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65回目の終戦の日を迎えた。この間、テレビで吉永小百合の被爆詩人の詩の朗読が特に心に残った。大平数子さんの「慟哭」しょうじようやすしようしょうじようやすしようしょうじようしょうじよう息子の名前を、何度も繰り返し呼ぶ。憎しみに憎しみの刃を抜いてはいけない愛をと訴えていたまた14日だったか、白黒の従軍記者が撮影した映像をカラー化した生々しいフィルムは戦争がだんなだったか戦争ってなんだったか重く語りかけてきた忘れてはならない二度と戦争はしてはならない繰り返してはならない
2010年08月16日
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8月4日大阪谷6ねむかホールで 8月5日京都伏見改進コミュニテイセンターホールで うたう会に出演 荒木栄作曲「星よお前は」 プッチーニ作曲 歌劇「トスカ」より「星は光りぬ」 を歌った。 9月にはうたう会を 9月7日(火)大阪肥後橋、玉水記念ホールでVOL3 9月8日(水)京都伏見、改進コミュニテイセンターホールでうたう会・4.5をする 私は8日に出演する予定 越谷達之助作曲、石川啄木詞「初恋」 寺島尚彦作曲、尾上和彦編曲「サトウキビ畑」 プッチーニ作曲「星は光りぬ」 を歌う予定 他に、松本順子、船元泰子、山本有希子出演予定 ピアノ武知朋子 無料 聴きに来てください
2010年08月07日
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8月1日、相愛学園講堂でレクイエムひろしまに出演。いい演奏会でした。この歌を歌い続けて25回目の夏でした。広島からも歌いに来られ、開幕前の舞台上での紹介挨拶で彼女は「広島で教師をしている。広島では8月6日を語り継いでいる。 大阪でこのように歌ってくれることがうれしい。」父を返せ母をかえせ年寄りをかえせこどもをかえせわたしをかえせわたしにつながる人間をかえせ人間の人間のよのある限りくずれぬ平和を平和をかえせ
2010年08月07日
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大阪府立大学7学部中、経済学部・人間社会学部・理学部を廃止しようと大阪府の橋下知事が吠え、9月府議会にはかかるそうな。 公立の安くいける大学を急に廃部にするなんて、今、受験勉強してる高3生や将来の若者の未来を狭めることでしかない。 橋下知事は今までも、大阪センチュリー交響楽団の予算をなくしたり、文化や教育予算を削れば、大阪は未来が明るいと考えている様子。 人気はあるが、マスコミ人気のあるうちに悪いことをどんどんやろうとする、ある意味ヒットラー的だ。 私は120筆余を短期間に集め、府立大学問題を考える会に2回にわたって郵送した。考える会の中井氏からこの間、2枚の返事のはがきをいただいた。学長にも会っていただいてるようだが、悪い回答だそうな。 少しでも、事実を多くの人に知ってもらうためにも、署名をもっと集めようと思う。
2010年07月29日
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尾上和彦の声楽研究発表会が9月上旬にあるそうだ。 それに向け、8月4日大阪谷6ねむかホールで~5日京都竹田改進ホールで門下生の発表会を行うそうな。 私は荒木栄作曲「星よお前は」とプッチーニ作曲歌劇トスカより「星は光りぬ」の2曲を発表の予定です。 9月には聴きに来てください。 追ってお知らせします。
2010年07月28日
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11月28日(日)のコール大東20周年コンサートのチラシができてきました。 まだまだこれからですが、楽しみにしてください。 団員募集もしています。 今から予定しておいてくださいね。
2010年07月28日
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8月1日に御堂筋線本町すぐ相愛学園講堂で2時半から尾上和彦作曲、レクイエムひろしま(オラトリオ鳥の歌)を歌います。バリトンソロは今年も田中純です。 あと1枚チケットを自分の割り当て分、持っています。ぜひ来てください。当日OKです。 シューマンのミルテの花の高音部の楽譜をさがしたがなかったので、中声部をジュンク堂で買いました。
2010年07月28日
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私の母校、大阪府立大学が橋下知事の偽改革で、7学部のうち経済学部、人間社会学部、理学部を廃止しようとしている。 文化や教育の予算を、偽改革の元、削り削ごうとしている。 経済的にも安く勉強できる公立の大学をなくしては、貧乏学生だった私のようなものは、大学にも行けなくなる。 なんとしても、大学7学部を存続させて欲しい。 今、署名活動を始めている。 そこらで、署名用紙をみたら、ぜひ、署名活動に協力してほしい。 お願いします。
2010年07月10日
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いよいよ明日が投票日10年ほど前、私の大東市会議員選挙に泊りがけで日夜支援して下さった清水ただしさんが明日いよいよ本番になる。 彼の演説は、聴くものを勇気付ける。 彼は、素晴らしい力を持った政治家だ。 今、私は、一市民として、愛と平和を大切に、毎日のように歌をうたい、妻と二人で過ごしている。 彼=清水ただしへの恩返しとして、少し汗もかいた。 明日は、きっと、良い結果になると信じている。
2010年07月10日
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パラグアイPK戦まで戦い抜いた選手団に心からご苦労さんでした。お疲れ様。を言いたい。 次の日のしんぶん赤旗にパラグアイの選手が駒野選手に駆け寄って肩を抱き声をかけていたのを1面で報道していた。言葉は通じなくても通じ合う国際的友情。サッカーの持つ素晴らしさだ。 昨日だったか、ブラジルがオランダに敗れた。 前半のブラジルはすごいと思った。スピードなど日本も適うまい。まさに優勝候補だ。 しかし、後半反則や、ののしりあいみたいな激情。それもサッカーの一部分なんだろうが、日本チームが残した爽やかさはこれからの世界に広めたいものだ。 日本チームごくろうさま、おつかれさま。
2010年07月03日
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国民健康保険の通知が来たなんと高いことさっそく、市役所に行って、減免の手続きに行った午前中に行ったら満員で、黄色い札をもらった。「午後1時からきてください。午後の部の10番目です」昼から再度行った。若い男性職員が丁寧に対応してくれた。「去年から3割以上収入が減ってたら減免できます。でも、約2割の減少ですからあてはまりません。」なんと冷たい冷厳な返事。「子供さんの健康保険に入られたらどうですか」と、親切に言ってくれた。「来年は今年より収入が少ない分、国保も安くなりますよ」と、慰めてくれた。それにしても国保は高い。元の国保税を下げてくれ!
2010年06月22日
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長女も家で、次女とわれわれ夫婦が集まって、お好み焼きパーテイーをした。 次女の夫は風邪で来れなかった。 思いもかけず、父の日プレゼントだといって、財布をプレゼントしてもらった。 以前次女がまだ結婚していない頃、次女からもらった財布を大切に使っていたが、小銭入れのボタンがうまくはまらず、よくぽろぽろ落ちて困っていたが、グッドタイミングだ。ありがたい。 妻も○○才で、なにやらもらっていた。 オランダ戦を見ながら、最後はケーキを食べて解散。 昨日は、我家にも32インチ液晶テレビが入ってきた。 友人のケンザン電気の岡本が安く入れてくれた。 彼とは、布施救護院時代からの友人で、同じ法人の独身寮に入っていた。 これまで妻のはまっている韓ドラの録画に、いちいちその時間にビデオテープをセットして録画していて、時間が拘束されていたが、今度のは、デジタルのありがたさで、随分先の番組まで録画予約することができる。 これで一安心。 車検も安くすんだし、これで大きな出費は当分ないだろう。 明日は、国保の減免にいくつもりだ。
2010年06月20日
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4月25日、大阪NHKホールで男声合唱団昴と関西紫金草合唱団の10周年記念コンサートに出演。成功した。 紫金草は徳島の田舎にも、大阪大東の我家の鉢植えにも、今年も紫の花を咲かせてくれた。 二度と南京大虐殺のような事件が起こらないようにとの、平和と鎮魂の思いをこめ、紫金草物語全曲を、全国からの応援で歌った。 東京・金沢・茨城・宮城・広島・奈良などだ。舞台は本並美徳指揮・山下和子ピアノと二胡で100名以上の大合唱になった これは紫金草合唱団の衣川・岡邑両氏が、直接遠方の合唱団のレッスンに行って、訴えたことが心を集めたのだと思う。 私も、主人公の兵士(山口誠太郎)役をさせてもらい、「どう伝えたら」を独唱させてもらった。 会場は満員になった。その中に、故山口誠太郎氏のご子息、山口裕氏が来られていた。 また、中国南京市から孫曼さんも来られていた。 私からチケットを買ってきて下さった、前前職場の西宮の方も、涙が出た、それに花の種がパンフレットに入っていたのがうれしかった。と、後日言っておられた。 前職場特養老人ホームの4名の女性も「千」さんがこんなに頑張ってるの知らなかった。励まされた。と言ってくれた。戦争反対の歌を歌っていることに驚きと敬意の念を感じた。 6月12日は関西合唱団のいずみホールでのコンサート初日で、私は60周年記念合唱団の一員として出演したが、同日、広島で紫金草の演奏があった。多分大成功だったと思う。 広島は被爆の地である。 戦争被害の実態をこれまで世に広め歌い続けてこられた。 今回、高田龍次さんをはじめ、広島の合唱団の人が加害の実態を歌う「紫金草物語」を演奏したのだ。 指揮は大阪のわが本並美徳だ。ここにも全国から応援に集まり、100名以上の大合唱になったはずだ。 わたしも、コンサートが重ならなかったら、なんとしても駆けつけたのに悔やまれてならない。 しかし平和の歌が、紫金草の花や歌が、人々の心に広がっていくのはうれしい。
2010年06月16日
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5月21日、丹波橋の呉竹ホールで尾上和彦作曲のレクイエム鳥の歌のレッスンと男声アンサンブル無言歌の練習をした。 声が前に飛ぶようになった。と声をかけてくれた。うれしや。 Aの高音が割りと楽に出た。 グーツ 金曜晩のレッスンは出れないことを告げ、次回は6月5日土曜午前になりうれしい。
2010年05月25日
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5月19日、谷6のねむかホールで山本有希子先生のレッスンを受けた。 ブタ鼻を教えてもらい、当てるポイントが少しわかった。 頭のうしろに声帯を感じて 鼻声でなく頭声をめざした。 少し 方向性が 見えてきた感じ。 うれしい。
2010年05月25日
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昨日テレビでショパンについてピアニストの仲道郁代さんが小学生の娘さんとポーランドやフランスを訪ね、1800年代はじめのポーランドの情勢や、ショパンが愛用したピアノや、楽譜の指使いやペダル指示の不思議について深めていった。 200年も前に生まれ、今なおピアニストのみならず、私も含め多くの世界の人に愛され親しまれているショパンの音楽は素晴らしいと思う。祖国を離れ作曲しながら、祖国のマズルカ・ポロネーズ、など民族音楽を導入している。 仲道さんの演奏するワルツに感激の涙が出そうになった。 先日、昴のチケットが1枚手元にあるといいましたが、私の分は完売しました。ありがとうございました。
2010年03月10日
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男声合唱団昴と関西紫金草合唱団の10周年コンサートが4月25日(日)に大阪NKHホールである。その練習に今頑張っている。千秋は双方の合唱団に出演するため、全曲暗譜は大変である。金曜日は谷町6丁目のねむかホールで本並美徳指揮で練習だ。ピアノは近藤(西応)静、山下和子だ。主な曲は、「紫金草物語」全曲演奏と「無言館」全曲演奏だ。そのほか、昴独自の曲を演奏する。みんなの知ってる曲では「大きな古時計」「埴生の宿」などだ「鶴」「シルクロード」「うぐいす」などを歌う。B席\2500-が1枚わが手元に残っている。ぜひ聴きに来て欲しい。千秋昌弘まで連絡ください。すぐ券を送ります。よろしく
2010年03月06日
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今日、8ヶ月ぶりに山村智一先生のレッスンに奈良まで行った。今日はシューマンの「二人のてきだん兵」と「はすの花」を歌った。たしか両方ともハイネの詩だった。ドイツ語が難しく再度挑戦だ。先生は5月に娘さんのいるドイツへ2ヶ月ほど行くそうな。いいな2月から尾上和彦先生の声楽レッスンに行きだした。谷6のねむかホールでのレッスンだったので、バイトを昼から休んでいった。最初30分をF先生に発声レッスンを受け、後半を尾上先生にピアノ武知朋子先生でプッチーニの「星は光りぬ」を歌った。3月には山本有希子先生の園田氏へのレッスンを見学した腰への意識、E母音の舌の位置、声の集める箇所、息の送りなどなど大変勉強になった
2010年03月06日
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テレビでテキサスで行なわれた国際ピアノコンクールで金賞を獲得した、全盲の若きピアニスト辻井伸行の20日間に亘るコンクール挑戦の模様を放映していた。 難曲とされている3曲を見事弾きこなし、予選通過、セミファイナルへ。 次は、室内樂との競演だが、指揮者のいない弦楽器との演奏は、出や間が、健常者でも難しい。 ピアノを上手に弾いてもだめだ。 一体のものとしてのアンサンブルが、作曲者の意図をどう観衆に伝えられるかだ。 短い合わせ練習の後、辻井は見事喝采を浴びた。 そして、オーケストラとの競演。指揮者はいるが、指揮者が見えない。第1楽章はピアノの弾き出しによって始まるが、第3楽章は指揮者を見ないと出がわからない。 辻井は、観衆が静まり返る静寂と、指揮者の息にあわせ、見事に演奏する。オーケストラとピアノが溶け合うように。 そして数少ないファイナルへ進出。 他の奏者が、プレッシャーやストレスとたたかっている中、辻井は、個々まで来たら思いのたけを楽しんで誇らしく演奏します。 確か、ショパンとベートーベンとリストを弾いた。 ベートーベンは最後耳が聞こえなくなり、同じ障害を持つものとして、生涯取り組んで行きたい。と言っていた。 採点は人間性・将来性も含めて行なわれた。 辻井は見事、もう一人の男性と金賞を受賞した。 あの大曲を全て暗譜し、しかも、深い理解力で感動を与える演奏を、全盲で、楽譜も見えずどうして出来たのか。その聴力の健常者以上の研ぎ澄まされた訓練、あくなき練習、回りの援助者、すべての集大成が金賞へと導いた。 しかし、国際的ピアニストとしての出発でしかない。3年間の国際演奏を保証された華々しい出発に拍手。
2009年11月23日
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久しぶりに妻と一緒に映画を観た。 清張のゼロの焦点だ 知人がエキストラで出演しているというので、目を皿のようにして、画面の隅々まで見たが群集の場面は何場面かあったが、後姿や、まさに群集であり、個々の顔はわからない。 しかし素晴らしい映画だった。 夜、テレビで、偶然にも、清張について国文学者の小森陽一郎氏が語っていた。 たしかこんなふうに言っていた。 「清張は具体的に発生した事実、事象から、その背景にある原因を深いところまで追究し、社会的矛盾の中で生きる人間像まで掘り下げている。 今、現代に生きるものも、清張の姿勢に学んで、国民一人ひとりが、真の原因を見抜く力を身につけることが求められている」
2009年11月23日
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偶然とは何かの始まりか 今日、佐藤しのぶ声楽公開レッスンに行った。 これも偶然知ったから行けた。 先日、同志社大学校内にある、継体天皇伝承の地の碑:筒城宮跡を見に行った帰り、偶然、同志社女子大学の掲示板に貼ってあった”声楽公開レッスン”の小さなチラシが目に飛び込んできた。 16日12時30分から同校ホールであると書いてあった。手帳に記し、今日、行けたわけだ。 偶然は恐ろしいものだ ホールに入り、ピアノの手が見える下手の真ん中から少し上の席を探していたら、視界に尾上和彦氏(作曲家・指揮者)がいた。 「オーッ」と言って、近いくに座った。 「来年か再来年にオラトリオ{鳥の歌}の25周年で何かやるから来てくれ」 「最近、声楽のレッスンを月2回やりだした。くるか。」とのこと。「行きたいです」 早速、先生の隣に座っていた、オペラ”仏陀”で村娘をやっていた”ときもと?”さんに電話番号を教え、連絡をもらうようにした。 尾上さんの言うには、源氏物語でも佐藤しのぶさんを使う予定だったが、スケジュールが会わず実現しなかったらしい。 古代史に興味を持ち、筒城宮跡を見に同志社大学まで行った事じたい、病気になり病院で読んだ黒岩重吾の”北風に起つ”ー継体と蘇我稲目ーの文庫本との偶然の出会いに始まる。 人生ってこんなもんなのだろうか? 何かしら、どっかで、引っ張られていく。 こうなったら、仕事をせず、歌と古代史で余生、いや新しい人生を味わおうかな
2009年11月16日
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日曜日、奈良桜井市のまきむく遺跡に行った。 朝6時半起床 8時過ぎの四条畷からの快速に乗り、放出、久宝寺、王寺、大和高田を乗り継ぎ、桜井線で巻向駅に10時ごろ着。 曇りの風の吹く少し寒い日だったが、すでにテントの広場にはたくさんの人が列を作って並んでいた。 人数制限をします。との係員のハンドマイクに従い、4列縦隊で詰め詰めで並ぶ、1隊200人くらいだろうか、つぎつぎ時間になると遺跡発掘場所へ案内され説明を順番に受ける。待ってるうちに順番待ちの隊列はどんどん増えていく。 普段は無人駅で、2両編成のワンマンカー、「整理券を取って運転席のドアでお釣りのないように精算してください」 と女性のテープアナウンスがあったが、満員で動きがとれない。駅近くになると、「全てのドアを開けます」とのアナウンス。 降りると、たくさんの駅員さんが電卓片手に精算に応じている。 私はイコカカードでタッチして降りた。 黄色のポールが一定間隔で遺跡には立てられていた。それを取り囲むように200人強の集団が説明に聞き入る。 桜井市の文芸員の方が交替でハンドマイクで説明をする。 3世紀前半の、当時、最大規模の建物。真北から西へ4~5度振って全ての建物が建てられている。弥生時代から古墳時代に移る日本最初の土地がこの「まきむく遺跡」のある地。 将来卑弥呼の確証も出る可能性がある。そのときはまた現地説明会を行なう。とのこと。 ロマンあふれる遺跡の説明を2回も聞いた。 テントで、資料や奈良新聞や書籍を購入し、あたたかいにゅうめんと一緒に家からリュックに詰めた昼食を取り、ついでに、近くの箸墓古墳の写真を撮り、帰路に着いた。 時間ができたのは、病気のおかげである。 この貴重な日日を、大切に送りたい。
2009年11月16日
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無事10月29日退院した 10月22日に内視鏡での治療を行なってもらった(主治医森茂夫Dr、担当医谷村Dr) 点滴と導尿の管をぶら下げ、車椅子に乗って、治療室へ向かった。 老人ホームでは車椅子を押すほうだったが、押されるのは始めてであった。 当初8mmあった癌が3mmに小さくなっていたそうだ 電気メスで焼き削ぎ取る治療に、当初2時間くらいと言っていたのが40分で終わった 気がつくと病室のベッドに寝ていた。 ベッドの回りに、DR、看護師、妻、娘二人が心配そうにのぞいていた。 治療は成功であった。 ただし、人工的に胃潰瘍が造られた状態なので、1~2ヶ月はいろんな制約がある 食事とか激しい運動とか旅行とか。アルコール・タバコは全面ストップだ。 今日で術後2週間を経過した。 大便が昨日に続いて今日も出た。連日は術後はじめて。 昨日、北条青少年教育センターの音楽室を予約して歌の練習に行った。 今日も午後から予約している。 午前、洗濯をしながらパソコンをしている。 バイトも先月15日にやめ、今は体力回復が第一義だ。 晩は久しぶりに合唱の練習にも顔をだそうかな?
2009年11月06日
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胃にポリープができ、検査の結果レベル4、 初期のため内視鏡で治療することに 10月22日が治療日 前後計10日間ほど入院が必要 日本のうたごえ祭典が10月23日コンクール形式の合唱発表なのに、 昴にも コール大東にも出れない 残念 しかし 必ず早期復帰して 4月の昴10周年コンサートには出演するぞ! 特養老人ホームでのバイトも10月15日で雇い止めになった。 結果丁度寸法が合う。 同僚が送別会をしてくれるとのメールが入った。 ありがたい 感謝!
2009年10月10日
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11月1日、大東市民文化祭のコーラスの部で「コール大東」で2曲歌いました。 「信じる」と「しょうじょうじの狸ばやし」でした。 歌い終わってすぐ、近くの人のお葬式に瑞玄寺に行きました。 親しくしてくれてた人が、次々亡くなられるのは本当に寂しいものです。 11月3日、市民文化祭の大ホールのステージで、川勝律綾=わが妻、が日舞を舞いました。 たくさんの人が踊りましたが、私の妻が一番うまいと思いました。
2008年11月03日
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10月31日、大阪クオレ中央で大阪音楽センター改修、チャリティーコンサートで、チェルノブイリで6歳のとき被爆した、ウクライナの歌手、ナターシャさん、関西合唱団と同じ舞台で演奏しました。 完済合唱団60周年記念合唱団という長い名前の合唱団で出演しました。 「うたごえよ明日のために」と「うた」を守屋博之指揮・門万沙子ピアノで歌いました。 ナターシャ・グジーさんは、バンドウーラを抱き、ソプラノの美しい声で、「キエフの鳥の歌」「コスモス」「いつも何度でも」などを歌いました。 懐かしい顔にも会い、さらに歌い続けようと思いました。 帰りの電車で、コール大東の人たちと会いました。 明日、大東文化祭の出演の衣装など教えてもらいました。
2008年11月01日
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ありがとうございました。 奇跡的! オカメインコのちーちゃんが帰って来ました。 昨日は、インコのお店「コンパマル・諸福店」から、東大阪の枚岡中学校でオカメインコが保護されているとの情報をもらい、妻と二人で飛んで行きました。 夕方6時30分ころにもかかわらず、たくさんの先生方が残っていらっしゃいました。 インコは大きなかごの中で大事に保護されていましたが、残念ながら、色もグレーで大きさも少し大きく、おとなしい鳥でした。 ちーちゃんの写真を見せ、違うことを告げ、帰って来ました。 昨日、もう1本電話が入っていました。 10月5日に、門真の大和田のマンション14階のベランダに、インコが舞い込んできた。すぐ肩に乗り、一緒に部屋に入ってきた。 「ピーちゃん」といったり、なにやら歌を歌っていた。とのこと。これは我が家のちーちゃんとそっくりだ。期待しましたが、その家では犬を飼っていたので、寝屋川の娘のところに連れて帰ってもらっている、とのこと。娘のほうから電話させるとのことで、名前も電話番号も聞けず待っていました。 今日、寝屋川の娘さんから電話があり、夕方に妻と2番めの娘(ちーちゃんの育ての親)が行くことになっていました。 そして夕方娘から電話が入り、「ちーちゃんやったで」との朗報。家の前でちーちゃんの鳴き声を聴きすぐわかったわ、と言ってました。 立派な籠に入れてもらい、小学生の子どもさんも二人いて、文鳥を飼っていらして、すごく大事にしてくれてたようです。手乗り文鳥でしたが、ちーちゃんの影響で肩にも乗るようになったとか。 別れるのをすごく寂しがり、すこし涙ぐんでさえいらしたとか。 あちこちに貼った「ちーちゃん探してます」のちらしを見て連絡くださったそうですが、それにしても、奇跡です。 大東市と門真市は隣接してるとはいえ、随分離れています。 10月4日の晩はどうしてたのかな。 あんなに飛べるのかな。 何日もたってるのに元気でした。大事にされてきたようです。ほんとうにありがたいです。 この間、いろんな人から「帰って来ましたか」と声をかけられました。それだけ皆さん、気にかけて下さってました。 あんな小さな生き物一羽に、心を寄せてくれる、あたたかい心。人間捨てたもんじゃないと実感しました。 家に戻って、夫婦二人になった我が家に、久しぶりにやんちゃ坊主がやかましくしています。 一層いとおしく思います。 愛ちゃん夫婦は、次の日曜日に、コンパマルに行って羽根を切りに行ってくれるそうです。そして、ちらしを貼らしてもらったスーパーなどにお礼を言いに行ってくれるそうです。 さすがちーちゃんの育ての親!。一番諦めず頑張ったのが愛ちゃんでした。それに引きずられておねえちゃん夫婦とわれわれ夫婦。 娘たち夫婦にも感謝。 多くの方々に感謝。 この小さな命に感謝。
2008年10月21日
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おかめインコのちーちゃんが10月4日に飛んでいってしまい。警察にも遺失物の届けも出していますが未だ見つかっていません。 娘が今春、結婚する前にわれわれ夫婦が寂しがるだろうとのことで買ってきてくれ、娘は雛のときからお湯でふやかした餌を与え、インコの親のようにして育ててきたので、一番悲しんでるのは、嫁いだ次女です。 このパソコンで、写真入りの「探しています」ちらしをつくり、ビニールの袋に入れ、あちこちぶらさげ、貼り付けていますが、残念ながら未だに連絡はありません。 黄色が主で、すこし灰色みたいなのが羽にありますが、「ホーホケキョ」とか「ちーちゃん」などと鳴きます。人間の言葉通りではありませんが、そのように聞こえます。 娘夫婦は、東住吉にまよいインコがいるとの情報をもらい、自転車二人乗り(これは警察官の人に注意されたそうですが)鶴見区から行ったそうです。 尻尾が白くておとなしい鳥だったそうですが、「ちーちゃん」はやんちゃです。 情報がありましたら教えて下さい。 携帯 090-8939-5743うたごえの好きなせんちゃんです。
2008年10月19日
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大阪のうたごえ合唱発表会で Aの部:25人以下 コール大東で推薦された Bの部:25人以上 男声合唱団昴で推薦された 関西紫金草合唱団は準推薦でしたが、東京へ行けることになりました。 よって、千茶庵が出演したすべての合唱団が東京のうたごえ祭典の全国合唱発表会に出場できることになりました。 ありがとうございました。 昴は大阪で川岸さんと言う男性のピアニストでしたが、東京では女性に代わるとのことでした。今日の練習では、青山洋子さんと言う若くて上手なピアニストが初面の譜を、気持ちよく弾いてくれました。 東京では千茶庵の姪というのか、甥の妻=千秋永津子=旧姓土肥永津子が弾いてくれることになったとのこと。楽しみです。今度の日曜の晩に、あわせにねむかホールに来てくれるとのこと。頑張らなくっちゃ。 4月の南京公演に向けて練習をした。
2008年10月19日
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昨日、大阪のうたごえ合唱コンクールで、3団体に出演した。 「コール大東」 「関西紫金草合唱団」 「男声合唱団昴」 特に紫金草合唱団では、紫金草物語の第8章「どう伝えたら」の兵士ソロの部分を思いのたけ歌った。 このうたは今後とも歌い続けたい。戦争のむごさ、おろかさ、人間性を失う恐ろしさ、などを、この歌を通じ歌い広めてゆきたい。 大阪で推薦されれば、今年は東京のうたごえ60周年記念の祭典に出場できる。東京でも思いのたけを歌いたい
2008年10月14日
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こないだ 学生時代のうたごえのHさんから電話があった 今はOさんになっていた 千茶庵の歌を聴きに行きたいというなんとうれしいことか 10月13日、多分公示日の前日になって忙しいでしょうが、大阪うたごえ合唱発表会が羽曳野のLICはびきのであるので来て欲しい。 ソロの部分があるのが、関西紫金草合唱団と男声合唱団昴なので16時過ぎが出番ですとメールしました 多分午前中にも、コール大東で出演します うたごえは平和の力を発揮したいものです
2008年09月21日
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7月20日から2ヶ月ぶりブログが変になり、SZさんに助けてもらい復帰しました。ありがとうまたぼちぼち、歌を中心に、思いを書きます。よろしく
2008年09月21日
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7月11日~14日、全国うたごえ合唱団で南京理工大学との歌や踊りの交流をした。 12日の日の午前中、新装オープンした南京虐殺記念館に行った。 平和公園で花輪の献花と「憲法9条」の歌を献歌した。 「不忘歴史 面向未来」の石碑と紫金草の花壇と「和平」の天に聳える母と子の像の前で厳粛におこなった。 南京市の方の挨拶とうたごえ合唱団の団長が挨拶を交換した。 美しいデザインの建物の入り口には300000の文字が大きく刻まれていた。30万人の被害者の数を表している。しかし建物の中は、残念ながら撮影禁止だった。 だが、一枚一枚の写真や展示物は心を突き刺した。 東京裁判では20万人だと誰かが書き込みをし、30万人と事実そのものを否定する書き込みが以前あった。 しかし、注意深く記念館の写真や説明文を読むと、20万人以外に揚子江に投げ込まれ殺された人や、焼かれ殺された人の数はこの20万人には含まれていないとはっきり書かれている。 ボランティアの団体が荼毘に付した数が10数万人で、あわせて少なくても30万人という数になる。 当時、生き残った人の証言や裁判の経過も展示されていた。 説明文は日本語訳も併記されてるので読めるが、映像は中国語なのでよくは分からなかった。 1階の最後の展示コーナーに紫金草合唱団の団長の藤後さんや指揮者の本並さんらが写った写真が展示され、日本との文化交流がきちんと扱われていた。 貴重な交流の1ページを切り開いてきたことを物語っていた。 鎮魂と平和の願いを今後とも歌い続けていきたい。
2008年07月20日
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先日カレー屋サンの35歳のにいちゃんが 「漁船は休めていい」 とぼやいていたが、それほど若者の労働条件はひどい しかし、仲間内で対決してはいけない 漁師も時給労働者も派遣社員も、同じ仲間内だ 対「テロ」給油活動に年間90億円も使う 原油高による価格高騰が農業・漁業・中小企業・家計を圧迫している。 インド洋の油代に使うのでなく、国民のくらしのために使うべきだ 政府は各国に働きかけて、国際的投機マネーを規制するアクションを具体化すべきだ 一部の短期的莫大な儲けが、公共の福祉をないがしろにしている。 即刻改善すべきだ。
2008年07月06日
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今日は西宮の研究所へ直行だ 時間が少し遅れると電車が満員になるのが嫌で7時過ぎに家を出る 西ノ宮駅に8時過ぎに着いた 9時出勤には早すぎる トイレで頑張ったが成果なし 8時半に行ったらすでに所長が出勤していた。 白板に11日には大東市に行くと書いてある その日から私は南京に行くので休みをとってあるが、いやな予感がする 東淀川区に行っているHさんから電話があって忘れ物があった。 所長から言われ忘れ物をもって東淀川区役所へ行った。 今日から派遣の女性が二人来ていた 窓口で名刺を渡しH氏と合流、午前中仕事を助けた 午後からは休みを取っていたので、8月からの面接に行った。1人採用のところ9人も来てるらしい。 だめかもしれないが、いろんな事業所へ行き、いろんな人と面会できるのは楽しいものだ。 30分くらいで面接は終わった。 旧職場を訪ねた コーヒーをよばれた 帰宅し休憩後、健康診断に行きつけの診療所に行ったが休みだった。残念。 今日は最近遊べてないちーちゃんを鳥かごから出し肩や腰や腹の上で自由に遊ばした。 ちーちゃんは 「ホーホケキョ」 「チーーチャン」 「コケーコッコ」 そのほか、わからない言葉らしきをしゃべる、というか、歌う。 オカメインコは結構かわゆい
2008年07月03日
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今日は港区へ行った。 アンケートの世論調査のためのサンプリング作製のためだ。 昨日と別の人と組んでいった。 作業の流れを変えたら、随分早く進んだ 昼食を別々の込まない時間帯に行こうということで、私は11時過ぎに行った。 近くにカレーやサンがあった。割引をしてるらしい。 毎月1日と2日は100円引きの感謝デーだそうだ。 ビーフカレーを450円で食べれた。ラッキー 玉子がサービスで付いてきたので「玉子も値上がりしてるんちゃうの?」「そこのガソリンスタンドのレギュラー181円になってたで」 って聞いたら、客が少ない時間帯だったせいか、カウンターの中のニイチャンがゆで卵を輪切りしながら、いろいろ話してくれた 「おっちゃん仕事なんですか?」 「バイトや」「今月いっぱいのな」 「ふーん。大変やね」 「漁に出ないなんて言ってるけど、休めるだけいい」 「僕ら時給800円で休んでられへん」 「あっ、おっちゃん850円や、50円勝ってる」 「僕35歳やけど、僕ら高校のとき勉強せんかった子が就職できんかった。今は大学出ても就職でけへん。」 「派遣でその日に5000円とかもらって、それで生活できると錯覚してる。」 「いま、ハローワーク行っても、雰囲気暗いで」「十三のハローワークなんてほんま暗かった」 もう一人いた先客の若い男性が、派遣と言う言葉に何か反応したが、お金を払って帰って行った。 今の時間安いカレーを食べに来てるのは、失業中の身なのかもしれない。 「身体壊さんようにがんばりや」と言って、450円也を払ってアルバイトの仕事場に戻った。
2008年07月02日
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時給850円也のバイトが始まった。 いつも8時近くまで寝てるのに、6時におきて7時過ぎには家をでた。 目的地大正区で社員の方と合流し9時から仕事。 大阪市から委託された調査事業だ。 午後はまた別の場所天王寺区へ移動。先着の2人組と合流。 仕事 できあがったものを本町の入力会社へ。 後、西宮へ。 帰宅 夜は会議へ大東市民会館に。 何とか一日が終わった。 一緒に今日から来た男性は、リストラで子どもが小学生なので、つなぎに来た。と言ってた。 大変な時代ではある。 今までで会ったことのない人と一緒に仕事をし、こんな仕事があるのかと今までと違った角度から、街を見ることもできた。 この年で仕事が出来るのは幸せだよと若い女性から言われた。そうだと思う。
2008年07月01日
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金曜日は豊中公民館でオラトリオ鳥の歌の練習。 作曲者の尾上和彦さんがまた譜を書き換えていた。 指揮者の西岡茂樹さんんもちょっと頭をかいていた。 土曜日午前、鴫野音楽センターで関西合唱団60周年記念合唱団の練習。 指揮者の守屋博之さんのもと林光作曲や編曲の「うたごえよ明日のために」と「うた」を歌 った。 さきのいずみホールでの関西合唱団のコンサートの最後のほうで歌ったわれわれの歌を聞いて14人の新団員が参加してくれていた。 テナーのお世話が係になってしまった。 月1回なのでなんとかなるだろう 日曜日、午前中後期高齢者の撤回中止も止める署名活動の後、午後から谷町6丁目のねむかホールで男声合唱団昴の練習 林光作曲または編曲の「なぜ」「浜辺の歌」 きたがわてつ作詞 山本さとし作曲の「まつり」 野口雨情作詞、中山晋平作曲、小六禮次郎編曲「波浮の港」 阿久悠作詞 森田公一作曲、尾形敏幸編曲「あの鐘を鳴らすのはあなた」 Kワシリエフ/Sポポフ作詞、Mキュッス作曲、Vサカロフ&Yモトナミ編曲「アムール河の波」を本並美徳の指揮で練習した。アムールはソロの部分を歌わせてもらった。 この日昴にまた新入団員が増えた 88歳になるSさんで、私が泉州うたごえ教室に通ってた19歳か20歳のころ、すでに白髪で歌っておられた方で、大先輩だ。 いまでもアコーデオンを弾いているそうだ。 まさしく私の目標とする88歳までうたうことを実践されている素晴らしいかただ。 耳がすこし遠くなられていたが、元気そのもので勇気付けられる。 昴はそういうところが素晴らしい。
2008年06月30日
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ジョン・C・ボーグルという人の本を図書館で借りてその出だしで凄いことを書いてあると共感したし鮮明に脳裏に焼きついた 日本語版への序文より:抜粋 「企業経営者、機関投資家、そして金融システムが報酬の過大な部分を横取りするのは、明らかに公共の利益に反することだ 彼はどうしてこうなったかについていろんな角度から分析、解明している。 大まかに言ってることは 1、株式が個人株主でなく、エージェントによって保有されていること 2、資産運用者の関心が、企業保有(長期投資)から証券取引(短期投機)へと移っている 1、では個人投資家の増加を通じて株式所有の分散が起こったがこんにち分散はほぼ解消さ れ株式所有の代わりに、一握りの強力な金融機関に集中している。 機関投資家の上位100社は現在、上場企業全体の株式の52%を保有している。 株式会社アメリカの過半数を支配していることになる。 株式会社アメリカの悪者は一握りの「腐ったリンゴ」として片付けられることが多いが 悪弊は資本主義の樽の中で広く横行している。 ローマ帝国はなぜ衰退したのか? 市民が物質的な財(パン)を求め、娯楽(サーカス)に夢中になった。 人間の値打ちも、欲求も、その所有物の価値も、金で測ることを受け入れた。 尊敬され認められることが重要でなくなり、自由、解放、偉大さの理想さえ廃れた。 米国は、欲や、利己主義や、実利主義や、浪費がありすぎる。 この国の経済は「持つ者」にばかり焦点を当て、「持たざる者」をないがしろにし、困窮する人々に国の資源が配分されていない。 貧困の問題が解決されず、質の高い教育が万人に行き渡っていない。 米国人は世界の天然資源を浪費している。 政治システムが献金にまみれて腐敗している。 08年3月30日発行の新版だ。 読む価値のある本だと推奨する。
2008年06月27日
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プリンターがインクを入れ替えてからゆうこと聞かん様になったけど、こないだ、インク入れ替えのところを再度ごちゃごちゃしてたら、インク残量が出るようになった。 古いメモリーも吐き出したのか、ちゃんと反応するようになった。 娘が今日来て、夕飯を作ってくれた。 「パソコン今度来たら使わしてな」 と言われ、これは早いとこプリンターなおさなと思いワードの文章を印刷してみたらOKだった。 ただし、知らぬ間にブラックが残り少なになっていた。 明日にでも買いに行こう。
2008年06月26日
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現役をはずれて精神的にほっとした。 自由にものを考えたり行動できる喜びは何ににも代えがたい 緊張のたががはずれたセイか 物忘れが増えてきた 先日は前日から用意してたステージ衣装を忘れ、駅についてから妻から「ピアノの上に吊ってるの持ってかんでいいの」と携帯がありあわてて戻った。時間がないので「テニスコートの角まで持ってきて」と協力も得て何とかなった。 1昨日、同年齢代の若い知人が突然亡くなった。 お通夜に行こうとお香典を包んで用意した。 着替えをし自転車をこいで(最近は自転車にしている)野崎の外環ガードしたまで来て「あれっ?」と気がついた。 戻りだしたが自転車であの坂を上るのと時間を考え、近くのサカエスーパーの2階の「ひゃっきん」で香典袋と筆ペンを買い何とか間に合った。 でも、遺族の意思により香典事態とのこと。 お焼香しようと思ったら数珠を忘れてた。 ハローワークの紹介で面接に行った。 駅に行く3分の1くらいのところで履歴書を忘れてるのに気がついた。 あわてて家に戻り用意してた履歴書を持ち、エイコらエイコら走った。 予定の快速に間に合い、時間通り会場に着いた。 「書類を出して下さい」 「紹介状は?」 「えーつ!」 「忘れました。後日持ってきます」 「いいですよ、たしかにハローワークからの紹介だと分かってますから」とやさしい女性の方。 数日前も面接結果の電話があった。 「今回はご縁がなっかたものとしてご了解ください」とかなんとかありがたいお言葉を頂戴した。 そのあと「紹介状が別の会社のが入ってました。ハローワークに連絡させていただきます。」 「エーっ」 どうも2社応募して、紹介状を差し替えたまま送ってしまってたと言うことだ。 緊張感のない日々は、忘れ物を増加させる。ようだ このようなことで、アルバイトは一向に決まらない。そんななかで慰労金を党常任活動家の退職ということでいただいた。これには本当に助かった。のんきそうにみえて、やっぱり精神的には不安なものだから・・・
2008年06月26日
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プリンターのカラーインクが少なくなったので、買ってきて入れ替えたら、それから、インク残量がでなくなり、それでも印刷してくれと言うても、パソコンに即座に反応しなくなり次の日パソコンを立ち上げると、突然反応しだし、ぎー子ギーコと前日のやつをプリントしだす。 最近は忘れ去った印刷物を何日もたってからプリントしだす。 役にたたない。 でも、なぜかインク残量を表示するようになった。 インクと紙は確実に減ってるのだが・・・ 最近は印刷を押すのが怖くなり、古いメモリーが全部なくなるまで待とうと思ってる。 もうそろそろそんな時期だと思うのに、未だに古い印刷を何回もせっせとやり、EPSON君は満足げである。
2008年06月26日
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奈良紫金草合唱団のファーストコンサートが法隆寺のいかるがホールで演奏された 去年から6月22日は兵士のソロを頼むとNさんからいわれ続けてきたこともあり、この日を確保してきた。 紫金草物語12楽章全曲演奏で、東京や金沢、そして私たち関西(大阪)の紫金草合唱団も参加し、舞台には80名の合唱団ができた。 南京郊外紫金山のふもとに咲いていた当時名も知らぬ紫色の野の花を一人の日本軍兵士がそっと背嚢にしのばせ持ち帰り、鎮魂と償いの気持ちをこめ、平和の花として日本中に広げていったことをテーマにした歌だ。 数年前に初演され、今全国に歌い広げられている。 ニ胡とピアノの伴奏で、思い切り気持ちをこめて歌った。 外交上のこともあろうが、大層ほめていただいて、ますますやる気倍増だ。 作詞者の大門高子さんも東京から来られ、中国南京理工大学の竜の踊りの竜も入り口に飾られ、楽しく、感動的に歌えた。 不忘歴史、面向未来
2008年06月22日
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蟹工船は戦前の資本家がさらに新しい利潤追求のため労働力を脅しと騙しで非人間的に扱い、儲けをむさぼる姿が描き出され、そのなかでも、カニ工たちの男くさい、人間くさいたたかいが繰り広げられる。 それを読んだ感想文のコンテストの本が出版されている。 そこには、現代の若者の派遣の実態と重ね合わせて、なまなましい、蟹工船を凌ぐ現実があらわにされている。 蟹工船は男性の男の臭いのする文学だが、現代は若い女性までもがカニ工に陥れられている。 しかも男女とも、学歴優秀でも派遣の儲けの材料として=人間としてではなく、使い捨ての部品として組み入れられている。 そして蟹工船は男たちが共通する怒りを資本家に向けて高まりあってゆくが、現代は、人間的つながり、コミュニテイが絶たれ、個人個人がバラバラの材料や部品として、精神を痛めつけられている。 人間の尊厳を、若者に。 人間としてのいきがいを派遣労働者に。 派遣労働法を廃止し、労働者として、人間として尊重される法律を確立すべきではないだろうか
2008年06月21日
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5月11日水曜日、一つはハローワークで2次面接まで行ったところがダメ もう一つは、男声合唱団昴の○○声楽教室を開いたところ、3人の生徒さんが来て下さり 少額ながら講習料をいただいた。 音楽でこのような形で収入を得るのは初めてであり、「芸は身を助すく」そのものである。 未熟な自分ではあるが、さらに芸を磨きたいと思った。
2008年06月15日
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最近、健康と経費節約のため自転車で行動するようになった 今まで使ってない筋肉を使うのか、最近の冷たい空気のセイか、選挙のとき痛めた腰がまた痛み出した 今日は、娘が岩盤浴に連れて行ってやるといって、妻と最近結婚した下の娘と計4人で長女の運転で寝屋の長者の湯、水春に連れて行ってくれた。 もっか無収入のわが身を案じてか全部娘が払ってくれた。 初めての岩盤浴だったが、からだがリラックスしすぎ、ふにゃふにゃになった
2008年05月15日
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先日パスポートを取りに行ったとき、谷町4丁目から大阪城を斜めに横切り京橋まで歩いた こないだは、森之宮の歯医者さんから鴫野駅まで歩いた。 新緑の季節。 めったに通らない道を、リュックをかついでぶらぶら歩くのもいいもんだ 時間に余裕のある人生もまたいいもんだ
2008年05月15日
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今朝の新聞を読んだ07年6月日経平均18138円→08年3月11787円(株安)円相場07年6月123・49円→08年3月95.77円(円高)円高と株安の最大要因は米経済の変調世界的な株安の中で日本市場の株価下落は群を抜いている 投資部門別株式保有比率(2937社対象) 金融機関 31・3% 外国人 28% 事業法人 20.7% 個人ほか 18.1% 政府地方公共団体 4・6% 証券会社 1・8%投資部門別売買シェア(東京07) 証券会社 1% 個人 26% 法人 12% 外国人 61%東京市場の売買シェアで6割を占め、上場企業株式の28%を保有する外国人投資家は年初来1兆円余を売りこしている外需依存体質をつよめ、片肺状態にある日本経済の足元を、海外の投資家に見透かされていることが株安の一因円高が続く背景に投機資金の存在がある投機資金は原油や穀物市場にも流入。原材料高騰と諸物価値上げで国民生活を直撃、国内景気の減速停滞をもたらしている儲け一辺倒の金融市場に一定の規制をしルールをつくり、国民家計を軸にした民主的経済システム構築が日本経済に求められているのではないかまたアメリカ一辺倒の政治・経済・軍事・外交すべてを見直し、諸外国との平和・友好関係を平等に樹立していくことが今必要なのではないかと私は思う
2008年05月13日
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4月13日の新議員誕生の投開票日から1ヶ月になるおかげさまで時間的余裕がでてきたぼんやり身体を休める日々が続いた。寒い日が続く中、風呂に入り、この湯何かに使おうと流さず残し、今朝、植木やプランタンの花に水遣りをした。そして水洗トイレに流した。においが少しましなように思う。暑くなるとシャワーくらいになるが、肌寒い日は湯船に使って、湯の有効利用をしてみよう少しは地球環境にプラスなのでは?
2008年05月13日
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憲法ミュージカル「ロラ.マシン物語」がわが街、大東市のサーテイーホールで上演された 戦時下のフィリピンで何があったのか。そして今なお (パンフレットより抜粋引用) 日本が「大東亜共栄圏」の建設を掲げてアジア・太平洋戦争に突入した1941年12月8日、日本軍はフィリピンへの侵攻を開始し、数ヶ月間のうちに全島に軍政を敷いた。 ゲリラ掃討名目で各地で手榴弾や銃剣、機銃掃射を用い、あるいは崖、井戸に突き落とすなど多数の住民虐殺を行い、略奪、暴行を繰り返した。 多くのフィリピン人女性をむりやり連行し、駐屯地で「慰安婦」として監禁し連日強 を繰り返した。 日本軍の占領中に、戦場や収容所、虐殺で命を落としたフィリピンの兵士、市民の総数は、100万人を超えるとも言われている。 多くの日本兵もまた、補給を絶たれて飢餓に陥り、病気に苦しみ、抗日ゲリラに怯え、絶望的な戦闘を強いられ、フィリピン戦線に投入された63万0967人のうち、8割に当たる49万8600人が命を落とした。 1944年10月、日本軍はレイテ沖海戦で壊滅的打撃を受けて敗れ、ルソン島北部に追い詰められて敗走を重ねた後、1945年7月5日フィリピンにおけるアジア・太平洋戦争は終わった。 戦争が終わっても、「慰安婦」にされた女性たちは、さげすみと偏見の中で長い間自分の身に起こったことを誰にも言えず苦しんできた 「私たちが被害者である」と言えるようになったのは、1990年代以降のことだ。 1990年 韓国の金学順さんが名乗り出、フィリピンでは1992年ラジオでの呼びかけに応じてはじめてマリア・ロサ・ルナ・ヘンソンさんが名乗り出た。 トマサ・サリノグさんを含む46人が1993年に日本政府を相手に尊厳の回復を求めて提訴し、訴訟は2003年12月に最高裁で敗訴したが、今なお多くのロラたちが闘い続けている。 この問題に曖昧な態度をとり続けている日本政府に対し、2007年7月以降、アメリカ下院、オランダ下院、カナダ下院、欧州議会等世界の国々で、また2008年3月には宝塚市議会で、元「慰安婦」への公式謝罪・補償を求める決議が次々にあがっている。 現在を生きる私たち一人ひとりに、現在に続く過去への向かい方が問われている。 平和な未来をともに築いていくために。 以上の内容がミュージカルで演じられ感動を呼んだ。 私が歌っている栗原貞子詩 外山雄三曲 の「ヒロシマというとき」(混声合唱の為の組曲『永遠のみどり』より)の中に、 女や子どもを壕の中にとじこめ ガソリンをかけて焼いたマニラの火刑 という歌詞がある。 朝鮮や中国での旧日本軍の侵略・占領のひどい実態についてはいろんな書物などで理解していたが、フィリピンでの実態はよく知らなかったと言うのが本当のところだ。 今回、ロラマシンを観て、さらに知りたいと思った。 身体に突き刺さったナイフのように、抜くと命がなくなり、そのままでも痛みで苦しむという風に表現してたが、「慰安婦」の過去の事実が、ロラを心的にも苦しめ、結婚も出来ず、人間としての尊厳すら奪ってきた。 その中でも強く生き抜いてきたロラたちに、尊厳の回復を日本政府はせにゃならん。 と私は思う。
2008年05月01日
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