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怠惰の箱庭
第11章 覚醒
暗闇に沈み行く意識の中でぼんやりと考える。
『死んではいけない』
『死なせてはならない』
『死ぬことなど許されてはいない』
まどろみにも似た感覚の中で、いつまでも鳴り響いている。
今、自分は―――どうなっているのだろうか。
敵に腹を貫かれた事は覚えている。その相手を殺したのも覚えている。
しかしその先を思い出そうとしても、まとわりつく声が邪魔でまともな思考が働かない。
邪魔だ。鬱陶しい。消し去ってしまいたい。
こう思ったのも二度目だ、と過去の事を思い出す。
前は一方的に拒絶した。その声を恐れるかのように跳ね除けた。そしてまたやって来た。
なら、いっそのこと受け入れてしまえばいいのではないか。受け入れてしまえば全て解決するのではないか、という考えがよぎる。
どんな方法であれこの苦しみが薄れるなら、と。
そう思った時、現在働いている意識は機能を停止した。
活動力をほとんど失っている肉体は、別の意思を押さえ込む程の力は残っていなかった。
そこに加えて自意識の隙間が出来れば、呑み込まれるのは至極当然のこと。
少年――樹の精神はもう一つの心に混ざっていった。
もう一人の少年、剣と同じように。
「この状況・・・・かなり良くないわね」
「そうですね」
少し開けた場所に出た梶尾と卓は、とんでもない光景を目の当たりにしていた。
目の前に広がるのは、木々が消え去り、地面にクレーターやトンネルが出来ていて、そこかしこに肉塊や血が飛び散っている、地獄絵図そのものだった。
「剣とかいう奴はともかく、秋まで暴れだすなんて・・・」
「ホント、とんでもない暴れっぷりね」
呆れ調で言う梶尾の前を、何かが飛んでいった。
「・・・・・・・」
「今の、腕ですよね」
梶尾は流石にここまで酷いとは思ってなかったようで、絶句してその場に固まっている。
「行きましょう。今暴れている二人はともかく、樹が心配だ」
卓がそう言って梶尾の肩を叩く。
「・・・・そうね」
少し間を置いた後、梶尾が答えた。
二人が歩き始めた時、ゴッ!と音がした。
暴れている二人がやったのだろうと思いつつ振り向くと、
そこには、
巨大な、
刃があった。
「―――何、あれ」
梶尾が呆然と目の前に聳え立つ刃を見つめる。
地面から剣が伸びている。高さは低く見積もっても五メートル以上ある。
その刃に何かが貫かれている。
貫かれているモノは、人の形をしていた。
「――――馬鹿な」
今まで暴れ放題だった二人も驚愕に目を見開き、刃とそれに貫かれているモノに見入っている。
「目覚めたのか」
剣が呟く。
数分経ち、刃が消えた。貫かれていたモノも支えが無くなって地面に落ちていく。
まるでそれが合図だったかのように、刃を見つめていた四人は、刃があった場所へと走っていった。
「・・・・・・」
『俺』はそこに佇んでいた。
無表情で無感情なその顔は、ついさっきまでの俺とはまるで違う。
これが新しい『俺』の姿。もう一つの意識によって動いている身体。
今の俺はその意識とは少し離れた所から『俺』を見ている。それは幽体離脱というやつに酷似していた。
本来ならば新しい意識と完全に統合されているべきだったのであろう。意識がはっきりせず、少し靄がかかっているような感じになっている。
そして半ば同化している意識であるが為に、今の『俺』の考えている事の全てが手に取るように解る。
[鏡原ってのを始末しに行こう]
その考えが『俺』の意識を支配していた。
ただひたすらに、感情の無い殺意。殺意と言うよりは使命感や義務に似ている。
純粋であるが故に恐ろしい、そんな殺気を常に滲ませているのが『俺』だった。
『俺』は走り出した。敵の位置を掴んだらしい。
行く先々に獣人達が立ち塞がるが、スピードを緩めることなく走って行く。
獣人達は皆、『俺』にすれ違われた時には息絶えていた。
走りながら敵を撃破していく『俺』の顔には、表情という物が無かった。それどころか、微笑しているようにすら見えた。
ただ殺戮を繰り返しながら標的へ駆けて行く。
[着いた]
『俺』が止まった。標的の距離が近い事を知り、気配を殺す。
地面に落ちていた枯葉を数枚拾い、アサシンナイフに変える。それを背中を向けている標的に向かって投擲し、それと同時に跳躍する。
「!?」
鏡原は明らかに動揺していた。背後から飛んできたナイフを腕の一振りで叩き落とすが、真上にいる『俺』の存在に気付かず、周りをせわしなく確認している。
その隙を狙い、『俺』が上から奇襲を仕掛けるが、
「おっと、危ない危ない」
軽い身のこなしで簡単に避けられてしまった。
俺は『俺』がこの敵をどうやって始末しようとしているのか、同化した意識の中から読み取っていた。
すぐに答えが出て、結果が出た。
『俺』は、空中からの不意打ちに失敗して地面に手をついた途端、地面の一部を刃に変えた。
敵はまんまと策にはまり、二撃目を避けて安心した所で、足元から突き出てきた刃に貫かれた。
血を吐き、真っ直ぐにこちらを見る鏡原の目には、後悔や恨みの色は無く、むしろ喜色に満ちていた。
「ここまで辿り着いたのか。素晴らしい。実に素晴らしい」
瀕死の状態で笑みを浮かべる鏡原の態度に違和感を感じた『俺』は、
「お前、何が目的だ」
と問い掛けていた。しかしその問いに相手が答える筈も無かった。
「そうか。ついに帰って来たか。ところで君は、誰なんだい?」
意味深な事を言い出す鏡原に腹を立てた『俺』は、声が絶対に届かない場所まで刃を伸ばした。
鏡原の死を確認し、興味を失った『俺』は刃を元の土に戻し、そろそろ到着するであろう者達を待った。 /続
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