混沌としためいぷる日記

混沌としためいぷる日記

第一章


 ギコは一人、交差点の真ん中に立っていた。
 ぐるりとあたりを見回す。正面には、ステージの中央に建っているという巨大なビルが見える。左右には似たり寄ったりの廃ビルが乱雑に並んでいる。背後には、テストを中断したいときに行く『エスケープゲート』と呼ばれる光の塔のようなものが輝いていた。
 事前の説明で、今回のテストのステージは『街』だと聞いていたが、結構広そうだ。
 しばし考えたふりをした後、右へ歩き出す。特に何も考えていない。何も情報がないのだし、勘で動くしかなかった。それに、まだテストは始まったばかりだ。焦っても仕方ない。
「誰かいないかなぁ……」
 キョロキョロとアタリを見回しながら歩いていると、ビルの壁に寄りかかってうずくまっている一人の猫の獣人が見えた。
 ピンク色の可愛らしい姿だった。恐らく女性だろう。こちらに気づいた様子もなく、その小さな肩を震わせている。
 全てのAIは目印として光る目印を身につけているらしい。つまり、彼女はAIではないのだろう。
「よ。キミもプレイヤーだろ?」
 ギコは気さくに声をかけた。
 瞬間、少女はビクリと大きく身体を震わせ、こちらに顔を向ける。その目には、恐怖とも絶望ともつかない光が灯っていたが、ギコは気がつかなかった。
「あなたは……プレイヤー?」
「うん、俺はギコ。キミは?」
 ギコの言葉に、少女は安堵の吐息を漏らした。
「……私は……しぃ」
「しぃ、か。よかったらさ、一緒にAIを探さない? 一人で歩き回ってもあまり楽しくないしさ」
「………………」
 言葉には答えず、しぃはまじまじとギコを見つめる。
「う……な、何?」
「……ギコ君、突然だけど、落ち着いて聞いてもらえる?」
 たじろぐギコの言葉を無視して、しぃは深刻な口調でギコに話し掛ける。
「ん、どうかした?」
「実は……DLPのシステム……と、いうか、システムの管理者たるAIに重大なエラーが発生したの」
 その言葉に、ギコの身体が緊張にこわばる。
「エラー、だって? いったい何が……?」
「……AI達が、この世界で反乱を起こしてしまった」
「反乱……? じゃあ、この世界はどうなるんだ……?」
「今ではもう危険な街……テストも当然中止になります。あなたは今すぐエスケープゲートから現実世界へ脱出してください。でないと、AI達に殺されてしまいます」
 しぃの言葉に、驚きと同時に疑問がギコの頭に浮かんだ。
「中止って、何でそんなコトをキミは……? そうか、プレイヤーの中に開発者が混じってるのか……」
 浮かんだ一つ目の疑問をギコは適当に解釈して、次の疑問を口にした。
「それより、殺されるだって? コレはあくまでもネットゲームみたいなモノだろ?」
「甘いです。そうですね――例えば、怖い夢や危険な夢をみたとします。目がさめたとき、汗をかいていることがあるでしょう? これは、少なからず夢での影響をうけた結果です。人の見る夢はほとんどがあいまいなものですから『汗』という形で処理されますが……。
 このDLPはそのあいまいな夢を外部から補助し、よりリアリティを持たせたものです。つまり、この世界で死んだと意識すると、その影響が現実の身体にダイレクトに届き、心臓が動きを止め、死んでしまうのです。たちの悪い暗示、と言えば解るでしょうか?」
 しぃの言葉にギコは眉間にしわを寄せた。
「んん……あんまよくわからなかったけど……つまり、この世界で殺されるなってコトか?」
「そういうことです。この街はもう、夢とは名ばかりの危険な……偽りの街……
 ですから、早くエスケープゲートへ――」
「うん、わかった。行こう」
 ギコはしぃの手をとってもと来た道を戻り始める。
「ちょ……あの、私は……」
「何?」
 慌てた声を上げるしぃをギコは不思議そうに見つめた。
「私は一人で大丈夫です。だから、早く一人で行ってください」
「女の子を一人で置いていくなんて、俺にはできないよ。一緒にこのイツワリの街をでよう」
「……………」
「あー、そっか……確かに、俺だけじゃ頼りないか。でも……それでも、必ずキミを護るから」
 はにかむように言うギコの顔を、しぃは呆然と見つめてた。
 そして――
「…………ありがとう……」

 彼らの様子をビルの屋上から見下ろすひとつの影。暗い青色の獣人だった。
「ち、しぃめ……やはりアイツだけはこちら側にこないか。……まあいい。黄色いヤツ共々始末してやる」
 男の手に赤い燐光が集まり、血の色をした一振りの剣となった。
 不敵に笑い、男は動き出す――

 空では日食が起こり、これから起こる惨劇を予言しているかのように街は薄暗かった……。

 長い長いトンネルを走る黄色と桃色。彼方に輝く『エスケープゲート』を目指して。
 この二人の出会いと同じ時、既に各地で戦いは始まっていた――




© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: