怠惰の箱庭

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第10-D章 混ざる心(剣パート)



自分が自分でないような感覚。徐々に薄れていく今の自分の過去の記憶と、それに取って代わるかのように断片的に現れる別の記憶。

思考系統の変化。教わった覚えのない知識。そして谷田樹を護れという意識。

それらや自分に宿っている能力をどう解釈すべきかをひたすら考えていたのだ。

まず、能力については何故か自分が知っている。樹達には時間制限が90分だと言ったが、実際には120分ある。また、分解した物質を固体は無理だが気体や液体に再構成するくらいは出来る。しかしこれは一回の能力発現につき一回しか使えない。

記憶も一・二年前になるともうほとんど消えかかってて、全然思い出すことが出来ない。代わりにどんどん別の記憶が混ざりこんでいる。
まるで自分の記憶が入れ替わり始めているように感じる。

意識せずとも思考回路や性格の一部に変化が出てきていて、どんどん冷酷に、合理的になっていく。

今の自分が崩れていくような気がして、ここ数日間はまともに言葉も話せなかった。それに能力も使おうとはしなかった。性格が変わるというよりは人格が入れ替わっているようになってしまうからだ。

これらの現象に答えられる解答。それは

『自分が本当は記憶喪失で、別の人格と記憶を植えつけられていた』

と言う事や、

『現在、能力の発現によってその失われた記憶と元の人格が復活し始めている』

と言う事くらいしか考え付かなかった。

それでも何とか他の考えを捻り出そうとしていると、

「――――!」

何かの気配を感じ、身構える。さっきまで敵が襲って来ていなかったので、すっかり油断していたようだ。

勘だけでどこかにいる筈の相手の周囲一メートルを全て分解する。

一瞬だが、見えた。地面やら空気やらが分解される直前に、その場を離れる影を捉えることができた。

「そっちか!」

別の場所を分解する。しかしまた逃げられてしまった。

「くそっ」

もう一度相手を捉えてやろうと周りを見渡して、

「―――――が」

地面にねじ伏せられた。いや、ねじ伏せられたと言うよりは叩き付けられたと言った方が正しいかもしれない。

自分の半径三メートルの間に重力異常が起きている。とても立っていられない程の強力なGに体を圧迫されている。骨が軋み、今にも砕けてしまいそうだ。

これは間違い無く能力者の仕業であろうが、抵抗しようにも攻撃対象も無ければ対処方法も無い。

「が、ああああああああ!」

雄叫びを上げて何とかそこから離れようとする。這いずり進んでいた所に更に重圧が掛けられる。もう肋骨の幾らかは折れてしまったかも知れない。ここで死んでしまうのか、と圧力の強さに比例して胡乱になっていく頭で考えていると、

『死ねない』

という思考が頭の中に潜り込んで来た。

『俺はこんな所で死ねるほど気楽な存在ではない』

もはやこの声が一体何なのか考える余裕すら無い。

『死ぬ訳にはいかない!』

三回目の声の時、ガチン、と頭の中で古びて錆びたレバーを無理矢理引くような音がした。

気付けば重力異常の範囲外に立っていた。

「出て来い」

自分の口から発せられている声が信じられない。自分の意識は在るのに、別の意識が身体を使用している。

「ここから先は俺が相手してやる」

カシャン、カシャンという機械音を立てながら出て来たのは仮面をし、白い外套とズボンを穿いた奇妙な出で立ちの人間らしき形をした物
だった。

袖口から出ている手は明らかに生身のそれではない。それだけでなく左手にはこれまた奇天烈に曲がった刃渡り四十センチくらいの剣だった。

足にも靴を履いているのではなく、金属製のモノが出ている。

「何しに来た」

問い掛けた所で答えるはずも無く、ただそこに幽霊のように佇んでいる。

「お前はまだここに居るべきではない。早急に立ち去る事だ」

また無言。とうとう痺れを切らしたこの肉体は攻撃を仕掛けた。

相手の持っている剣を凝視する。相手は剣が分解される前にこちらに向けて投げてきた。

「甘い!」

飛んで来る剣を分解してもう一度目の前を見ると、もうそこには謎の仮面能力者は居なかった。

「逃げたか」

周りを一瞥してそう呟く。

「やっと、やっと戻ってきた。今度は失敗するものか」

何を言ってるのかさっぱり解らなかったが、もうどうでもいい事だった。

身体の支配権を奪われたこの意識が消えかかっている。現在肉体を操っている意識に溶け込んでいく。

ゆっくり、ゆっくりと侵食され、薄れていく。それは、とても心地よかった。

「さて、他の奴らを消しに行かないと」

その一言を最後に、もう一つの意識は“本来あるべき意識”と同化した。 /続



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