<本居宣長批判> 本居宣長は「古事記伝」で、仏教を退け儒教を排し、中国の書物の理屈で日本の神代の人知を超えた不思議さを論じるな、と騒ぎ立て、天照大神が太陽の化身で(皇室は)その天孫である、と主張する。(本居氏はさらに)伊勢の大宮は日輪(太陽)でいらっしゃるので、日本はもちろん高麗、唐土、天竺などあらゆる国々がこの神を拝して感謝するべきなのに、外国人たちはそんな道理も知らないとはあさましいことだ、とも述べる。こういった本居氏の論理は牽強付会ばかりだ。・・・ああ神道を学んで博学と見える人も、なんでこんなに愚かなのだろう。・・・天照大神が日本を照らすのは疑いないにしても、どうして全世界を照らすと言うことができよう。(「第三巻 神代 一、二」より)
<西洋人の怖さ> 欧羅巴(ヨーロッパ)の国々は外国を奪って自分の属国にし、代官を置いてこれを治め、諸国通商の便とする・・・彼らの底意(下心)を知っておかなければいけない。恐ろしいことではないか。(第二巻 地理 廿)
<日本と西洋の比較> (1804年にわずか7、80人の従卒と、ペテルブルクから西回りコースで長崎に来て通商を求めた、ロシア人ニコライ・レザノフの「智術の逞しい」ことに触れた後)日本や中国の人は幼い時から字の勉強をするけれども一生かかっても全部知ることはできず、そのほかにも仏教、詩歌、茶の湯、謡曲、舞楽をはじめとして無用の稽古や諸芸諸術に日々を費やし、また自分の仕事の為に諸芸や諸行に努め、誠実に忠孝仁義を学ぶ、それほどしても身を修めることができない。まして、天文や地理などの事象の意味や道理の知識を得て通じることなどなおさらできない。・・・世界の諸国のおおよそのことも知らない。ただ自分の国の風俗や今の有様だけがいいのだと思い込み、天変地異や外国で大事が起きたら、どうしていいかわからず驚き怖れるだけで、漫然と日々を過ごしていくのは残念なことだ。西洋「欧羅巴」の人たちは、世界中を周り、天文(天空に起こるさまざまな現象)を解明し地理を調べ、世界全体の概要を把握し、忠孝仁義のことはもちろん、物の道理を極め知的判断力を高めることだけに没頭して、諸芸・諸術など無用なことに時間をかけることはせず、文字はたったの26字で、大文字、小文字、筆記体、数字など合わせて100字ばかりなので、10歳になるまでに全部習得して、その後は知識を深め物事を習うことに向かうので、知識・技術の幅広いことが理解できるだろう。(第二巻 地理 十九)なるほど、このような現実的で合理主義の考え方が、明治初めの前島密などの考えにつながったのか。
さし米というのは米を吟味するときに、俵へさしというものを差し入れて、俵の中の米を見ることである。さしというのは、竹の筒で作ったもので、先端をそいで俵へ入りやすいように作って、俵へ差し入れるものである。このさしを俵へさすと、竹の筒の中へ米が入るから、右に述べたさしを抜いて手に米を受けて見るのである。(稽古談、現代語訳、p.374)蟠桃が仙台藩に願い出たのは、一俵につき一合の減り米をください、ということだった。この部分青陵の説明では次のようになっている。
さて米がこぼれるのは、さし米をするからである。だから、さし米というのは、いっこうに米が減らないようにはならないものだ。ところで升小の願いは、一俵につき一合のさし米ということである。一俵の米を三ヵ所でさしてみるから、一合の減り米が出る、これをさし米というのである。この一俵につき一合の減り米を升平に下さるように願ったのである。(稽古談、現代語訳、p.375)ここで「升小」は蟠桃、「升平」というのは升屋主人平右衛門のことだ。どうもはっきりしないのだが、「さし米」というのは、吟味の為に竹を差し入れることのはずなのに、ここでの書き方ではさし米によってこぼれ落ちる「減り米」を「さし米」と呼んでいる。多分、こういうことではないだろうか。「一俵の米を仙台、銚子、江戸の三ヵ所で吟味します、その時にこぼれ落ちる米(減り米)をおよそ米一俵につき一合として、私どもにいただけないでしょうか、吟味にかかるもろもろの費用に充当したいと思うのですが」と。