ。見るならもっと面白そうなの選べよ。結局、開封済みのハガキの謎はそのまま残った。悪意か、それとも偶然か。おそらく、この先も解けることはなく忘れられていくだろう。本日の教訓『公共料金の通知ハガキは開くのを忘れて置きっぱなしになる』
2007年09月25日
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かつて、北海道の土産物菓子として東の横綱を張っていたのはかの『白い恋人』だ。数年前、ウチの下の妹は北海道へ修学旅行に行った時、山のようにこの菓子の箱を買い込んで帰って来た。関係者に配る土産、ほとんど全部コレ。それも今は昔。ほんの数ヶ月前、この有名菓子の運命は暗転した。今は土産物屋からその姿は消え、ネットオークションにて高額取引されていると噂に聞いた。さて。ウチの会社の交替制夏休みももうすぐ終わる頃。今週休暇を取得していた人が土産を持って帰還した。この人は、田舎が北海道にあるらしく、毎年土産物は北海道の菓子である。彼が持ち帰った土産の菓子が1人につき1個配られた時、一瞬言葉を失った。 『私の恋人』 日本人が口にするには何となく気恥ずかしいラテン系ネーミング。雪の結晶に似た、光とも花ともつかぬ白い星模様。そして、ホワイトチョコとラングドシャのコンビネーション。…これって。『白い恋人』のパチモンっぽくないか?本家本元が日陰に身を潜めねばならぬ今、パッケージの雰囲気から中身までよく似た菓子が土産物屋で勢力を広げつつあるのだろうか。味は、と食べてみる。お約束通り2枚の四角いクッキーの間にホワイトチョコ。しかし、クッキーがかなりズレてた。いただいた菓子に文句をつけたくはないが、敢えて言おう。ちゃんと目視検査をしなさい。「あー、やっぱり味は違うね~」一足早く食べ始めた人が感想を語る。確かに本家より幾分クッキーが厚めでほんの少し堅めか。メーカーが違う以上、そこまで同じにはなりえないだろ。でも、まぁ、これはこれで美味しい。ごちそうさま、ありがとう。にしても。この名前ってどうよ?『白い恋人』ってのは非常に洒落たネーミングだと思う。白い雪と、甘い菓子のイメージが何気に伝わってくる。あの菓子の成功はこの名前に由来するものが大きかったんじゃないのか。でも、『私の恋人』…。もろ直球勝負。チョコが溶けるほどの情熱が溢れてる。むしろ南国バカンスムード。っつーかこれだけを日記のタイトルにしたら一瞬何の話か分からなくなること間違いなし。そう思って『銘菓?』ってつけてしまった。『白い恋人』を失い傷心の方々、北海道に行かれる機会がありましたら、是非『私の恋人』をご賞味くださいませ。本日の教訓『土産物銘菓は似たようなものが多い』
2007年09月23日
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昨日の夜、11時頃。風呂から上がってふと玄関のドアを見ると鍵が開いていたのでガチャリとかけた。数分後。ピンポーン。ドアチャイムが鳴った。何処のアホだよこんな時間に。風呂上りの冷たい茶くらいゆっくり飲ませろよ。こんな時間に訪問する非常識なヤツに割く時間など持たぬ。無視を決め込んでいたら、今度はノブをガチャガチャし出した。ドンドンと扉を叩く音も加わる。その静かな夜の静寂を破る騒音に無性に腹が立った。うるさいわ。今何時だと思ってんだ。近所迷惑って言葉知らんのか。そこで、ふと気付いた。風呂に入る前、居間にはゴロリと丸太のように横になり携帯をいじりつつも通行を妨げていた妹その2がいた。妹その2は、今、居間にはいない。ってことは。鍵を開けると、案の定ドアの前に立っているのはトホホという表現を具現化したような面構えのペットボトル紅茶を手にした妹その2。「ちょっと自販にコレ買いに行ってたら 鍵がかかっていたよ~」突然閉め出しを食わされた哀れな被害者妹その2がぼやく。いや悪い悪い、気付かなかったぜ。でもさ、普通夜は鍵をかけるに決まってるだろ。っつーか、お前さんどんだけ夜行性?よくよく考えたら夜中の不審なチャイムとノックってのはかなり怖い状況ではないのか。普通なら変質者の存在も考慮に入れるべきだ。なのに、大して恐怖を感じなかったのは、頭のどこかで姿の見えない妹その2が外に出ているとちゃんと把握していたからだろう。かけた鍵の存在を完全に失念していたけど。本日の教訓『深夜の来訪者には無視を決め込め』
2007年09月22日
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今日の昼休み。商品課長が会社の電話機を見て何やら考え込んでいた。ゼロのボタンを押し、ディスプレイをじっと見ている。非常に意味不明な行為だが、本人は至って真剣な様子。ゼロボタンを押す行為によって何が得られるのだろうか。はたまた何か不都合があったのかと思って尋ねてみる。「ゼロに棒が入ってるんだよ」…え?その意味を咀嚼するのに、数分の時間を要した。電話機のナンバーディスプレイ部分に表示される数字のことだ。ボタンを押せば押した数字が表示される。その時に、数字のゼロは右上がりの斜線が入った状態で表示される。ははぁ。確かに、中に棒が入っている。この棒がなくても立派にゼロとして通用する文字の形状なのに、何故入っているのかと気になったのか。毎日のようにこの画面を拝んではいるが、今言われるまで別段気に留めたことはなかった。これは新たなる発見だ。「家の電話機にも線が入ってるんだ。 これは別に何ともないね?」はい、多分。故障してゼロの表示に斜線が入るなんて話は初耳です。一般の電話機のゼロはこの表示なんじゃないでしょうかね。ってか、家で気になってしまったんですね。それで会社の電話機で同じか確認していたと。そう話すと、課長は安堵し可笑しそうに笑った。「そうだよな、『盗聴されてるかも』なんて言うからさ」…と、盗聴?その物騒な単語の響きがあまりにも愉快すぎて爆笑してしまった。家で、奥さんか誰かが本気で心配していたようだ。で、この件を真剣に考えていたんですか。…ひょっとして。まさか盗聴されるようなことしちゃったんですか?公安?それとも産業スパイ?確かに電話機に仕掛ける盗聴器なんて電気街に行けば手に入ると聞いたことはあるけれど、仕掛けるとゼロの表示に斜線が入る盗聴器ってのはバレバレじゃないっスか。っつーか、この発想はすごく面白すぎ。いやいや。課長のそういうお茶目な所大好きですよ。そこでふと思いついた。ゼロと、アルファベットのO。この表示を区別つけるために線を入れてるんじゃないだろうかと。「あー、そうか、そうかもな」それが正解かどうかは分からないが、とりあえず、双方大納得。仮にウチの会社のこの電話機が何者かに盗聴されているとして、聞いているヤツはさぞ時間と経費の無駄を実感しているだろう。慌しくて目の端にも入らないような、日常のありふれた光景の中には小さな不思議が眠っている。本日の教訓『盗聴は犯罪行為です。よい子は真似をしないでね』
2007年09月21日
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一応健康に気を使っているつもりだが、よく考えたら生野菜は嫌いだの酢は苦手だのかなりの偏食で、しかも調理の才能が著しく欠落しているので食生活は世間様に誇れる代物とは言い難い。なので、補助食品としてサプリメントも使用する。サンプルで貰ったの使ったらなかなかよかったという安直な理由でコラーゲン系のと、アミノ酸系2種類愛用。アミコラ使えば両方摂取できるだろうとツッコむなかれ。ちなみにアミコラもこの間サンプルで試してみた。結構いい感じだった。更に、この間モニターサンプルでもらった千年ケフィアをラインナップに加えてみることにした。毎日ヨーグルト食べてるくせに。いいのだ。乳酸菌が腸内で繁殖するに越したことはない。腸内環境の更なる改善は構造改革よりも間近に迫った郵政民営化よりも重要事項だ。で。本日、1ヶ月分のケフィアが届いた。一緒に他の商品のサンプルが入っていた。水に溶かして飲める粉末タイプの『養生青汁』1本。…青汁か。不味い健康食品の代名詞のような有名すぎるその存在。未だ飲んだことは、ない。ちょっとドキドキ。『飲みやすい』と書かれた文字を信じていってみようか。早速コップに入れた水に溶かしてみる。面倒くさがりのクセに一度決めたら異常に実行の早い性格。色はくすんだ緑色、抹茶っぽい感じ。では味見、ぐびぐびぐび。味は…抹茶よりも苦くなく、ちょいと草っぽい風味だけどさっぱりしてて飲みにくくはない。罰ゲームには使えないな。っつか自分どんだけサンプル好き?もしかして自分は健康オタクなんじゃないのかとふと思う。でもいいのだ。人手不足な零細企業の会社員は体が資本さ。本日の教訓『健康体でも体脂肪はなかなか減らない』
2007年09月19日
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ウチの会社の夏休みは交代制。頭数に余裕がないので1人ずつ順番に1週間の休みを取っていく。最後の人が休暇を消化する頃にはもう9月も終わってる。それでも秋休みではなく、あくまで夏休み。ま、名前なんかどうでもいいけどさ。先週夏休みだった人が実家の方に帰っていたらしく、お土産を持って来てくれた。その人の実家は東北は宮城県。宮城といえば、そう、銘菓萩の月。卵色のふんわりカステラの中に、とろりとしたまろやかなカスタードクリーム。想像しただけでヨダレが出るほど美味しい。でも実際それほど頻繁に食べる機会などない。数ヶ月前、親の友人がやはり実家の仙台に帰郷した時に買って来てもらって以来だ。本日のおやつを確保したことに対して笑みを禁じえない。だがしかし、待てよ。そういや萩の月のメーカーといえば。「この間、大腸菌が検出されたとかで大騒ぎになってたよ、 萩の月って」やはりその話を思い出した人が社内に1名いた。でもちょっと違う。大腸菌騒動のあった商品は萩の月そのものではなく、確かあんこを使った別の商品だったはず。しかも騒ぎの場所はこのY市内。記憶を辿って萩の月の無実を証明する。何言ってんだよオイ。この目玉商品から菌が出てたら今頃もっと大騒ぎになって商品撤収されて、とても土産として買って来るなんて出来るわけがないだろ。そこで。大腸菌の話を知っていたのが社長だったと気付く。しまった。階級制度まかり通る会社組織内において、部下が上司の情報否定してどうするよ。…ま、いいか。全ては萩の月の名誉のためだ。1人1つしか行き渡らない萩の月。惜しむようにちまちまとかじりつく。うん、やはり上手い。今度は中にチョコの入った萩の調が食べたい。来年は萩の調を買って来てください。自分で仙台行って買って来い。本日の教訓『部下は上司の知らないことを偉そうに語るべからず』
2007年09月17日
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何故か酢という調味料が好きじゃない。独特のあの臭いが嫌いだ。健康のためには塩分より酢を摂取しろと言われても、嫌いな食品を強制的に体内に吸収する精神的ストレス負荷の方が健康には絶対よくないので無理して食べない。自分にとっての酢は重曹と並ぶ水周り掃除用品だ。ちなみにウチの親も酢は嫌いだそうだ。本当にどうでもいいことばかり似ているような気もするが、自分の食に関する嗜好の土壌はこの親の影響がかなり色濃く反映されている気がする。そんな酢とは縁遠い食卓の家だってのに、会社からポン酢のサンプルを貰って帰ることになった。しかも調味料大手メーカーミ●カンのポン酢、150ml入り、味違いで3本も。こんなにいらねーよとは思ったが、せっかくメーカーがくれたものに対して失礼な暴言を吐くのは零細企業社員のすることじゃない。とりあえず貰って、知人で欲しい人がいたらあげよう。しかし会社はそれほど甘くはない。サンプルというのは、試すことに意義があるのだ。貰う以上はその責務を果たさなければならぬこの重圧。「せっかくもらったサンプルだから、 ちゃんと試食して感想言うんだよ」コレ、3種類全部?お菓子だったら喜んで食べるけど、ポン酢だぞ、酢。小瓶とはいえ150ml、しかも3本、明らかに普段酢を常用調味料としてない家で使える量じゃない気がする。しゃーない、とりあえず一通り味見して、使いさしでもいいって人にあげよう。そんなわけで。早速、今日、ワカメに醤油の代わりとしてかけてみることにした。どれからいく?柚子とかつおだしの利いた味のにするか。かけすぎないように、スプーンで1杯分計量。戻した乾燥ワカメにかける。…。確かに、柚子風味が結構利いてる。醤油の方がやはり馴染みという点で口に合うが、まぁ、食べられないわけじゃない。今度は豆腐にかけてみよう。いや、次はやはり別の味でいってみるべきか。この調子でスプーン1杯ずつ使用して、いつになったら使い切るのか見通しは遥かに遠い。ポン酢は…酢とは異なり掃除に使えそうにないな、うん。本日の教訓『親の食べないものは子供も食べない』
2007年09月16日
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社内制服着用が義務付けられたことに伴い、抱合せ販売のクソゲーの如く必然化するのは、そう。ストッキング着用。このストッキングなるものが曲者である。戦国大名屋敷の床下に潜む忍よりクセモノだ。夏場の蒸し暑さはもとより、ウスバカゲロウの羽のようなその姿、寿命が短い所までよく似ている。『ストッキング』と来れば『伝線』、『伝線』と来れば『ストッキング』ってほど、他者の干渉を許さぬ単語の蜜月っぷり。そもそも伝線ってのはストッキングのためだけにあるような言葉だ。嫌なベターハーフだなオイ。ストッキングが嫌いな理由はこれだ。すぐ使い物にならなくなる不経済っぷり。安物を買うからこんなことになるのかもしれないが、高いものでも伝線する時はペストの伝染のように一気にピーッといくのだ。でも、安物の中から選ぶ時にも、なるべく伝染しにくそうなものを選ぶ事にしている。でも。『丈夫で伝線しにくい』と書かれたものを見つけ出して選んだってのに、案の定、足裏部分が数日で破けた。ん?足裏?問1、会社の室内履きとして用いているのは何か?解答、足ツボ健康スリッパ。そら破けるわ。…。2つ、はっきり判明した事実がある。先ず、ストッキングと健康スリッパの相性は最悪である。A型とB型より、ウナギと梅干より、元防衛大臣と事務次官より危険な取り合わせである。決して近づけちゃならない。もう1つは、そんな足裏に穴の空いたストッキングを未だ平然と着用する自分の無神経っぷりである。せめて靴下を併用すればいいのだが、この季節必要以上に足を蒸らすことは快適ではない。でも、穴が大分広がってきたので、そろそろこのストッキングはやめておこう。って、遅っ!本日の教訓『相性の悪さは寿命の短さに繋がる』
2007年09月15日
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つい今し方、妹その2にマイバッグ持参の話を持ちかけてみた。妹その2「『シールでいいですか?』って言われたら、 『袋入れて下さい』って言っちゃう」このレジ袋削減のご時世にわざわざレジ袋求めてるんじゃねーよ。オマケにお前、使いもしないストローやスプーンや割り箸を貰ってくるのもやめろ。妹その2「入れてくれるって言うものは 入れてもらわなくちゃ」変な所で経済的だな。スーパーでポリ袋ガッツリガメてくオバハンかお前は。妹その2「袋要らない時はわざわざ入れてもらうけど、 袋必要な時は『袋いいです』って言っちゃう」どんだけ天邪鬼?既にお前の発言、ネタっぽくないか?絶対ウケ狙ってるだろ。妹その2「で、入れてもらって、後になって 『袋要らなかったな』って思うんだよね」…。話にならねーや。結論。この類の人間にマイバッグを普及させるのは蛇にTシャツを着せるよりも難しい。コンビニでもレジ袋に課金するようにならない限りウチから不要なレジ袋が消えることはない。本日の教訓『もらえるものは何でももらえ』
2007年09月13日
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確かにレジ袋はゴミ袋として役に立つ。だけど。こうも何枚も足元に落ちている現実ってどうよ?うっかり上に足を乗せると滑る危険性が非常に高い。最近、マイバッグ運動を推進しているスーパーが増えている。買い物袋不要だとスタンプを押してくれる店もある。以前バイトをしていた生協ではいち早くレジ袋有料制だったので、マイバッグに関しては全く抵抗はない。むしろやっと時代が追いついたぜ的気分だ。何様だよ。今持ち歩いているのは容量の大きい折りたたみの肩掛けトート型だ。昨日雑貨屋を覗いていた時にふと気が付いた。カラフルなマイバッグの中に、小さめサイズがある。週刊のマンガ雑誌とかが入る、コンビニでよく使うサイズだ。普通にスーパーで買出しをする分にはかなり物足りないが、コンビニとかでお菓子とジュースを買うには適度な大きさじゃないか。雑誌サイズはともかく、それより小さいレジ袋はゴミ袋として使うにも容量的に使いにくいのだ。大小2つ持っていて、その買い物量に応じた方を使えばいい。非常に当たり前の事にやっと気付く辺り元生協バイトの自分のエコ精神も大したことはない。そんなわけで。今日、立ち寄った100円ショップで小型のマイバッグに気に入ったものがあったので買った。折りたたんで、大きい折りたたみマイバッグに一緒に入れておく。よし、これで小さな買い物も問題なし。ウチに溜まっていく小さなレジ袋も消える…はずあるわけがない。コンビニで菓子だの紙パック飲料水だの毎日買って来るのは、自分ではなく、2人の妹どもだ。しかも、この2人は非常に性質が悪く、小さなレジ袋をそのまま床に放置するのは日常茶飯事。たたむことはおろか、ゴミ箱に捨てることすらしない。更に、食べたおにぎりや菓子パンの包装フィルムを入れっぱなしのまま放置するし、買って来てまだ食べてないものを入れたままこれも放置。とにかく放置放置の何でも床上放置状態。たいした使い道も思い浮かばないってのにたたんでもたたんでも、毎日のように排出される小型レジ袋。放っておけば足元を滑らせるブービートラップとなり得る凶器。小さいレジ袋の殆どは、この阿呆どもが毎日のように無駄に持ち帰った挙句、無駄に資源ゴミへと回しているのだ。これだけ無駄という言葉が似合う情景ってのはかなり見苦しい。コイツ等こそがマイバッグを持つべきなのだろうが、そんな面倒くさい事はやろうとは決して思わず、例え無理矢理持たせても結局使いはしないだろう。享楽的に生きる人種を見ていると地球最期の日のカウントダウンの音が早まる気がする。本日の教訓『ゴミ袋としてのレジ袋、ゴミとしてのレジ袋』
2007年09月13日
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せっかくの水曜日だってのに朝からの雨。まぁいいか、朝晴れてて昼から突然豪雨ってのより洗濯物の心配をしなくて済む分楽だ。そんなわけで、行って来ました映画館。勿論、今日の目的は『HERO』。連続ドラマなど殆ど観る習性がないのだが、6年前、『HERO』と『カバチタレ!』だけは初回から毎週欠かさず観ていたものだ。両方とも続編を期待していたのだが叶わず時間だけが経過。6年という時間はあまりにも早すぎる気がする。さて。視聴率からいって最早細かい説明の必要がないこの物語。『中卒・ジャンバー・通販マニアの変り種検事と、 地検城西支部の愉快な仲間たち』その世界観はドラマと全く変わらない。検事も事務官もよく言えば非常に人間的、悪く言えば非常に俗っぽい曲者揃いで、例え犯罪を犯してもコイツ等に起訴されるってのは釈然としないと被疑者に痛感させること請け合いなし。ある意味再犯率の低下に繋がるんじゃなかろうか。始まりは小さな刑事事件。本人自白で起訴した傷害致死事件の被告が裁判で無罪を主張した。裁判で相対するのは大物辣腕弁護士。その裏には代議士の贈収賄事件との暗い繋がりが隠れていた。密接な関連性を持つ大小2つの事件。有罪の証拠を集めるために人海戦術で応援する支部の面々。テンポよくコミカルであり、時に熱血であり、人の死を背負った悲しみもある。疑問を1つだけ言うなら、アレは別に韓国じゃなくてもよかったんじゃないかってこと。『HERO』は割と定番的な構成をしている。組織のはみ出し者の主人公ってのは古今東西珍しいものではなく、そんな彼が真っ先に事件の核心に近づいていくのは物語の王道。ならば魅力は何かと問われたら、事件の真相と、加害者の罪と、被害者の心、それを何よりも大切に思っていることだと思う。悲惨な事件が発生した時、加害者には法律で保障された人権があり、被害者とその周囲の人間には何もない。場合によっては事件の内容すら知らされることはなく、無責任なマスコミや無関係の人間にまで追い討ちをかけられる。裁判とは何だろうと時に思う。被害者の人権を踏みにじった加害者が声高に自己の権利を主張する。人権を守るための存在である弁護士は加害者の権利よりむしろ利益のために被害者の人権を否定する。醜悪極まりないと感じざるを得ない。検察は絶対的な正義ではない。数々の過去の冤罪事件はもとより、検事が勝手に起訴を取り下げた事件は記憶に新しい。それでも。愚直に真相を究明する検事の姿を人は望んでいる。新聞記事にしてわずか数行の小さな傷害致死事件。しかし亡くなった被害者には人生があり、結婚間近の婚約者がいた。これは小さな事件ではなく、人1人死んでいる凶悪事件なのだ。被害者の無念さ、残された人間の悲しみ、他人の人生を身勝手に奪い去った暴挙に対する罪の重さ、その全てを明らかにする場所が裁判所だ。刑期を終えて出所しても再び罪を犯したら意味がないと彼は言う。加害者に罪を再び犯させないために裁判はあるのだ。悲しい事件が溢れている昨今だからこそ、人はHEROを求めているのだろう。本日の教訓『人は被害者になり得るし時に加害者にもなり得るが、人は誰かのHEROにもなれる』
2007年09月12日
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ウチの会社の建物は2階部分が事務室になっている。先週、倉庫部分の1階で蟻の行列が確認されたため、蟻退治の薬を撒いた。1階ゴミ箱に捨ててあったジュースの紙パックに集団でたかっていたのだ。仮にも食品関係の会社なので悪い虫の存在というのは一昔前の芸能界並みにヤバい。その甲斐あってか、本日出社したら、蟻の行列、2階事務室で大行進。階下で駆逐されたヤツ等は、外壁を伝い2階に侵入した模様。何が気に入らないって、その行列が自分の椅子の真下を通ってるという事実。はっきり言って邪魔。怖くはないけどウザい。椅子を引いて、座れば足元には蟻サンこんにちは。ゴメン、悪気はないけど踏み潰させてもらうわ。最初に蟻の集団を発見した社長曰く、「お菓子隠してるんじゃないの?」食べかすが床に落ちて、それを蟻が辿ってるってことか。いやいやいや。飴くらいしか入ってないっスよ。ってか、こっそり自室でおやつ食べてるの自分だろ。こちとらゴミ回収してるんだからネタは上がってるんだよ。と。ツッコミ入れたくなるのを堪えた。言いたいことを感情の赴くまま全て口に出してしまうようでは真の社会人とは言えまい。ましてや上司相手の暴言は憚られる。以前にも舌過事件を起こしている身の上では尚更だ。そして掃除の時間。社長室のゴミ箱を片付けたら、案の定、コンビニで売ってる大福の包みが出て来た。はい、証拠物件押収。やはり砂漠の隊商の如き過酷な旅路を往く昆虫の群れは、オアシスと呼ぶべきこの地を目指していたに相違ない。どれだけ巧妙に隠しても蟻と事務員は騙せないぜ。本日の教訓『自分の分しかないおやつはこっそり食え』
2007年09月10日
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茄子という野菜は、見た目で大分損してるんじゃないかと思うことが時折ある。ウチの家の茄子とピーマンの味噌炒めの外観など、どろりと灰味を帯びた鈍い紫色が到底食欲をそそるとは思えない。見た目を真っ先に重視する子供などは箸を近づけやしないだろうし、寿司と天ぷらとすき焼き程度の日本食しか知らない外国人が見たらマジで食物とその目に映るのかどうかも怪しそうだ。しかし、食べてみると意外と美味い。味そのものに甘味があり、やわらかくて食べやすく、味噌の親しみやすい味と絶妙に調和していて、米飯に合う。食わず嫌いというものは人生の3割程度を無駄に浪費している。あ。でも、もしかしたらこれほど著しく外観の悪い茄子味噌炒めってのは、ウチの親のオリジナルなのかもしれない。茄子は炒めても焼いても揚げても好きだが漬物は嫌いだ。むしろ、黄色いたくあんを除く漬物全般が嫌いだ。ウチの親は茄子も漬物も好き人間なのだが、どうしたことか茄子の漬物だけは好きじゃないそうだ。不思議とこの点において嗜好が珍しく一致している。一致しすぎて困ることがある。たまには茄子が食べたいなと思い、仕事帰りに買ってくると、そんな時に限って先に帰宅していた親も茄子が食べたかったらしく茄子とピーマンをフライパンで炒めてる真っ最中だったりする。茄子、見事にかぶる。これなら他の野菜を選んで買って来ればよかったと悔恨にくれる。ウチの親は買ってきたものを床に放置して忘れる人間だが、その実子である自分は野菜室に入れてそのまま忘れる。買って来たら早めに使わなければ調理のタイミングを永遠に逸してしまう。しかし、茄子料理ばかりそんなに作っても、妹2人が食べない以上2人ではそうそう食い切れるものじゃない。仕方なく、さっき買ってきた茄子にはちょっと野菜室で待機していてもらう。そして今日。洗濯洗剤がなくなったと親が言っていたので、近所のドラッグストアに買い物に行く。ついでにトイレットペーパーとキッチンタオルと入浴剤も在庫が少ないのを思い出して買う。重っ!買い物には事前の計画性が必要だと思い知る。このまま帰りたいところだが、向かいのスーパーの店頭でサツマイモを売っていたので両手に荷物を抱えた状態で立ち寄る。サツマイモ以外に、何かの野菜を買って帰ろうと思い物色すると、茄子が売られていた。ついさっきテレビでやっていた田楽が美味しそうだったのを思い出し、茄子もカゴに入れる。そして大荷物状態で帰宅すると。親が茄子とピーマンを切っていた。どうやら昨日自分で買って来ていたらしい。何処まで茄子を食べたくなるタイミングが似ていれば気が済むんだ。茄子じゃないもの買って来ればよかったとまた悔やみ、しまっておこうと野菜室を開けると、この間自分で買ってきた茄子がまだあった。たいした食材ないくせに茄子だけは不自由しないこの冷蔵庫。とりあえず自分の計画性はあまり無いという事実を再び痛感した。主婦向け雑誌に出ている節約料理主婦には到底及びそうにない。しかし、この茄子、ただ朽ちていくのを眺めているだけではあまりにももったいない。…新たな調理法を模索せねば。本日の教訓『買い物行く前には冷蔵庫の在庫チェックを怠るな』
2007年09月09日
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ネット閲覧時、ふと、無料モニターの文字に目が留まった。テレビCMでその名は聞いていた、やずやの千年ケフィア。『毎日のヨーグルトが続かなかった人に』との謳い文句。いや、続いてるし、1年以上。朝はココアをかけたシリアルとヨーグルト、それにバナナ。好きなおかずは鮭の切り身の焼いたのと鶏肉料理。サラダ系生野菜は嫌いだけど煮物系根菜類は好き。最近ハマってるのは梅入りゆかりごはんと高野豆腐の煮付。これだけ健康に良さそうといえば聞こえはいいが、ババくさくも地味極まりない、児童の弁当なら弁当箱の蓋で隠して食べそうな料理の数々。これでも体重が減らないってんだからある意味奇跡的だ。そんな現状もあって、健康に良さそうなものには触手を伸ばす。実は、通販のコラーゲン系とアミノ酸系サプリメントを毎日常飲していたりする。それでも別に体重にはさしたる変動はない。痩せはしないが、そういえばここ最近体調を崩した記憶がない。前回風邪で熱を出したのは去年の入梅頃だった。とりあえず、美容効果以上に健康効果があるのだろう。よくよく考えてみれば、極端な体重の減少ってのはある意味不健康的だ。そういって自分を慰める行為を欺瞞と呼ぶ。さて。千年ケフィア8日間モニター。木曜から始めて今日で3日目。今の所、目に見えて劇的な変化は感じられない。って、当たり前だ。飲んだその日から人が変わったように健康状態が変わる食物を、健康補助食品とは呼ばない。ある意味劇薬の域に入ってしまう。カプセルなので水と一緒に飲むだけなので非常に手軽。いつもの他のサプリと一緒に飲み込む。御守は神社の系統が違うと喧嘩して効能が消えると俗に言うが、この類の健康食品では別に問題はないだろう、多分。しかし、カプセルに入ったのを流し込むだけでは、実際のケフィアという乳製品の味はさっぱり分からない。ヨーグルトやチーズの親戚のような味に違いはなさそうだが、今度、カプセルを口内で溶かして味見をしてみようか。香酢だったら死んでもやらない荒業。にしても。体重と体脂肪以外これといった悩みのない辺り、我ながらサンプリングし甲斐のないモニターだ。モニター志願ってより、サンプル欲しいだけだったのと違うか。本日の教訓『健康第一、美容は第二(強がり)』
2007年09月08日
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ウチの会社の給湯室には、2ドアの小さな冷蔵庫の上に古めかしい電子レンジがある。家電というものは年々小型化軽量化していくのが世の常だが、温め機能と解凍機能しかついていない割に不必要にデカく、カラーリングのくすみ加減にも年代を感じさせる逸品。それでも使用頻度はほぼ毎日。業者に注文して配達してもらう弁当と、自家製派の手弁当を昼食当番がレンジで温め直して食べる。今月は自分が昼食当番だったので、弁当屋が持って来てくれる味噌汁の小鍋をコンロにかけて温め、その合間に弁当を順番にレンジに入れて回す。先ずは注文弁当のご飯容器を入れてチン。取り出して、次はおかず容器を温める。と。異音がした。ドドドかゴゴゴ、若しくはガガガ。とにかく濁点を感じさせる不快な音がレンジから発生している。永年この会社に居座って来たが、こんな音を聞くのは初めてだ。最初は弁当容器の角が庫内にぶつかっているのかと思い、加熱を一度中断し中を見てみたが、別に問題はなさそうだ。否、問題点は別にあった。庫内から異臭がした。どこか機械的な、焦げ付くような臭い。正午まで後10数分、明らかに異常事態は突発的に発生していた。とにかく、爆発とかしたら大変なので、急遽使用中止。注文弁当を頼んだ人間は、ご飯だけは温まっているものの、おかずは冷たい状態。一番悲惨なのは、本日唯一の手弁当派だった我が弁当。昨日の夜、自宅冷蔵庫に残っていた冷ご飯をそのまま詰め、その上におかずを載せて再び冷蔵庫に戻し、今日の朝出社してから会社冷蔵庫に保管していた、筋金入りの冷え冷え弁当。これを再加熱できない状態で食べるのはかなり嫌だが仕方がない。「これはもう、寿命だな」異常行動を起こした電子レンジを眺めて男性社員が呟く。「83年物だしな」83年って、1983年か?ってことは、24年前製造製品?24年ってのは、前々回の亥年か?これは完全な大往生だろう。家電も24年も働けば、何時お迎えが来たっておかしくはない。おじいさんの古時計には遥か及ばずながら、バブル期以前より生きてきた歴史の重みがあの古色蒼然とした外観と単純機能に如実に表れていた。午後、駅前の家電量販店から、6980円で新たなる電子レンジが買われてやって来た。やはり温めと解凍のみのシンプルレンジ。でも、真っ白いボディカラーとフォルムにやはり先代機とは全く違うイメージを感じる。そういえばウチの会社、この間はやはり年代物の業務用掃除機が故障して新しいのに買い換えたばっかりだ。一般家庭と同じく、家電製品の故障は連鎖反応を起こすようだ。と、すると、次の犠牲者は。レンジの下の冷蔵庫だな。本日の教訓『家電は何の前置きもなく突然崩壊し、且つ連続する』
2007年09月07日
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一般的に、子供は台風や大雪など、非日常的な一時的自然災害の到来に心躍らせる。物珍しさに加え、もしかしたら学校が休みになるかもしれないとの無邪気で不謹慎な期待にハトのように胸膨らませるのだ。これが大人になるとそう単純には進まない。気象状況が劣悪で交通機関が壊滅しようとも、一般的な会社は休みにならないことが多い。今日は天気が悪いので休みますなんてハメハメハ島の住人のような発言は欠勤賃金カットに直結する。会社さえ休みになるのなら、大人の身でも台風はちょっとは楽しみに感じられるだろうに。妹その1はかなりのビビリだ。雷鳴が聞こえると、例え家の中に居ても恐怖に慄く。暑苦しいにも拘らず掛け布団の中に全身を包み込み、蛾の繭のような形状のまま、何時しか熟睡するある意味強者。台風も例外ではない。雨戸の向こうから聞こえて来る風の轟きと突き刺さるような雨音に人類の根源的な脆弱さを隠すことが出来ずにいつものように夜更かしもせず怯えたままやはり熟睡する。ちゃんと眠れる辺りにヤツの神経の図太さが端的に表れている。妹その2はかなりのキワモノだ。嵐の到来に心躍らせる瞳はまるで少年のよう。いつもは腐った魚と形容される覇気のない目に不吉な輝きが灯る。はるか南海上の台風9号の暗雲が忍び寄り雨粒が落ちる今日の夕方、低血圧で朝から不機嫌の極みだったヤツは打って変わってご機嫌モードだったそうだ。仕事からの帰宅時に敢えてバスを選択せず、「台風の日こそ歩いて帰らないと」逆だろ普通。日本中でこんなバカはRh-のAB型人口よりおそらく少ないだろう。春雨に濡れて帰るのを風流と呼ぶ人はいるだろうが、台風の風を感じながら歩くことに喜びを見出すヤツぁそうそういない。オマケに、コイツは台風真っ只中の暴風雨の中を歩くことに対して恐怖感どころか違和感すら抱かない。人間としての精神構造がどうなっているのか永遠の疑問だ。台風一過の晴れ渡る青空を、妹その1は好ましく思い、妹その2は厭う。「すごい暑いから」嫌なのだそうだ。確かに、あの眩しい暑さは人体への負荷的にはたまらないが、溜まりまくった洗濯物と、寝汗で湿った布団にとっては欠かすことの出来ない貴重な存在なのだ。まだまだ人間としての円熟に欠けてんな。恐ろしくも鈍足な台風9号。明日の朝も関東地方に豪雨強風をもたらしそうだ。出勤日の朝に台風が居座ることほど不快なことはない。嗚呼、ここが日本ではなくハメハメハ島だったらよかったのに。本日の教訓『台風は夜来て明け方前に過ぎ去るのが理想的だが、そう上手くはいかずに通勤時間帯が暴風雨ピークに決まっている』
2007年09月06日
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正当防衛という言葉は重宝だ。無益な殺生を忽ちの内に正当行為に昇華させる。しかし、良心の呵責を感じない範囲が設定されていて、犬や猫等の愛玩動物は無論アウト、ストライクゾーンに入るのは危険系猛獣か極小サイズの昆虫だ。ある意味動物差別な気もするが、蚊を叩き殺した己の罪に涙を流した人を見たことはない。さて、ストライクゾーンど真ん中に該当する生物といったら、人間以上の生命力を誇るある意味地球の裏番、ゴキブリ。見たら必ず殺意を抱かずにはいられない人類の宿敵。ウチの家は、食い散らかしが趣味のトップブリーダーどもの所為でこの憎き昆虫が未だに幅を利かせているが、会社の方でも、ホウ酸団子によって一度は駆逐したものの地下に潜伏するレジスタンスの如く時折出現しては人心を惑わす。ちょっと前、会社でトイレ掃除をしていた主任が悲鳴を上げた。ウチの会社は零細企業なのでトイレ掃除も社員交代制。何となく状況が把握できたので、給湯室の食器用洗剤を手にトイレに向かう。案の定、1匹いた。トイレの床を這い回って逃げ道を模索している黒い害虫。ウチに出没するのよりサイズ大き目。何食って栄養つけてんだろ。後で拭けばいいやと先のことはさして考えず洗剤を撒く。ちょっとは引っ掛かったのだが、致命傷は与えられずに敵は逃げ続ける。開きっぱなしのトイレのドアを抜け、廊下へと逃走範囲を拡大する。逃がすかよ。とっさに、トイレのスリッパに履き替え、勢いつけて踏み降ろした。ぷちっ。ゴキブリをやっつけた。RPGゲームなら勝利のファンファーレがなり経験値とゴールドが手に入るのだが、現実はスリッパの裏をトイレットペーパーで拭き取り、さらにはトイレの床の洗剤も拭く作業が待ち受けていた。さて。この些細な出来事で、周囲が自分を見る目が少し変わった。「ゴキブリが出たらまたやっつけてね」大して嬉しくもないゴキブリキラーの称号。ゴキブリ踏み殺すって、そんなに偉大なことなのだろうか。そりゃ素足で殺れと言われたら絶対に出来ないが、スリッパの名を持つ足用武器で武装すれば可能だろう普通。「いや、踏めないよ普通は」…そうですか?ゴキを見たら反射的に倒そうと戦闘体勢とりませんか。「だって踏むと潰れる感触があるじゃない、アレがダメ」好きって方が絶対少数派。こっちだってそんなこと考えないようにしてやってるんですが。「それにしてもあの踏みつけにはビックリしたね、 さすが奇人変人」いつからそんな新たな称号加わったんですか。確かに自分は変な人間だけど、ゴキを殺せる人間は変人には該当しませんよ。他人の他力本願ってのは腹が立つ。こちとら別に正当防衛の名の下の殺戮を満喫しているわけじゃなく、あくまでも健全で衛生的な生活の保護を崇高な目的としているのだ。っつーか、自力で戦って下さいよ。ゴキブリ倒すのも、いっそ当番制にしましょうぜ。慣れればどうってことありませんよ。本日の教訓『ゴキブリを倒し続けていくと、本当にゴキ退治経験値は上がる』
2007年09月05日
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一部の人間はそれを邪道と呼ぶ。単体で食べ物として成立しているもの同士を発想のコペルニクス的転回を駆使して組み合わせた新たな味。意外性を重視した交配の果てにこの世に産み落とされた幾多の新世代食物をある人は好み、ある人は忌み嫌う。例えば。ウチの妹その1は餅とチーズとカレーヌードル、それぞれ単独では好物なのだが、餅にチーズを乗せて焼いたピザ餅や、チーズカレーヌードルは邪道だと公言して憚らない。広い世の中にはこれを好物としている人が存在するにも拘らず、この奇妙な合体を愛のない政略結婚の如く侮蔑する。ヤツに言わせれば、いちご大福の存在も同類らしい。確かに、どれもこれも食べた事はない。特に作ってみようとか買って食べたいとかは思わない。意外とコンサバ食生活。しかし、ヤツのように食べ物扱いしないレベルではない。食べる機会があったら別に食べてもいい感じだ。しかし。単体では魅力溢れる食べ物も化合物になった途端食欲が半減するものもやはり存在する。キャラメルポップコーン。ポップコーンにキャラメルを絡ませ、甘くコーティングしたアレ。アレこそ元の2つに分解して戻してしまいたい。ポップコーンは好きだ。あのサクッとふわっと軽い塩味、時折殻部分が歯の隙間に引っ掛かるのが難点。キャラメルも好きだ。あの香ばしい甘味、やはりこちらも歯にくっつきやすいが。しかし、それらの混血であるキャラメルポップコーンにはさして興味を感じない。キャラメルコーンなら好きだけど。何が不満って、ポップコーンの塩味が活かされてないじゃないか。甘いものの後には塩味が欲しくなるけれど、一度に両方ゲットという考えこそ邪道なんじゃないのか。全国のキャラメルポップコーンファンの方、申し訳ありません。でも。今日、会社でキャラメルポップコーンを少し分けてもらった。仕事で脳を酷使(ってほど働いていない)すると甘味摂取欲が疼く。血糖値に変動があるんじゃないかってほど糖分を体全体が求める。そんな時に差し出されたら、邪道だのジャマイカだの蛇の道は蛇だの言ってる場合じゃない。食べるよ、普通。自身の人間性の狭量を感じつつ口にすると、案の定、歯にくっついた。奥歯の、少し凹んだ部分にねっちょりとこびりつく。この混血児は、両親の歯にくっつきやすい性質をもろに受け継いでいるどころか、更に強化されている。歯科医のアマルガムかってほどの吸いつきっぷり。これで歯形取れてるんじゃないのか。舌先での生っちょろい除去ではてんで話にならず、仕方なく爪楊枝を取りに給湯室に走る。なんて手間の掛かる菓子だ。虫歯促進効果グランプリがあったらメダル確定だ。ま、糖分は補給できたからそれはそれでいいけどさ。やはり甘味と塩分の両方を一度に味わうという安易な発想には大きな陥穽がストーカーの如く付き纏う。本日の教訓『キャラメルポップコーンを食べる時には爪楊枝をお忘れなく』
2007年09月03日
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一昨日、年上の後輩である会社の同僚が、出社するなり体調不良を訴えた。何でも、平衡感覚の調子が悪く、真っ直ぐ歩きにくいとか。昨日の夜辺りからそうなったらしい。顎の頤の辺りが変な感じだけど、もしかしたら三半規管かもしれないし、神経の方かもしれない。医者ではない人間達で色々考えても時間の無駄である。翌日は土曜で病院が休みなので、有給とって今日は病院に行ってきたらと送り出す。翌日。彼女は元気に出社してきた。本調子ではないものの、大分よくなったとは本人談。総合病院に行き、複数の科で受診したけれど結局何処も目立った異常は見つからなかったらしい。それはそれでよかったが、昨日の症状は何だったのだろう一体。午前の業務が終わり、昼食時に、「昨日、病院で」と彼女が語り出した。ほんの一瞬、緊迫に近い空気が流れる。「顎の具合が悪かったんで最初外科の方に行って、 次に内科に行ったんだけど」ほうほう、外科で何を言われたんだ?「そこの先生がよく見たらいい男だった」…。ああ。そうスか。年の頃は30代、色が浅黒くサーファー系のイケメンだったそうだ。「いや、あの先生は絶対患者にモテるね」ウチの会社にはいないタイプだそうだ。それはそれはよかったな。体の養生以上に目の保養が出来たな。しかし、次に行った内科の医師は、「若い方だけど、アレ見た後じゃちょっとキツイね」ダメ出しだよ。こっち先ならまだ少しはマシだったかも。患者ってヤツぁ結構残酷だ。っつーか、すごい元気じゃないかアンタ。ちなみに彼女はバツイチ独身。バリ現役のパワー恐るべし。「へー、今度病院行って、その先生見て来ようか?」主任が話を合わせる。後輩の彼女と同い年だが、こちらは夫持ち。アンタも元気だな。って、話を振られてるのもしかしてこっちか?わざわざ見に行くという発想は全く持って出て来なかったぜ。「そんなんじゃダメだよ、潤いがないよ」温暖湿潤気候日本において、ここだけ砂漠気候かい。そこで今更気がついた。ひょっとしてひょっとしなくてもこの場で一番枯れてるの明らかに自分じゃないか。世間では干物女なる存在が注目を集めている今日この頃、イケメンの話題に関するこの反応の鈍さと無関心さ、それに加えて足を広げて座るなだの伝線したストッキング穿くなだの注意される辺り、まさしく干物そのものじゃん。自覚、遅っ!むしろ干物通り越して乾燥じゃこレベルじゃないのか。ってことは、じゃこ女か?それ以前に女ってのも生物学的分類レベルの問題だ。行動パターンが世間一般でいう女性の基準ラインに達してなさそうだ。じゃあ、単なるじゃこかオイ?いいのさ。じゃこにはカルシウムが豊富に含まれているからな。骨の丈夫さなら多分並の女性には負けないはずだ。本日の教訓『山・壁と並ぶ時代の最先端、干物!…って威張れねぇ』
2007年09月02日
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