めざせ!ヤマトナデシコ

めざせ!ヤマトナデシコ

初海外デビュー



期間:20年前 

初海外:
私の初海外は旅行ではなく、、父の転勤にくっついていった。
当時まだ、、6歳!
空港に降りたって言った一言。
「うわぁー。ドラえもんの国だ!!」
我ながらかわいいガキだったのね!と感心する。
とにかく空港から東南アジア独特の匂いが立ち込めている、、。
でも、私はすぐにインドネシアが好きになった。
その匂いが心地よく感じるんだ。
理由は憶えていない。小学校に入る前だから記憶も部分的だ。
御かげで、未だに東南アジアに行くと、、懐かしい匂いが心地よい。

さて、私の義務教育1歩目はジャカルタ日本人小学校だった。
今となっては綺麗なその小学校は当時、、。蟻に食われてボロボロだった。
私はいつも外を眺めていたような気がする、、。
とにかく暑いし小学校一年生ともなると集中力なんてあったものではない。

勉強の記憶は一切無い。

ジャカルタではよく母に連れられて、、市場に買物に行った。
母はよく値切ってたっけ、、。野菜とか果物とか、、。
東南アジアの果物はとにかく美味しい。
私のお薦めはパパイヤ、ランブータン、マンゴスチン。
日本でも売ってるけど高いし冷凍で売ってたりする、、。
安くて旬で上手い、、。
毎朝、私の朝食は果物だった様な気がする。

当時は観光客も少なく日本人といったらどっかの一応有名企業の日本人が滞在していることが多かったと思う。

バブリーだったよ。
だって、平屋の一軒家なのにとにかく広い。
庭も家の前後にあって、、テニスコート2個分は余裕。
庭の中でバレーボールとかバトミントンとかやっても
ボールとか外にでるってことが滅多に無かったもんね。
庭にパパイヤの木があった、、。

それにメードが二人に運転手が一人、、。
もちろん父の会社が用意してくれたんだけど、、ね。多分、、。

目の前の家には白人が住んでいたけど、、庭にはプールがついていた。
たまに遊びに行ってたな。でも、白人にあったこと無いんだよね。
白人さんが御仕事中にそこのメードさんがこっそり家に上げてくれたの、、。
庭だけならって感じで、、
だって、ヨーロッパ風でカッコイイ家だったんだ。
大人だったらプリティーウーマンごっこでもしてただろうな。

鶏食べるのに、、生きた鶏一匹とか買ってくるんだよね。
で、庭でメードさんがさばいてるんだけど、、。
残酷!両足を紐で縛った上で、、首をちょん切るの。
小学校一年生ながらも、、それをウゲーと思いながら観ていたよ。
もちろん、その後調理された鶏食べるんだけどさぁ、、。
美味かったな、、。本当に、、。
鶏様、、今更ご冥福を、、。

ちなみに、インドネシアは今騒がれているイスラム教信者が多い。
メードも運転手さんも同じ時間になると一定方向を向いて
祈り出すのだ、、。何とも不思議な光景だったっけ、、。

今思えば、かなり楽しい暮らししてたんだよな。
でも、父の会社の都合で帰ってくることに、、。

それから、もう20年も経つんだよね。
今、ジャカルタは当時の面影は全く無いよ。
私が住んでいた社宅もマンション形式になっているし、、。

それでも私はアジアが好き



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