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早いもので、今年もあと数時間。何とか無事に平凡な大晦日を迎えることが出来やしたぜ。世の中平凡が一番だと考える辺り非常に小市民な己を実感。今日は会社で大掃除。普段見て見ぬ振りしていた階段の隅っこやツヤを失った手摺をスポンジと雑巾だけでは飽き足らずに手に嵌めた軍手でこすりまくって磨き上げ、その後打ち上げで一日早いおせち料理をたらふく食べ、やっと掃除もしていない小汚い家に帰れると晴れ晴れとした気分で電車に乗って。熟睡。気がついたときには、途中の駅。iPodの曲がずいぶん先に進んでいるのに、まだこんな場所か?つか、開いているドアが逆な気がする。前から2両目に乗っていたはずが、後ろから2両目になっている。寝過ごした。降りるべき終点に着いたのに、ぐっすり眠ったまま逆戻りしてしまった。急いで降りて、反対車線に来た電車に乗り換える。とりあえずこんな時こそ電車という公共機関の利便性を実感する。改札を抜けない限り、料金はかさまない。慌てず騒がず乗り換えれば目的地には到達できる。これがバスでなくて本当に良かった。しかし。一年の計は元旦にありと俗に言うが、一年の締めは大晦日にあるはずだ。それを、寝過ごしで締め括ってしまうとは。何たる醜態。愚か者であるという事実を世間に公表しているようなものだ。マヌケな一年の集大成。それが、この出来事に象徴されているようでならない。このブログをご訪問してくださった皆様。どうもありがとうございました。今年も大変お世話になりました。来年もまた、微妙にアホらしい日々を書き綴ると思いますので何卒宜しくお願い致します。良いお年を。本日の教訓『電車はともかくバスは寝過ごすな』
2007年12月31日
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世間一般では今日から9連休スタート。ウチの親と妹その2の仕事場もご多分に漏れず9連休。今月残業続きで、こぼれた牛乳を拭き取った後の雑巾のようにヘバリ気味の妹その1も明日から5連休。ヤツはその喜びに浸るあまり、「うへへへへ」と先ほど不気味な薄ら笑いを浮かべていた。世の中は2008年に向かって足を速めつつある。でもそんなの関係ねぇ!ウチの会社、今が一年で一番の繁忙期ゆえ、仕事納めは毎年大晦日と決まっている。働いて働いて、気がついたら除夜の鐘が鳴り響くのが年の瀬恒例。家庭で年末の準備などしている場合じゃない。むしろ夕飯の支度さえするのが億劫だ。あと2日。もうすぐ今年が終わる。あと2日仕事に行けば、ようやく休みだ。元日だけな。翌日から、また仕事さ。連休?正月休み?ああ、そんな状況を享受する人種も世の中には数多いるな。でもそんなの関係ねぇ!旧・国民の休日や勤労感謝の日も出社する人間が社会の基盤を支えてんだコノヤロー。悔しいから官公署も365日無休にしろぃ。本日の教訓『負けるなサービス業』
2007年12月29日
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遠くで携帯の目覚ましアラームが鳴っている。うー。まだ暗い。って。今の季節この時間は暗くて当たり前じゃないか。布団を撥ね退けたのがいつもより8分遅い。危うく寝過ごす所だった。朝の10分は年寄りの入れ歯並に貴重だが、この程度のロスで済んだことをラッキーだと思おう。歯を磨いて、顔を洗って、朝食前に体重計に乗るのが日課だ。あれ?いつもと違う表示が出ている。…電池切れだ。でも、ちょっと前からそんな予感はしていたので、前もって100均で乾電池は買い求めてあった。その点抜かりはないぜ。確か、部屋に置きっぱなしだったっけ。しかし、よりによって仕事行く日、しかも寝過ごした朝に電池切れるかな。どうせなら夜とか、休日の朝にしてくれよ。あれれ?電池、どこに置いたっけか。ここら辺に置いておいたはずなのに、見当たらない。おいおいおい。朝の時間の経過はシューマッハ並に早い。普通に新聞読みながら朝食食べていてもあっという間に時間は進む。それなのに、こんなことに費やしているほど余裕はあるってのか。否。一日くらい体重を計測しなくても激太りはしないだろう、多分。後でゆっくり探せばきっと何処かの隙間から出現するはずだ。体重計測を諦めて、ロスした時間を取り戻すべく朝食準備に取り掛かる。カップに低脂肪乳を注いで、電子レンジで温めて。と。うわっと。流し台の所でカップをひっくり返してしまった。白い液体が描く地図は見る見るうちに広がっていく。一体何やってんだ今日は。全局の朝の占いコーナーの最下位一致してるんじゃないのか。不運というのは連鎖反応を起こす。もっとも、これは心理的切迫感が引き起こしていると考えるのが妥当だろう。1つ日常のリズムが狂うことで焦りが生じ、焦りが余裕のなさを感じさせ、その圧迫感により行動がぎこちなくなり、結果全ての歯車が噛み合わなくなる。悪循環とはこの発展系だろう。やはりいつもの時間にいつもの日課をこなすのが一番心地よい。多少の刺激や波乱は人生において退屈しない程度に必要だが、基本は何もない平凡な生活の連続が最適だ。明日は寝坊しないように気をつけなくては。って。早く寝ろよ。本日の教訓『早寝早起き平穏の秘訣』
2007年12月27日
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昨日12月25日はクリスマスであるのと同時に、年賀状元旦配達の締切日でもある。その日の朝、いつもより早く起きた妹その1はまだ明けやらぬ暗がりにも拘らず、大騒ぎで呻いていた。「年賀状のネタが浮かばないよぉ~」独創性とか創造力とか芸術方面に関する才能の持ち合わせがないことは、本人がよく自覚している。更に困ったことに、こんな状況の時は人に頼れば何とかなるという依存心は人一倍持ち合わせている。何でも、以前同じ仕事場で働いていて、別の場所に異動になった人に手書きの年賀状を出さなければならないという意味不明なインポーシブルミッションを先輩から課せられたらしく、「絵が下手なんで書けません」と断ればいいものを外面の良さが災いして引き受けてしまったというよく分からん事情。で、結局行き着く先は昔も今も変わらない。「ねえねえ、何かネタ出してよ、ネタ」江戸前寿司屋の大将じゃねーよ。こちとら出勤前の貴重な食事タイム満喫してんだよ。何でわざわざ手書きなんだ、絵付の年賀状でも送ってろ。「一般人にあげる年賀状の図柄なんて 思い浮かばないよ~」自分をオタクと認めたに等しい言い訳をするな。つか、一般人向けには干支のネズミ描けばいいんだからそれほどハードル高くなかろうに。「ネズミなんて描けないよぉ」オタクの風上にも置けないなコイツ。それくらい描け。ネズミなんてな、簡単だろ。バターロールに耳つけてS字の尻尾つければハイ出来上がりじゃないか。妹その1、ノートと鉛筆を突き出して曰く「描いて」。どんだけ想像力欠乏してるんだ。ネズミは結構簡略化できて描きやすい干支だ。消しゴムハンコの図案のように簡単な形でいい。大きさを変えて、ハガキの上部と下部にいくつか配置して、中央に「あけましておめでとうございます」と大きく書く。こんなんでいいんだよ。あ、出来れば字面はポップな丸文字でな。「ポップな文字なんて書けないよ、 上手いと下手の間の中途半端な字が 私の字の特徴なんだから」特徴ないのが特徴かよ。絵は描けない字も書けないで情けないよホント。もうどうでもいいから適当に書いとけ。妹はハガキに筆圧の弱い薄い線でヘロヘロと下書きをする。書き文字が以上に細いのは兄弟でコイツだけだ。妹その2はノートの下のページに跡が残りそうな文字を書く。「色をつけるのにペンがないよぉ」うっさいなコイツ。年賀状書くのに画材用意しないアホがどの世界にいるか。カラーペンを持ってきて「ほれ」と渡すと、「どうやって塗ればいいかな」小学生の図画工作からやり直せ。まだるっこしい下書きなんているほど複雑な図案じゃない。こう耳を丸く描いて、体を描いて、尻尾をくるんと描いて、黒で目とひげをちょんちょんとつけりゃいいんだよ。色は、適当にグラデーションになるように配置すればいい。下は暖色系、上は寒色系とか。「ああ、ちょうど今同じこと考えてたよ」だったらさっさと色塗りしろや。「字はどうしよう、何色がいいかな」赤でいいだろ、それくらい自力で考えろ。「赤かぁ、黒にしようかと思ったんだ」だったら聞くな。そう言いつつもポップな字なんて書けないと呟きつつ赤で文字を書く妹その1。もう好きにしてくれ。朝からツッコミ過ぎて疲れたわ。「ほら見てここ、グレーであのネズミ入れたんだ」得意満面で仕上げた年賀状を見せる妹。ハガキ上部に水色と青と紫の大中小のネズミ。下部にピンクオレンジ黄色の大中小のネズミ。挟まれるように、赤字での新年の挨拶言葉。ここまではさっきのネタ通りで、それからがヤツのオリジナルアイディア部分。ハガキの左上と右下の角に、リボンをかけたように緑の斜めラインを入れ、浦安市在住の日本一有名な米国生まれの某ネズミ形の丸を3つ組み合わせたような小さな模様が2つ3つ散らしてある。うん、カラフルな仕上がりでいいんじゃなかろうか。それにしても、年賀状1枚書くのに費やすこの労力って何だ。燃費の悪さこの上ない。時間は既に自分と妹の出勤時間の10分前。仕事ある日の朝の光景とはとても思えない〆切り直前の漫画家のような修羅場がやっと終わるのだ。「宛名書かなくちゃ。あ、書くものがないよ」思わず名前ペンをヤツの頭頂部に突き立ててやりたくなった。本日の教訓『年賀状の準備はお早めに』
2007年12月26日
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今日は世間一般ではクリスマスイブと呼ばれている日。イブと言うからにはたかが前夜祭のクセにクリスマス本番より世間一般のテンションが急上昇する日。おそらく、遠足の準備が一番楽しいのと同じ理屈ではなかろうか。とりあえず、華やかなパーティーとは金輪際無縁っぽいウチでも一応はクリスマスケーキなどという贅沢を味わうのだ。今年のケーキは白いクリームの6号ケーキ。円周をぐるりと囲むのは12個の飾り用搾り出しクリーム。ウチの親がケーキを辞退したので、妹どもと3等分。ってことは、クリーム4つ分が1人前ってか。この形状は非常に切り分けやすくてヨロシイ。今半分だけ食べて、残り半分は明日の朝に食べよう。さて。いただきます。じゅるり。夜にケーキなんて炭水化物の塊を摂取するのは普段だったら欲望が誘惑しても理性が断固撥ね返す行為だ。しかし、時には甘い誘いに身を委ねてもいいじゃないか。明日以降体重計に乗って血の気が引く恐怖は自分自身に降りかかる罪に対する罰さ。スポンジは多層タイプ。5段重ねのクリームの口当たりは非常にやわらかい。どっちかってったらチョコケーキの方が好みだが、たまには違う味もまた趣が異なりいい感じだ。6号サイズの6等分なんてあっという間だ。残り半分だって多分この胃袋にはきっちり納まるだろう。早く食べ切ってと言わんばかりの白いクリームの魔性。悪女デリラの色仕掛けに屈した英雄サムソンを笑えないこの葛藤。しかし、ここで心折れて腹一杯完食するほど流石の理性も目を瞑っちゃいられない。刺激を受けてエンジン全開になりつつある食欲をなだめ透かして、ケーキを箱へと戻すこの名残惜しさよ。明日の朝。それまでの暫しの別れさ。ちなみに。甘味ヘイカモ~ンな我が胃袋と異なりウチの冷蔵庫にはケーキの箱など納まるスペースはなく、ケーキの箱は、冬場夜間の天然冷蔵庫たる屋外へと運ばれていく。明日の朝の再会まで、外気の寒波に堪えてくれたまえ。本日の教訓『甘いものは朝食べろ』
2007年12月24日
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ウチの親に依頼していた毛糸の帽子が出来上がった。出来上がってみると、帽子というよりむしろフードのついたマフラーじゃんコレ。そんな仕上がりである。白と薄い灰色と青緑っぽい灰色のまだらのモヘアの糸も編み続けると不思議とこんな模様になるようだ。本人曰く「適当に編んでいる」とのことだが、こちとらどれだけ精魂込めても遠く及びそうにない。ウチの親の毛糸作品の唯一重大な瑕疵っつったら、時々髪の毛まで一緒に編み込んであることだ。呪いっぽいので勘弁したってください。ちなみに毛糸玉は6玉用意した内の3玉を使用。意外とリーズナブルだったりする。残りの毛糸でまた別のものを依頼しよう。さて。冷たい雨の降る今日の朝、早速被ってみる。でもって、マフラーは首周りに巻きつける。頭、耳、首筋をすっぽり覆ってとても温かい。更に冬場外出の必需品マスクを着用し口元もカバー。どんと来い寒気団。…。これって。桃太郎侍っつーか、御奉行様が夜中に出歩く時の頭巾っつーか、ネズミ小僧次郎吉っつーか。とにかく、とっても時代劇テイスト。目出し帽ほどじゃないけれど、装備すれば不審者度一気に上昇。サムライブルーならぬ、サムライグレー。いや、次郎吉だったらヌスットグレーか。うむむ、ちょいと地味すぎたかの。もうちょい綺麗な色を選択しておくべきだったか。ま、とにかく、さほど寒くないときは普通のマフラーとして。悪天候や低気温の時は帽子を被って完全防備で。2ウェイマフラー帽子、めでたく完成。サンキュ、親。本日の教訓『帽子やマフラーは少しくらい明るい色の方が見栄えがいい』
2007年12月23日
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手作りに関する才能の壁にぶつかりつつも、ビーズストラップをコツコツと作り続ける飽きっぽいクセに何気に努力家な妹その1・トロ。ネタが枯渇した時には周囲にアイディア提供協力を求める何とも傍迷惑な手作り人である。その日もトロはストラップを作っていた。隣には妹その2・イカがいた。トロは製作中のストラップのアレンジをしたいので、イカにどう工夫したらいいか意見を聞いてきた。ストラップ金具に丸カンをつけて、そこから天然石モチーフと、輪にした鎖が下がっている。鎖を途中で何箇所か切って、そこに星型のビーズと9ピンで作ったパーツを間に挟んで繋げてはどうだろうと、イカはネタ出しをした。トロはピンの先端を丸める作業があまり得意ではない。最初のストラップ製作で最も時間を費やしたのがその工程だ。イカの提出したその案は、トロにとってはかなりの難易度があるものだった。突然。真顔のトロ、イカの腕を両手で握る。「おお、あなたひどい人、 ワタシに死ねと言いますか?」その片言の言葉に、一瞬イカは状況が把握できなかった。…分かる人には分かるネタだ。日本一有名な国民的RPGドラゴンクエストシリーズ、その3作目のある街の道具屋で、怪しげなボッタクリ商人が吐く屈指の名台詞である。提示された法外な金額を断ると、彼はこんな大笑いな言葉で嘆き、値段を半額に下げる。それを何度も繰り返して値切りまくるイベントだ。このビーズ製作中の状況で、いきなりこんなマニアックな笑いのネタを引っ張ってくるトロ。いろんな意味ですごい発想だ。自分には才能が無い何も取り得が無い、サイダネちょうだいテンテン君と時折ぼやいているが、マンガ系のお笑いの才能なら充分に開花してるんじゃないかとふと思う。但し、ウケてくれる人がいればの話だが。本日の教訓『趣味が合わない人には全く理解されそうにない才能は時として空しい』
2007年12月21日
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地球生命体として生きていく以上、万有引力の支配下に置かれるのは不本意ながらも抗う術はない事実だ。リンゴが落ちるのに閃きを得たニュートンを責めるのは物理学に苦しむ学生と皮下脂肪の下降に悩む女性の悲しい性である。胴体に付随した肉同様、顔面の筋肉も着実に地球の重力の哀れな奴隷になりつつあることにふと気づく。普段からローテンション&ノーリアクションを自覚している。醒めた性格は無表情無愛想無感動な三無主義の面構えに如実に浮かび上がっている。これでは、顔面筋肉は衰える一方だ。特に口元周辺が危ない。急勾配の坂道でサイドブレーキだけかけた乗用車がずり落ちていく危険性に近いものがある。これではまずいと思い、口角を上げる習慣をつけることにした。要するに、にっこり笑顔を作る特訓である。口をU字型にする。ただそれだけのことなのに、硬直してんだか弛緩してんだかよく分からない顔面筋肉は翌朝筋肉痛を起こしそうなほど笑顔に慣れていない。普段如何に能面の如く表情の微妙な変化を使わずにいるかが伺える。使わない筋肉はやがて退化していく定めだ。電車の中、マスクの下でにっこり。冬場でよかった。マスクで隠してなければ不気味な笑みを浮かべる胡乱な人間にしか見えそうにない。本日の教訓『笑う門には福が来るかもしれない』
2007年12月20日
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突然、何かが割れるような音が響き、電気が消えた。昨日の入浴中のことだ。洗面所からの硝子越しの明かりが頼りの薄暗がりの中、とりあえず何が起きたのか考えてみた。音と、停電。間違いなく関連している2つの事象。壁に取り付けてある電球カバー内で何かの事故が発生したと考えるのが妥当だ。原因は何ぞや。今し方の行動を振り返ってみる。冬場、浴室の天井にはビッシリと水滴が溜まる。浴室のドアを開閉するごとに大粒の水滴が滴り落ちてきて、脳天や首筋や背中などに見事に命中して冷たい。その結露のような水滴をこそげ落とすため、100円ショップで買った柄付のスポンジで天井をこする。すると、ボトボトボトと超大粒の水が天井から降り注ぐ。そう、あの時、ちょうど電球周辺の天井にスポンジを走らせていたんだ。大量の水が天井から降り注ぐ。電球、破裂音、停電状態。電気と水の相性の悪さ。言わずもがなだ。とりあえずそのまま慌てず騒がず薄暗がりの中入浴し、さして滞りなかったのでそのまま一昼夜放置。ある意味この無神経さ加減は異常とも言える。先ほど電球を代える必要性を思い出し、ようやっと電球カバーを外してみると。カバーに一部、焦げたような亀裂部分がある。そして案の定、電球は半分ほど割れて内部が露出していた。カバー内部には、細かな電球の破片がある。亀裂部分は上向きだったので、破片が漏れる恐れはなかったようだ。そういや確か、このカバーには、ヒビが入っている部分があったような気がする。たまたまその部分から水が内部に入り、電球が濡れて破裂したと考えるべきか。「感電しなくてよかったね」妹その2が縁起でもない安堵の呟きを漏らす。ははぁ、そんな危険性もあったか。よく考えたらかなり怖い状況だったんだな。さて。過去の過ちはさておき、考えるべきは未来のことのみだ。これからどうするか。電球のカバー部分を新調しなくては、たとえ電球を取り替えても、亀裂部分から浸水の恐れがあり再度爆発の危険性に晒されるだろう。こんなの、電気屋で売っているのだろうか。売っていたとしても、サイズは合うのだろうか。とりあえず、明日、電気屋へ足を運んでみなくては。年の瀬が近づいているってのに、暗がりの中ひっそりと入浴するってのは何とも侘しい光景である。本日の教訓『水周りの電気系統には気をつけろ』
2007年12月19日
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もうちょっと、眠りたい。朝起きる時間が決まっている以上、睡眠時間を増やすには早寝を心掛ける以外道はない。なのに、そんな原始的本能的欲求とは裏腹に、ダラダラと夜更かしをしてしまうこの身の卑しさよ。寝だめというのはあまり健康的な行為とは言いがたいらしい。しかし、休みの前夜は気分も通常比2割増程度に高揚してついつい長々と本を読み耽ったりネットの海を泳いだりしてしまう。で、朝は本能の赴くまま、朝日が窓から差し込んでくる時間帯まで惰眠を貪りたくなってしまうわけだ。結果的に、就労日の睡眠不足を休日で相殺していることになる。休める時に休まない方がよほど不健康だと嘯きつつ8時9時まで布団の中で温もりに包まれる充実感は何物にも代えがたい。さて。休みの日にしか出来ないことと言えば、そう、昼寝。普段の日も電車内や昼休みに仮眠を取っているが、心置きなく眠れるという点で休日の昼寝には遠く及ばない。今日は所用で外出して午後3時頃帰宅。買ってきた物や何やらを片付けて、よっしゃ寝るぞと思いきや。洗濯物が気になってしまう。今の季節日の傾くのは早い。夕方以降の気温の低下も甚だしい。せっかく昼の日差しに晒した洗濯物を出しっ放しで眠るなど、梅雨時に朝晴れているからといって傘を持たずに家を出るほどの愚行。中に入れて、っと。よし、これで洗濯物は守られた。そこでまたも気がつく。米を吸水させてからの方がいい。夜になってメシがまだ炊けていないなんて、カレーに気合入れすぎて米を炊き忘れた某消費者金融のCM並の蛮行。よし、米を笊に入れて、っと。そんな具合に次から次へとやっておきたいことが思い浮かび上がり続け、何となく時間は経過していき、結果、寝そびれてしまった。計画性は大切だ。しかし、準備に手間取りすぎて目的が疎かになるとはこれぞ本末転倒。仕方がない。その分早寝するように努めよう。本日の教訓『お昼寝は計画的に』
2007年12月18日
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妹その1は寝起きも寝付きも非常にいい。どれだけ夜更かししてハイテンションで大騒ぎしていても、いつの間にか水をかけても起きないような熟睡状態に陥っていて、朝、起床時間帯になると携帯のアラームの音でむっくりと起き上がってくる。この点についてのみは幼少時より全く手のかからない人間である。そんなヤツが、今朝は布団から起き出して来ない。その理由は2つしかない。会社が休みか、よほど体調が優れないかのどちらかだ。前者の可能性はまずない。昨晩は、そんなことを一言も口走ってはいなかった。もしそうなら、お調子者のヤツのこと、明日は休みだとかへらへらしていただろう。ほぼ疑いなく後者に決まっている。ヤツの仕事は体を使用する労働、加えてその条件はかなり過酷。ついでにここ毎日残業続きで、一昨日の土曜も仕事が入っていた。にも拘らず貴重とも言える日曜を外出で費やし、おまけに真夜中にビーズでなにやらせっせと拵えていた。早く寝ろよ。お前そのうち死ぬぞ。妹その1、本日欠勤決定。さて、帰宅した時、妹その2までもが腹痛を訴えていた。腹の具合が悪いとげっそりした顔で転がっている。野戦病院かここは。多分風邪なんじゃないかとは親の見立て。確かに。物を食べようとしてもあまり食欲が湧かず、胃腸の中で有毒ガスがぐるぐる回っているような不快な感触。熱鼻頭痛はなくても明らかに体調の異変を示している。それはほんの数日前の記憶だ。って。移ったな。だからこっちは完治したのか。腹を抑えながら妹その2がカサンドラの如く不吉な予言を告げる。「今年の風邪はしつこいから、姉ちゃんもまたぶり返すかもよ」嫌だ。もうこのまま風邪菌はずっとお前さんが保持していてくれ。いやいやいや。可哀想な妹その2、早くよくなってくれたまえ。このままだと風邪菌が廻り回りまわって帰って来るからな。本日の教訓『家が狭いと隔離も出来ない』
2007年12月17日
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毛糸の帽子が欲しい。唐突にそう思った。毛糸製品が欲しい場合の最善最良の手段を幸運にも知っている。ウチの親に依頼すればいいのだ。「ああ、いいよ、毛糸買って来な」二つ返事とはこのことだ。作る行為そのものを好む性質の人間が身近にいる利便性を実感する。「どんな形がいいか、絵を描いてくれなきゃ分からない」ふむ。尤もだ。帽子部分はマチ無しの袋を逆さまにした形状で、2つの角部分が猫の耳っぽくなる感じがいい。サイドに耳あてをつける。端をやや太めに、長く垂らして、マフラーとしても使えるように。こんな感じかな。「じゃ、毛糸結構使うよ」結構って、どれくらいだ?1つ2つや無理ってのは理解できる。具体的に幾つほど使うか割り出してくれないとド素人には分からんぞ。曖昧な日本語を安易に使われては困るのだよ。↑何故か偉そう。そんなわけで。毛糸を買いに手芸用品売り場へ行く。よく考えたら、糸の太さも素材も何種類もある。どれが帽子として適しているのか、知る由もない。無知とは斯くも恐ろしい。まぁ、どれでもいいか。色は…どうすっかなぁ。あんまりド派手な色合いだとニワトリのトサカみたいだし、ここは手堅く黒か紺かグレーで押さえるか。ふと見ると、セール品コーナーにグレー系のまだらの毛糸があった。1つの袋に同色が3つ入っている。モヘアと書いてある。モヘアってどんな意味だっけ。ヤバい、モアイの顔しか出てこない。まぁ、何となく毛糸っぷりが高そうな響きがいいんじゃなかろうか。店内の毛糸の本を立ち読みして考慮した所、帽子1つに毛糸玉は最低でも3つは使いそうな予感がするので、マフラー部分も入れて2袋・6玉分を購入。コレで足りるだろうか。店内の製作見本を見回した所、マフラーにも3玉ほどの毛糸量が必要という見解だ。まぁ、マフラー部分の糸が足りなければ耳あてだけでいいとしよう。とりあえずコレでよし。自力で作るという行為を最初から放棄しているのでこの時点で既に達成感を感じる。後は出来上がりを待つだけという、電子レンジでおかずを温めているような気分だ。人生のモットーは一応自助努力だが、敢えて失敗すると分かっている危険に足を踏み入れる主義はない。本日の教訓『餅は餅屋』
2007年12月16日
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世間はお歳暮という年中行事の季節真っ只中だということを、職場の名を持った外界に身を置いていると何とか実感できる。ウチの会社によく届くのはインスタントコーヒーのセットだ。どこもかしこもコーヒーばかりで芸がないぜと思いつつも、日々の消耗スピードを考慮すれば、これぞこの上ないマストアイテムと言えよう。さて。本日届いたお歳暮の包みにはド肝を抜かされた。まず、運搬時や天候による表面の汚染防止のため、箱を透明ビニールで覆って端をガムテープで止めてある。そこまではいい。問題は、そのビニールの下である。遠目で見て、赤だの黄色だの青だの原色が入り混じったやけにド派手な包装紙だなとセンスを疑った。間近で見て、納得と同時に仰天した。ドリフターズが、4人で並んで法被を着ている。パソコンやプリンタの写真と、価格が乱舞する。ドリフがイメージキャラを務める某家電量販店のチラシだ。割れた食器をゴミ出しするならともかく、お歳暮を新聞広告で包むか普通。しかも原色バリバリのディスカウントストアので。ありえねー、むしろウケるんですけど。コレ運んできた宅配便業者も業務中笑いを堪えたんじゃなかろうか。補足。ドリフの広告の下には、ちゃんとメーカーの包装紙で包まれたコーヒーセットが眠っていた。ビニールと広告、二段構えの厳重包装だったようだ。包装も贈り物の重大要素の1つではあるが、ここまで笑かしてくれたラッピングは生まれて初めてだ。前言撤回。ありきたりのコーヒーでも芸の見せ所ってのはある。本日の教訓『コーヒーと共に、あなたに笑顔をお届け致します』
2007年12月15日
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いつでもどこでも眠れる快眠体質も時に良し悪しで、その決定的瞬間を瞼に焼きつけることはあたわずいと口惜し。「夜中に何やってんだろうと思ったよ」深夜、偶然手洗いに起き出した親のみが唯一の目撃者となった。その日の真夜中、眠っていたはずの妹その1・トロは突如ガバリと起き上がったらしい。数時間前まで、「ネタが出ないネタが出ない」と締め切りに追われ編集者に圧迫かけられる漫画家のような苦悶の呻き声を発しつつ、手にしたネタ帳というご大層な名のノートを埋められずにいたヤツは、「オラクルが降臨した」と通常の家庭なら精神状態を疑われて親を泣かせそうな戯言を呟きネタ帳になにやら夢中で書き付け始めた。夜中に何やってんだコイツはとウチの親は興味本位で見物を始める。ストラップのデザインがふと思い浮かんだんだとトロは語り、しかも1つではなく2つ3つ次々と思いついたんだと勢いよく続ける。デザインを書き留めるだけで満足するほど、いったん着火したB型人間の情熱は甘いもんじゃない。地球温暖化を一層促進し、ゴア氏を懸念させ、日本の国際的立場を更に不利化するほどに熱い。トロ、思いついたストラップを作り始めた。日付が変わってるほどの夜中である。ついでに朝が来たらトロは出勤である。オマケにトロの会社は繁忙期で夜まで残業続きである。そんな疲労困憊の体にわざわざ鞭打つように、ただ若さという危うい無謀さと表裏一体の情熱で一気に突き進む。其処までコイツを駆り立てるものって何だ?とにかく、戦時中の千人針のような真剣な面差しで製作作業に没頭する我が子を面白そうに見物していたウチの親も相当な暇人である。夜は寝ろよお前ら。「それがさ、なかなか上手く出来てるんだよ」トロの努力の結晶たる完成品を親は惜しげもなく褒める。この間までピンを上手く丸めるのに四苦八苦七転八倒していた人間と同一人物とは思えない。本当に何か憑依してんじゃないのか。それ以来、残業の連続で破れかけのボロ雑巾状態で帰宅するトロは、コタツに入ってストラップの製作を試みるのが日課となっている。ちなみに、ヤツも超快眠体質ゆえ、作りかけの状態でそのままコタツで寝入っていることが多い。そして今も、トロはコタツから上半身を出して床に伸びて熟睡している。コタツの上ではトロのビーズボックスが蓋を開けたまま豊富な内容量を誇らしげに晒している。興味の焦点は、いつ飽きるか、だ。本日の教訓『夜はコタツではなく布団で寝よう』
2007年12月14日
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突如「手作りの趣味が欲しい!」と本末転倒な一念発起をしたウチの妹その1・トロ。この間ビーズで作るストラップを3時間半かけて拵えて、飽きっぽいB型人間のこと、もう熱が醒めたろうと思いきや。飽きる前は非常に凝り性という血液型の特性を存分に発揮し、ビーズアクセサリーの作り方の本をまず買い込み、本に掲載されている東京は浅草のビーズ専門店まで足を運び、ビーズにワイヤーに天然石パーツにストラップの金具、Tピンに9ピンとパーツをゴッソリと買い占めてきやしたぜ。この糸目をつけない金の遣いっぷりを見ているとある意味羨ましく、ある意味末恐ろしくなってくる。そして。トロ嬢はオリジナルストラップ製作に目覚めた。まずトロは大袈裟に嘆息する。「あ~あ、才能が欲しいなぁ」何の才能だよ。「手作りの才能。誰かサイダネちょうだい」んなもん持ってるわけないだろ。っつか、今頃サイダネっつってすぐ分かる人のほうが少数派だ。マンガのことはよく覚えてるなお前。ある意味それがお前の固有の才能と言うべきだろう。(注:サイダネとは、某少年マンガに出てきた才能の種のこと。 その種を口から体内に取り込んで 花咲かせることで一時的にその才能を使用できる設定)手作りはアイディアというひらめきより始まる。要するに、ネタだ。ウチではネタが出てくることを「オラクルが降臨する」と詩的に表現している。幼少時より芸術方面の独創的感覚に乏しかったトロにそんな瞬間は訪れるのかと誰もが懐疑的だった。小学生時代、夏休みの工作を姉に作ってもらい、中三の時、修学旅行のしおりに使う美術のカットの課題の下書きを姉に泣きついて描かせ、卒業アルバムの文集部分には姉がかつて若気の至りで書きなぐった詩を借用掲載した。ま、手間賃はしっかり頂いたからいいけどさ。しかし、人間は日々成長していく。エンジンのかかったB型の暴走特急っぷりを止められる者は本人の心変わり以外に存在しない。ある夜。突如、トロに巨大隕石並みのオラクルが降って来た。続く。本日の教訓『宿題は自分の力でやれ』
2007年12月13日
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使ったら元の場所に戻す。口が逆流した胃液の味っぽくなるほどにウチの家族に対して日々叫び続けているスローガンだが、人の振り見て我が振り直せとは正にこのこと。身の回りのある品が、現在行方不明の真最中。貴重品でも非売品でもないのだが、無いと非常に不自由極まりない。耳掻き。愛用の耳掻きが見つからない。今流行の、ガッツリ取れるステンレス製とかスプリング付とか、そんな豪華な代物じゃない。ごくごく普通の木製。しかも片側の白い羽部分が取れている。ついでにもう何年も使っているので本体が飴色と言えば聞こえはいいが黒光りしている。即ち、ボロである。半端なく古めかしい。否、ボロであるからこそ、肌に馴染んでいて使い心地がいいのだ。そんなマイ耳掻きが見つからない。実はそんなことは今までにも何度もあった。その都度、名犬ラッシーが帰還するが如くどこからかひょいと出現する。そのため、何年も使い続けていく地球に優しいサイクルが完成している。あー。そりゃ確かに、最近は新しい機能性の高い耳掻きに心惹かれている。金銭的に余裕があれば買っちゃおうかななどとほだされる。しかし。やっぱりお前じゃなきゃダメなんだと、愛想を尽かして実家に戻った妻を迎えに行って玄関口で土下座するダメ亭主のような台詞を吐きたくて仕方がない。ボロ耳掻きよ。お前の天寿はまだ全うされていないはずだ。九十九神が憑くまで耳掻きとして立派に生きるのだ。そのためには、さっさと帰ってきてくれ。後生だから。本日の教訓『使った後はいつものしまい場所に戻せ』
2007年12月12日
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異変を感じたのは昨日の午前中だ。食欲がない。朝食の分量はいつもより少なめだったのにも拘らず、昼飯を食べたいという気が起こらない。胃腸の中で空気が溜まっているような気がする。下っ腹の辺りがやけに蛙みたいに弾力がある膨らみ方をしている。ついでに何だが冷える気がする。事務服の上にもっさいカーディガンを羽織る。膝掛けも手放せない。いや、足放せないか。しかし、首から上部分にはさしたる問題はない。喉も嗄れてないし、鼻水もない。頭痛があるわけでもなく、そもそも熱っぽさがない。なので、「今日は食べたくないから昼の味噌汁いらない」と言うまで誰も体調が優れないと気付かなかったようだ。そうほざきつつも、3時にもらったおやつはキッチリ食べた。誰もがもう直ったと信じたようだ。自分の胃袋は滅多に故障しない。なので、腹を壊すというこの状況がイマイチ理解できなかった。風邪を引くなら、大抵鼻からだ。胃腸に来るなんて記憶の許す限り遡ったら昭和に突入してしまう。昨日の夜はリンゴ1個。今日の朝はお茶漬けとヨーグルト。今日の昼の弁当はやはりお茶漬け。ダイエット食かよコレ。こんなんじゃ体力が消耗するに決まっている。帰り道、栄養不足で歩く足に力が入らない。こんだけトロトロ歩いたの久しぶりって程のドン亀の歩み。っつーか、これは単なる風邪なのか。はたまたプチ断食の後遺症か。とりあえず腹減ったと思えるようになっただけ、体調は確実に回復しているようだ。本日の教訓『胃腸の具合が悪くてもおやつは別腹』
2007年12月11日
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毎週火曜、仕事帰りに立ち寄る図書館で3冊の本を選ぶ。その時間は、非常に精神的な贅沢を実感させてくれる。と同時に、自己の内面においては図書特殊部隊顔負けの激しい戦闘が繰り広げられている。3冊というプロ野球外国人枠のような数量制限。読みたい本を3冊以上見出したときの葛藤たるや、大相撲本場所千秋楽結びの一番、全勝同士の横綱対決で繰り出す技は上手投げ下手投げ寄りきり押し出しつり出しうっちゃり、手に汗握る真剣勝負の趣を呈している。今週も、迷いに迷って本を選んだ。己の判断力と決断力が試される過酷な試験だ。まず、外せないのは予約待ちでやっと届いた『図書館危機』。実質的に2つの枠を賭けて無数の本が犇めき合うのだ。最終的に残ったのが、『きよしこ』と『明日の記憶』。これで決まりかと思った瞬間、目に飛び込んできて一瞬にして心を奪い取った本があった。『モノレールねこ』予約待ちでいっぱいというわけではないが、いつ行っても運悪く貸し出し中でお目にかかれなかった作品だ。これは即決、借りだろう。そして名残惜しくも『明日の記憶』を書架に戻す。サラバ、また逢う日まで。モノレールねこ個人的にとても好きな作家・加納朋子の短編集、『モノレールねこ』太った不細工な野良猫を仲立ちとして、顔も知らない相手と奇妙な文通を始める少年を描いた表題作の他、事故で一度に両親祖父母を失いダメ男の叔父と2人で暮らす少女、婚約者を失った男性と偽装結婚する負け犬女性、ロクデナシオヤジに幼少から振り回された青年など、心優しくもどこかクールな視点を持った人物が登場する。中でも白眉と言えるのが、ラスト『バルタン最期の日』。バルタンは、公園の池からアタリメの餌で釣り上げられたザリガニ。夏目漱石は猫の視点で名作を生み出したが、この物語の語り手はザリガニ・バルタンに他ならない。遠足に行った小学生フータが持ち帰ったザリガニ。おっとりしたお人好しのフータと似た者親子の両親。「この一家、大丈夫かよ」親子の天然っぷりにやれやれと溜息をつきつつも、バルタンの名を授かり、彼はフータ一家の一員となる。学校や会社でそれぞれ悩みを抱えつつも家では決して弱音を吐かないフータとお父さん。そんな2人を心配し、意外な行動に出るお母さん。「俺は傍観者だ」と節足動物のクセにハードボイルドなバルタンは、それでも心の中で一家を応援し続ける。タイトルが示唆する通り、やがてバルタンは最期を迎える。しかし、其処に残るのは切なさと温かさと心地よい読後感、バルタンとフータ一家の深い心の絆だ。号泣ほどではなくとも、思わずホロリと来る。宮部みゆきの短編『サボテンの花』に並ぶ傑作だと自分の中でランキングをつける。この本にして、大正解。自分の決断に酔いしれるこの瞬間こそ図書館読書の醍醐味だ。本日の教訓『鶴でも猫でもない、ザリガニの恩返し』
2007年12月09日
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本日、先週の献血の検査結果が郵送にて戻ってきた。気になるコレステロール値には円相場のような変動があったのか。ハガキを剥がす緊張の一瞬。…。うげ。コレステロール、更に増えてんじゃん。一応基準値内とはいえ、これ以上増えたら完全に問題となり得る値だ。脂肪の多い食事が主な原因だというが、ウチは自慢にもなりはせんが粗食だ。それほど贅沢なものなんか食べちゃいないぞ。って。朝食にちょっと脂質が多いような気も無きにしも非ず。グラノーラ、ココア入れた低脂肪乳、ヨーグルト、バナナ、それにおかず少々。ちょっと、高いっつったら高い気もするかもな。これの見直しを図れってことか。グラノーラの量をちょいと減らして。低脂肪乳をいっそ豆乳に切り替えるって手もある。豆乳ココアか。黒豆ココアがあるならそれくらい存在しても許されるだろう。しかし、『努力は人を裏切らない』ってのは非常に胡散臭いな。裏切られる人間がいるから格差社会は成立し得るのだ。努力しても目に見える結果に残らないケースってのもハズレくじの如く確実に存在する。仮に生まれ変われるとしたら、別に大富豪じゃなくても絶世の佳人でなくてもいい、美味しいものを心置きなく食べられる人生で充分だ。本日の教訓『目標が高ければ高いほど闘志に火はつくが、脂肪はなかなか燃焼しない』
2007年12月08日
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体質改善をしたい。ウチの家族の行動は自分以外の人間から見て予測不可能という点においてほぼ共通している。言い換えれば、突如ワケ分からん行動に突っ走る。注射が大嫌いなクセにいきなり献血に行ってみたり、梅シソだのゴマだのそれほど好きじゃなかった食材を取り入れたりと、基本的に自分の行動は『お手軽健康』の域に集中している。今回、一度やってみるかと思いついたのは、ファスティング、いわゆるプチ断食である。断食っつっても飲まず食わずじゃない。野菜や果物や豆乳のジュースを1日3食、固形物を摂取しないことで消化器官の休息と代謝の上昇を促す方法だ。で。本日、実行している最中だったりするんだなこれが。まず、ニンジンの皮をむき、軽く茹でて一口サイズに切る。リンゴも皮をむいて、同じく切り、バナナをスライスする。全部ミキサーに放り込み、豆乳を加えてスイッチオン。ドゴゴゴゴゴゴ。はい、出来上がり。…。何か猛烈に泡立ってるんですけど。ニンジンと思しきオレンジ色の点々が散らばってるんですけど。不思議なほどドロッとしてるんですけど。ぶっちゃけちょいグロいんですけど。それでも致死性の高い食物同士の組み合わせではないので健康に異常は出ないだろう、多分。ぐび。液体を飲むというより泡をすする。味は甘く、思ったほど不味くはない。不思議と腹に溜まる感じもする。今日一日、他の食事も間食も無しかと思うと物足りなさが口の寂しさという形で襲い掛かってくるが、口内の甘味の残滓が誘惑を振り切る力をくれる。それでも時間の経過と共に腹は自然と減ってくるのだが。今日は仕事が休みなので、外出はせず家の掃除に明け暮れる。通常なら外を歩きたくてたまらなくなるが、本日に限り余分なエネルギーの消費は避ける。ジュースだけじゃ基礎代謝も賄えないほどのカロリーしかないからだ。昼も、同じようにジュースを作ってぐびぐびぐび。掃除をしていると、色々なものが発掘される。妹達の脱ぎっぱなし靴下多数。筆記具や小物や雑誌多数。そして。キャンディだのチョコだの袋に少し残ったポテチだの少々。アホか。こんな所に菓子放置すんな。食いたくなるだろうが。仕方がないので明日以降分としてこっそりチョコを隠しておく。放置してある=所有権の放棄という図式がそこにある。…あー。もう夜だ。家事労働の後は非常に腹ペコリータ。もうすぐ夕飯の時間だ。夜のジュースでも作るとすっかな。本日の教訓『落ちてるものは拾って食え』
2007年12月07日
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一昨日。不慮のPCトラブル発生で駄文乱文書き連ねた日記の存在が、公開を待たずしてこの世から消滅した。あの時ほど日記の一時保存機能の不在を恨めしく思ったことはない。言葉は指先から生まれ、キーを叩くうちに成長して文となる。生き物と同じだ。全く同じ個体など存在し得ない。こちとら同じ文章を一語一句違わず捻り出せる程言語の扱いに秀でちゃいないのだ。そして昨日。日記を書き上げて画面を下へとスクロール。んんん?公開ボタンが、2つに増えている。いつの間に増殖したんだ。確か前日は1つしか存在しなかったはずだが。しかも、左側のボタン、下書き保存機能じゃないか。昨日愚痴ったら今日はもうクレーム回答よろしく待望の新機能搭載っすか?気が利いているってよりむしろタイミングよすぎだろ。いや待て。全然タイミングなどよろしくはない。この機能が前日に存在していたら、書き上げてリンク貼り途中だったあの4日の日記は消滅しなかったかもしれない。原因不明の難病で肉親を亡くしてから治療法が解明されるような感じだ。一日遅いわ。本日の教訓『願望成就とタイミングは全くの別問題』
2007年12月06日
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今の家に引っ越したのは3年とちょい前のことだ。以前は同じ町内の、J-POP1曲分ほど離れたアパートに住んでいたが、妹達の年月に伴う身体的成長と趣味関連商品収集の増殖に圧迫され、尚且つ建物自体の老朽化という不可抗力の相乗作用で町内間移住を余儀なくされた。ウチの家族が出て行ってから、以前のアパートに残っているのは隣室だった男性1人きりになった。新しい住人は、入って来そうにない。そらそうだ。だってウチの家族が居住していた頃から、木造の床が既にシロアリにしてやられていたからな。内装をちょっとばかしいじったとしても、建物の基礎たる土台が腐っていたんじゃ話にならない。いずれ来たるであろう東海沖大地震など発生した日にはいの一番に倒壊確実だ。しかし、いつ見ても建て替える気配などミジンコ1匹分の気配もない。修繕には極めて無頓着で滅多に顔を見せなかった大家、どんだけ放置すれば気が済むのか。そんなこんなで3年経過。こうなりゃいつまで放置するのか見届けようと思った矢先。ウチの親が、隣室だった男性と偶然顔を合わせ、そろそろ建物を取り壊す予定だとの情報を入手してきた。何でも、建物は大家の物だが土地は借地だとかで、更地にして返還するとのこと。隣のオジサンも、出て行く先は大体決まったそうだ。これでもう、アパートに残る人間は誰もいなくなる。そして今日、出勤途中にふと見ると、建物に緑のシートがかけられていた。それを見て、ようやく実感した。ああ。本当になくなるんだ。時の流れを克明に映し出すのは街中の建築物だ。昔よく通った道を久しぶりに歩けば、見える景色は変わっている。郷愁や感傷を抜きにしても、変わりゆく街の姿には無常感を覚える。昔確かに其処に居た痕跡も消えてゆく。いずれは、何処にも残らなくなる。自然な老朽化に加え、人間熱帯低気圧のようなウチの家族が散々室内を痛めつけた証拠も完全に消えるって寸法だ。本日の教訓『人に優しく、家にも優しくしよう』
2007年12月05日
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たった今。完成間際の日記が消滅した。30分時間を消費してダラダラと駄文を連ね、画像を貼り付けている最中に、突如、Internet Explorerが賃上げでも要求したのか強行ストライキに突入し、その結果。砂の城が儚く波に呑み込まれていくように全ては無に帰した。腹が立つ以前に、脱力。最近タイミングが悪い・ツイてないと思うことが多々あれど、この仮想空間においても業の深さが招く悪運が停滞前線の如く幅を利かせているようだ。眠いので今日はもう書き直さず、これで眠る。以上。本日の教訓『日記一時保存機能を追加してくれ』
2007年12月04日
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尖ったものは好きじゃない。ビニール傘の先端とか見ていると、これが目に突き刺さったら嫌だなという最悪的妄想が過ぎる。無論、注射など大嫌いだ。あんな先の尖ったものが皮膚を貫くなど不快感以外の何物でもない。健康診断の採血ですらやりたくない。他の手段で健康状況を把握できるほどの医学の進捗を切に願いつつ、毎回注射針に対する憎しみを育んでいるのだ。そんな人間が献血。これは清水の舞台から飛び降りるってもんじゃない。ランドマークタワーの展望台のガラスをぶち破って落下するくらいの決心が要るんじゃないだろうか。否、実際はそれほど差し迫っていたわけじゃない。主な理由が存在し、それ故献血を行った方が良いと合理的に判断したからだ。コレステロール。10月末の健康診断時に突きつけられた忌まわしき烙印。その数値が一時の気の迷い程度の低レベルなものだったのか来年の健康診断まで知る由もない。しかし11月の体質改善月間はどこまで功を奏したのか、具体的な数値を知りたかった。献血による血液検査を受けることで、現段階のコレステロール値を知ることは可能じゃないのか。おし。思い立ったら即実行。好奇心は猫を殺すと俗に言うが、自分の中の突っ走り気味の探究心は町内の猫を大量虐殺するくらいの危険性を秘めているのではと時に思う。で。年中『血液が不足しています』と切迫した危機感を訴えているY駅前の献血車に行って来た。当然、献血など生まれてこの方したことがない。赤血球に不足はないと健康診断の結果上確信を持ってはいるが、万が一、貧血に陥ったら困るなとの不安感は拭えない。昨今、献血は200mlではなく400mlが求められている。いきなり400というのはどんな感じだよと思いつつも、特に何も言わなかったらそのまま400ml献血に回された。問題なく400も血を抜けるこの体重が恨めしい。まず、血圧測定。高すぎるとこの時点で門前払い。次に、軽い血液チェック。ABO判定と、血液の濃さと、消毒のアレルギーチェック。後で食べるためのクッキーとスポーツドリンクを頂く。いよいよ、本採血。美容院の稼動椅子が寝そべったような椅子に体を横たえる。車外での待ち時間に寒風に拭き晒されていたので、ホットの缶紅茶と毛布が渡された。おお。冷えも時には得をする。そして、針、登場。太い、太すぎる、半端ない太さだ。畳針より太いんじゃないか、むしろチューブだろってそのフォルム、しっかり内側の空洞部分が見て取れる。オイオイこんなの刺すのかよ。刺される前から既にもう痛そうだ。その予感に間違いはなく、やはり針を打ち込んだ時は痛いし、ついでに地を抜く間中その部分にはタオルじゃ隠しきれない違和感がつきまとう。ごろりと横たわって時間の経過を待ちながら、この管をさっさと抜き取ってしまいたい衝動が離れないが、体を起こすのが何となく億劫。にしても長くないか?後ろにいたオジサン、後から始めてもう終わってるんですけど。そんな疑問に看護師さんは答えてくれた。「あの人みたいに、血管が柔軟で真っ直ぐな人はすぐ終わるのよ。 緊張してると血管は縮んで、遅くなるの。 それと冬より夏の方がやりやすいし、 女の人の方が男の人に比べると取りにくい。 初めての献血とこの寒さ、色々重なっているから その分時間がかかるのよ」なるほど。決して400mlより多く抜かれてるわけじゃないんですね。398くらいで止めておいてお得感を出してはくれぬかと思ったが、キッチリ400採って、無事終了。本体を離れたこの血液は、翌日には輸血を必要とする患者の元で有効活用されるのだ。期せずして社会貢献をしてしまった。協力ありがとうございましたと、お礼の袋をもらう。中身は、紙パック飲料、ポケットティッシュ、薬用ハンドソープ、簡易救急セット、そしてソイジョイ。しかもプルーンFeプラス味。これで鉄分補給して、次回の献血ヨロシクねってか。次回の献血は16週間後の3月下旬から解禁。それまでにもうちょっと体重落として、「体重的に400mlは難しいですね」と言われたい。本日の教訓『やはり注射は痛いがもらえるおやつは嬉しい』
2007年12月02日
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