わんこでちゅ

あの川のむこうは8






何回 思い のおやつを食べて休憩したろうか、、だんだん森は近くなってきていた。やがて森の手前の鏡のように、表面がつるつるの湖にカークとナンシーはたどりつくことが出来た。湖の淵には何匹もの犬がいて、みな、湖面をのぞきこんだままじっと動こうとはしなかった。そのへんてこりんな光景にカークは首をひねった。そしてそのうちの一匹の犬におずおず声をかけた。

「あの~皆さんなにをしているんですか?」

「これは思い出ではない、今の世界をうつす鏡なんだよ。みたいと思った今の世界、どこでもみれるのさ、カーク。」

そういってこちらを振り向いた犬の顔をみて、カークは腰をぬかさんばかりに驚いた。

それはなんと、以前カークと同じ家にいた先住犬スポックだった。

「あんたが呼んでくれたら会いにいこうとおもって、まっていたのに、いつまでたっても私のこと思いだしもしなかったろう。本当にあんたは、とんまな犬だね。」

カークは身が縮むような思いがしながら、返事をした。カークは昔からこのスポックには頭があがらなかったのだ。

「いや、忘れていたわけじゃなくて、だいぶ前のことだから、ここにいないような気がして、、。」

「たしかに、もう少しで森をぬけるところまでいったよ。でも、人間のお母さんがあんたのことが心配だっていうから、ひきかえしてきて、あんたに呼ばれるのをまっていたのさ。みてごらん、今うつしの湖を、、」

カークはしゅんとなって、湖をのぞきこんだ。ひとつの埃さえ、上にのろうものなら、すべって飛んでいってしまいそうなくらいつるつるの湖面に、最初はぼーーーっと、次第にくっきりと人間のお母さんの姿がうきあがってきた。

「カーク、カーク、カークってば、、」

それはただただカークの名前を呼んで、いつまでもいつまでも泣き続けるお母さんの姿だった。カークは困ってしまった。ここは悲しみのない世界だから、僕は悲しくはないけど、、。でもこんなにお母さんはまだ悲しみに苦しんでいる、どうすればいいんだろう、、、、。カークは深いため息をついて湖面から顔をあげた。するとナンシーも屈みこんで湖面をじっとみつめているのに気がついた。ナンシーはどんな今をみているのだろう。カークは心配になって、ナンシーの後ろからまた湖面をのぞきこんだ。そこにうつしだされたものは、、、。

ナンシーの人間のお母さんは、朝から晩まで一日お酒を飲んでいた。もう何ヶ月も家にかえらないご主人を恨み、自分を悲しんで、、、、。ナンシーの母親犬は忘れさられ、ごはんもろくろく与えてもらえず、散歩もさせてもらえず、自分の糞やおしっこでどろどろの冷たい地面に横たわって、ときおり空腹と地面の冷たさといなくなってしまった子犬への思いに、力なくないていた。

そんな今の光景をナンシーは、顔色ひとつ変えることなくだまってみつめていた。カークは思わず目をそむけた。するとスポックがカークの頭をぽんぽんとたたいてこういった。

「私達は幸せなんだよ。こんなに私達のことを悲しんでくれる人がいるんだからね、、。」

「そうだね、、、。でも泣いてばかりの僕のお母さんは、幸せなのだろうか、、。」

「ばかだねぇ、あんたは、、。ナンシーのをみただろう、自分の悲しみや怒りや恨みにいっぱいで、そのくせナンシーの母親犬やナンシーの命さえ目にはいっていない、、。いなくなってしまったものを心配して泣けるというのは、それだけで充分幸せなのさ。今は悲しくて仕方なくてもそれは幸せな泣き方というものさ、きっとまた、、、。」

そこまで聞くとカークの目からふいに涙が溢れてきた。

douwa8

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たいせつなものをなくしたら、、泣いてもいいよ。思いはとどくから、、


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