私の沼

私の沼

花子とおじいさん


 山形県のある町で幸せに暮らしていました。
 町はいつもとても静かで、響くのは、花子がブーブーとおじいさんを呼ぶ声くらいのものです。

 朝六時、町のスピーカーが目覚ましの音楽を鳴らします。
 すると、おじいさんが花子のところへエサを持ってやってきてくれます。
 おじいさんは毎朝5時には起きて、畑仕事や花子の世話をしてくれます。
 花子はおじいさんが大好きです。
「ブー!ブー!(おじいさん大好き!おじいさん大好き!)」
 おじいさんは鼻をすりつけて甘えてくる花子の頭を撫で撫でしてくれます。
「よすよす、いい子だ。ほら、うんまい朝ごはんやるがらよ、えっぱい食てけろな(よしよし、いい子だ。花子、ほら、おいしい朝ごはんをあげよう。たくさん食べなさい」
「ブー!ブー!(わぁ、おいしそう!うれしい!おじいさん大好き!)」
 花子とおじいさんは、毎日とても、仲良しでした。

 でも、実はおじいさんには悩みがありました。
 おじいさんは、花子のことを好きになりすぎてしまったようなのです。
 そのことで、おじいさんは毎日お嫁さんに嫌味を言われています。
「ずさま。いづまで花子ばうぢさ置いでおぐなだ!次郎の高校入学さ間にあわねえでねえが。はやぐ市場さ持てってけろ!(おじいさん。いつまで花子を家に置いておくんですか!次郎の高校入学に間に合わないじゃないですか!早く市場へ連れてってくださいよ)」
 この家では、一番権力があるのがこの嫁で、おじいさんではありません。だからおじいさんはたじたじとなって必死に言い訳するしかありません。
「んだたて・・・。なんだが俺ぁ・・・花子がめんごくなってきてしまてよ(そうは言っても・・・。なんだか俺は・・・花子がかわいくなってしまってな)」
 おじいさんがそう言うと、お嫁さんは呆れたようにおじいさんを叱り飛ばしました。
「このずさまは!何わげわがらねごど語ってんなだが。孫ど豚、一体どっつが大事なんだが、よっくかんがえでみでけろ!ばがなごどばりゆてねで、さっさど花子ば市場さ連れでってけろ!今度の土曜日の市場には必ず持っていがんなねよ!(このおじいさんは!何わけわかんないこと言ってるんでしょうね。孫と豚、一体どっちが大事なのか、ちゃんと考えてみてくださいね!バカなことばかり言ってないで、さっさと花子を市場へ連れて行ってくださいよ!今度の土曜日の市場には必ず持っていかなきゃいけませんよ!)」
 おじいさんが一言いえば、100倍になって帰ってくる・・・・。おじいさんはお嫁さんと話をするのがこの世で一番苦手です。

 その晩、おじいさんは豚小屋へと花子を見に行きました。
 花子はぐっすりと寝ています。
「ブー、ブー・・・・・(おじいさん、大好き・・・。むにゃむにゃ」
 花子はおじいさんの愛情を一身に受けて、色艶も良く、体も大きく、ものすごく立派な豚に成長していました。
「花子・・・・」
 おじいさんは目に涙を浮かべ、丸々と太った花子の健やかな寝姿を見つめていました。

 おじいさんは土曜日、やっぱり花子を連れて市場へは行けませんでした。
 お嫁さんが激怒したことは言うまでもありません。
 大人しい息子は黙ってトラクターの点検へ行き、孫の次郎は無言で茶の間に座りTVゲームをし続けていました。
 おじいさんは孤独でした。おじいさんには花子しかいないのでした。
「花子・・・・」
「ブーブー!(おじいさん!好き~)」
 花子はつぶらな瞳でおじいさんを見つめます。
 おじいさんはそれを見るたびに、丸々と太って優しかったおばあさんのことを思い出すのでした。
 おばあさんは悪い病気にかかって、10年も前に亡くなってしまっていたのでした。

 花子のことで悩んでいたのが悪かったのか、その一ヵ月後、おじいさんは心臓発作でぽっくりと死んでしまいました。
 おじいさんのお葬式。
 親戚や、近所の人たちなど、たくさんの人がやってきて、家はとても賑やかで、みんな夜通しお酒を飲んでいました。
 その賑やかな様子を、花子は不思議な気持ちで、豚小屋から見つめていました。
「ブー、ブー・・・(おじいさん、どうしちゃったのかな)」
 そこへ、お葬式にやってきた近所の人がやってきました。
「あんらぁ、ずいぶんとまだいい豚がいるごど。これは市場でもたがぐ売れるべえ(あら、ずいぶんとまたいい豚がいるじゃないの。これなら市場でも高く売れるでしょ)」
「ブーブー(こんにちは・・・。おじいさんはどこですか)」
 花子には、おじいさんが話す言葉以外はわからないのでした。

 おじいさんのお葬式が終るとすぐ、花子は市場へと連れて行かれました。
 花子は番号札をつけられ、とても高い値段で競り落とされたのでした。
 花子ほど立派な豚は、その日の市場にはいませんでした。
 お嫁さんは大喜びで帰っていきました。

 そして花子は、どこへやらと連れて行かれ、わけのわからないまま、気がついたら真っ暗な暗闇の中にいました。
「ブーブー(おじいさん・・・どこ?)」
 もうずっと、花子はおじいさんに会っていません。
 花子はおじいさんと、あの町であんなに幸せに暮らしていたのに・・・。
 もうあの日々は戻って来ないのでしょうか。
 そのときです。
 花子の後ろから、光が差し込んできたのでした。
 花子は思わず短い首で振り向きました。
「ブーブー!(あっおじいさん)」
 真っ暗な暗闇の中にいた花子は、喜んで声を上げ、ドドドドドッと走り出しました。
 懐かしい、大好きなおじいさんが、そこへ立っていたのです。
「花子!」
 おじいさんも花子を呼びました。
 花子はうれしさのあまり、勢い余っておじさんを踏みつけて通り越してしまいました。
 が、踏み潰されたはずのおじいさんは、再び立ち上がってにこにこしています。
「花子!」
 花子はまたまたうれしくなり、ドドドドドッと・・・・。
 それを3回くらい繰り返し、二人はやっと落ち着きました。
「花子。また、一緒に暮らすべ。あそこから出っど、生まれ変われるんだど。んだがら、こんどはおらだは夫婦になって暮らすべ。神様に、花子と暮らすだいって話しばしたら、神様は『んだらば人間には生まれ変われるがどうがわがんねげどもいいが』っていうなだった。んでもよ、おれはべつに人間でなくてもかまわねど思ったがらよ(花子。また一緒に暮らそう。神様に、花子と暮らしたいって話をしたら、神様は『それならば人間には生まれ変われるかどうかわからないがいいか』って言っていた。でも、俺は別に人間でなくてもかまわないと思ったから」
「ブーブー!(おじいさん大好き、一緒に暮らしたい)」

 そして。
 花子とおじいさんはふたりで、光の門を潜り、生まれ変わりました。
 神様になんだかんだ言われた割には、ちゃんと人間に生まれ変わり、紆余曲折あって結婚しました。
 ふたりは別々に育ちましたが、ある日道端で出会った途端、二人の体に電撃が走り、その日のうちにお泊りし、なんとすぐに赤ちゃんができてしまい、できちゃった結婚をしたのでした。
 運命ってあるんですね。
 そして二人は今、幸せにくらしています。
 めでたし、めでたし。


© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: