混沌としためいぷる日記

混沌としためいぷる日記

第一章


 無限に続くかと思われた悪夢にさいなまれ、ロックは目を覚ました。
 ぐっしょりと汗をかいている。寒い。汗をかき始めてから時間が経っているようだ。
 しかし、何故だか視界が白んでいる。鼻先がなんとなくむずがゆい。
「……? 何だ、これ?」
 手を顔に当てると、薄く、やわらかい感触。つまみあげてみると、それは白い布だった。これを顔にかぶせられていたらしい。
 柔らかな感触が全身を包み込んでいる。ベッドに寝かされているらしい。
 ロックは上半身だけ起こし、周囲を見回した。テーブル、イス、暖炉。散らかった床。そして、地下へと通じているであろう階段。
 見たことのある場所だった。忘れようのない……
「おぉ! ロック! 目が覚めたのかい!?」
 どこか白々しい調子の声が聞こえた。声の方へ顔を向けると、一人の老人が感極まったような表情で――これもどこかうそ臭い――外へ通じる扉をくぐってこちらに歩み寄ってきていた。見知った顔だった。
 コーリンゲンに住む不思議な老人。
「じいさん……。あんた、まだ生きてたのか?」
「生きてた、生きてたさ! ロック、あんたは死んだと思ってたよ。あぁ、死んだとばっかり思ってた」
 冗談めいた言い方をしているが、どうやら本気でそう思っていたのかもしれない。顔にかけてあった白い布をまじまじと見つめながら、ロックは苦笑した。
「相変わらずだな」
「相変わらず? あぁ、相変わらずさ。何があってもワシはワシのままさ。変わるはずがないだろう? けっけっけっ……」
「……?」
 本当に相変わらずだった。この変わり者の老人は、おかしな言い回しをしては相手を困らせている。
 老人が近くのテーブルからイスを引っ張り、そこに座るのを待ってからロックは問い掛けた。
「あんたが生きてるってことは、レイチェルも無事なんだな」
「あぁ、無事ともさ。いや、既に死んでるから無事って言うのかね、あれは? けっけっけっ……」
「俺はどれくらい眠っていたんだ?」
「もうすぐ一年になるかねぇ? いや、もう一年経ったかな? どっちだったかねぇ?」
「一年……」
「驚いたよ。本当に驚いた! 世界が引き裂かれたあの日、あんたはコーリンゲンの近くの浜辺で倒れてたんだ。
 あんたを見つけるのがもう少し遅かったら、あんたは波にさらわれて海の底だった! おしいことをしたかね? けっけっけっ……」
「世界が……引き裂かれた…………」
 その言葉に、寝ている間に見せられた悪夢が脳裏をよぎる。
 狂った魔導士の哄笑。
 悲鳴を上げる大地。沸騰する海……
 真っ二つに折れる船体。転げ落ちる仲間達。
「他に……他に誰かいなかったか? 俺の仲間は!?」
「いーや、倒れていたのはあんた一人さ、ロック。他には誰もいなかった、いなかった」
「……そう、か…………」
 思わず沈んだ声がこぼれる。が、誰もいなかったということは、どこかで生きているかもしれないということでもある。あまり悲観しないようロックは心がけた。
「そぉーさ! 今じゃケフカ様がこの世界の神様。逆らうものは、裁きの光でドカーンさね」
「裁きの光? ケフカが神、だって? 世界はどうなっているんだ? 教えてくれ」
「いいとも。よく聞きな」
 老人は懐から折りたたまれた一枚の紙切れを取り出した。それを広げ、ベッドの上――ロックの膝の上あたりに広げる。
 それは地図だった。しかし、見知った地図ではない。
「誰が図ったのか知らないけどね。もう新しい世界地図なんてものができあがってるんだ」
「……随分と、酷い有様だな…………」
 崩壊前にあった大きな大陸は、全てケフカによって引き裂かれてしまったのだろう。中くらいの大陸や小さな大陸が散在するようになっていた。
 まるで、一枚の紙切れを年端もいかない子供がビリビリに破き、くしゃくしゃにしてしまったような……
「コーリンゲンはここさ」
 地図の北西の隅っこを示しながら老人は言った。手を動かしながら続ける。
「ケフカ様が作られた『ガレキの塔』はここ。この塔から人々を監視して、逆らった者は裁きの光でドカーン! さ。まさに神様気取り、けっけっけっ……」
「………………」
「奇跡だか、狙ったんだか知らないけど、跡形もなく消え去った都市は二つだけさ。帝国首都ベクタと、機械文明国フィガロ」
「フィガロ城が!?」
 老人の言葉に、ロックは驚愕の声をあげた。
「あぁ、そうさ。実際に見たわけじゃあないが、跡形もなく消え去っちまったそうだ」
「………………」
「そういえば、あそこの王様とはお友達だったんだっけ? 残念だったねぇ、けっけっけっ……」
「いや……」
 当時、あの城にエドガーがいないことはわかっている。しかし、あの城には何度も訪れた。門番の男とは世間話をするくらいの仲であった。
 地図上の、本来ならフィガロ城があったであろう小さな砂漠を見つめ、ロックは呆然とした。
「大地は少しずつ腐ってきているよ。草木は枯れ、人々の生きる気力も枯れ、命も枯れ……ワシと同じさ。ただ、ただ、死を待つのみ」
「………………」
 身近な者の死と、老人の言葉を耳にして、ロックの心に絶望が芽生え始める……
「ロック」
 うつむくロックに、老人は声をかけた。この不思議な老人の、真面目な声を聞いたのは初めてではないだろうか。ロックは、老人へと顔を向けた。
 ……この老人の、こんな真面目な顔を見たのは初めてではないだろうか。
「あんたはこれからどうするんだい?」
「これから……?」
「そうさ。この世界は終わりだろう。静かに滅びへと向かっている。でも、あんたの仲間は生きてるんだろう?」
「……わからない…………飛空挺が壊れて、みんな空へ投げ出されたんだ。さらに、三闘神の暴走……もしかしたら…………」
 ごッ!
 衝撃とともに視界が回った。何が起きたのかわからず目を白黒させていると、老人の怒声が耳を貫いた。
「何を……?」
「落ち込んでいる場合ではないじゃろう! たとえ大地が裂けようとも、たとえ海が枯れ果てようとも、あんたの仲間は生きている。ロック、あんたが信じている限り……!」
「……じいさん…………」
 老人の拳は固く握られ、震えていた。その理由は、ロックを殴った痛みだけではないのだろう。
「まだ、立ち上がれないのかい?」
「………………」
 ふと気づくと、老人の顔にはいつもの胡散臭さが張り付いていた。
「なら、一つ。立ち上がるに足る情報を教えてあげようじゃないか」
「情報?」
「そう。地図を」
 老人のしわがれた手に従い、再び視線を地図上に落とす。
「三闘神が暴走した影響で、海底から姿を現した土地が二ヶ所あるそうだ」
「海底から?」
「地上は全て探し尽くしたのだろう? ならば……」
「まさか……さまよえる死者の魂を呼び戻すことのできる秘宝は……!」
 無言で老人はうなずいた。真面目を演出しようとしているのだろうが、口元が笑っている。
 先程の顔と声は気のせいだったのだろうか……?
「一箇所はコーリンゲンから北西に行ったところにある小島。地図上で言えば南東の隅っこさね」
「すぐ近くの島に村があるみたいだけど?」
「サマサの村さ。だから、たぶんこの島は伝承にあるエボシ岩の洞窟がある島だろうね。つまり、ここはハズレ。けっけっけっ……」
 無意味にじらすが、ロックは苛立ったりはしなかった。いい加減、慣れるものだ。
「……もう一箇所は?」
「ガレキの塔のある大陸の北の果て。ここに、新たに大地が浮上したらしいよ」
「そこに、幻の秘宝が……?」
 地図の一点、中央より少し下に位置する半島を見つめながら、ロックは震える声でつぶやいた。
「可能性はあるね。どうだい? 立ち上がれそうかい?」
「…………世界……だいぶ様変わりしたもんだな……」
「………………」
「……もう一回りくらいするか」
 ぽつりとつぶやいた。老人の顔に、偽物でも嘘っぱちでもない、本当の笑顔が浮かんだ。




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