女子高生Aの日記(仮)

女子高生Aの日記(仮)

自分の価値


いや、多分答えはもう出ているんでしょう。
生きるため、です。

愛だ恋だと抜かしたって 所詮はぼくらアニマルなんです

でも、それでは寂しい、つまらない。
そう思う自分がいるから、人は悩むのでしょう。

人間が他の動物と違うことは、悩んでも仕方ないことを悩むという点だと思います。これは、決して高度な精神活動だとは思いません。むしろ無駄です。
「悩むことによってより良くなれる」…本当ですか?
「今答えが出なくても、いつかそれが実になるときが来る」…本当ですか?

「明日のことは分からない」
これは誰もが、とりあえず頭では理解していることです。例えば次の瞬間、何かの事故で死んでしまったとしても文句は言えません。みんな、分かってるはずなんです。

なのに、その一方でみんな「いつか」を信じ続けて…。
学生だから、若いから、子供だから…色々と言い訳をして、結局誰かにぶら下がって生きています。

今、価値ある人間にならなければ。
今、誰かの役に立たなければ。

ひょっとして、次の瞬間人生が終わったら…無価値な人間のまま、誰かにぶら下がっている人間のまま、終わってしまうんですよ。


昔、誰の恩も感じていなかったとき、周りじゅうが敵だったとき。
そんなときは、両親のありがたさにも、友達の優しさにも、気付いてはいませんでした。自分が世界の中心で、自分は1人でも生きていられると思っていました。

でも、高校に入って、本当に色んな人と逢って。
私を認めてくれる人の存在を知りました。「何かをしているから」「何かをしないから」だから、条件付で認めるというのではなくて、「友達だから」という理由にもならない理由で認めてくれる。
思えば、そんな人は元々回りにいたんですよね。両親が。
でも、そんなことも今になってやっと気付いて。

昔は誰のためにも私の力を使おうとしてはいませんでした。
だから、私の力が減ることはなかったし、持っている力は全部私のものでした。
でも、いざ人のために使いたいと思ったとき、あまりに私の手の中のものは少なすぎて…。
昔の習性で、その少しさえも投げ出すことができなくて。
そんな自分の価値を、本当に疑いました。


BUMP OF CHICKENの『ハルジオン』にこんな歌詞があります。

生きてく意味をなくしたとき 自分の価値を忘れたとき

かなり微妙な部分ですね…この歌の良いところ、と言って紹介する部分では絶対に無いですが。
でも、私はこれが羨ましいと思います。自分の価値が、 かつては存在した ということなんですから。


多分、今の私では、一番大事なものは守れないと思うんです。
今、私の狭い世界の中で、一番大切だと思うのは自分ではありません。
と言うか、はっきり言って自分とかどうでもいいんです。
どうせ生存本能が働いて適当に守ってくれるんですから。
むしろ、明確な意思を持って何かを大切にするということの方が難しいです。

「守る」ということは、私の場合はまず私自身から、その対象を守らなければなりません。
私は元々人より思いやりの無いほうだと自覚しています。「その一言がきつい」「人を見下してる」「自分の思い通りにならないと気が済まない」…幼稚園のときから、先生たちに何度言われたことか。
だから、一番の敵、倒すべき存在は自分なんです。

でも、相手に自分を認めてほしい。
私に何らかの価値を見出してほしい。

昔から、無いものねだりの癖だけは変わらないようです。

せめてもう少し、私にしかできない何かがあれば良いのに…。


© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: