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中医学の体質診断法に『舌診』なるものがあるそうだ。呼んで字の如く、舌を見て身体や内蔵の状況を判断するものらしい。郵便受けに入っていた地元のタウンニュースペーパーに、中国漢方薬局の記事が掲載されており、その中に『あなたの舌で体質チェック』コーナーが見本のカラー写真付で大きく取り上げられていた。大きく分けて、6つのタイプがあるとのこと。パワー不足の気虚、血液不足の血虚、水液不足の陰虚、気の巡りが悪い気滞、血の巡りが悪いお血、水液の巡りが悪い痰湿。どれも嫌なのばっかだなオイ。健康体のはないのか。6つの写真のどの舌に自分のは似ているか。早速鏡を手にとって、んべぇ。…至近距離で見るとタラコっぽいな、このブツブツ。こんなのタンとして調理しても不味そうにしか見えない。舌辺の両側が赤く、中央に白や黄色の舌苔。気滞タイプの写真とそっくりじゃないか。気滞タイプ。ストレスが溜まって、気の巡りがよくない。下痢と便秘を交互に繰り返す。胸が詰まる、ため息が出る。イライラや鬱など情緒不安定。腹部や胸脇部に張りがある。ガスやゲップが多い、便秘気味。…確かに、思い当たる節はいくつかある。現に、今日は非常に精神的に絶不調モードだった。元来社交的ではない上に、時折世捨て人レベルの人間嫌い状態に陥る。人の作ったような笑い声とかが気に障り、周囲のムードに頑として溶け込むことを厭うヒネクレ者となる。なるほど、原因はストレスか。家でも会社でも、ぶん殴ってやりたいヤツの1人や2人いるからな。暴力はイカンと心の中のガンジーに諭されて押さえ込むも、捌け口が見つからないから溜まる溜まる、消費者金融の金利のように増えまくって仕方がない。こんな状態を養生するには、朝の戸外の空気を深呼吸。趣味を持ち、心から楽しむゆっくり過ごす時間を作る。アロマを生活に取り入れる。ほうほう、ストレスを上手に発散させるわけか。確かに最近、外を歩いている時間が一番心地よい。何も余計なこと考えずに済むからな。でも、結局家や会社に帰り着かなければならない。そこで、雲散霧消したはずの心理的負荷が再び復活するって寸法だ。そのエンドレスリピート。効果的なストレス解消方を考案せねば、しばらくは気滞状態から開放されそうにない。本日の教訓『1人でいる時間は何より貴重』
2007年11月30日
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デスクの抽斗にお菓子が入っている。そう考えるだけで、明日の午後のお茶の時間が待ち遠しくなる。しかも2つ。我がK県において銘菓の位置付けをされている土産物としても非常に有名な菓子が眠っている。なんて素晴らしきかな我が抽斗。神の祝福受けてるといっても過言じゃないぞ、少なくとも、今の間は。古都鎌倉を代表する土産物銘菓、言わずと知れた豊島屋の鳩サブレ。頭からかじるもよし、尾からかぶりつくもよし、はたまた丸っこい腹部から止めをさすが如く喰らいつくもよし。可愛らしいフォルムとサクサクの歯応えを楽しむにはもってこいの親しみやすい味。対するは、横浜かをりのレーズンサンド。しっとりクッキーに、ラムレーズンとクリームの高級感溢れる佇まい。同じ市内でありながらウチの町内には決してありえない港町の垢抜けた雰囲気を醸し出す洒落た洋菓子。さて、明日のおやつはどちらにしようかなと考えただけでヘンゼルの調理法を検討して悦に入るお菓子の家の魔女の如く口元がだらしなく緩む。勿論、どちらも会社の頂きものを分配してもらったものだ。少人数零細企業の最大級の長所ではなかろうか。分ける人数が多ければなかなかそうは行くまい。鳩サブレを割って数人で分けるという光景はこの上なく貧乏臭いし、じゃんけんで勝った者だけがレーズンサンドを食べるという行為も後の人間関係の禍根となり得る可能性が生じる。やはり、傷むのが早い生菓子の方を優先に食べるのが筋というか合理的な考え方だろう。とすると、レーズンサンドからか。鳩サブレは、明後日のお楽しみだな。明日のおやつの時間が今から待ち遠しい。人体はごく自然に糖分を要求するものである。そして、糖分摂取の予感が脳から信号として全身に伝達され、期待という幸福感が漲るシステムである。これだけで幸福感を満喫できる単細胞に拍手。本日の教訓『美味しいおやつは適量で』
2007年11月29日
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知り合いから頂いた缶入りの焼き菓子を食べた。モロゾフ。何語だかよく知らんが有名なメーカーだとは認識している。ブランド品に関する自身の予備知識は驚きほど低く、リンツが海外物でロイズが国産品だと区別できるようになったのもつい最近という体たらくだ。しかし、そんな世間知らずの一庶民ですら、その容器である缶の柄にはどこかで見覚えがあった。金に黒の幾何学模様。ナッツ入りマカロン、アルカディア。モロゾフ アルカディアミニ缶1つ、またもう1つとつまんでは口に運ぶ単純動作が止まらない。アーモンドのカリカリと、焼き菓子のサクサクのバランスが絶妙。って、これマカロンって書いてある。クッキーじゃなかったのか。クッキーとマカロンじゃどのような違いがあるのだろうか。原材料か、はたまた調理法か。確かメレンゲを使用するのがマカロンだったはずだ。ほれ、原材料にも卵白と表示されている。どうでもいいけどマカロンとマカロニって似てるけど語源に何か関連性でもあるのだろうか。あ、あの缶、どっかで見たことあると思ったら、会社で物入れに使ってる空き缶と同じ模様だからか。よくぞこれだけくだらないことを思いつくと嘆息せざるを得ない。こんな次元の問題に思考を巡らすようなら、ミニ缶丸々1缶分を胃袋に収めることによる栄養摂取過多の危険性について危機感を抱くべきだろうが。しかし、美味の前には人間は沈黙するのが常だ。高級菓子という誘惑の前に警鐘を鳴らす術を持たない己の無力を実感する次第。結果。風呂上りの体重測定に速攻反映されているこの現実。口から摂取した栄養を逃さず全て取り込もうとする貪欲な消化器官に脱帽。っつか、ちょっとは考えて物を食べろ。本日の教訓『おやつは強制されなくても残さず食べる』
2007年11月28日
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例えるならば。目の前のチョコレートフォンデュの小鍋から甘い湯気が立ち上り、マシュマロやイチゴ、バナナやパインの刺さった竹串から適当に1本抜き取ったところ、ブツ切りの酢ダコが刺さっていた。そんな感じの衝撃を受けた。あるサイトのコラムを読んだ時のことだ。本を開いた先には、別の世界が広がっている。人は自分以外の人間に成り代わることは出来なくても、書物の中では性別も年齢も国籍も時代も次元すら飛び越えて違う人生を垣間見ることが出来る。知らなかった世界、異なる価値観、心にくすぶる感情の表現、ページを繰るたびに新しい発見がある。本の中の異世界を構築しているのは、主にテーマと描写だ。テーマは食材。同じようなありふれたものも珍しくはない。その食材をどう調理するか、それが描写だ。効果的な挿話や場面切り替えの配置、巧妙に張り巡らされた蜘蛛の糸のような伏線が浮かび上がる契機。微妙な感情を表現するための比喩や叙述の工夫。その扱いの上手さに、物語の出来不出来は大きく関係している。自分ではそう思っている。だから、人物や場面の状況は細かくなくて良いという部分に思わず「そんなもんかぁ?」と首を傾げ、ブツ切り酢ダコを手にした気分になったわけだ。架空の異世界を紙面上に築き上げる時、状況の描写と登場人物のキャラ付けというのは必須だと思っていた。描写は説明とは似て異なる。展示された絵画が描写だとしたら、絵の横の作品解説が説明だ。そこにその世界が実在するように言葉を用いて情景を描くのが小説における描写だ。登場人物に関しても、ただ展開上都合のいい人間を配するだけでなく、その人物に生命が宿っているか、言い換えればその人物視点で見た時に物語が成立するか、それは作品の完成度に関わってくると思うのだが。文章表現は非常に難しい。深く描こうとすればするほど、デッサンは鉛筆の線で埋もれていく。反対に、極限まで不要な線を削ぎ落とされたデッサンほどより高度な技術を必要とする。そんな一見単純に感じられる線画と、単なる書き込み不足は全くの別物である。『共感』出来るか否かは読み進める上で確かに重要だ。ただ、人の考え方はそれぞれ千差万別なので、本人が持って生まれた主観以外の位置、違うアングルから物事を見ることが出来るのも読書という行為を通して為しうるものではないかと思う。主人公の感情に共感できればいい。それだけじゃ何となく物足りない気がするのはやはり世代の差か。『図書館の神様』という小説に、体育会系外見の、たった1人の文芸部員である少年が出て来る。彼が、本の中の世界を冒険することの楽しさと幸福感をクラブ発表会の場で皆にアピールする場面がある。読まず嫌いを自称する人々に、是非どうぞ。図書館の神様本日の教訓『読むことは楽しく描くことはなかなか難しい』
2007年11月27日
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最早習慣となりつつあるウォーキングと激マズ生姜サプリの燃焼率の相乗効果か、触って分かるほどに太もも外側の辺りの贅肉が少々取れて、やや硬くなった。体脂肪がほんのちょっと減って、基礎代謝もちょっと上がった。まだまだ標準値には到底及ばないものの、これが明らかな進歩とみなしていいものじゃなかろうかと内心バナナを目の前にした猿の如くご満悦。やはり食事療法のみならず、運動も取り入れると効果は絶大なようだ。しかし。肝心の体重ってのが大して減っちゃいないんだなこれが。脂肪より筋肉の方が重い。筋肉がつけば、脂肪は燃焼しやすくなるが筋肉の分重量は増える。そう分かってはいるのだが、明らかに筋肉太りの兆候を示しつつあるこの足。骨量、割とある。筋肉量、そこそこある。華奢とか虚弱とは程遠い、いかにも健康ですといわんばかりの体型。丈夫で長持ちってのは、体が資本の庶民にとっては宝なんだけど。この頑丈そうな足で極度の運動音痴ってどうよ。もっとも、運動が苦手で遠ざかっていたからここまでだらけきった体型に成り下がっていたのだが。しかし、最近やっとウォーキングの楽しさに開眼。ひたすら歩くのが心地よく感じられるまでに進歩できた。歩いて、歩いて、もっと歩いて、まだまだ余分な脂肪を絞りきらねば。本日の教訓『筋肉が増えればより代謝が活発になるはず』
2007年11月26日
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手の中には、小さな窓。その向こうには遥かに広がる草原があり、遮るものもなく風が吹き抜けていく。遠くに連なる険しい山脈や昼なお暗く茂る森。流れゆく大河の向こうには来たる者を受け入れつつも拒絶する大海。不明瞭な運命を映すが如く危険と魅惑が紙一重の異世界が広がっている。窓を覗き込むだけで、遠くに行けそうな気がした。今も、昔も。赤字だ金欠だと毎月代わり映えしない陳腐な愚痴をこぼしつつも、単なるモノじゃねぇ、夢を買ってんだよとギャンブル狂いのダメ男がほざきそうな器極小サイズの台詞を吐き、いい年齢こきつつ購入しました、DS『ドラゴンクエスト4~導かれし者たち』 【DS】ドラゴンクエストIV 導かれし者たち★12月中旬頃入荷予定分物語は人里離れた山奥の小さな村から始まる。待ち受ける過酷な運命をまだ知らない若者は、家族や友人、隣人たちに囲まれて平穏に暮らしていた。しかし、世界の各地では不穏な気配が蠢きつつあった。かつて魔物が跋扈跳梁した古の暗黒時代と同じように。突如行方をくらました村の子供達を捜索する王宮戦士。お供2人を引き連れ城を抜け出し冒険の旅に出発したおてんば姫。世界一の商人となる待望を抱き田舎町を旅立った武器商人。殺害された父の敵を追い求め復讐を誓う美貌の姉妹。生まれも育ちも旅の目的も異なる7人は、やがて大いなる運命に手繰り寄せられるように1人の若者の元に集う。後に伝説の勇者と称される若者の元に。物語は5章からなるオムニバス形式。4章までの主人公たちが、5章で仲間として集結していく様は壮観。単なる勇者の仲間たちではなく、それぞれに目的を背負った者として描かれていたのが当時斬新だった。ファミコンソフトとして発売されてからもう10数年、その後プレステに移植されて5、6年経つが、今尚こみ上げて来るのは懐かしさと新鮮さの相反する両方だ。っつか、もうそんなに経ったのか。人間的に何ら成長を果たしていないのは気のせいか?まだ始めたばかりで、第1章の途中だが、ここを終わらせるのが非常に心苦しいのは昔も今も変わらない。何故って。それはホイミンの存在に他ならない。モンスターは凶悪邪悪醜悪の頑迷な固定観念があるが、鳥山明氏の描く生命体には不思議な愛嬌すら感じられる。ホイミンは、ホイミスライムと呼ばれる種族のモンスター。回復呪文ホイミを唱えては他の敵に傷を回復しまくる厄介な敵。しかし、どんな団体にも必ず異分子は存在する事実の実例のように、ホイミンは人間になりたいという大きな夢を抱いている。人間と一緒にいればいつかは人間になれるかも、と恐ろしくも柔軟かつ理解不能な楽観的希望観測を持った彼は、王宮戦士ライアンの仲間となり、行動を共にする。人間になるため人語をマスターした努力家のホイミン、コイツがまた可愛い。フワフワと後ろをついて来るだけでも可愛いし、戦闘中にホイミで傷を癒してくれるのも可愛い上、話しかけると色々答えてくれるのも可愛い。とにかく、全てにおいて存在そのものが可愛くて仕方がない。ホイミンとは、1章をクリアすればもう一緒に戦うことはなくなる。それが昔も今も寂しいのは変わらない。5章で、念願叶って人間になったホイミンとライアンは再開するが、未だにどのような奇跡が起こったのかは謎に包まれている。ホイミスライムのままで可愛いよキミはって気持ちと、夢が叶ってよかったねって気持ちが半々だ。って。いい大人が考えることじゃないだろ。精神年齢と戸籍年齢の乖離が気になる今日この頃。本日の教訓『努力すれば大抵のことは何とかなる気がする』
2007年11月25日
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限定と聞くとついつい心が躍る。さして購入する必要性も懐具合の余裕もないのに無性に買いたくなる。これを逃せば、次はいつ買うことが出来るか分からない。今こそ買い時なのではなかろうか。そんな消費者心理を上手く不安に陥れる口説き文句、『限定』。チロリスト、チロルチョコ愛好家の略語。無論、そんな造語は一般社会で流通しちゃいない。チロルチョコは大抵季節で品揃えが変わる。コーヒーヌガー、ミルク、アーモンドなどはほぼ1年中アソートパックにレギュラー枠を獲得しているが、期間限定の味はそのシーズンを逃したら姿を消す場合が多い。その平家物語の如き諸行無常っぽさは最近の使い捨て感の強い流行歌市場のようだ。最近、よくコンビニで見かけるお気に入りは、京きなことホワイトクッキー。一番近場のコンビニではそれぞれ31円と21円で売っていたが、別のコンビニチェーンでは30円と20円で売られているという驚愕の事実が発覚したので、最近は専らそこで買っている。中にもちグミの入った京きなこは、なかなか噛み応えがある。ホワイトクッキーは、クッキーの分量が多くサクサク感がいい。更に、ダイエーで売っていた限定版が、クリスマス島の塩。名前聞いただけじゃ、どんな味か全く意味不明。今流行の塩キャラメル味とメープル味の二層重ねで、中にメープルビスが入っている。塩よりも、メープル味の方がちょいと強い感じ。これはちょっとハマる味だ。 更に。セブンイレブンで限定の冬味パックが売られていると情報入手。冬チョコと、ホワイトビスと、きなこもちのアソートパック。30個入りで、315円。よくぞ好きな味ばかり入れてくれたじゃないか。でも、コンビニ限定ってどうよ。コンビニは新商品には滅法強いけど、その分割安感をスッパリ切り捨てている。スーパーとかだったらちょっとばかし安くなりそうな気がするのだが。そう言いつつも、フラフラとセブンイレブンに立ち寄って買い求めたい衝動を抑えきれない自分がいる。季節限定、販売場所も限定ってかなり心を動かされる。チープなチョコの代名詞、チロルチョコ。それでも味のバリエーションと販売戦略はなかなかに侮りがたい。本日の教訓『季節が変われば商品も変わる』
2007年11月24日
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これは、指先に手作りの神が降臨した妹その1が調子に乗って作った2作目ではなく、ましてや自分で苦心惨憺して製作したものでもない。会社の人からのプレゼントである。 ターコイズと淡水パール、クロスはシェル。革紐つなぎでちょっとカジュアル風。「イメージに合わせて作ってみた」と、いうことだが、人から似た自分はどのように見えていることだろう。少なくとも、エレガントで上品なお嬢様でないことだけは確実だ。よくよく思い返してみれば、最近手作りなどさっぱりしちゃいないような気がする。ビーズアクセキット、まだ手付かず状態で冬眠中。妹その1の方がちゃんと作り上げただけ人間的に幾分かマシな気がする。つか、自分のブログで他人が作ったものしか掲載していないってどうよ?超不器用なのに唐突に手作り実行宣言した妹その1のことを論ってる場合じゃないな。たまには何か創造的な行為をしなくては。本日の教訓『人の振り見て自分も作れ』
2007年11月22日
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「無趣味は嫌だ、何か手作りの趣味を持ちたい」身の程を弁えない発言にも限度がある。妹その1・トロが唐突に手作り品を作りたいと騒ぎ出して一月ほど。ヤツの手元には携帯ストラップのキットが届き、自称『不器用』女が一念発起してストラップ製作を始める日が刻々と近づいていた。その日は突然に訪れた。昨夜、11時も近くなった頃、妹その1は、定規と丸ヤットコとニッパーと小皿を要求してきた。本当に、突如である。ヤツの気まぐれ気分屋浮き沈みっぷりは半端じゃない。女優に例えれば沢尻エリカクラスに傍若無人だ。おいおいおい、今から始める気かよ。トロの会社は基本的に土日が休み。火曜の夜なんて、まだまだ週半ばの寛いでる場合じゃない時期だ。普通、夜中に何かするとしたら、翌日ぐっすり寝坊できる休日前をチョイスするってのが一般的な社会人の思惑じゃなかろうか。しかしトロの辞書に常識という言葉は掲載されていない。思い立った時、いつ何時でも決行するのがトロイズムだ。そしてヤツはビーズパーツを徐に作り始め。「あ~、上手くできない」最初の1個目のパーツ作りで早々に弱音を吐いた。早っ!Tピンにビーズを通し、先端の長さを調整カットし、ヤットコの先でくるりと丸めてパーツを作るあの作業。その、丸めるという行為の困難さを身を持って痛感しているようだ。見ると、溶けたアイスのようにヨレヨレなTピン先端。ヤットコを取り上げ、とりあえず伸ばして、こうやるんだと大して上手くもない実演をしてみせる。下には下がいるもんだと思い知る瞬間。とにかく、ヤツは手よりも口の回転の方が滑らかだ。しかも、非常にネガティブである。「もうダメ、できない」「もう限界、無理無理」お前はマラソン残り5キロ地点で脱水症状起こしかけている人間か。聞いてるだけで気分が滅入るわ。このパーツ作業が苦手でビーズストラップを製作しようとしたお前の神経こそ不可解極まりナッシング。それでも手はへこたれることなく動きを止めていない。完成に要する所要時間約30分。2個目のパーツを作っているこの時点で、既に1時間経過。遅っ!完成に至るまでに要する時間にくらくらと気が遠くなったので、早々に見捨てて眠ることにした。翌朝。目覚めた時、昨日トロが作業していたテーブルの上には、完成した携帯ストラップが置かれていた。おお。ちゃんと形になっている。グリム童話で、靴職人が目覚めた時に小人が夜仕上げたピカピカの靴が飾られているのを見たような気分。 では、ここでヒーローインタビューに入ります。トロさん、ストラップ完成、おめでとうございます。完成までどれくらい時間の方はかかったんでしょうか。「11時8分から始めて、終わったの2時35分だよ。 ああもう疲れた、きょう仕事休んでいい?」なるほど、約3時間半を費やしたわけですね。仕事を欠勤するならご自分で会社に連絡を入れてください。翌日仕事なのに、どうして突然作ろうという気になったんですか?「ちょうど気分が乗った時に さぁやろうって気が起きるの。 そうじゃないと全然やる気がしないもん」昨晩がちょうど閃いた瞬間だったんですね。さすが気まぐれ女王の名に恥じない唐突っぷりです。でも、あれだけ苦手にしていたTピンのパーツもちゃんとできるようになりましたね。何かコツがあったんでしょうか。「あれね、調子いい時は 手に神が降臨してきた感じ。 そうなったらどんどん作れちゃう」それは不思議な話ですね。まさにオラクル状態ですか、眠気のあまりトリップしているのと違いますか。何はともあれ、初作品完成おめでとうございます。次の作品に関する気構えなどあれば、お答えいただけますか?「あのTピンを丸めるの、もうやりたくない。 次に作るのにはあの作業ないよね?」残念ながらあのパーツ製作は大抵のキットには含まれていると思いますよ。再び神が降臨するよう、祈りを捧げてみてはいかがでしょうか。本日の教訓『手作りは99%の努力と1%のひらめきである』
2007年11月21日
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ついこの間までパーカーすら羽織らずに町を闊歩していたのに、今日は箪笥から冬用ジャケットを引っ張り出す始末。昨日と同じような平凡な日々が続いているように見えても、それはあくまでも主観的な感覚に他ならず、日一日と遅くなる日の出と早まる日没は顕著に規則正しい季節の移ろいを示している。冬が始まろうとしている。冬は嫌いだ。温もった布団の中という至福の場所から目覚ましアラーム音で引っ張り出される時の未だ明けやらぬ夜空と室内に降り積もる見えない雪のような寒気。更に、窓はうんざりするような結露で覆われ、朝の仕事は一つ増える。何より、乾燥肌対策として何かと物入りな季節でもある。指先は油分を失いひび割れて、所々ささくれ立つ。ハンドクリームが必要になる。腕や足も通常は大根だが、冬場は粉ふき芋状態になる。メディカルクリームが欲しくなる。唇も屋外の寒気に晒され、室内の暖房に当てられカラカラになる。リップクリームも買わねばならない。何だコレ。クリームだらけじゃないか。こんだけクリームばっか買ってたらアイスクリーム買う金も残りゃしない。そして冬場の外出必須アイテムといえば。マスク。つけているのといないのでは、鼻にかかる負担が違う。加えて、口周りの乾燥を防ぐ効果もあるし、風邪対策としても有効と言える。見た目は非常によろしくないが、それを補って余りある実用性を誇る冬場限定万能ツール。って、褒めすぎか。確か去年買った徳用マスクの箱がまだ残っていたはずだと、探し出して中を見てみると、あと二枚しか入っていなかった。…クリーム三兄弟に加えて、マスクも買わねば。ますます菓子買ってる場合じゃなくなるな。本日の教訓『外出時には外観よりも実用性重視』
2007年11月19日
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『昔はよかった』的懐古主義と揶揄するひねこびた気持ちと、ネット上での作品に対する評判の高さに対する興味が入り混じりつつ突如発作的に前作を観に行った一昨年。ちょうど世間一般では祝日と呼ばれる日だけあり、比較的年齢層の高そうな人々でほぼ満員御礼。油断していた。途中から、ボロ泣き。ベタな物語展開と悟りつつも、最新CG技術を駆使した古めかしくも温かいかつての日本の景色と戦争の影が微かに残る人々の明るい未来を信じる姿に不覚にも見入ってしまった。絵に書いたような笑いあり涙ありの、文句なしの傑作だった。あれから2年。観に行ってきました、『ALWAYS 続・三丁目の夕日』正直、続編には不安があった。物語はどうしても前作を踏襲したマンネリに陥る危険があるし、前回世間を感嘆させたCGもインパクトは弱くなる。偉大な父を越えられない息子が世には多く存在するように、感動作と呼ばれた前作を凌ぐ作品は生まれ得るのか。物語は前作から4ヵ月後。完成した東京タワーに見守られるような夕日町。集団就職で上京してきた六子もすっかり鈴木オートの家族同然のように町に溶け込み、事業に失敗した親戚の少女・美加が加わり更に賑やかになる。茶川と淳之介はヒロミの不在を寂しく思いつつ平穏に暮らしていたが、息子の身を案じる淳之介の実父・川渕が時折やって来ては、淳之介を引き取りたいと茶川に迫る。この2つの家族を中心として昭和34年の季節は巡ってゆく。高飛車なお嬢様の美加が家族の一員になっていく姿。淳之介との生活のために一念発起して芥川賞に挑戦する茶川。コック見習いをやめてフラフラしている六子の幼馴染の青年。踊り子として働きつつも茶川を忘れられないヒロミ。焼け野原だった町に家が建ち東京タワーが建ち、景色は急速に変わりつつある中、人々は変わらない笑顔で美しい夕日を眺める。単品としては、非常に優れた映画だ。CGによる作り物感を感じさせないほど自然な背景、殆ど見えないような細部まで拘った小道具の数々。現代社会では考えつかない密接な人間関係と根底を流れる隣人愛と他者に対する思いやり。数多くの出会いと別れ、そして再開。更に、オープニング映像を含めたギャグ要素。なのに、僅かに物足りなさが残るのは、全てがあるべき形に収まった予定調和ともいえるハッピーエンドの印象の弱さだろうか。物語のベタさ加減はある程度分かりきってはいたものの、ラストへの持って行き方はややご都合主義かもしれず残念。やはり前作の壁のチョモランマ並の高度は険しい。そう言いつつもやはり泣いてしまったが。印象に残ったのは、淳之介の父・川渕氏。物語では茶川と淳之介を引き離そうとする嫌われ役として登場する偉そうで嫌味な会社社長。だが、この人、実は結構いい人なんじゃないだろうか。婚姻外子の息子を引き取って育てたいと申し出る辺り、再婚して息子を捨てた母親と比べると人間的に断然マシ。こんな所に居たんじゃまともな教育も受けられないだの、上から見下す物言いもするも、子を持つ親としては実に真っ当な正論。事実、洗濯をしたり店番をしたり時には食事を作ったり、淳之介は家のお手伝いの範疇を超えてよく働き、かいがいしく尽くす。鈴木オートのやんちゃ坊主一平が文句を言いつつも家の手伝いをするのに比べると、置かれている境遇の差は歴然としている。更に、生活費のために給食費を払えず給食を食べないで我慢する姿に堪えられる親がいるわけがない。再三茶川家を来襲しては息子の引渡しを迫るのも言葉にしない父親の優しさとしか思えない。それでも、その都度隣人達から帰れコールを浴びせられ、息子はうだつの上がらない作家に懐きっぱなしで金も地位も手にしつつも肝心な場面で報われない男。最後、立ち去って行く川渕の姿に深々と頭を下げる茶川。川渕の決して表には出さない愛情を誰よりも理解しているのは他ならぬ茶川なのだろう。本日の教訓『人は見た目に寄らない』
2007年11月18日
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C判定を見た時、何かの間違いじゃないかと思った。文字通り、目の前が暗くなる錯覚。かつて学生だった頃、一番得意な教科で不本意な成績をつけられた時に感じた口惜しさ。自分におそらく責任はあるのだろうが、それについての自覚がすっぽり欠如しているために感じる被害妄想。何年経っても人格の狭小さには全くもって進歩が見られやしない。健康診断の結果が返ってきた。認めたくないことに、要経過観察のC判定があった。しかも。総コレステロール値。基準値より、ちょいとばかし高かったのだ。コレステロール。アンチメタボな現代社会において不摂生の代名詞ともいえるかなりありがたくない称号。酒も煙草も興味ない。天ぷらや唐揚は好きだけど、最近はとんとご無沙汰状態。一日一袋ポテチ摂取を心掛ける某妹と違い、それほど脂っこいものを多く食べてるわけじゃない。かなり偏食の部類に入るが、食生活の基盤は和食系。単に洋食は作れないだけ。客観的に、かなり健康的な生活を送っていると思う。にも拘らず、この体たらく。徹夜で勉強したのに赤点取った学生の悲哀とよく似ている。これ以上食生活をどのように改善すべきか。…おやつ減らせってか?冗談じゃない。菓子が食えない人生などカレー粉の入っていないカレーライスに等しい。健康に関して出来る限りの努力をしているにも拘らず結果として数値に反映されないこの無念。如何に晴らさでおくべきか。同じく健康診断で毎年毎年コレステロール値について医師に言及されるウチの親にその話をすると、「ぶはははは」と大笑いで一蹴された。アンタはちったぁ気にしろよ。そう言えば、ウチの親、「なるべく早足で歩くようにしなさい」健康診断所見で、そう医師にアドバイスを受けていたはずだ。「アナタね、血圧とかが高くないからいいけど、 これで高血圧が重なっていたら動脈硬化や脳血栓で 倒れる危険があるんですよ」医師は、高コレステロールの危険性を諭し、運動による改善策を教授したそうだ。ちなみに、ここ最近は医師も諦めたのか、コレステロールについては何も言ってこなくなったようである。やはり、地道に運動で体質を改善する以外道はないのか。図らずも、コレステロールを基準値に戻すという来年へ向けての新たな目標が突如出現してしまった。美味しいものをたらふく食べたいという原始的な野望の実現は舌を出しながら遠のいていく。本日の教訓『血中脂質は遺伝して欲しくない』
2007年11月17日
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どうやら冷え性体質らしく、冬場は指先や足の爪先がカチカチに冷たくなる。凍てつく指先を疲れた瞼に当てれば、アイスノンいらないんじゃないかって程度の役にしか立たない。事実、足全体の体温が低下するので、血行と代謝が悪くなり、太い足がますますぶっとくなる悪循環を形成している。冬太りってのは大抵この影響に他ならない。生姜が体を温め血行を良くするらしい。そんな話を聞いた。健康によいということはとりあえず実行してみたくなる習性が疼く。血液がサラサラになるという謳い文句の腕輪とかにハマらないよう用心しなくてはならない。水に溶いて飲む生姜パウダーとかいう商品もあるらしい。美味くなさそうな気がぷんぷんするぜ。って。待てよ。生姜サプリなら、買わずとも会社にある。仕入先から頂いた激マズ生姜サプリ。この間勝手にもらった水で流し込む錠剤タイプの他に、噛み砕くタブレット型のも残っているはずだ。味は、辛い。ワサビ系でも唐辛子系でもなく、ガリ系のあの辛さだ。まんま、生姜。匂いも味も。食べやすさとか一切考慮無しの、よく言えば天然風味。一度話のタネに食べたらもういいやってことで給湯室の片隅で埃を被るタブレットのボトル。誰もいらないなら、遠慮は無用。どうせ捨てられるなら、この胃袋の中に消えてもらう。で。一日数回、暇を見ては辛いタブレットをかじり続け、会社行き帰りはひたすら早足歩きの日々。どちらの効果かはよく分からないが、本当に基礎代謝が僅かに増えた。おお。効果あるじゃん激マズ生姜サプリ。しかし。今までの寒さなど秋の生ぬるい涼しさでしかない。昼の日差しが厚い雲で遮られでもすれば、忽ちの内に冷気が大気中を元防衛庁事務次官の如く支配する。寒い。今日はかなり寒い。爪先が冷凍食品のようにコチコチになっているのが分かる。北国で冬場一晩外に放置したバナナをトンカチにして釘が打てるなら、今この足で蹴りを入れたら威力は数段増すのだろうかと考える。詮無きことよ。多少生姜を摂取したところで、冬の強烈な寒さをそう凌げるってもんじゃない。新たなる冷え対策を考案せねば。ウチの会社を床暖房に。って、んな金あるかっての。本日の教訓『スカート事務服は寒気に弱い』
2007年11月16日
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朝起きて。お世辞にも綺麗とは言えない、つかわざわざお世辞など言ってやる義理もないテーブルの上にはやはりプレステが置きっぱなしになっている。昨晩、プレステに虫が入って動かないとかで大騒ぎした後、何とか無事動いたらしく、その後ゲーム三昧だった愚妹達。使ったら片付けず、そのまま寝る、何とも短絡的な行動。殆ど獣に近い理性の欠如を憂う。昨日の今日で、ほんとに懲りないヤツらだ。んん?テーブルの上の光景に、明らかに異様なものが混じっている。昨日、自分は大きな勘違いをしていたことに気がついた。妹その2がいじっていたプレステは直ったものだと単純に信じていた。それは、大きな誤りだった。テーブルの上に置かれているのは、この間妹達が買ったピンクのプレステではなく、例の、虫の侵入により故障に追い込まれて現役を退いたはずの、先代の青いプレステだった。まだ使えたのかコレ。むしろ処分していなかったのか。って、よくコレを使ってみようと試みる気になったな。2代目プレステは、やはり作動しなかったと妹その2は言葉少なに語る。悲しみに暮れているわけではなく、ただ単に眠たいだけである。あー、でもさ。前に使っていた初代が使えるようになってたんだから、2代目も数ヶ月放置しておけばまた使えるようになるんじゃないのか。だ・か・ら、使った後はちゃんと片付けるように。絶対無理だろうけど。本日の教訓『電化製品は自然回復する』
2007年11月14日
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最近ウチの妹達はプレステ2のあるゲームに揃ってハマっていて、夕食後は1台しかないテレビをほぼ占拠している。テレビの音が消え、ゲームの音声が流れるまでの一時の静寂。…あれ?やけに静かなままだ。なかなかゲームのオープニングメロディが始まらないが、何うだうだやってんだコイツら。画面はプレステの電源を入れた時の、メニュー画面のまま。ゲームソフトは入って、コントローラーも接続されているのに、何故かゲームが作動しないようだ。ああ。こんなこと数ヶ月前にもあったな。あの時は確か、以前使っていたプレステ2に虫が入り込んだらしく、使用できなくなって妹達が金を出し合って今のに買い替えたんだっけ。その虫が入り込んだ理由ってのがまたお粗末。連中、毎日どれだけ言い聞かせてもテーブルの上に使ったままの食器や飲みかけの飲料やアイスのカップやスナック菓子の袋をそのまま放置する習性があり、当然、そんな暴挙を繰り返していれば害虫は自然と寄ってくる。テーブルの片隅に出しっぱなしのプレステなんてそれこそ害虫のいい温床に決まってる。あまりの状況に我慢できずホウ酸団子をばら撒いて一時は沈静化させたものの、バカどもは懲りもせずテーブルの上を欲しいままに荒らし回るので害虫はいよいよ調子に乗る寸法だ。自分の行動に伴う結果というものが想像できない発想の貧困さは餓死寸前レベル。って。今回のプレステの不調も、理由それだろ。妹その2が端子部分を覗き込み忌々しげに呟く。「あ~、虫が入り込んでるよ。 感電死させてやりたいよ」自業自得という言葉の意味を知らないお前こそ感電してくれ。虫はどうやら既に干からびていたようで、妹その2が呪詛の言葉を唱えながら掻き出していた。虫嫌いで臆病者の妹その1はこのような状況を被害者面で気持ち悪がっている。虫が嫌いなら虫が発生しない生活を送れよ。とりあえず、妹その2の執念が実ったようで、今現在、プレステ2は無事作動しているようだ。これに懲りて、少しは片づけをしてくれるようなら、ウチの妹どもはまだマシな人間になれる可能性があるのだが、今の段階で既に食べ残しをテーブルの上に放置している。恐るべき学習能力の欠如っぷりに脱帽。本日の教訓『電化製品には悪い虫がつきやすい』
2007年11月13日
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昨日の夜、ウチの親は冷蔵庫の中をゴソゴソ探し回っていた。鶏肉の皮部分が大好物の妹その1のために、この間買って来た鶏皮を調理してやろうとしたようだ。「あれ?ないな」冷蔵庫は前日掃除したばかりで内容量がかなり減った状態。それで見つからないってことは。…。ちょっと待て。鶏の皮なんてなかったぞ、ないもの捨てられっかよ。鶏皮を食べたいワガママ妹その1はぶんむくれ顔になるが、この家で鶏皮隠蔽事件重要参考人を論う勇気を持った人間は存在しない。「だったらてめぇら掃除しろやコラ」と逆ギレすると理解しているので、誰もが無言となる。確かに。冷蔵庫の中を掃除したのは紛れもなく自分だ。しかし、断言できる。捨てた食材の中に鶏皮のパックなどなかった。賞味期限切れて変色した豚肉なら捨てたが、鶏と豚を間違えるほど耄碌しちゃいない。あ。そう言えば。物とゴミとが散乱した廃棄物処理場のような室内を掃除した時、スーパーのレジ袋に入ったままの肉のパックが発掘されたっけ。アレ。確か鶏肉っぽかった気がする。「あのさ。それ、レジ袋入れっぱだった?」「うん」「それ、床上放置してあったから捨てた」室内に立ち込める重苦しい沈黙。ここで重要参考人から容疑者へ確定した人物を面と向かって攻め立てる度胸のあるヤツは存在しない。「一昼夜放置した肉捨てて何が悪い」とマジギレされるのが分かっているからだ。妹その1はただ無言でむくれる。親は「また今度買ってくるよ」と曖昧に濁す。妹その2は我関せずと携帯をいじっている。均衡を崩したのは鶏皮廃棄事件の容疑者。「風呂入ってくる」と不機嫌にその場を立ち去った。風呂に浸かりながらよくよく考えると。ウチの親ってばかなり図々しい。買って来て冷蔵庫に入れず放置しておいた肉を、冷蔵庫の中で探し回るとはこれぞ愚の骨頂。しかも、それ捨てずに冷蔵庫の中に入れておいたとしたら、そのまま使う気だったのか。この家の常識はどこかが歪んでいる。「使った食器は流しに置くだけじゃなく、 ちゃんと洗えよ」風呂場の外から妹どもに注意する親の声が聞こえた。愚かな娘達は適当に生返事で済ませているようだ。何を今更。無駄無駄無駄ぁ。何度同じことを言っても全く学習できなかったんだコイツラは。しかも、放置魔のアナタが説教しても説得力全く感じられないんですけど。本日の教訓『子は親を見て育つ』
2007年11月12日
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昨日は雨と掃除の協力タッグに阻まれて、一日中家を出なかったプチヒッキー状態だったので、今日はちょっとばかし散歩をして来よう。突如そう思い立って、即決行したのが11時。荷物はごく少なく。いつもは通勤も私用外出もトートにあれやこれや詰め込んで、1泊くらい出来んじゃねーのって程の荷物を肩に掛けて歩いているが、今日は敢えて身軽さを重視。小さなヒップバッグに、携帯とiPodと財布と家の鍵だけ入れる。その時家には親と妹その2が居たが、コイツらいつ何時フラフラ出歩くか分からないので、閉め出し食わないようどこへ行く時も鍵は欠かせない。いざ、散歩へGO!とりあえずCDアルバム2枚分、約2時間を目処に歩く。時折立ち寄っては試食を食い荒らすショッピングセンター方面へ行ってみようかな。でも、いつも通る道ではなく、別の遠回りルートや1本奥の道を選びまくって歩く。買い物や時間に追われることのないただの散歩は気が楽だ。もし道に迷っても、引き返せば問題ない。荷物がなく両手が自由な状態が心地よい。大きく振って加速度をつければいつもより足取りも軽い。空は、所々昨日の雨降りを思わせる灰色の雲と時折の青空。寒すぎない適度の涼しさ。正面から吹いてくる風を受けて前髪がなびくのが好きだ。町並みをひたすら歩き続けていくうちに、額や首筋に汗が湧き出るのを感じた。この季節に汗。おお、充分運動になってる証拠だな。調子に乗って歩道橋や駅階段も昇降する。足取りはまだ軽い。普段背負っている荷物が如何に無駄に体力を消耗させていたかが窺い知れる。苦痛はあまりない。ひたすら歩くだけなのに、それ自体が楽しい。山に家がへばりつくような住宅地の急な坂は確かにちょいキツいが、昇りきった所を一気に下っていくダウンヒルが一番好きだ。腹ペコ&汗だくになって、帰宅したのは1時半前。いや、運動したなと実感できるこの充実感。って、今まで歩いていたのってホントにただ単に歩いていただけか?真のウォーキングってものを初めて体験してしまったぜ。朝食べたアイスの分は消費できたな、うん。運動後の糖分補給・チョコレート食べようっと。そこでまたカロリー摂取。本日の教訓『荷物は少な目が旅の基本』
2007年11月11日
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今日こそは冷蔵庫を掃除しなければならない。先日、庫内で卵が割れて、滴り落ちた卵液が凝固して直視に耐えぬどエラい惨状を呈しているウチの冷蔵庫、ある意味恐怖スポット。時間がある時にこびりついた汚れを掻き落とさねば。って、汚れた直後にやれよ。冷蔵庫の扉を開ける度、心は沈む。これがどこでもドアだったら頭から入り込んで違う世界に逃避したくなる。それくらいに汚い。入っているものは食いかけ飲みかけか賞味期限切れ、しかも秩序も熱効率も関係無しに適当に詰め込まれている。基本ウチの家族は、冷蔵庫内に食物を入れた時点で、その後の自己責任を完全放棄してしまう。入れた瞬間に、脳内から綺麗さっぱり消え去るようだ。自発的に処分する姿を見ることは古来希なり。扉ポケットの取り外し部分を外して、スポンジでこする。固まった卵液は実に落ちにくい。それ以上に、何やらベトベトの汚れがそこかしこについている。思い切って、棚板も取り外して洗うことにした。流し台は、まだ洗っていない食器が犇いている上に狭い。なので、風呂場に持って行って洗剤つけたスポンジでこする。どうせ今日はこの後風呂掃除をする予定なので構いやしない。んん?一番上の棚板の中央部に、白っぽい筋が入っている。ひび割れかコレ?洗い終わって冷蔵庫内に戻した棚板に食料を乗せると。明らかに中央部が凹んでいる。触ると、微かにミシミシする。コレ、あまり重いもの乗せると真っ二つに割れるんじゃないか?冷蔵庫を買い換えて、確か今年で10年目。本来の冷却機能については別段問題はない。先代冷蔵庫のような、下から水が漏れるといったことも起こらない。10年目にして初めて発生した危機。棚板パックリ割れて買い換えってのも何かやだな。本体機能はまだまだ余力を残してんだからさ。ここ、ガムテープで補強でもすっかな。っつか、不要な食材はさっさと処分して余分な負荷を減らすよう心掛けてくれよ。そう叫んでも、おそらくウチの家族は全員全くと言っていいほど聞く耳持たずどこ吹く風で聞き流すだろう。冷蔵庫内の古い食料より、コイツらの精神の方が腐り切っている。本日の教訓『冷蔵庫の中に余裕を持たせれば熱効率もアップする』
2007年11月10日
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ゆっくりと長風呂をしたい。唐突にそう思った。と言っても通常カラスの行水ってわけではなく、毎日1時間近く風呂場を占拠してグダグダ湯に浸かっているのだが、時には、普段使わないような変わった入浴剤を入れた温めの風呂に何も考えず延々とふやけそうなほど浸り続けて体内の老廃物と精神の抱える負荷とを発汗と共に排出してしまいたくなる。そんでもって、風呂上りにはアイスなど食するのさ。うわ、すっげぇ贅沢。一瞬うっとりと甘美な妄想に酔い、次の瞬間ふと我に返る。随分安上がりな贅沢もあったもんだ。しかし、その計画を実行に移すために必要なミッションが存在する。風呂掃除。最近適当に汚れを擦って洗い流しているだけなので、久々にカビキラーをぶち撒けなくてはゆったりリラックス気分には到底達し得ない。衛生的な風呂場でこそ、初めて心地よさを実感できるのだ。日々のストレスから入浴という手段で開放されるためには掃除という新たなるストレスの素を抱え込む必要があるこの人生における矛盾。家事労働から完全に解放されるような特権階級の人間ではない我が身を改めて実感する。いいのさ。苦しみの後に楽しみがあるのなら努力の甲斐はあるってもんだ。風呂場、掃除しよう。本日の教訓『労働の後のアイスは絶品』
2007年11月09日
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今から10年ほど前。当時小学生だったウチの2人の妹たちは某子供向けアニメにハマっていた。ターゲットは小学生男子のホビーアニメにも拘らず、意外と中高生&それ以上のアニメ好き女子の熱い支持もを集めたいろんな意味で伝説的アニメだ。ストーリーは単純明快な王道少年マンガ系だけど、大人としての目から見てもかなり面白く、小学生ズと一緒にテレビ観て、ビデオ録画もして、それをまた一緒に観ていた。ガキと一緒に何やってたんだか。ちょうど10年前の夏、映画化された時には妹2人を連れて今はもうなくなってしまった古びた映画館に足を運んだこともある。今となっては懐かしい記憶だ。その周囲にいくつかあった単館上映の小さな映画館は軒並み姿を消し、映画の後に立ち寄ったマックすらもうなくなっている。そのアニメが、つい最近DVD-BOX化された。1年クールが3年続いて、全部で3シリーズ。やや迷ったが、1作目と2作目を買うことにした。今でもビンボーだが、当時よりは幾分懐具合がマシだし。何より、あれから10年も経ったのかという渡辺美里の歌のような感慨と今でも面白かったと言える物語とそのアニメと一緒にあった当時の日々の記憶が懐かしかったから。しかし。今ネット上でそのDVDについてある騒ぎが起こっている。やはり10年前、『ポケモン事件』と呼ばれる問題が発生した。テレビの画像を観ていた視聴者が体調を崩して一時ポケモンが放映中止になったあの騒動だ。光過敏症。その対策として、今回発売された1作目のDVDには画像処理が施されたものの、副作用として大幅に画質が低下し、とても観れた代物じゃなくなっているらしい、と。忙しくて観ている時間が取りにくいこともあり、DVDはまだ観ていない。しかし、これは暗澹たる気分に陥る話だ。主な購買者は、当事現役小学生だった世代だろう。いや、自分はもっと年くってっけどさ。就職やバイトで働くようになり、ある程度の金が稼げるようになった時に思い出のDVD発売。買うよな、かつて熱中していた子供たちは。もう結婚して子供もいる人なら自分の子供たちにも観せたいって思うだろうな。それがこんな状況になっちゃ10年待った甲斐がないだろ。メーカー側の対応は非常に不誠実だそうだ。続けて発売される2作品も同じような画像処理を施すとのこと。イコール、観れた代物じゃなくなるが複数形。ウチの家では2年目に放映されたシリーズ2作目が一番人気があった。どれか1つしか買えないとなったら迷わずこれにするくらいだ。なのに、作品そのものは非常に素晴らしいものにも拘らず、商品として欠陥があるってのは如何なものか。10年前のアニメには、10年前の思い出がそこかしこに残っている。それはウチの家だけじゃないはずだ。時を越えて子供に帰れる時間の魔法。その瞬間に酔える自由を奪う権利はメーカーにはないんじゃないのか。分かりやすく言ってやる。昔のアニメを金出して観たがるってのは相当年季入ったファンばっかりなんだからその愛情を受けるにふさわしい商品を発売しろってんだ。発売延期してでもいいから画質を修正して買い手の手元に届けるってのが渡世の仁義ってもんだろオイ。本日の教訓『消費者の声は真摯に聞け』
2007年11月08日
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早足歩きを始めて10日ちょい。膝下に残るは運動後の疲労感的感触。筋肉痛になる数歩手前の筋肉が硬くなった感じ。ってことは。充分ウォーキング運動として有効なんじゃないだろうか。ふくらはぎに触ってみる。以前と比較してやや硬くなったかもしれない。しかし、残念無念にも細くなってはいなさそうだ。街を歩けば、膝から下がきれいな直線を描く人がいる。しかし、我が脚、明らかにふくらはぎが太い。アスリートのような完全筋肉ならまだしも、脂肪混合のポッコリ脚。鶏の手羽先みたいな形状をしている。人間の足が手羽状でも得なことは何一つなさそうだ。考えてみた。このまま早足運動を続けることによって脚部筋肉に負荷がかかり、機能発達に繋がり得る。筋肉の増加は運動時の脂肪燃焼に寄与するだろう。ってことは。筋肉太りになるってか?…ぶよぶよ太りよりはマシだな。本日の教訓『加速度つけるために腕は振って歩こう』
2007年11月07日
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久々に外で夕食を食べてきた。仕事仲間との付き合いで居酒屋へ行ったのだが。憂鬱のタネが2つばかし。実は今月、非常に金欠。欲しい物をいくつか購入してしまったため、給料日まで懐具合が何とも心もとない。しかし、「金が無いから行けません」と本当のことを言えないのが少人数企業会社員の悲しい性。人間関係を円滑に保つためには時に身を切られる思いも不可欠だ。もう1つの不安。一応ダイエッターの端くれなので、夕食は軽めと我が身を戒めている。時には戒律を障子紙の如く破るけどさ。美味いものを食って飲む行為は、一時の快楽を得るのと引き換えに贅肉まで手にしてしまう諸刃の剣。いっそ身を切られるなら、この腹にこびりついている脂肪層でも切り取って持ってってくれ。…明日は気合入れて体動かそう。それよかカクテル3杯も飲むな。デザートにジェラードなんか食うな。本日の教訓『たまには背伸びして美味いものを食おう』
2007年11月06日
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また11月がやってきた。世間は秋が深まり、文化祭のシーズンに意気揚々と突入する頃だ。そんなわけで。キャンパスの銀杏並木が黄色く染まった近所の大学学園祭に今年もヨダレを押し殺しつつレッツゴー。正門を入って真っ直ぐ伸びる銀杏並木道に、様々なサークルの模擬店が古きよき時代の商店街の如く立ち並び、段ボール製プラカードを持った俄か店員達の声が響き渡る。どれもこれも美味しそうに見えて仕方がないが、全部食えるような財布も胃袋も持ち合わせてはいない。でも。どれだけ選択に迷ったとしても人生の暗路を照らす一筋の光明が如き屋台が存在するのさ。アイスクリームの天ぷら。去年もこれを目当てに銀杏並木を人並み押し退け闊歩したものだ。あれから1年。歴史は繰り返し、人は進歩を遂げない。代金を先払いし、列に並んで商品受け渡し待ちをしていると、誰かから肩をつつかれた。振り返ると、見覚えがある通り越して毎日見ていて見飽きた顔。妹その2がニヤリといった顔つきで立っていた。その後ろにはウチの親もいる。手には、バザーの戦利品と思しき紙袋。昨日も妹その1を含めた親子3人で学園祭を満喫していたくせに、まだ味わい尽くしきれてないのかこやつ等は。どんだけ学園祭好きなんだオイ。出来上がったアイス天にメープルシロップをかけてもらいがぶりとかぶりつく。何か好きなの1個ずつ買ってやろうかと、親が気前のいい性格を覗かせる。この時ばかりはこの人の金遣いの荒さに好感を抱いてしまう。妹その2に、今日はアイス天食ったのかと聞くと、まだだと答えた。コイツは並んで待つのが嫌いなので、食べたいにも拘らず長蛇の列に入るのを渋るのだ。「1個200円だけど、3個500円だって書いてあったぞ」妹その2の腐った魚のような瞳に、一瞬強烈な光が宿った。よし決定。お前2個で、残り1個はもらうぜ。トッピングは今度はチョコにしてもらう。妹その2は2個ともチョコだ。チョコとメープルのほかに黒蜜という選択肢もあるのだが、妹その2の辞書にチョコ以外のトッピングは存在し得ない故迷わない。あー。屋台で同じ菓子を3つも買ってるとこの間のチョコバナナを思い出す。あん時は3つ全部自分で食べたが、今日も本気になればこれくらいのアイス3つなどおそらく行ける。って。摂取カロリー考えろ。その後、2人と一緒に近くのショッピングセンターへ行き、安売りだったクレープまで食べてしまった。服にカレーの染みをつけやすいがため白系の服は避ける妹その2、お約束のようにピザフランククレープのピザソースを昨日フリマで買ったばかりの黒い服の上に点々と飛び散らせる離れ業をやってのける。にしても賑やかな親子だ。しかし連中に言わせれば一番うるさいのは妹その1の声らしい。昨日はそのメンツでどれだけ喧しい御一行状態だったんだろう。にしても。軽く食べ過ぎてやしないか自分。アイス天2個にクレープってのは結構厳しくないか。よって。バスで帰る2人を尻目にいつものように早足全開で帰宅する。食べたら動け、これ鉄則。しかし。帰宅してついうっかり昼寝をしてしまったりする。ダメじゃん。本日の教訓『年に一度のアイス天を堪能すべし』
2007年11月04日
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見た瞬間、惚れ込んでしまった。無駄遣いはいけねぇなと常日頃自分に言い聞かせていても、そんなチャチな理性など欲望の前ではてんで無力さ。 …7色もあるなんて反則じゃね?全色並べたくなるってのは人情通り越して本能に近いものがある。しかし。1個購入を検討するのに、便秘の人間が個室で唸るかの如くうんうん考え込む羽目に陥った。一足先に秋の深まった懐具合。悩みに悩んで、絞り込んだのが紺か水色。しかし、2個買うことすら不可能なほど目下の財政は逼迫している。さらにひたすら考えに考えて、仕事でもこんだけ頭使わないって思うほど熟慮して判断を下した。紺に決めた。だってほら、ガガーリンも言っていたじゃないか、「地球は青かった」って。水色も一応青だけど。ついでに日本では緑も青呼ばわりだけど。本日の教訓『大人になっても大人買い出来ない人間もいる』
2007年11月02日
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入浴中、足元に見慣れないプラボトルがあることに気がついた。風呂用洗剤とは違う。ピンクのキャップ、焦げ茶色の液体が底に少し残っている。ヘアカラーの残りだ。そういえばさっき、妹その2が洗面所で頭髪を染めていたっけ。ヤツの性格から考えて、残ったカラー液を自分で捨てることはない。きっとない、絶対ない、金輪際ない。そのままここに永久放置に決まっている。ここで中身を排水溝に流して処分するのは造作もないことだ。しかし、バカの尻拭いを続ければ続けるほど増長する。増長しすぎて四天王増長天にすらなれそうな勢いだ。が、ここで甘やかすわけにはいかぬ。相手はいい年をした大人なのだ。ゴミ分別も出来ないで社会人たぁ片腹痛い。痛すぎて盲腸炎になりそうな勢いだ。心を鬼に、っつか元々鬼だけど、ここは捨てずにちょいと放っておいて後でどやしつけるとするか。って。ちょっと待ったぁ。ボトル側面に、注意書きがアンダーライン付で記されている。『混合液は保存できません。 使い残しはすぐに洗い流してください。 混合液が入った状態で放置すると、ガスが発生し、 容器が破裂したり、液があふれ出るおそれがあります』速攻、捨てた。悠長に風呂に入っている時に爆発されてたまるかよ。妹達が入っている時なら別に構わないけどさ。そのことを妹その2に話すと。「うそぉ。爆発する所、見たかった」どんだけ傍迷惑に出来てんだコイツの人格は。っつか、捨てろ。そりゃま、確かにちょっとは見てみたい気もするけどさ。本日の教訓『毛染め液の残りはさっさと処分しろ』
2007年11月01日
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