confuoco Dalnara

殺人の追憶・拾遺


(これから映画を観る方は読まないで下さいね)

映画の最初でソン・ガンホが覗き込む排水溝が
映画の終わりの方にも出てくる。
その排水溝で何を見出すか、覗いた先にはなにが見えるか。
同じ人が覗いても覗いた時によって時それぞれに
感じるもの見えるものは異なるだろう。

少女の言葉で歴史が現代に続いていること
それを聞いたソン・ガンホの反応で
事件はまだ彼の中で終わっていないことがわかる。
歴史は流れる水のようなもの。断ち切ることはできない。
その事件を思い出す時
心の痛みなしには追憶し得ないから。
国としては高度成長を駆け抜けてきた歴史だけれど
想起するときには痛みなしに思い出し得ない。
そうした痛みも共有して私たちは現代に至っている、
という共感を韓国の人は抱いたのだと思う、この映画を通して歴史を辿って。

この映画に描かれている人たちは
韓国の長所も短所も伝統も革新も包含する深さがあった。
観る人は誰かしらに共感し反発し
言動に民族性やおかしみを感じて
登場人物を等身大に感じることが出来たのでは、と思う。
あふれでる韓国のさまざまな自画像を
歴史の1ページに凝縮したような映画。

犯人は現場に戻ってきた17年後に。
戒厳令下の暗闇をついた犯罪。
夜遊びも出来ない、無人の夜。
機動隊はデモ鎮圧へ。
冷静ではいられない捜査。
最初は科学的だったソ刑事も罪を憎むあまり人をも憎んだ。

除隊した人は精神的に不安定なのかとも思わせたり
デモに参加していた学生が拘束されたり。
声高ではないけれど背景に歴史のこと、社会問題が少しづつ顔を出している。
最後に女の子が、とても平凡な人だったと言うのは
犯人が社会のなかで平凡な顔をして生きているということ。
『ほえる犬は噛まない』とも通じる表現。
それが私たちのいる世界、社会なんだ。

まだ人権という言葉も使われていない時代
警察がマスコミより強く強権だった時。
容疑者が「あんたたちが無罪の人たちを痛めつけているのは知っているんだ」
と言うのもこの時代の一面をあらわしている。
でも犯人に対する怒りはコントロールできない。容疑者にぶつけてしまう。その心情はわかる。

国が近代化現代化していく過程。
捜査にもDNA鑑定を取り入れはじめているが
自国の力で鑑定することはできなかった。試料は米国に送る。

韓国のいろいろな像に光が当てられていく。
DNAのように今も痕跡のある姿、今の容の根っことなる姿。

小国の悲哀も意識されている。
FBIは頭を使って事件を解決するが、韓国みたいに小さい国は足で捜査する、って。
かかしには、自首しないと罰が当たる、といったことが書かれていたけれど
共通の善意と倫理を期待できる共同体は崩れつつあり
隣の人が何を考えているかわからない、という社会に変わりつつあった。
あるいは、罪を犯してまで自分の欲望を優先する社会に変貌しつつあった。

ソ刑事がほんとうの兄のように女子学生にバンソウコウを貼って上げる場面。
そんな風に心をゆるせる隣人同士、社会はなくなっていったということだろうか。
もう無邪気で無垢ではいられない。クァンホが死んだのもその象徴かもしれない。

書類は嘘をつかない、ってソ刑事が何度か言うけれど
溺れる者が藁をつかもうとしているようにも聞こえる。
他に方法がない、それしか信じられるものがないという
不安で頼りない気分が表出しているから。
そして半島の精神性、両班が文物を権威としてたてまつってきた歴史や
古い意識も象徴しているよう。

農村という共同体に工業化が押し寄せ
犯罪をせき止められるようなモラルはなくなり、知らない顔は増える。
犯人が現場に戻ってきて
犯罪を思い出す(追憶する)のはショックだ。

排水溝をのぞいた向こうは明るいようだった。畑を見通せた。
容疑者のひとりが駆けて行ったトンネルは闇だった。未来はどっちなのだろう。




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