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遂に予測していた最悪の事態に陥ってしまったようだ。買い物市場を突如混乱の渦に巻き込んだバナナタイフーンは食卓の友として最も身近な果実を根こそぎ奪っていった。今朝食べた1本で、ウチのストックは尽きてしまった。本日仕事帰りに立ち寄った店にその黄色い猫背の姿は見当たらなかった。つまり、明日の朝食はバナナ抜きってことになる。毎日バナナ1本をヨーグルトに混ぜて食べるのが習慣だった。四季を問わず大抵容易に入手可能だったバナナ。そんな果実がこのような形で店頭から消えるとは、半月前までは考えもしなかった。飽食時代の現代において庶民の味が品薄になるこの皮肉。これぞそんなバナナ。さし当たって明日の朝食デザートはどうするか。冷蔵庫を開けてみる。そこに燦然と輝くのは宝石の粒が群れ集まったような形状のウチの親の故郷Y県が誇る名産品・葡萄。数日前親戚宅から送られてきたありがたい救援物資だ。…葡萄の効能って何だ?ワインには確か、ポリフェノールが豊富に含まれていると聞く。となれば、その原料たる葡萄も健康にはよいはずでなかろうか。いや、それに加えて不孝者を思う親戚の真心が込められている分数値化は出来ないような栄養素も含まれてるんじゃないのか。そういうことにしておいたほうがきっと長生きが出来そうだ。おし。明日の朝食には葡萄を食べよう。葡萄にもダイエット効果があると誰かテレビで報じてくれれば尚嬉しい。本日の教訓『バナナがないなら葡萄をお食べ』
2008年09月30日
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ウチの2代目パソコンには、そろそろ寿命が近づいている気がする。購入したのが2002年の11月だから、もうすぐ6年。知人に言わせればノーパソで5,6年ってのは割と長持ちの部類に入るそうだ。基本的に『もったいない』で人体の半分が構成されている人間。新しいモデルが出ても買い換えようという気は特に起きず、壊れるまで使い倒そう、いや添い遂げようと思って早6年弱。1年半ほど前、突然の故障という大きな危機に見舞われた以外は特にセポートセンターに差し迫った電話をかけて受付の担当者を手こずらせることもなく平穏無事と言っても差し支えないPCライフを共に歩んできた。しかし、修理に出した時に受けた『ハードディスク内から異音がする』という買い替え推奨の報告は配偶者に不貞を犯された既婚者のように心に消えない黒い染みを作った。確かに、起動中のパソコンからは時折キシキシと胃潰瘍といわれたけど実は胃癌なんじゃなかろうかとの猜疑に近い不安を掻き立てるような音が聞こえる。ついでに起動もシャットダウンも異常に遅く、『このプログラムは応答してません』表示なんてザラである。一緒に駆け回った仔犬が老犬と成り果てて死期が迫ってゆくように確実にパソコンは老いの一途を辿っている。そこで、そろそろ買い換えようと重量級の関取や行政の対応以上に重い腰を上げた次第。確か5年半使用した初代パソコンも、不調を感じてこの2代目を購入した数日後本格的に壊れたっけ。壊れたら最後、データの移送が困難となるのが怖い。残された時間はあとどれくらいだろう。君と過ごした時間は確実に世界を広げてくれた。DVDドライブも付いてなく、外付けを購入する羽目になった君だけどそれ以外は本当によく働いてくれたと感謝してる。こうしている間にも君の内部から軋むような微かな音が聞こえる。勝手だよ。このままじゃダメになるって思いながらずるずる惰性でつきあい続け君との決別の心積もりが出来たら出来たで一緒に過ごした時間のことを繰り返し思ってしまうんだ。って、どこの別れ話だよ。本日の教訓『壊れる前に買い換えろ』
2008年09月28日
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公共電波による影響力は絶大で、スイーツ目指して規則正しく行進していた蟻の行列でさえCMに入れ込んで激辛スナックに熱狂するくらいだ。かつては昼のバラエティ情報番組で取り上げられたココアや寒天などが放送直後のスーパーの陳列棚から姿を消した。人間考えることは大差なくついでに長続きしないってのも共通認識だ。朝にバナナを必ず1本食べる習慣は延々と続いている。四分割できるサイズのヨーグルトを器に開け、グラノーラを少々加え、バナナを一口大にちぎって加える。ゴマと刻み海苔をトッピングした納豆ご飯の後でこれを食べるってのが朝食の定番と言うか既にほぼ日課だ。毎日同じメニューにも飽きないのは貧乏性のなせる業か。その日課を脅かす影がちらついた。数日前、テレビで女性芸人のダイエット特集が放映され、朝バナナダイエットで7キロ痩せたと取り上げられていたそうだ。ウチの会社でもそれを観て早速実行してみることにした人物が存在する。このダイエット法の本は立ち読みした記憶がある。確か、朝食はバナナのみ、ただし本数は無制限、それに加えて常温の水を飲むだけで、昼と夜は特に何を食べても構わない。これまでのバランス重視や夕食を軽くするダイエット法とは全く異なる発想の画期的なお手軽ダイエットだ。朝バナナダイエットそう、お手軽。恐らく同時に紹介されたどの方法よりもこれが最も手軽で簡単で実行しやすかったことは想像に難くない。嫌な予感がした。駅のすぐ側にある小さなスーパーはいつでもバナナ1房100円で販売しているので、帰宅途中ここに立ち寄ってバナナを購入することにしている。1房4本か5本ついているので、週に2度ほど買えばまにあう。最後の1本を食べてしまったので買って帰らねばと思い店を覗くと案の定いつもある場所にバナナの姿は見当たらない。そう、朝食に食べるバナナの本数は制限がないのだ。1本程度じゃ腹の足しにならないのは自明の理。1房のバナナなど2日あればなくなるのは想定内。そして、テレビを観てこれなら自分にでも出来ると思った人間の数は恐らく3人に1人はいるんじゃなかろうか。かつて捏造報道にも拘らず納豆がバカ売れしたように今回バナナが店頭から消えることは最早必然だったのだ。ある食材が健康や痩身に効果的だともてはやされると定期的に購入している人間は大いに迷惑すると身を以って悟った。まぁ、確かに朝バナナダイエットを実行してみたいという気はないわけじゃないけどさ。ほら、もうすぐ健康診断も近いことだし。溺れる者は藁どころかバナナの皮だって掴むのだ。本日の教訓『結局はいつ何を食べたら痩せるのか確実な答えはない』
2008年09月24日
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その文庫本を読んだのは確か高校の図書室でだったと思う。中学の教科書に掲載されていた作品が収録された『ボッコちゃん』は星新一作品の中では最も早い時期に読んだような気がする。湖の中から釣り上げた悪魔。美女の姿を模した酒場のロボット。底が知れない深い穴の利用法。記憶の地層の底の方に眠り続ける短い物語の数々はページを繰るたびにおぼろげな輪郭線が鉛筆で濃くなぞられていく。公開を控えた映画の原作マンガに、盗作疑惑が浮上している。その話題が上るまで、遥か昔に読んだショートショート作品のことは綺麗さっぱり忘れていたため、改めて書店で『夏の100冊』にも選ばれた名作級の文庫本をパラパラ開いてみる次第。ボッコちゃん改版『ボッコちゃん』収録の『生活維持省』。美しく平和で満ち足りた国家を維持するために生活維持省に勤務する役人は無作為に選抜された国民を間引いていく。役人たちは国家の犠牲となる国民リストであるカードを手に町へと繰り出していく。誰かの理不尽な死の上に成り立つ幸福な生活を守る社会の密やかな狂気を孕んだ矛盾の話。…。確かに、これはよく似ている。名称少し違うだけで基本設定ほぼ同じじゃなかろうか。ただマンガの方は、その土台を元に残された時間を生きる良質な人間ドラマとなっているらしく、その視点から見れば全くの別作品だろう。機会があれば読んでみたいものだ。ただ、正気かよと思ったのがマンガ発売元出版社のコメント。作者も編集者たちも、星新一氏のこの作品は未読だそうだ。編集者って職業は相当な読書家だと信じていた。しかも、教科書に作品が掲載されるような有名な作家の代表作ともいえる本を読んだことがないとは言い訳や冗談にしちゃあまりに性質が悪いし仮に本気で言っているのだとしたらあまりにレベルが低い。食料品偽装がメディアを騒がせているこのご時世に文化作品まで不名誉な話題が飛び交うってのは当たり前と言えば当たり前だが薄ら寒さを感じる。星新一氏が描いたドライで不条理でブラックユーモアが蔓延する世界、それは今此処にある世界そのものじゃなかろうか。本日の教訓『名作と呼ばれる作品は年月を重ねても新鮮』
2008年09月21日
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思えば昨日の日中は、本当に台風が接近しているのか半信半疑だった。原付の法廷速度より遅いスピードで列島を西から東へ走る台風13号が本当に関東地方を目指して東征を企てているのか窓の外の電線の揺れ具合を見ると極めて疑わしかった。このかつての社会党張りの牛歩戦術を貫けば関東の雨の脅威は土曜はおろか日曜日まで残るのではないか。帰りの電車のアナウンスが翌朝の台風の影響を懸念して強風によるダイヤの乱れる恐れを呼びかけている。通勤の足の危惧に何も感じることがなかった理由はただ1つ、久しぶりに20日の土曜は休みが取れる予定だったからだ。朝の台風と大雪に苦悩するのは出社日であり堂々と寝坊が出来る休日が嵐で始まってもさほど痛痒は感じない。むしろ出社の面子に対する低レベルな優越感すら覚える程度だ。イッツエゴイズム。死んでも恐らく極楽には行けまい。あ。第三土曜日は紙ゴミ収集の日ではないか。家の外には、主に妹どもが溜め込んだ大量の古雑誌の山が回収に出される時を待って風雨に耐えている。これを来月の次回収集日の第一土曜まで置きっぱなしにするのは非常に邪魔臭い。しかし、台風の日に誰が好き好んで自宅とゴミ捨て場を重い荷物を手に何往復もしたいものか。それさえなければ延々と風雨が外界を蹂躙する様を尻目に布団の中でまどろみを続けているものを。で。今朝の空は台風一過とまでは行かなくとも少なくとも風も雨も太平洋沖に走り去っているような秋の色。悪天候の朝の惰眠の夢と日常生活上不可欠のゴミ捨て日課。叶ったのは後者の方だった。ずしりと指に食い込む紙ゴミの束を抱えて往復すること7回。とりあえず早々と立ち去ってくれた台風13号に感謝の意を送る。次の台風よ、来るならゴミの日以外の休日に来てください。本日の教訓『ゴミ収集日に朝寝坊はするな』
2008年09月20日
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チロルチョコにおいてコーヒーヌガーと肩を並べる定番乳白色のクリームもなめらかなミルク味。白地に牛柄を模した黒のブチ模様は全部で10種類あるそうで、そうと知ったら集めたくなるのは人の世の常、マニアの体に流れる熱い血潮が無駄にたぎる。毎度変わらず情熱の使い道を誤った人生。新たな柄を探しこの手に入れようと立ち寄ったコンビニの菓子コーナーの前で、ふと動作が停止する。お使いを頼まれた直後に用件も聞かず財布も持たず猛然と走り出した慌てん坊が1丁目の角で気が付いて引き返すようにはっと我に返る。ミルクの柄は10種類。自宅には、既に数種類が保管されている。ここで大問題が発生する。ウチにあるのは、どの模様だったのであろうか。こうしてみると、明らかに黒ブチが占める箇所は異なるはずなのにどれもこれもミルクという大分類で大まかにくくられて校則の厳しい女子高の朝礼のようにみんな同じように見える。ウチに帰って、持っている模様を書き出して、それ以外の模様を探さなくてはなるまい。そして何も購入せずに店を出る。目的を達成するに当たって何より肝心なのは計画性であり成り行き気まぐれ思い付きをモットーとする適当人間にはコンプリートの道程は前途多難と言える。本日の教訓『キャッシングとコレクションは事前の計画が肝心』
2008年09月18日
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最近おっそろしく時間の流れが速い。昨今の食料品価格高騰の余波が一介の中小企業たるウチの会社にも雨の日に道路の端を歩いていて横を通る車に飛沫をかけられる程度に降りかかってくるため正直かなり慌しい。仕事仕事に追いかけられて気がついたらあらもう終業時間。肌同様人生にも潤いが足りていない気がする。ついでに休日もあっという間に終わる。ちょっと外出して帰ってきたらおやもうこんな時間。楽しい時間はあっという間に過ぎるってのは相対性理論を恐ろしく単純に分解した表現だが特に可笑しくも楽しくもない日常がこんなにも早いってのはどういうワケだアインシュタイン先生。読みたい本が積み上がったまま、やりかけのゲームは中断しっぱなし、観たいDVDも開封しただけの状態、しなきゃならない掃除もうっちゃったきり。って、それはただのものぐさだろう。で。ここにもストレス社会に倦み疲れ心折れそうな珍獣が一体、象と仏教と微笑の国タイへ国外逃亡を図ったようだ。ドアラの休日 げんじつとうひ、してみました。…羨ましい。つか、早く再生して観たい。ドアラ、君だけ現実逃避ってのはズルすぎるよ。明日になればまた長い一週間が幕を開ける。ウチの会社に祝日公休と言う概念は存在しない以上いつも通りに定時に目を覚まして休日ダイヤの電車に乗って出社。当たり前の日常は限りなく貴重でありながら同時に贅沢極まりない鬱陶しさを含んでいる。今度の休みは土曜日。この長い5日間を乗り切ったら、タイの君に逢いに行くよドアラ。…つか掃除しろや。本日の教訓『買った本やDVDは後回し』
2008年09月14日
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ジョージと聞いて、誰を思い浮かべるだろう。キュリアス、ワシントン、ルーカス、はたまたタカハシだったりヤマモトだったり、ちょっとマニアックなところでアベってのもありだ。しかし、チロルチョコファン、通称チロリストにとってのジョージと来れば、アーモンドのパッケージに描かれている彼こそがジョージなのである。これはジョークでも何でもなく、あのちょっと米国国旗っぽい赤白ストライプと星をあしらったパッケージに描かれた擬人化したアーモンド、そのキャラの名前がジョージという公式設定なのだ。そのジョージ、コアラのマーチに眉毛コアラがあったりプチプチにハート型が混じっていたりするように、100個に1個の割合でレアパッケージが混ざっているそうだ。見つければ幸せになれるという都市伝説はついぞ聞いたことがないが。30個入りのバラエティパックを何の気なしに手に取る。袋は透明なので中身が透けて見える。レアジョージ、いるかな。バラエティパックの中にアーモンド味は5個。単純計算でいくと、20袋の中に1個はレアが入っているはずだがそうは簡単に見つからないだろう。って、あったよ、2袋目で。速攻レジに走ったのは言うまでもない。で、どこら辺がレアなのかってと、ジョージがピースしてるんだな、右手で。上がレア、下がレギュラー。あ、そこ、くっだらねーってツラすんな。確かに眉毛コアラに比べて知名度は果てしなく低いしそもそも彼がジョージって名前なんて限りなくトリビアネタだがそれを発掘した時の喜びってのはメガサイズ級だ。惜しむらくはこの喜びを共に分かち合える、つまりはチロルチョコを愛して止まない同志が周囲にいないことだ。食玩フィギュアを大人買いの時代にチロルチョコの包み紙をちまちま集めるこの侘び寂び精神が何故ウチの家族には解らんのだろう。ま、家族全員でチロルにハマっていてもそれはそれで気持ち悪いかもしれんが。本日の教訓『レアは見つけただけで幸福になれた気がする』
2008年09月10日
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図書館で本を選んでいる時、買い手市場を実感する。いや、読みたい本が予約で半年待ちの現実があるがため完全なる買い手市場ではないものの、何冊もの興味を惹かれる背表紙の中から取捨選択を繰り返しては数冊を厳選していく作業にはそこはかとない優越感を覚え、またこの程度で満ち足りる人生の安直さに嘆息したりする。今日選んだのはこの4冊。浅倉かすみ著『肝、焼ける』あさのあつこ著『福音の少年』青井夏海著『雲の上の青い空』青木和雄 吉富多美著『ハッピーバースデー』んんん?よく見ればみんな著者名が『あ』で始まっている。背表紙下部に貼られた分類ラベルは全く同じ『913.6 ア』。しかも、1冊予約待ちの本も順番が回って用意されていた。有川浩著『別冊 図書館戦争1』また『913.6 ア』だよ。ラベルがポーカートランプだったらファイブカード決まってるぞ。浅倉、あさの、青井、青木、有川。何だこれ、出席番号か。『あ』で始まる苗字がここまで揃うってのもなかなかすごいな。普通の学級じゃ滅多にないぞ。レアだと思うと何となくありがたみが湧き出るのは人間性の卑小さのなせる業か、この5つ並んだ同じラベルが何となく可笑しくなってくる。今日『あ』がラッキーナンバーならぬラッキーワードじゃなかろうか。そしてこの程度の文字配列に嬉々とする、どれだけ自分の人生はおめでたく出来ているのだろうか。本日の教訓『身近な偶然で幸福感を感じられる幸福もある』
2008年09月09日
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収集癖というものは誰しもある程度持ち合わせてはいるものだろう。しょーもないものを集めるのが大好きな困った性格は人生観が根こそぎ変わる危機体験でもしない限りそう簡単に直る代物ではないようだ。雀百まで踊りを忘れずといった諺が仮に正論なら鳥類より遥かに寿命の長い人類は恐らく死んで来世に生まれ変わってもその性質に変化はないと思われる。箱。その立方体乃至直方体のオブジェのどの辺りにそこまで心を惹きつけて離さず一本釣りするような引力が備え付けられているのか定かではない。ただ、それを捨てるということは中身を処分する以上の決断が要る。箱を捨てる、ただそれだけの単純極まりない行為をそこまで躊躇させるのは何者による圧力だかよく分からない。前世は産業革命時代の箱工場の工員だったのだろうか。いや、それだったら箱などもう見たいとも思わないだろう。となれば世界の箱を収集する夢に生き志半ばで倒れたマニアックなコレクターかもしれない。坂本竜馬や源義経の生まれ変わりと言われるよりよほど信憑性がある。何故だろう。可愛らしい菓子の箱ならともかくサーモマグや脱毛器の入っていた箱まで捨てずに折りたたんで取っておく必要があるのだろうか。側面の注意書き部分がそこまで大事なのかはたまた単に箱という形状だけで捨てるのが惜しいのか自分でもよく分からない。人生には分からないことが多すぎるが敢えて解決する気力もない。こうして、自分の部屋には無駄に箱が増えていく。本日の教訓『不用品は捨てた方が部屋は広くなる』
2008年09月07日
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チロリスト。それはチロルチョコに心を奪われた者の通称。つか勝手に作った造語なので恐らくどの辞書にも掲載されていない。たった今の話だ。いい気分で風呂から出てきて、つけっぱなしのテレビにふと目をやり、呼吸が一秒止まった。そして真剣な目で画面を食い入るように見つめる。そこから何も言えなくなるのはもう自然の摂理。其処に映っているのは、ファイルを手にしたスーツ姿のオッサン、いや、森永卓郎氏。彼は自らのコレクションたるチロルチョコの包み紙を披露しその美学について熱く語っている最中だった。思わぬ所に同志が存在した。否、同志などとはおこがましい、つい最近包み紙を収集しだした若輩者ゆえ、彼は偉大なる先達者である。森永氏はあのガチャピンとムックのパッケージを示し、3センチ角の世界に込められたデザイナーの魂を熱く語る。解る、解るぜ先輩。あの包みのスタイリッシュなデザインのセンス、買わずにはいられない魅惑のオーラを放ちまくってるよ。しかし、社会はチロリストに冷たい。スタジオ内で森永氏に賛同するものは殆ど存在しない。そこで悟る。チロリストとは、社会におけるマイノリティに他ならず、その行動理念も美的感覚も大多数の常人には理解し得ぬものだと。いや、そんなに変じゃないだろう。昔から切手や瓶の王冠コレクターってのは確かに存在していたし、それらも価値の解らぬ人間から見ればゴミ同然なのだ。他人にとっては単なる菓子の包み紙でもチロリストの目にはそれは芸術と映るのさ。森永氏は更にコンビニで新作チロルを買い求める際の緊張感とそれがもたらす幸福感を説き、それにいちいち大きく頷いてしまう賛同者が此処に居る。きっと今全国の視聴者の中に、同じ思いを抱えて氏に対する好感度を急上昇させた人間は少なからずいるはずだ。森永氏、数日前からローソンで売ってる限定チョコバナナ味、パッケージ全10種類箱の中を漁るようにして買っちまいましたぜ。きっと貴方も何処かのローソンで同じ動作をしていたのでしょう。でも員目線から見ると、ちょい笑える光景ですねコレ。本日の教訓『万国のチロリストよ団結せよ』
2008年09月05日
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一昨日の夕方。会社の最寄り駅から、家と反対方向の列車に乗る。いわゆる寄り道である。しかも駅前の図書館とかダイエーとは違い、大きく日常生活圏を逸脱した遠出。この途中で不慮の事故に遭遇したとしても労災対象にはなり得ない。目的地は東急ハンズ。そう。日曜に欲しいと思っていた例の商品を購入しに行くのさ。欲しいものを買う時、とりあえず悩むことにしている。これは本当に必要か。似たようなもの持ってるんじゃないか。マジで使う気はあるのか。そして何より、買う金あんのか、と。様々な思考計算思惑打算脳内でひとしきり鳴門のように渦巻いて、大抵の場合は一応諦める。で、後で「買っときゃよかった」と無念にうち震えるってのがお決まりのパターンなんだな。限定のチロルチョコみたいに。今回の場合も、考えた。帰宅途中も家に帰ってからもしぶとくしつこく考えた。欲しい、むしろ以前からこんなのが欲しいと思っていた。バーゲン商品だから、それ過ぎに買うとなるともうちょい値が張る危険性が生じる。メッセ最終日の水曜は仕事が入っているので、仕事帰りに買いに行くしかなかろう。そして決断。翌月曜の仕事帰りにネオン煌く西口繁華街へ繰り出したってワケさ。購入したことに対して後悔は殆どしていない。必要だと思ったものを買った。わざわざ日常を飛び越えるような経路で荷物を抱えて岐路に着くのも疲労は感じるものの新鮮で悪い気はしない。唯一、心から悔やむことがあるとすれば、この月曜リベンジに費やした電車賃往復480円だ。図らずも日曜に購ったブラシと同金額である。さっさと即決していればよかった。480円あれば、何か買えたか何が食えるか。本日の教訓『買うは一時の損、買わぬは一生の損』
2008年09月03日
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