今回のChamoyさんの日記を読むまで、日本人のドミニカ共和国への移住があったということを恥ずかしながら知りませんでした。これからリンクされたページをひとつひとつ周ってみます。私自身まだドミニカ共和国には行った事がありませんが、ハイチ人、ドミニカ人との付き合いの中でいかにドミニカ共和国がまだ発展途上であるか、助けが必要であるか、というのは聞きます(特に農村地で)。(ハイチは特にひどい状況ですね。去年のアリスティード大統領に対しての暴動もすごかった)そんななかハイチ国境沿いの何もないところで歯を食いしばって生き抜いていったという日本人移民の方達は本当に尊敬に値します。

そして記念碑の「未来を開く子孫よ 我らが老骨を礎となし 誇りある日本民族の血を以って限りなき発展を図り 君らが母国 ドミニカ共和国の繁栄に寄与されんことを願う」という言葉。胸に響きました。私も日本人である事を誇りに思います。

今回このような日記を書いていただき開眼させていただきました。ありがとうございました。大変勉強になりました。

chamoyさんは女性の人権運動にも興味があるのですよね。そういう問題を捉えて重要視していくそのお姿とても素敵だと思います。実は私は子供の人権保護に興味があり以前からいつかまとまった休みが取れたらハイチかドミニカ共和国の孤児院でボランティアをしてみたいな、と思っているのです。まあハイチは今大変治安が悪いようなので周りに止められますが。毎年ハイチから2千人ほどの子供がドミニカにchild slaveryとして送られるとも聞いたことがあります。これはドミニカ共和国ではどのように受け止められているのでしょうか?いつかまた機会が訪れたらChamoyさんにアドバイスを頂けるとうれしいです。 (2005/10/11 03:24:11 PM)

CIELITO LINDO

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chamoy @ メキシコより にかまんたさん こちらこそ、ご無沙汰で…
にかまんた @ Re:いよいよメキシコへ!(07/29) おお~姉さん。 ご無沙汰しております。 …
chamoy @ こちらこそ! おお!シンプィさん!こちらこそ、ご無沙…
シンプリィ @ Re:いよいよメキシコへ!(07/29) ついにメキシコですね~~!! ・・・ご無沙…
Emi@ はじめまして☆ 私も実はパトロンを探しているんです!音…
2005/10/11
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カテゴリ: ドミニカ共和国
ドミニカ共和国に日系移住が行われたことを知っている日本人はほとんどいないと思う。そもそも、日本人にとってドミニカ共和国はどこにあるのかすら知られていない縁遠い国なのだと思う。

公私共に日系人とかかわってきた私は2003年にドミニカ共和国に赴任が決まったとき、不思議な縁を感じた。
ドミニカ共和国には1999年に一度行っていて、そのときも偶然知り合った日系人の家族が私の友人の生徒さんの家族で、その縁でとてもお世話になった。ある地方都市に住むそのご家族は移住して成功された方なのだけど、サントドミンゴまで送っていただいた車の中で移住してからの苦労話を伺った。といっても湿っぽい話ではなかったけど、その語り口の明るさとは裏腹にきっとものすごい努力をされたのだろうと、どこまでも続くバナナ林を通り抜けながらそう思った。

ドミニカ共和国への日本人の移住は1956年に始まった。つまり戦後移住で、他のラテンアメリカの国々への移住が100年前後の歴史を持つところが多いことを考えると、来年50年を迎えるドミニカ共和国の日系移住はその約半分の歴史と言える。つまり、そんなに「昔」の話ではない。

そして、この移住政策の失敗は「昔」のことではなく「今」現在も続いている。その経緯に関して私が長々とここに書くより
こちら を読んでいただいたほうが早いと思う。

また、 こちら はとても詳しく調べてあります。
私が実際にお会いした移住者の方々や移住地の写真が出ているので、懐かしくなってしまった。

また書籍も何冊か出ているので機会があればぜひ読んでいただきたいと思う。逆に、ここには自分が体験したことや思ったことを少し書いておこうと思う。

ドミニカ共和国に赴任してしばらくしてかつての移住地に行ったことがある。南西部にあるその移住地・・・期待と夢を持ってそこに移住した日本人たちを待っていたのは耕作にまったく向かない土地。事実、私が言ったときもドミニカ人が「もう3ヶ月も雨が降っていない」といっていた。
そこはドミニカ共和国内でも「忘れられた土地」のようなところで、何もない。おそらく数十年前と今もほとんど同じなんじゃないかと思う。
正直、私は1日でもここにいろ・・と言われたら嫌だな・・と思うようなところだった。当時のことを覚えているドミニカ人いわく、そこに3ヶ月ほど移住者たちはいたそうだけど、それぞれ他の土地へ移って行ったそうだ。

また、ドミニカ共和国の最初の移住地DAJABONに移住した第一陣の日系人にもお世話になった。この方は今は別の街に住んでいるのだけど、淡々と当時の状況を話されるのが印象的だった。
この方もおっしゃっていたが、当時のドミニカ共和国への移住は他の国への移住より条件がよかったので、審査も厳しかったことや、トルヒージョの独裁政権時のほうが待遇がよかったこと、DAJABONには当時うなぎがたくさんとれる川があって、移住者でたくさんとったことなどいろいろなお話をうかがった。

その移住の舞台になったDAJABONには今でも数家族の日系人が住んでいるし、日本語学校もある。
ドミニカ共和国には日系人のための日本語学校が数校あるが、すべて日本語学校運営委員会に所属している。すなわち、サントドミンゴ校を中心に全部分校と言う形になっている。これは多分、ほかのラテンアメリカにはないドミニカ共和国だけの独特の運営方法だと思う。
数ヶ月に一度日本語教師の研修会があって、今はサントドミンゴ校でしかしないその研修会だけど、以前は各分校が持ち回りで開催していた。
私は日系日本語学校の教師ではないので、基本的には参加できないのだけど、いろいろお付き合いさせていただいていたので、このDAJABON校で開催されたとき、参加させていただいた。

そのときの様子は こちら

このDAJABONはハイチとの国境の町。こんな辺境にかつて日本人が入植し、今でもその師弟が住んでいる。
日本人墓地へも行ったのだけど、そのとき、その墓地におばあさんのお墓があるという日系人の姉弟がいた。そのおばあさんは若く亡くなっているのでもちろん一度も会ったこともないし、彼らはDAJABONに来るのも初めてだといっていた。でも、ずっとおばあさんに会いに行きたいと思っていたそうで、お墓の前で感慨深い表情で佇んでいた。

ここには日系移住の記念碑がある。
そこに書いてある言葉にとても感銘を受けた。

「未来を開く子孫よ 我らが老骨を礎となし 誇りある日本民族の血を以って限りなき発展を図り 君らが母国 ドミニカ共和国の繁栄に寄与されんことを願う」

ドミニカ共和国での移住者の中でとりわけ私の記憶の中に強く残っている家族がPEDERNALESと言う別のハイチ国境の町に住んでいる。
移住とは、日本人であることは、日本語を学ぶことは・・・こんな辺境の日系人はおろか日本人すら住んでいない街で到底できないような努力をされている家族です。そして、今の日本人はもう、もっていないような何かとても純粋な気持ちをもってらっしゃる姿が忘れられない。

ドミニカ共和国への移住は完全な失敗だった・・・かもしれない。
たくさんの方が失意の中、日本に帰りたくても帰れず他国に再移住したり、自殺したりしたことは事実で、今も日本国を訴えた裁判は終わっていません。移住者の中でも意見が分かれ、対立も生まれてる。
ただ、私はそれでもドミニカ共和国で生き抜いている多くの移住者を見てきた。中には成功を収めた方、これから成功することを夢見てあきらめずにいる方。

大切なのは「今」の日本に住む私たちが、かつて「棄民」と呼ばれた人々がドミニカ共和国にいることを知ることだと思っている。
縁あってドミニカ共和国に住んでいた私は、移住者たちのことを可能な限り伝えていきたいと思っている。

このことを書くことで、私の中のドミニカ共和国での時間にひとつの区切りができたように思う。

このブログを続けてきた集大成かな。そんな風に思います。






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Last updated  2005/10/11 02:02:03 PM
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ありがとうございます。  
Merengue  さん

今、  
Merengue  さん
リンク先を見てきました。これから出版されている本も読んでみたいと思います。

そして2回ほど間違えてコメントが送信されてしまったようなので削除していただけるとありがたいです。 (2005/10/11 03:36:20 PM)

ドミニカ共和国とハイチ  
chamoy  さん
Merengueさん
ありがとうございます。確かにドミニカ共和国への移住政策は失敗であったし、国の移住政策のずさんさへの正式な謝罪などは必要だと思うのですが、ドミニカ共和国に根付いてがんばっている日系人のことも忘れないでほしいな・・というのがあったんです。と言うのも、どうも日本のメディアでは「悲惨さ」だけを強調したがる傾向があるので。「悲惨さ」は確かにあったのですが、それだけではないように思うのです。
ドミニカ共和国での援助ですが、こういってしまうとなんなのですが、個人的にはドミニカ共和国には従来どおりの援助はさほど必要ないと思っています。もちろん、改善されないければならない部分や援助を必要としている人たちもいるのですが、ドミニカ共和国に限らず従来の援助では効果はでない・・と思います。あと、誤解を生む表現かもしれないですけど、ドミニカ共和国は決して「貧しい」国ではないのです。問題なのは「そこ」ではないのですよね。それよりも何よりも深刻なのはハイチです。私はハイチは国境を越えて少ししか行ったことないのですが、ハイチに行ったことのあるフランス人の友人いわく「ハイチには希望がない」・・この言葉が表すように本当に悲惨極まりない状況です。ハイチこそ援助の必要な国だと思いますが、まだまだ治安上ボランティアなどで行くのは難しいですね。
子供の人権問題ですが、ストリートチルドレンの問題にも少しかかわっていました。ドミニカ共和国はあまりストリートチルドレンの問題はありません。
それよりもメキシコは深刻な問題です。この話はまた別の機会にでも書きたいと思います。
私が仕事でお邪魔したストリートチルドレンのNGOはボランティアを歓迎しているので、もし、メキシコシティーに行かれるようなことがあればそこを訪問されることをお勧めします。
長くなりました・・たまにはまじめな話もする私でした(笑)。 (2005/10/11 03:48:51 PM)

新聞で・・・  
Mammy_Yankee  さん
ドミニカへ移住した日系移民の小さい記事が載っていたことがありました。移民っていうシステムって何が目的だったんだろう・・・、自国民を騙す(正しい表現か分からないけど。)ことを政府がしてきて、それを放置してきたことも理解できませんでした。
誇れることは、そんな環境の中でもたくましく生き抜いた人たちが、日本人の血をひいているということです。 (2005/10/11 08:04:06 PM)

移住政策  
chamoy  さん
Mammy_Yankeeさん
今回の日記の中のリンク先にも少し書いてありますが、やはり貧しかった日本は海外に出て行かなければならなかった時代があったのだと思いますし、また、移住政策そのものが全て失敗だったわけではなく、また多くの人に必要とされていたことも事実であったことを付け加えておきます。
移住者の多い出身地をみれば、日本国内の低開発地の状況は今も尚、根本的には変わっていないのではないかとも私は思います。
話は戻りますが、実は移住政策はつい最近の90年代まで国の事業として行われていたんですよ・・。
昔の話ならともかく、バブル絶頂期にも税金使って日本の若者を送っていたんですよね・・。ま、中には現地に根付いた方もいらっしゃいますが。今後の日本へ移住(定住)してきている人のことも考えていかないといけないでしょうね。 (2005/10/11 08:26:55 PM)

Re:兵どもが夢の跡2 「棄民と呼ばれた人たち」(10/11)  
「ハルとナツ」を見ながら、大学の時ちょっと興味を持って調べた日系移民史のことについて思い出していました。でも、ドミニカ共和国の移民についてはまったく知らなかったのでChamoyさんのお話でやはりとても大変なものだったということを知り、今の日本反映の裏にはそういう人たちの存在があるということを忘れてはいけないなと改めて思ったのでした。
中南米の日系人というと「出稼ぎに来ている人」としか思い浮かばないのはほんとに歴史の残酷さを思い知らされます。太平洋戦争が無かったらまだ救われたかと思うと平和の大切さも身にしみます。

『ハルとナツ』のドラマを見た理由は『日系人がテーマだった』こと、『翼君が出るから』というのが半々だったのが正直なところですが、思わず学生時代いろいろ考えていたことを改めて思い起こさせてくれるきっかけになってくれたいいドラマでした。 (2005/10/11 09:42:33 PM)

Re:兵どもが夢の跡2 「棄民と呼ばれた人たち」(10/11)  
luna さん
実は汎米研修でダハボン校の向井先生と御一緒したんです。日記読ませてもらいましたけどchamoyさんもお会いになっているのでは?

そこでたまたまバスか何かでお隣に座る機会があってほんの少しでしたけど、お話を聞くことができました。
少ないお言葉の中にも本当に辛い体験をされてきた様子が伺えました。
戦後の日本に生まれ何の苦労もなく親に守られくらしてきた自分とはかけ離れた境遇からきてらっしゃる、そんな印象でした。

リンクを読んでもう少し詳しく知る事ができてよかったです。あの時も自分に知識があればもう少しお話相手になれたと思うんですけど、もう遅いですね。

訴訟は難しい問題ですね。
日系の方々が日本政府を恨みながら一生を終わると言うような事がこれ以上続かなければいいんですけど。
(2005/10/12 02:25:18 AM)

日本の芸能人  
chamoy  さん
MIKIくるくるさん

>『ハルとナツ』のドラマを見た理由は『日系人がテーマだった』こと、『翼君が出るから』というのが半々だったのが正直なところですが
↑あのドラマ、「翼君」が出ていたんですね・・。今知りました。スミマセン。森光子の孫役の人ですよね?
私、日本の芸能人、よくわかってないんですよね・・。ドミニカ共和国にいるときも、生徒のほうが詳しくって(笑)、教えられていました。
merengueroやbacheteroなら詳しいんですが(笑)。

ドラマの視聴率もよかったみたいですし、これをきっかけに日系人のことを知ったり、関心を持った人もけっこういたのではないかと思います。

日系人の人たちはこのドラマ、どう映っていたのかしりたいな・・と思います。 (2005/10/12 12:49:23 PM)

Re[1]:兵どもが夢の跡2 「棄民と呼ばれた人たち」(10/11)  
chamoy  さん
lunaさん
>実は汎米研修でダハボン校の向井先生と御一緒したんです。日記読ませてもらいましたけどchamoyさんもお会いになっているのでは?
↑向井さんところのお嬢さんのことかな?
いずれにしても、ドミニカ共和国で日本語教育にかかわっている人のことはほとんど知っていますよ~。

ドミニカ共和国の日系人の中には自ら進んで日本語学校の先生をしている人が若い人たちの中にいて、少数とはいえとてもたのもしいな・・と思っています。メキシコではこういう日系人には会うことがなかったんですよね。(←たまたま私が出会わなかっただけかもしれませんが)

試験対策、大変だと思いますががんばってくださいね。メキシコの私の以前の勤務先の学校でもいま、授業フル回転!って感じのようです。なつかしいな・・。 (2005/10/12 12:55:57 PM)

Re[2]:兵どもが夢の跡2 「棄民と呼ばれた人たち」(10/11)  
luna さん
chamoyさん

>↑向井さんところのお嬢さんのことかな?
お嬢さんじゃなくて年配の男性です。
2世の方です。
>いずれにしても、ドミニカ共和国で日本語教育にかかわっている人のことはほとんど知っていますよ~。

じゃあ咲ちゃんは知ってますか?

>ドミニカ共和国の日系人の中には自ら進んで日本語学校の先生をしている人が若い人たちの中にいて、少数とはいえとてもたのもしいな・・と思っています。メキシコではこういう日系人には会うことがなかったんですよね。

グアダラハラでも日系会はあってないようなものです。日本語やろうって人も少ない。
多分日本人男性がメキシコ人女性と結婚して同化したからじゃないでしょうかね。
他のラテン諸国はもっと隔離された所で日系同士の結婚がされてきたみたいだし。
それにしてもあまり自分のルーツに興味がないようで残念ですね。


>試験対策、大変だと思いますががんばってくださいね。ありがとうございます!
わたしも一緒に勉強です。(笑)
-----
(2005/10/12 10:15:26 PM)

Re[3]:兵どもが夢の跡2 「棄民と呼ばれた人たち」(10/11)  
chamoy  さん
lunaさん
>>↑向井さんところのお嬢さんのことかな?
>お嬢さんじゃなくて年配の男性です。
↑多分お父さんのほうですね。
>>いずれにしても、ドミニカ共和国で日本語教育にかかわっている人のことはほとんど知っていますよ~。

>じゃあ咲ちゃんは知ってますか?
↑先生やっている人は少ないのでだいたいわかるのですが。咲ちゃんという先生はしらないですね・・。苗字を聞いたらわかるかもしれないですが。サントドミンゴ校の先生は数が多いので知らない方もいるのですが、他の分校の先生はほぼ全員知っています。

メキシコはいわゆるコロニアでの集団移住で農業・・っていうのではないですからね。特に都市部は商業やっている人がほとんどですからね。メキシコ人に同化していますね。もちろんそれが悪いわけじゃないけど、もう少し日本に関心持ってもほしいな・・と思います。メキシコ人のほうがよっぽど熱心ですよね・・。ま、それはドミニカ共和国も同じなんですけどね。ドミニカ人で日本語やりたいって人はものすごく熱心ですねー。おかげで仕事がやりやすかったです(笑)。

(2005/10/12 11:31:29 PM)

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