私の沼

私の沼

黒頭巾ちゃんがメヌエットを弾いた日



 黒頭巾ちゃんはその日、おうちでピアノを弾いていました。
 空は薄ぼんやりとした曇り空で、照明をつけないでいると、おうちの中はまるで霧がかかっているように薄暗いのでした。
 でも、黒頭巾ちゃんは、薄曇りの日の、薄暗いおうちの中が好きです。

 黒頭巾ちゃんは、古いラヴェルの楽譜を取り出して、ゆっくりと、メヌエットを奏ではじめました。
 メヌエットは古い形式の舞曲です。
「ハイドンの名による」メヌエット、と名付けられたこの曲を、黒頭巾ちゃんはとても好きでした。
 黒頭巾ちゃんはいつのまにか、吸い込まれるような気持ちで弾いていました。
 そして、ゆっくりとゆっくりと弾いていると、いつのまにか、黒頭巾ちゃんの背後で、誰かが、とても静かに踊っている気配がしたのでした。

(黒い神様かもしれない)
 と、黒頭巾ちゃんは思いました。
(愛しています。愛しています。愛しています。愛しています)
 黒頭巾ちゃんは何度も何度もそう思いました。
 黒頭巾ちゃんの背後で、静かな踊りは続けられていました。
 そして黒頭巾ちゃんはどうしても、振り向くことができないのでした。
 黒頭巾ちゃんはその日、ぽたぽたと涙を流しながら、腕が動かなくなるまで、メヌエットを弾き続けていました。





© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: