Tomoのきまま日記

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December 28, 2004
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カテゴリ: ふと考えること
私が始めて人の死に直面したのは、小学校4年生の時。
大好きだったおじいちゃんが亡くなった。
中学生の時、友達の弟が亡くなった。
高校生の時、二人の友達が、お母さん、お父さん、どちらかを失った。
そして、大学の時、また二人の友達が両親のどちらかを失い、
一昨年の春、大好きだったおばあちゃんが亡くなった。

年をとるにつれ、人の死と直面する機会が増えている。
でも、人の命の灯火が消える瞬間に立ち会ったことは、
まだ一度もない。

鎌倉に住む親戚のおばあちゃんが、今、末期ガンに侵されている。
最近、もう年を越せるかどうかだと、聞かされた。
とても気が強くて偏屈なおばあちゃんで、お母さんとぶつかることも多々あり、
一度は縁も切ったほどのおばあちゃん。
病気になっても口が減らないと聞いていたそのおばあちゃんが、
ここ2週間で完全に寝たきりになってしまったようだ。
食事もできず、水を少し飲むのが精一杯という。

今日、お母さんが様子を見に行くということで私も誘われた。
今行っておかなければもう会えないかもしれないと…。
でも、私を連れていくべきかどうか、お母さんも悩んでいた。
ショックを受けてしまうんじゃないかって。
あまりに小さく、弱くなったそのおばあちゃんを見て、ショックを受けてしまうんじゃないかって。

正直、お母さんから話を聞くだけでもショックだった。
人が死に行くその姿から、現実から、目をそむけてはいけないと、
そうわかってはいても、
記憶の中にある気の強い元気なおばあちゃんのまま、今の姿を見ずにいたいと思う部分もあった。
すごくすごく迷ったが、私は行かなかった。
行く、勇気がなかった。
もしこのまま会えずにおばあちゃんが亡くなったら、
私は会わなかったことを後悔するのだろうか。

一度は縁を切ったお母さんがそのおばあちゃんの面倒を見にたまに行く。
だいっきらいで二度と会わないと決めていた、お母さん。

人間は、死を前に無力だ。
死を前に、許されないことはない。
そう、感じた。

全てを許し、おばーちゃんに会ったあとはいつも泣いているお母さんが、なんだか大きく見える。







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Last updated  December 29, 2004 12:31:51 AM
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