アリーとベニ-のおかげで、私たちは幸運にも Ibu Rosni 、Ibu Dosni 、Elly、Ibu Makbidたち、ヤヤサン・アニサ(Yayasan Anisa )のメンバーと出会うことができた。(アニサはアラビア語で女性を、 ヤヤサンは非営利団体の意味)この"草の根"組織は、津波でオフィスを失い、スタッフのほどんどが家族を失っていた。それでも彼女たちは働き続けていたの。津波から生き残ったメルボ-の人たちは、この勇敢な女性たちによって、どれだけ励まされたことでしょう☆"
ヤヤサン・アニサのスタッフたちは、私たちのために、キッチン・バケツとベビー・バケツを計画的に配給してくれたわ。彼女らはまた、ホストファミリーのジレンマについても話してくれた。家が無事だった人たちは、時には20名以上の犠牲者に住居を提供し、津波がくる以前から決して充分とはいえない家計から、みんなに食事を与えていたの。私たちは、そんなテント・キャンプから退去させられた人たちが、食糧援助を受けていないという事実を、World Food Bank に報告し、彼らは早急にその問題に取り組むことを約束してくれたわ。
アチェへ出発する時点で、目指しているゴールが何なのか、私には全くわからなかったし、実は今もまだ確信はないの。ただ、IDEPのアチェ募金と多くの人たちの寄付によって、私たちは「行かされる」(We were asked to go)ことになった。そんなドナー(寄付をしてくれた人たち)とアチェの人たちに答えるために、私たちがいい仕事ができたと願っているわ。これからもクリニックを続け、スタッフを送りだせるように頑張っていかなくてはね・・・。たくさんのインドネシアの救助団体と国際NGOの掛け橋となり、アチェに素晴らしい友人を作れたんだもの。