☆High School Life☆

3 夏の合宿編


 ● 夏の合宿 ●


 七月の中旬。夏休みの突入と共に我ら吹奏楽部は山梨へ夏期合宿へ行った。その目的は、九月に控える文化祭での演奏会の曲練習をする為、部員の親交を深める為、青春の思い出一ぺージを埋める為などなど各自色々。まだ部に馴染めきれてなかった自分には絶好の交流場。不安なワクワクさん状態でバスに乗った。

 着いた先は思いっきり携帯が圏外になるド田舎。コンビニも30分以上歩かないとない。でも窓から絶景の富士山を拝める自然の香りプンプンの所だった。宿舎の畳のニオイを嗅ぐと、何か高校時代の合宿って感じがしてイイ。

 楽器を運搬したトラックが到着し、皆で楽器をを練習場に担ぎ込む。練習場は2階。エレベータ無し。不運続きに、幅1メートルくらいの危なっかしい急斜面の階段でしか運ぶルートが無かった。大太鼓やティンパニー、チャイムやドラムなど殺人的体積を誇る楽器は有無を言わず男性軍のお仕事。エンヤコラ頑張る男子達に反感を買われない様に女子軍は「カッコイイ、男らしい」など気をなだめる数々の言葉を背後で男子にプレゼントした。

 ようやく楽器のセッティングも完了し。ゼイゼイ言いながら練習開始。一通り合奏を通すと、各パートで部屋ごとに別れ、できなかった箇所を各々練習し直す事になった。うちのトランペットパートは3年2人、2年2人、そして1年のうち1人で計5人で結成している。パート内で音を合わせてみる。先輩達は流石に上手い。4人とも綺麗にハモってる。でもうちの音だけが仲間はずれにされているみたいに合わない。というか何もかもずれていた。今だからわかる事。基本音が出ていない、自信の無いところはごまかしす、遅れる、リズムを取っていない、指のアクションができてない。何一つできていなかった。それすらこの当時分かってなかった。それどころか、音が出せない原因探求をせず先輩の目ばかり気になっていた。

 「ヤバイっ自分凄く足引っ張ってる!!きっと先輩、イラついてるよ!どうしようっ。」

 焦るばかりで全然集中できない。そして自分を強く劣等感の渦に叩き付けていた。先輩はうちがどんなにしょぼい音を出そうとも何も言ってくれなかった。そればかりか、どんどん先に進められる。自信喪失状態のうちはもうマイナス思考の何者でもない頭をかかえ、泣きたくなっていた。

 「一旦休憩。」

 そう言うと先輩たちはぞろぞろ部屋から出て行った。

 「ああ、これで1人になれる。頭冷やせる・・・。」

 お化け屋敷から途中離脱したみたいに、一時安心したような、情けないような複雑な気持ちだった。うちは休憩という言葉にピクリとも反応せずずっとトランペットを握ったまま席についてうつむいていた。先輩達はもう皆出て行っただろう。

 「はぁ~~~~~~~~・・・。」

 自分を許したかのように大きなため息を漏らし、頭を上げた。するとまだ席についている先輩が1人、目に飛び込んできてたまげた。三年のチャリ男先輩だ。今の情けないため息を聞かれてしまった。

 「・・・・・・。」

 謝るのもおかしいし、無言でいるのも気まずい。でもさっきあんなに足を引っ張ってしまったこの馬鹿者が、心中イラだっているかも知れぬ先輩に易々と話しかけるのも怖かった。怒られるのかな。シカトされるのかな。怖かった。すると突然、

 「吹くのまだ難しい??」

 と聞いてきた。とても優しい言い方だった。うちはその声に緊張の糸を切られた。

 「ごめんなさい!全然吹けなくてっ!まだ音もパッと出せなくて、何の音出してるのか自分でも分からなくて、それに練習の邪魔しちゃってっ」

 ダムの放水でも始まったのかのごとぐ心に貯めてたものを出せるだけ出した。すると先輩は、

 「まだトランペット持って日が浅いからね、そんな焦らなくても大丈夫だよ。それに練習の邪魔とか思ってないから。」 

 良かった!全然怒ってない!声のトーンだけでうちは凄くホッとした。その後先輩とトランペットから頭を離して、別の話をして気を落ち着かせる事ができた。

 今思い返すと一番辛い思いをした練習だった。自分が上手く吹けていないのは自分も回りも百も承知なのに、原因も改善方も分からない。吹けていないのに誰も気にかけてくれず居ない者とされるようにどんどん置いて行かれる。そして冷たい空気。劣等感。疎外感。プレッシャー。思い出すだけで吐き気が出る。もしうちのような後輩ができたら絶対こんな経験はさせないようにしようと思った。

 その後も、言葉通り「朝から晩まで」の練習で、人生上こんなに楽器と触れ合っている時が長いなんてこの先もうないのではっと思うくらいひたすら吹いていた。夜の練習が終わる頃、疲れすぎて皆膝を抱えて沈黙していた。その甲斐あって一番飛躍した時でもあった。辛かったが、この合宿で得たものは凄く大きかった。



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