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生姜湯を作ってみよう。毎度のことながら、唐突に思いついたのは冷蔵庫を空けた瞬間だ。100円ショップで買ったおろし生姜のチューブが未開封の状態でぽつねんと転がっている。これを有効活用する手段を模索するのと、ここ最近の冷え込みによる手軽な寒気対策案とが脳内十字路で正面衝突した感じだ。と言っても、料理という才能に致命的な欠陥を持つ人間、そんな飲料の製造法など知る術もない。なので、適当に実行してみた。人生いつでも結果オーライ。カップに水を入れ、電子レンジで温める。その中に、チューブの生姜を絞り入れ、かき混ぜる。ハイ、出来上がり。いいのかこんなんで。生姜独特の香りに、かつては多少の抵抗感が存在し、ジンジャーブレッドなど得体が知れない食い物と訝しんでいたが、よく考えたら生姜焼きや鯖味噌煮は大好きだし、しかも最近は生姜タブレットで辛味に口が慣れている。一口飲んで、味が薄いから生姜を追加するほどすんなりと受け入れられた。ぐびぐびぐび。うん、悪くない。美味いかと聞かれたら微妙だが、嫌いじゃない。口の中がさっぱりする。ぷは、もう一杯いこうか。しかし。再び冷蔵庫を開けたときにまたも気がついた。生姜チューブのすぐ隣に、同じシリーズのおろしにんにくチューブが寂しげに転がっているのを。生姜が、新たな活躍のステージを与えられたというのに、いつまでも日陰の立場のにんにくよ哀れ。さすがににんにくを湯に溶かして飲むには大いなる勇気が要りそうだ。って、普通に料理で使えよ。本日の教訓『生姜焼きが好きなら、生姜湯は多分飲める』
2008年01月30日
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コンビニの一角にチョコレートコーナーが出現するこの季節。その片隅に見つけたのは、うまい棒と共に庶民的菓子の双璧に輝くチロルチョコ。その、限定バージョンはハローキティとのコラボ缶。缶もチロルのパッケージを模した物がこのビス柄の他コーヒーヌガー柄やミルク柄など数種類あり、この中に、10円サイズのチロルチョコを9個、好きな組み合わせで詰めて300円。って、ちょっと待てぃ。10円チョコが9個で、90円。即ち、缶が差し引き210円の計算になる。ちょいと高くね?その横に並んでいるのは、チロルチョコ20個入りで210円のバラエティパックの箱。…。心が多少揺れる音。それでも、9個詰めた缶をレジに持っていく辺り、限定物に弱いというウチの家族共通の性質が遺伝子の中にキッチリと織り込まれていることを実感する。いや、でも、缶欲しいしさ。缶を全部コンプリートしようと試みないだけまだ救いはあると自己弁護。本日の教訓『いつまでもあると思うな限定物』
2008年01月29日
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仕事があったり、出かける用事がある日は、眠る前に頭の中の目覚ましをオン状態にしておく。即ち、この時間には必ず起きるべしという暗示をかけておくのだ。その戒めのないことには、睡眠を人生における最たる快楽に格付けする類の人間は起床時間に起き出すこと不可能である。さて。今日は特にこれといった予定もない。久々に部屋の掃除をしなくては埃が堆積して鼻に悪いからやらなきゃなくらいしか思いつかない。これは、リミッターが外れた状態。ほっとけば好きなだけ寝ている。10時過ぎまで寝ていることも時折ある。出窓から入ってくる光の眩しさにふと気づく。かなり、日が高くなっている証拠だ。伸ばした足が、布団と一体化するように沈み込んでいた。体全体が熟睡を味わえたことを物語っている。のろのろと枕元の携帯に手を伸ばすと、『11時52分』の表示。…もう昼じゃん。これまでの寝坊の最高記録じゃないのか、コレ。これから朝飯食べても、ブランチどころか完全な昼食に他ならない。惰眠を貪った数時間より、食い損ねた朝食1食分が何となくもったいない気分。まぁいいや。今週は次の日曜まで休みなしだから、この睡眠摂取で英気を養っておいたことにしよう。本日の教訓『眠れる時はたっぷり眠っておけ』
2008年01月27日
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本日は昼過ぎまで人手不足に喘ぐ工場へプチ出向。工場勤務者は半数以上がパートタイマーで、その殆どの方と顔を合わす機会が極端に少ないがため、いかんせん顔と名前が一致しない。そのうちの1人で、確か去年一度会社行事で挨拶したことのあるベテランパートさんが、昼休憩の時間、意外なことを言い出した。「あなた、ウチの娘と小学校同級生だったでしょう」へっ?その人の姓はどのクラスにも1人や2人いそうな、日本人に多い姓ランキングトップ10入りしてそうなもの。更に出身校と生まれ年を言い当てられ、ふと思い当たった。確か5・6年の時の同級生に、そんな姓の子がいた。下の名前は、確か…。思い出したその名前を口にすると、やはりビンゴ。「そうそう。珍しい苗字だったからそうかなと思ったの」ウチの苗字は、親の実家近辺では非常にありふれているものの、この近辺ではかなり珍しいらしく、数件しかないらしい。これまで、電話口で応対した客が、「同じ姓なんですよ」と喜ぶこと数回。そこまで希少価値があるのかウチのファミリーネーム。しかし苗字が珍しいってだけでよく覚えてるな、そんな大昔のこと。しかも同級生本人じゃなく、その母親が。「成績が良かったんだってね」いや別にそんなことはないです、そこそこでした。って、何ですかその情報。「小さい妹さんがいて」ハイ、当時は小さかったけど今では体も態度も巨大化して。って、それもご存知ですか。「お母さんも時々●●のバス停近くで見かけるのよ」ええ、そっち方面が仕事先で。って、現在の状況までお分かりなんですか。今日工場へ来て、色々な発見と驚きがあったが、これ以上の驚きはないような気がする。確かに、大昔、小学生の時分、他の級友たちと一緒にその同級生の家に遊びに行った記憶はある。しかし、他のどの子と比較しても、苗字を除いたら一番地味で目立たなかったのは他ならぬ自分だという自負はある。その上、彼女宅とウチの居住地は当時も今もかなり離れていてご近所さんという間柄じゃない。ついでに、そのパートさんと顔を合わせて挨拶を交わしたのは、去年の会社主催のボウリング大会が初めてだ。その時に聞いたこの名前に引っ掛かりを感じ、記憶を辿ってそこまで思い出したのだろうか。それともかつて同級生だった娘さんから情報を収集したのか。恐るべしパートさん。で、何でウチの親の顔まで知っていたのだろうか。疑問は残る。ウチってばそこまでインパクトの強い一家だったのだろうか。今度、再び工場に派遣された時にそれとなく聞いてみるとしよう。本日の教訓『昔の知り合いは意外な場所にいる』
2008年01月25日
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ウチの会社の本社と工場は徒歩にして15分、車を用いて約数分の距離を隔てている。至近距離と言えなくもないが、気楽に行き来するには微妙に遠い。あたかも何気にウマの合わない嫁姑同士の住居のよう。そんな近くて遠い工場に、明日半日、どうしたもんかプチ出向することになってしまった。話は非常に単純。ウチの会社ってのはいかにも中小企業らしく、どの部門においても基本的に人員に余剰がない。複数一度に休まれたら業務に支障が出かねない。インフルエンザなんか流行られた日には、菌を持ち込んだ迂闊なヤツをどれだけ責めても責め切れない。で。今、工場で欠勤している人が複数いるため、猫の手も借りたいほど忙しいとの状況らしい。実際猫じゃ使い物にはならんだろうってわけで、猫よかド素人の方がちったぁマシと本社から交代で手伝いを出すことに相成った。そんなわけで、明日は朝から昼までちょっくら工場のほうへ行ってくらぁってこった。ちなみに午後は、本社へ戻って通常業務復帰さ。ウチは食品製造業だが、実際にその現場に立つというのは事務方にとっては願ってもない非常に有意義な体験である。普段伝票でしか見ることのない原料や話で聞くしかない製造工程を直に目にすることが出来るのだ。おっしゃ、キッチリ勉強させてもらうでぇ。しかし。疼く好奇心とは裏腹に、工場の従業員に迷惑をかけることなく無事に過ごせるかとの懸念の方が脳裏の大部分をどっかりと占めている。ド素人が、いきなり戦力になれるはずはなく、足を引っ張る可能性の方がむしろ強い。不器用な人間ならなおさらだ。オイオイオイ。製造部門に最も不適格な人間を真っ先に派遣するたぁ人員の選択間違えてるんじゃないのか本社。まぁ、不安はその辺に置いといて。とりあえず明日は、久々に一新人として、殊勝な気持ちで業務を全うすることに集中させてもらおう。本日の教訓『百聞は一見にしかず』
2008年01月24日
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意識が眠りの淵からゆっくりと水面へ浮上する。ウチの親が、妹達を起こす声だ。今日はウチの会社は休みだから、携帯の目覚ましは止めてある。多分、もう6時過ぎだろう。妹その1は寝起きがいい上に身支度準備も超速攻なので遅刻の心配はほぼ問題がない。妹その2は寝起きが無茶苦茶悪い上身支度に異常な時間を費やす。毎日遅刻確定だ。現に、起き出して来たのは妹その1だけ。親と妹その1の交わす会話が途切れ途切れに耳に入る。その情報の断片を半分蕩けた頭の中で繋ぎ合わせると、どうも、今日は雪が降っていてとても寒いようだ。ラッキー。こんな悪天候の極寒日に休日とは何とも都合がいい。しかも、自分1人だけ。土曜日、全員が未だ熟睡中の朝に1人で起き出してしぶしぶ会社に行く憂鬱もこれで相殺だ。これほど優越感を感じる瞬間があるだろうか。そのレベルの喜びってのも非常にみみっちい。心地よく温まった布団にいつまでも同化していられる贅沢。天気が悪ければ、寝坊に対する罪悪感など更に薄らぐ。親達の声が次第に遠ざかっていく。もう一度静かに押し寄せてきた眠りの波に飲み込まれていく。って。今日は一歩も外に出ないわけには行かない事実に思い当たる。2週間前に図書館で借りた本の返却日、今日までじゃん。うわ、前もって返しておけばよかった。そんなわけで、雪が雨に変わり小降りになった時間を見計らって、寒い寒い外界に足を踏み出す羽目に陥るのだった。本日の教訓『休日満喫には事前の下準備は欠かせない』
2008年01月23日
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会社でおやつのたい焼きを食べている時、『たい焼きは頭としっぽ、どちらから食べるか?』という話になった。頭からがぶっと食べるの好きって方は、一気に止めさすの好きって感じ。しっぽからちまちまって方は、じわじわいたぶっていくのが好きな感じ。って、どっちも嫌な例えだなオイ。ふと手元のたい焼きを見る。しっぽから食べ始めている。何故、しっぽより食べ始めたのだろうか。その理由を求め、自分の行動を分析してみることにしよう。これまでの人生における経験則で語るならば、『しっぽまであんこが詰まっている』という売り口上があるようにたい焼きのしっぽには、あんこがさほど詰まっていない。即ち、あんこの少ない部分を先に食べるか後に食べるかという極めて単純な選択だ。しっぽから先に食べ始めるという行為はあんこの少ないしっぽ部分を先に食べて、たくさん詰まった頭部分を後の楽しみに取っておく。言わば先憂後楽の考え方だ。ポッキーだって、チョコのついた部分を後に残しておきたい。更に一歩進めて考えて、好きなおかずを先に食べるか後にとっておくか、人類を二等分するこの究極の命題にも繋がっていく。個人的に、好きなものは一番最後に食べたい。弁当のおかずを食べる時も、特に大好物じゃないおかずから先に片付けて、最後の最後にお楽しみを味わって食べるってのが自己作法。あ、でも。これは自分の取り分が明確に示されていて、且つ誰にも所有権を侵害される惧れのない時だけだ。大皿に盛ってある料理をみんなで取り分ける時は、好きなものを先にさっさとキープする。ノロノロしてたら取られてなくなるからに決まっている。全ては好きなものを口にするため。生存競争ってのは斯くも熾烈を極めるのだ。そう考えると、食べる順番1つにも下賎な庶民の卑しさが垣間見えるようだ。本日の教訓『満喫する時はゆったりと最後で、余裕がない時はさっさと最初に食べるべし』
2008年01月21日
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寒い。此処の所非常に寒い。寒すぎて皮下脂肪がついて離れずに難儀している。毎年センター試験の頃は異常に寒いのは気のせいか。大昔、センター試験受験した日もやはりどんよりとした曇り空で寒かった気がする。全国ウン万の受験生の憂鬱が空に登って暗雲に変わってるんじゃなかろうか。目下最大の懸念事項は、明日の天気だ。別に特別な用事があるわけではない。明日月曜は、1週間でもトップクラスに慌しい月曜日だ、会社に行くに決まっている。仕事。そのために朝起きるのが億劫なのに、その上雪まで降られた日にはもう勘弁してくれよ状態。休校の可能性のある学生時代が懐かしくてたまらない。もっとも、ウチの母校である高校は、JRが止まるような悪天候にこそ最も張り切るド根性私鉄の沿線で「電車が止まらないから休校にはならんぞ」と教師が生徒の儚い願望を打ち砕くかのように意地悪く嘲笑う何ともステキな立地条件だったっけ。徒歩通学だったんで電車が止まろうが動こうがどうでもよかったが。ちなみに今通勤に使っている市営の電車はその私鉄と対照的に非常に脆弱。災害に対する都市機能の非力さを具現化したような電車。台風で大風が吹けば、止まる。雪が降り積もっても、止まる。寒さで路面が凍結して、止まる。何だかよく分からん車両故障発生で、また止まる。とにかく非常事態に決定的に弱いのだ。明日雪が降ったら、止まる可能性無きにしも非ず。いやはや、勤め人たる者、交通機関の多少の麻痺程度で会社を休む事叶わず。それこそ休まないが売り物のあの私鉄を使って行かなければならない。そしたら20分ほど余計に歩くか、私鉄の降車駅からタクシー拾うかのどっちも勘弁してくれよな二者択一が待っている。週の頭から憂鬱な気分に陥りそうだ。明日は、天気予報が外れて雪が降りませんように。むしろ外れろ、明日は許す。本日の教訓『センター試験は寒気団をつれてくる』
2008年01月20日
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郵便受にネット注文した商品の宅配便不在票が入っていたのは一昨日の事だ。その時家にはウチの親と妹その2がいたが、揃ってそ知らぬ顔。気づけよと多少イラっと来たとしても、右から左へ受け流すのが人付き合いのコツ。とりあえず、フリーダイヤル再配達以来に電話をかける。翌日の夜6時から8時の再配達希望、っと。しかし。翌日、7時頃帰宅した時、荷物はまだ届いていないようだった。8時を過ぎても、ドアチャイムは鳴らない。そこで、昨日の不在票を見ながら、ネットで所在検索をかけてみた。其処には驚くべき言葉が並んでいた。あれ?今日再配達されるはずの商品が、何故この時間センターに保管されているわけ?何の陰謀だこりゃ。今日配達に来ないと分かると、無性に口惜しさがこみ上げて来る。右から左に受け流したものが逆流してくる。このセンターってのが、つい最近知ったのだが、実はウチから歩いて5分足らずの場所にある。じゃ、直接引き取りに行ってしまおう。荷物ってのもどうせ書籍だ。片手で持てるぜ。いきなり閃いた時の実行力は誰にも止められない。さっき脱いだ上着を再び着込み、マフラーとマスク装着。おし、準備万端レッツラゴー。そんなわけで、寒風吹きすさぶ戌の刻、本のために宅配便センターまで震えながら歩くせっかち者。センター直前で気がついた。アポ無しだった。いきなり荷物を取りに押しかけるってのも非常識な客だよな。でも、もう遅い。とりあえずセンターにあるという事実は判明しているので、何とかなるだろう、多分。結局、荷物はちゃんと保管されていた。どうやら、その翌日配達のパレットに謝って載ってしまったらしい。大手の会社でも絶対にミスが生じないとは限らない。たまたまそれにぶち当たってしまったようだ。センターの方と、ちょうど帰社した配送の人に謝られたが、近いのと軽いのと早く欲しいのとが重なっていたから、勝手に来てしまったわけで、気になさらないで下さい。こちらこそアポ無しで大変失礼しました状態。で、本を手に意気揚々と辿る冬の家路。目的物を入手した後は寒さが僅かに薄らぐ錯覚を覚える。そんな時、自分の物欲の深さを実感する。目的のためなら手段は選ばず労力も惜しまない。まさに歩く煩悩。情熱の活かし方を根本的に間違っている。本日の教訓『慌てんぼうのおつかいアポイントも取らず慌てて駆け出すタッタッタッタッー』
2008年01月19日
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冷凍庫の中に、田舎の親戚から頂いた切り餅がある。自家製の角餅で、市販のものよりも小さく、厚みも薄い。これ2枚で、サトウの切り餅1個分じゃなかろうか。食べやすそうなサイズはいいとして、大きな問題が1つある。白地にぽつんと散る、微かな緑の斑点。世間ではこれをカビと呼ぶ。「大丈夫だって。もう冷凍されてるからこれ以上カビないよ」醤油と焼海苔で磯辺巻を作って美味そうに頬張りながら、衛生観念という言葉の意味すら存じていないような太平楽な顔で生物学的根拠に基づいているとはお世辞にも言いがたい台詞をウチの親は吐く。そんな問題じゃない。既に生えていることは動かしがたい事実だ。カビは寒さには強いんじゃなかったのか。とにかく、昔の人はちょっとくらいカビの生えた餅を食っても死にはしなかったということらしい。確かに、餅を喉に詰まらせて亡くなる高齢者のニュースは聞いても、カビた餅で死亡した人のニュースってのはあまり聞かない。「カビがびっしり生えたらもうダメだけど、この程度じゃ問題ない」アンタ胃袋にカビに強い酵素でもあるのか。しかし、餅を食べたいという睦月特有の欲望には抗えず、とりあえずカビが最も少なそうな餅を3枚ほど選んでレンジでチン。結局食うのかよ。おお、温めすぎて3つがくっついて1つの大きな餅になっている。きなこをかけて、黒蜜をたらして、できあがり、きなこ餅。はむ。うん、普通に餅の食感だ。何より、黒蜜を絡めたきなこが美味しい。餅食べ終わった後は、きなこと黒蜜だけでもいける気がする。って、餅の立場ないじゃん。この時点で、脳裏からカビに関する懸念は綺麗さっぱり消えている。食欲は強し。ちなみに、その後、体調不良等も特に発生せず。自分の胃袋もカビに対して強かったようだ。本日の教訓『腐っても鯛、カビても餅』
2008年01月17日
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久々に買ってきた冷凍のたこ焼きを食べようとして気がついた。コープのたこ焼きには付属のソースがない。お好みのソースをかけて好きに食べてくれってのがコンセプトだ。ウチの冷蔵庫の中には、確かソースがなかったはずだ。この前、冷蔵庫の中を片付けた時に、開封時から時間がかなり経過しているのを懸念して処分したのだ。醤油がなければ料理に支障が出るが、ソースやケチャップは使用頻度が低いのでどうしても残りやすく、また在庫がなくてもさほど問題ないのがウチの家の特徴。よって、必要な時にこのような状況に陥る事が時折ある。なので。今日はあっさり和風にだしたこ焼きで食べることにした。たこ焼きの袋の裏側にも、この食べ方が掲載されている。作り方は簡単。冷凍たこ焼きを普通にレンジで温め、市販のだしつゆを水で薄めたものにつけて食べる。薬味として、焼海苔をちぎってつゆに入れる。ただそれだけ。明石焼を食べ慣れていない関東人から見れば、水っぽくならないかとの懸念も払拭できなかったが、食べてみると、これがなかなかにいける。こってりしたソースよりもさっぱりしていて食べやすい。冷凍食品特有の、表皮のちょっと乾いた感じもたし汁にくぐらせることでしっとりする。ちぎった海苔を乗せるようにして食べるのがまた美味い。たちまち完食。ごちそうさまでした。おっと。25個入りを半袋あっさりと食べてしまったよ。これはやや食い過ぎの部類に入るのではなかろうか。しかし、この耳には胃袋の声が聞こえる。「もうちょっと入る気がしなくもない」いやいやいや。今年の目標は『まだ食い足りないと思ったところで我慢する』。たこ焼きをこれ以上食べてはメタボ上よくない。ぐっと我慢。…違うもの食べよっかな。って、意味ねーじゃん。本日の教訓『ソースがなくても生きていける』
2008年01月16日
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今日は1月15日のイメージが払拭できない祝日・成人式。各地で頭に血が上った若造が暴走する愚かしき饗宴の日。テレビを観ながら、「バカじゃねーのかコイツ等」と連中が担うはずの国家の行く末を憂うよりこんな行事に費やしている予算の無駄さに怒りすら覚える日。妹その2は、一応今年の新成人だったりする。ウチの家はこれまで、自分と妹その1と、連続成人式不参加。別に自治体のお仕着せ祝賀に反抗しているわけではなく、●寒いし面倒くさいので寝ていたい。●別に着物を着たいわけでも、着る経済的余裕もない。●人がたくさんいるのでうっとおしい。…等、単に興味がないのでバックレたのにすぎない。さて、妹その2は非常に天邪鬼。そう言うと本人はムキになって「違うよ」と否定するだろうが、ああしろといえば必ず屁理屈満載の反対意見を口にするヘソマーガリン。人が大勢いる所は大嫌いなくせに、「成人式行こうかな」と似合わない台詞を吐く。別に止めないし、勝手に行けばいいじゃん。「案内状がどっかに行っちゃった」じゃ探せよ。本当に行く気があるなら目の色変えて探すはずだ。お前本当はどうでもいいんだろ。結局、ヤツは日中眠っていて、成人式不参加だったそうだ。これでウチは兄弟全員成人式欠席記録を打ち立てた事になる。いいのだ。参加してバカやって悪目立ちするよりも、行きたくないなら無理に行かない方が風紀上よろしい。「着物着たかったんだけどな」はいはいはい。自腹切って下さいませ。ちなみに、妹その2、新成人のクセして非常に老いている。一番ガタイがいいくせに、日々年寄りじみた健康不良を訴え、「もう若くはないよ」としょっちゅう愚痴る。弱冠っつーか、むしろ還暦。否、米寿か白寿かって雰囲気の老いっぷり。森高千里も女盛りは19だと歌っていたが、20で老境に達するたぁ、アンタ縄文時代の人か。実は本人じゃなく、お前の子供が今日成人式迎えるんじゃないのか。本日の教訓『精神年齢・肉体年齢・脳年齢・実際年齢、全て別物』
2008年01月14日
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ウチの親の名誉のために言っておこう。洗面所に置かれていたカビの生えた餅は、知人から貰って、どうもあまり味が良くなかった物だそうで田舎の親戚から貰った方の美味い餅はちゃんと保管してありようやく隙間の出来たと思しき冷凍庫に詰め込まれていた。そんなわけで、ウチにはまだ食べられる餅がある。しかし、餅を食うという行為は未熟者が捌いたふぐ料理を食べるようなある種の勇気が要る。そう、ご存知食べ過ぎ注意。餅一個がご飯一杯に相当するというその熱量。あの直方体の中にカロリーがギュギュっと凝縮されているのだ。今現在、お世辞にも贅肉が引き締まっているとは言えない状態。何ゆえこの季節は大した連休も満喫していない割に無駄に脂肪が溜まるのか、未だ解明できていない謎である。コレで調子こいて2つ3つきなこと黒みつつけて食べちゃった日には、翌日の体重計を直視するのが憂鬱になりそうだ。先憂後楽ならぬ先楽後憂。夏休み最後に残った宿題の如く重くのしかかる。でも、やはり食べたいきなこ餅。餅を食べる前と後には食事制限でもすっかなと思う今日この頃。こんな時はギャル曾根の燃費の悪そうな体質が非常に羨ましくなる。何故この消化器官は吸収率が高いのか。ちったぁ脂肪を門前払いしてくれ。本日の教訓『餅を食べるにはサラ金並の計画性が必要』
2008年01月13日
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昨日は会社で丸餅2個入りのおしるこをガッツリ頂いた。その報いは早速その夜の体重測定でキッチリ反映されていた。それでも食べたことを後悔するような人生は送りたくないぜ。ごっつあんでした。餅と言えば。ウチの家には、親戚と知人にもらった餅がある、らしい。語尾が伝聞系で弱くなったのは、ウチの親が狭い室内のどこかに餅を置いているからだ。真空パックの切り餅ならともかく、もらったのは手作りの餅。そこいらに放置していて無事に済む代物とは思えない。しかし、ウチの冷凍庫は雑然と物が詰まっていて熱効率の悪さと新たな食材を詰め込む隙間のなさを物語っている。新入りである餅の入るスペースなどない、牢名主がいそうな雰囲気の心も冷える空間。場面は変わって。狭い洗面所に、発泡スチロールの箱。何日も前から其処にあるその物体は思春期の少女の父親に対する思いの如く非常に邪魔臭くて仕方がない。空だったらさっさと処分して欲しい。しかしなにやら嫌な予感がする。宝箱の中身はミミックだという予感が赤信号となり点滅する。恐る恐る中を覗き込んでみると。…。発泡スチロールは魍魎の匣だった。この場所は、家の中でも一番湿気が多い場所だ。よりによって、この場所はないんじゃなかろうか。まだベランダにでも置いておく方が賢明だと思うのだが。つか何?ペニシリンの研究でもしてんのか?ああ、分かった。ちょっとカビが生えたから、捨てるつもりでここへ置いておいたんだね?そうだよね、きっと。って。何日生ゴミの日スルーすれば気が済むんだよ。地に堕ちた老舗料亭の信用が戻らないのと同様、一度生えたカビは消えないんだからさっさと捨ててくれ。本日の教訓『月水金は生ゴミの日』
2008年01月12日
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明日は鏡開きという日本古来の伝統行事があるそうな。鏡餅を飾る風習のないウチの家では全くそんなの関係ねぇが、会社にはこの日におしるこを作って食べる習慣ってのが連綿と受け継がれ、確実に存在しているので、明日のおやつは疑うことなくおしるこになりそうな予感でいっぱいだ。おしるこってのが、こしあん。ぜんざいってのが、つぶあん。そのあんこの法則に基づくと、小豆を鍋で煮てその中にレンジで温めた切り餅を入れる代物は正確にはおしるこではなくぜんざいと呼ぶべきであろうが、それはあくまでも舌の上での感触の差異だけの問題であり、腹の中に納まればどっちでも同じとしか思えない。甘いものは和洋問わず大抵好きだ。普段自力で作ることのないおしるこを食べる機会など年に一度、会社での鏡開きを置いて他にはないレアチャンス。なのに。どことなく心が柔軟材のCMに出てくるタオルのように弾まないのはここ最近体重と体脂肪がやや増加傾向にあるからに他ならない。餅。甘美さの中に凶悪な残忍さを含んだ響き。食べ過ぎに注意と誰もが年賀状に一度は書いたことのある有名な警告が甦る。それに上乗せで砂糖を加えた小豆あん。何だこのメタボチックスペシャルコラボ。正月太りに止めを刺すために存在してるのか、鏡開きって行事のヤツは。そんなことを言いつつ、遠慮の欠片どころか分子構造の一端すらなく、おしるこを美味そうに完食している明日の自分の姿が容易に想像がつく。本日の教訓『出されたご馳走を食べきるのが礼儀』
2008年01月10日
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久々に居間の掃除をした。口を開けば片付けろと小言を何とかの一つ覚えの如くマシンガン連射しているだけあって、さすがに辟易したウチの親が正月休みの間に少しだけ片付けをしてくれていた。しかし、コタツをどけて床の敷物を取って箒で掃いて雑巾掛けをしてくれたわけではない。敷物の上には、固まったご飯粒やらポテチの破片やら髪の毛やら細かいゴミが積もっている。人に多くを望むのも無駄な事。人生の半分は諦観で出来ていると思い知るのは室内の掃除に臨む時に他ならない。テーブルの上に、リンゴが1つ。確か、昨年末に親が3つ入りのを買って来て、2つくれたっけ。残りの1つは妹どもでやると言っていた気がする。って、約2週間コタツの上に放置かよこのリンゴ。食わないなら最初から権利を放棄してくれればいいものを、見せびらかすようにテーブルの上に置きっぱなしにしやがって。人の好物何だと思ってやがるんだコラ。ニュートンの祟りがあるぞお前ら。見ると、リンゴの底の部分、コタツ天板に接していた部分は見るも哀れに萎びている。ますますもって許せん。コレがリンゴではなく児童だったら疑う事なき虐待の域だ。しかし、上半分はまだ硬さを残している。今なら、食べるに問題はないのではなかろうか。2週間放置して、しかも下がグダグダになりつつあるリンゴ。妹どもがそんな状態の代物に興味を示すような人間でない事は、身内である自分がよく承知している。コレは、本日の家内労働の報酬として有難く頂戴しよう。そんなわけで、下部3分の1の切断除去手術を施したリンゴはめでたく我が胃袋に収まる事と相成った。古くなり歯応えを感じられないほど軟らかくなったリンゴは嫌いだが、このリンゴはまだまだ美味しく味わえるレベルだ。リンゴも、食物としての天命を3分の2果たしたのでさぞや満足だろう。結論、ウチの家族にリンゴを食う資格はない。ミカンや干し柿でも食ってろ。本日の教訓『ウチの家ではリンゴは禁断の果実』
2008年01月09日
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人生という名の食卓にタラとレバーの献立が上ることはなく、セーブもリセットも効かない過酷なRPGゲームに似ている。ふと、考えてみる。仮定形ほど実生活において無意味なものはないと知りつつも、もし、あの時別の意見を言っていたなら今現在のこの状況はどうなっていたのか、と。妹その1が何か手作りの趣味を持ちたいと喚き出した時、ビーズ製作を薦めたのは他ならぬ自分だ。と、すると、現時点での状況に責任の一端があるのは不本意ながら否めない。認めよう。妹その1に対する認識が甘かったということを。ヤツは、一度ハマったら飽きるまで猪突猛進の暴走を続けるのだ。ビーズを始めると決心したヤツはまず本を買い、本に紹介されている東京のビーズ専門店に足を運び、「福袋を売っていた」と袋詰めになったパーツを買い込み、それだけでは飽き足らずに先日もまた別の福袋を購入し、最早何に使うんだかよく分からない困った意味で微妙な色合いのビーズやパーツや天然石が狭い室内に大量に犇いている。そして、中身が入っていた空袋がそこかしこに転がっている。正月早々全国各地のデパートに渦巻いていた買い物女子の妄執とよく似たオーラがウチの家で燻っているようだ。アイツは、買うと決めたら文字通り徹底的に買い込むのだと今更ながらに思い知る。年末のおせち用品売り場に並ぶ主婦以上に日常的金銭感覚が磨耗しているのだ。コレだけの品を揃えるのにどれほどの出費を見たのか。想像するだけで寒気すらしてくる。何気ない「ビーズ」という一言がここまでの収集振りに直結するとは言霊というものの恐ろしさを肌で思い知る気がした。もっと金がかかりそうな趣味を推さなくてよかった。本日の教訓『福袋、別名在庫処分品』
2008年01月08日
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食い散らかしや飲み残しだので埋め尽くされた衛生的とは対極に位置する小汚いウチのコタツを工房として、夜な夜な作り上げた妹その1の努力の結晶・携帯ストラップ作品群。その一部を本人に無断で紹介させていただこう。初期の作品。根元部分の大きなビーズが特徴の指を通すのに適した輪の部分だけのシンプルなデザイン。どちらもキャッツアイを多用。元ネタは、某女子向けゲームのキャラクターソング。『広い海と、一粒の涙』『幾千もの星と、たった一つの満月』このイメージワードだけで何のゲームの何という歌か分かった人は偉い、っつーかすごい。妹その1はこのゲームキャラの大ファンだったりする。更に進化したのがコレ。ローズクォーツとキャッツアイ。9ピンを用いた花のパーツで繋いだ鎖。桜をイメージしたこのストラップは、やはり某アニメソングの名前がつけられている。ヒント、少年ジャンプ系。答えが分かった人、おめでとう。残念ながら賞品は出ません。そして、新作。パールビーズとマザーオブパール、天使とクロスと羽根型パーツを組み合わせた天使のストラップ。天使が色違いで、下のクロスが別のモチーフのバージョンもある。技術もデザインも日々向上しているのが見て取れる。恐るべしB型人間の集中力。この他にもいくつかあるのだが、作る側から人にあげたりぬいぐるみにつけたりと本人の手元には不思議と残らないらしい。作った作品自体より、材料の買い集めや作る工程そのものに熱中しているようだ。ちなみに、何かくれと安直に言ってみたら3番目の桜のを容易くくれた。コイツのこの性格はウチの親に非常によく似ている。金にも物にも拘りがない、よく言えば気前がいい、悪く言えば無駄遣い大好き人間である。今現在、ストラップ以外のアクセサリーを作る予定は無く、当面ストラップばかりが増殖していく気配だ。ストラップ屋でも開店したらどうだ。って、その前に多分飽きるなコイツ。こんなお茶目な妹その1を、心の中で応援してやってください。本日の教訓『持つべきものは気前のいい家族』
2008年01月06日
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毎月第一土曜の朝は紙ゴミ回収の日だ。そのために昨日、部屋にある古雑誌の類をまとめて束ねていた。と。何の加減か右手薬指の先を紙でザックリ切ってしまった。紙で切ったにしては傷が大きかったのか割と派手に出血。紙ってのはホント凶器になりうるよな、必殺仕事人の武器になれるんじゃないのかと思いつつ、何か押さえるもの、と辺りを見回し。おお、いい物発見。先日親が購入した無印良品福袋に入っていた薬用消毒コットンが早速役に立った。今年は大した物が入っていないなと言ったの、撤回。無印、グッジョブ!さてさて。傷口に貼るべく絆創膏を探すが、どうも切らしているようで見つからない。困った。傷口全開でそのまま放置ってのも落ち着かない。再び辺りを見回し。おお、またもいい物発見。先日献血の粗品でもらった簡易救急セットがある。その中に絆創膏が…やはり入っている。情けは人のためならずたぁよく言ったもんだぜ。血を分け与えた報いが今ここでリバウンドで返って来た。献血、万歳!しかし。指先の絆創膏ほど汚れやすく取れやすいものはない。入浴や手洗い等で、すぐヘニャヘニャになってしまうので定期的に新しいものに取り替えなければいけない。今日帰宅して気がついたのは、新しい絆創膏を買い忘れたという事実。救急セットに入っている枚数などたかが知れている。現在、血は止まっているものの以前傷口はパックリと間抜けに口を開きっぱなしだ。それを覆わずに外気に晒すってのも何だかなぁ。絆創膏の在庫、あと2枚。明日は忘れずに買って来なくては。本日の教訓『備えあれば憂いなし』
2008年01月05日
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妹その2が友人宅から頂いてきたのはずしりと異常な重量を誇る和菓子らしき箱。開けてみると、乳白色の四角い物体と黒蜜の大瓶、きなこの袋。川崎大師名物『久寿餅』。おお。和菓子の中で一番好きなきなこ餅。しかも、正月太りを促進するかの如きこの満足サイズの重量。危険な香りがぷんぷんするぜ。それでもガッツリ食べずにはいられないきなこと黒蜜の絶妙な和の心のハーモニー。黄色と黒は勇気のしるしはちと古いか。妹2人は揃って微妙な顔。福袋を開けた瞬間ショッキングピンクの豹柄が出てきたような表情。妹その2の理由は分かる。コイツは和菓子系は好まない。特に和菓子の必要不可欠要素であるあんこを嫌っている。牛乳とアンパンを張り込みの友とするヒラ刑事に対する挑戦か。いや、でもコレあんこじゃなくてきなこだけど。和に属するものは等しく好かないのであろうか。一方の妹その1は対照的にあんこが好きだ。しかもつぶあんより、こしあん。つぶあんのタイ焼きやまんじゅうは邪道と言い張る懐の狭さを誇る。そんなヤツにとっては、きなこも守備範囲外であるらしい。食べられなくはないが、別にそれほど好きじゃない。あんこのほうがよかったのに。そう言いたげな面だ。結論。あんこが好きでも嫌いでも関係なく、きなこには興味がないらしい。あんまりきなこなめんなやワレ。そんなわけで、この重量級のきなこくず餅、親と2人で山分けと相成った。コイツがなかなか歯応えがあり、しかも結構腹に溜まる。しかも保存料を使用していない生モノゆえ、早いとこ食べきらなくてはならない。たくさん取り分があるのはいいのだが、食べすぎが即体重増加に直結する厄介な体質にとっては油断できない恐るべき魔性の菓子である。本日の教訓『洋菓子と比べれば和菓子は低カロリーと言い聞かせろ』
2008年01月04日
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突如一念発起しビーズストラップ製作に開眼した妹その1。年末の労働基準法クソ喰らえって感じの過酷な勤務を乗り切り、先月30日から今日まで5日間のつかの間の休暇を満喫していたそうな。「休みが欲しー、休みたい、っつーか休むよマジで。 休みになったらビーズいっぱい作るんだ」そんな情熱は超過勤務でナチュラルハイになったふやけた脳味噌が繰り出す現実逃避的な戯言と思いきや。本当に真剣に作り始めたよコイツ。コタツの上に、大量に買い込んで来たビーズやパーツを東南アジアの青果市の如くずらりと広げ、ここが食卓だという事実もお構い無しに真剣に製作を始める。傍若無人たぁまさにこのことだ。完全にコタツは工房の作業台と化してしまったか。一昨日、初売りに出掛けた時、ビーズショップの福袋があったので2000円と3000円の袋を1つずつ買って帰ってやったら、そのぎっしり詰まった内容ににんまりと至福の表情を浮かべた。気に入らなかった場合は適当に心のこもらない礼を言うだけだから、よほどお気に召したのだろう。しかも、それだけでは飽き足りなかったらしく昨日、妹その2と連れ立って出掛け、売れ残っていたその袋をまた2つ3つ買って来た。イメルダの靴コレクション並だなオイ。どんだけ買えば気が済むんだこの女。とにかく、妹その1は徹底したコレクター気質なのだ。何を始めるにも、まず収集から入る。子供の頃から、ゲームを始める前には必ず攻略本。出版社が違えば、当然発行されている全てを揃える。ゲーム自体は途中でやめてまた別の関連商品を集め始める。早い話、買い漁るという行為自体が最たる趣味なのであり、今はその対象がビーズなのだ。しかし。最初はピンを丸める作業工程1つに30分を費やしていたヤツも元来コツコツ努力の亀さんタイプのため、熱中して作り続けるうちに急激な進歩を遂げ始めた。金に糸目をつけない豊富な材料を武器に、現在進行形で次々と新作がこの世に生み出されている。値の張る天然石ビーズを多用し、なかなかに綺麗なのだ。金も物も惜しむことのない道楽者妹その1。そんな作品を眺めながら、原価に思いを馳せる姉とは似ても似つかない。本日の教訓『創作には経済力もある程度必要』
2008年01月03日
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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。って。単に昨日が今日になっただけで年号が変わった以外は何の変哲もない朝がやって来た。それでもテレビや街中の店からは雅楽の音色がエンドレスで流れ、正月という由緒正しきハレの日を懸命に主張しているようだ。さて。新年と来れば初詣&初売りの初タッグ。前者はともかく後者は新年を迎えるに当たっての心意気が試される闘いの場に赴く試練だ。今年一年の厄除開運家内安全交通安全学業成就商売繁盛その他諸々の祈りと共に本日の武運も願って駅前の地元神社にレッツ初詣。交通安全と海の安全がご利益の地元の神社の歴史は古いらしい。古代の人が海流で罪と穢れを祓い流すため神を祭ったのがルーツだとかで、主祭神は大山祇命(オオヤマツミ)。誰だよそんなの知らねーよという人には浅間神社祭神・富士山の女神此花咲耶姫の父ちゃんといった方が分かりやすいかもしれない。娘の方が有名なので、咲耶パパと呼ぼうか。その後鎌倉時代にはかの源頼朝が社殿を造営したとかで、国道沿いの狭い境内に生い茂る木は太く高く、ご大層な歴史の深さをそこはかとなく感じさせている。実は。そんな身近な神社の実は由緒正しい長い歴史を知ったのはつい最近。祭神の咲耶パパすら初耳。地元ケーブルテレビが発行してるタウン情報誌でやっと知ったのだ。あまりに不心得な地元住民に大山祇命様も肩を落としているだろう。しかし。本日朝9時ごろ訪れた神社には意外な光景が広がっていた。毎年この時間帯、参拝客はそれほど多くなく、境内に10数人いるかいないかで、数人待ち程度で鐘が鳴らせるってのに、今日は、少なくともその3倍の人間がずらりと列を作っていた。そりゃ、有名神社と比べたら行列のうちに入らない人出だが、例年の同時間帯の参拝状況と比較すると、明らかに激増。何があった地元神社よ。タウン情報誌程度でこれほど集客効果があるのか。別の有名雑誌か何かで特集でもされていたのか。新聞に折り込み広告でも入っていたのか。先着何名様かに特典でもつくのか。去年の参拝客の中に宝くじ億万長者でも出現したのか。順番待ちの間に色々妄想を膨らませたものの、全く持って真相は分からない。社務所で破魔矢と御守とおみくじ売っていて、甘酒のサービス(飲まなかったが)があって、例年と変わった点は別にない。ますます分からない。同行していた親が自分の見解を披露する。「いつも朝は空いてっけど、夕方は割と混むじゃん。 だからみんな時間をずらしてこの時間に来たんじゃないのか?」みんなで、一斉にか?ずらす意味全くねーじゃん。とにかく。地元住民が大勢参拝するのはいいことだ。開運お守りも破魔矢も買ったし、咲耶パパこと大山祇命様。今年も一年御加護をお願い致します。本日の教訓『遠くの有名神社より地元の神様の方が、住民にとって何となくご利益がありそうな気がする』
2008年01月01日
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