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昔から 城峰といっていた 場所を 訪ねてみた
私の好きな 角度で 浅間山を 千曲川の対岸から 望める 最初の地点である
行ってみると 外山(とやま)城跡となっていて 思ったより 広い場所であった
子供のころは 崖があるので 近づいては いけないと 言われており
初めてであった
史跡の説明を読むと 母の実家の 近くでもあり なにか 関係が あるのかな
などと 思いを 巡らせた
たかだか 500年前の できごと 戦国の浪漫を 感じる
外山(とやま)城跡
この城跡は 烽火台(のろしだい)を中心に 本郭(ほんかく)と二の郭(くるわ)大堀切からなっている 伝承によれば 天文年間(1532~1555)武田信玄 上杉謙信 戦斗の際に 築いたとされているが それより早く 文明年間(1469~1486)に 村上氏の 佐久進出の頃に 築かれたとみるのが妥当であろう 天文10年(1543) 武田 諏訪 村上三氏の連合軍によって 海野氏の攻略を図った 海野平の合戦 天文17年(1548) 天文19年(1550)の2回にわたった 武田氏の村上攻め等 本城跡から一望できる 佐久 上田 小県(ちいさがた)の地域は 戦国期の歴史に残る 大戦乱の舞台であった 本城跡は 当時これらの軍事的な情報 連絡の重要な拠点として 活用された地であった 武田氏滅亡後は 依田新藩の臣 依田十良左衛門がここを守ったといわれている







ジェラートと東山魁夷 2009.10.17