中高年サラリーマンからの行政書士 独立・起業の舞台裏

中高年サラリーマンからの行政書士 独立・起業の舞台裏

第3話 横断歩道は45cm



 幸太郎は朝事務所に出勤してメールのチェックをすると、いくつかのメールの中に望月からのメールが入っていた。いつものように何か頼み事だろう。
 開いてみると案の定、名義変更などの手続を解説しているホームページの依頼フォームからの問い合わせで、車を人に売りたいので手続にどの程度費用がかかるかの見積り依頼が来たがどうしたらいいか、という問い合わせである。
 早速やつに電話して詳しい話を聞いてみようと電話をかけてみた。
「もしもし、望月行政書士事務所です」
 ちょっとおどおどした感じで望月が電話に出た。これじゃあ第一印象悪すぎ。取れる客も逃げ出しそうだ。こんど会ったら注意してやろう。
「轟だけど、メール見たよ」
「あ、轟さん! どうしましょう?」
 オレだとわかって元気が出たようだ。
 様子を聞いてみると問い合わせ主が住んでいるのは千葉らしい。東京の行政書士に頼んでくるとは珍しいが奴のホームページが気に入ったのかな? あいつのホームページはほとんどオレが作っているので、まんざら悪い気はしない。 
「じゃあ、今からやる事を教えるから、メモするように。最初はメールにある住所から、インターネットで地図を調べて住んでいる所を確認する。ついでに車庫証明の申請先は警察署だから、管轄の警察署の場所と陸運支局の場所も調べること。千葉は良く判らないからな。移動の道順の予想ルートも忘れずにな」
 そう言いながら、望月が調べているのと同時にこっちでも調べてみる。依頼人の家と警察署、陸運支局は割と近くにあるようなので移動は楽そうだ。場合によっては移動時間などがかかるケースがあるので、その辺を見積りに入れておかないと儲けが出ないことになってしまうので、知らない所での作業は要注意である。
「轟さん、調べましたよ。割と近くにあるので楽そうですね」
「住所から見て依頼主はアパートに住んでいるようだから、駐車場の賃貸契約書か承諾書が必要になるな。返事する時に大家さんの住所も確認しておいた方がいいぞ。大家が変な所に住んでなきゃいいんだけど」
 大体の感じがつかめたので、望月に細かいやり取りの仕方を説明して、自分でもう少し調べてから返事のメールを書くように言ってやる。明日くらいには何か言って来るだろう。
 何もない場合はこちらから督促のメールを出さないといけないが、念のためそれを忘れないようにスケジュール管理ソフトに入力する事も伝えて電話を切った。

 翌日望月から電話があり、依頼主から返事が来て、府中に住んでいる自分の親に自分の車を売って住宅購入資金にするらしい。なぜ千葉の人が府中の望月に頼んできたかこれで分った。
 車庫証明は実際に車庫の寸法を調べないといけないので、先方を訪問するための細かい調整点や持参する書類を望月に教え、先方に電話するように指示する。結果、翌日の土曜日に現地調査のために依頼主のご両親の家を訪ねることになった。


 翌朝はあまり天気が良くなかったが、望月が忘れた時のために予備の書類(*1)を持ってバイクで出かける。電車で行ってもいいのだが、移転登録の時にお客さんの車で陸運支局まで往復しなければいけないのと、車庫証明の申請書に書く地図の道順を確認するためにも、バイクの方が車と同じ道順で移動できて道を覚え易いし、気楽に停めてメモできるので都合がいいのだ。
 *1 委任状、自認書、譲渡証明書、委任状
望月とは現地集合にした。一応奴なりに途中の道順をチェックさせるためだ。一緒に移動すると、ついついオレに任せっ切りになってしまう。
一応事前に調べておいた地図に合せてお客さんの所に向かう。曲がり角の目標物や道路の名前など、地図で分らなかった事は、その都度記入しておく。

 そんな事をしながら何とか無事に先方に到着。ちょうど望月も到着したみたいで、運良く近くにあったコイン駐車場に車を入れているところだった。
 望月が車から必要な書類などを出してくるのを待って、二人してお客さんの家のチャイムを鳴らす。と、中から60台半ばくらいの割と押し出しのいい方が出てきた。
「なんでしょう?」
「始めまして。私たちは息子さんから名義変更をお願いされた、行政書士の者です」
そう言いながら名刺を差し出す。
「私が轟、こっちが望月と申します」
「よろしくお願いします」そう言いながら望月も名刺を差し出す。
「あぁ、行政書士の方ね。昨日息子から電話があってねぇ。お見えになる事は聞いていました。さ、どうぞ、どうぞ」そう言って玄関に招き入れられた。
 最初は委任状と自認書に署名、捺印をしてもらわないといけないので、望月に目配せする。最近はようやくこの辺の段取りが掴めてきた様で、
「早速ですが、こちらの書類にお名前・住所と、印鑑を押して頂きたいのですが」
「はい。はんこは実印が必要ですか? 息子に言われて印鑑証明は昨日取って来ましたけど」
「今日は認め印で結構です。印鑑証明書は息子さんが車を持って来て陸運局、車検場ですね、にナンバーの付け替えに行く時にお預かりいたしますので、その時まで保管して置いてください」
 印鑑証明書などは下手に預かって無くしたりしたらとんでもない事になるので、なるべく最後まで受け取らない方がいい。
「それから、こちらの書類は息子さんとお二人で記入していただく委任状と、息子さんの書いていただく譲渡証です。書き方はこの中に説明書が入っていますので、息子さんが車を持ってきて頂いたときに記入してもらってください。これらの書類には実印を押してください。そのほか必要なものは息子さんのほうに伝えてありますので」
と、一連の書類を渡して説明する。
「ちょっと待ってくださいね。今書きますから」
「じゃあ我々はその間に、ガレージの寸法を測ってきますので」私はそう言うと、望月と一緒に外に出た。
 駐車場やその周囲の寸法を測るにはロードメジャーという車輪のついた器具があると楽なんだが、勿体無いので買ってないから、今回は普通のメジャーで測る。
「轟さん、見てないでメジャーの先を持ってくださいよ」
 望月が3mくらいの100円ショップにあるようなメジャーと悪戦苦闘しながらオレに助けを求めてきた。
「そんなメジャーで一度に長い距離を測ろうとするから大変なんだ。チョークはないのか?」
「チョーク? そんなの聞いてないですよ」
 昨日言ったと思ったがまあいい。オレは自分の道具箱からチョークを取り出して、望月に貸してやった。
「1mか1.5mずつ、チョークで印を付けながらを測ると楽なんだヨ」
「本当だ、これなら一人でも大丈夫ですね。」
「そうだろう。でもここは長方形で楽だな。2辺測ればおしまいだし。普通はもっと入り組んでいたり、メジャーがうまく入らなかったりで、大変な思いをすることもあるんだが」
 望月は「そうですか」と頷きながら手元の書類挟みの紙に車庫の寸法を控えながら戻って来た。
「次は今置いてある車のナンバーと車庫証明登録番号を控えるんだ。」
「車庫証明登録番号って何ですか?」
 望月が聞いて来る。
「前の車庫法の改正で始まった、車庫証明のシールに書いてある番号だよ。車のリアウィンドウに車の絵のついた丸いシールが貼ってあるだろう?」
 望月は車の後ろに回ると覗き込みながら言った「これですか?」
「そう、その番号を申請書に書くと、うまくいくと警察では前の申請書を見てくれて、所在地の地図の記載をしなくて済む事になってるんだが、万が一前の地図が判りにくかったりしたら、地図を書かされて2度手間なので、一応最初から書いておく方がいいんだ。あとで補正に行くのは面倒だし、普通は車庫証明はディラーとかから頼まれるので、結構急ぎが多いしな。3月なんか戦争だよ。それと、今の車と入れ替える『代替』で申請する時は、登録番号が書いてないとはねられる事があるので要注意なんだよ」
「へえ、そうなんですか。さすがは轟さんですね」
「誉めたって何も出ないぞ。必要なものを控えたら自認書と委任状を貰ってくるんだ。その時に一応この土地がお父さんの名義だって事を確認しておくのを忘れないように」
「分りました」
「それが終わったら、今の車の車検証を見せてもらって、住所コードを控えておいてくれ」
「住所コードですか?」
「そう、車検証の所有者の住所欄の右の方にコード番号が2つ入ってる。フロントガラスの車検シールから見て、まだ古い車検証が入ってると思う。オレンジ色の奴だ。2004年にコードが変わって県市コードは変わったけど、これはすぐに調べられる。大体お前の車も住所は府中市だから、それ見りゃいいんだよ。問題は町村コードで、これは陸運支局のコードブックで調べないといけないんだが、昔と変わってないからそれを控えておくと、事前に申請書が作れるから向こうで調べる手間が省けるんだ。混んでるとコードブックを見るだけで結構待たされたりするんでね。」
「分りました。で轟さんは?」
「オレは両隣の家の名前を調べておく。住宅地図でも調べられるけど、どうせ来たならちゃんと表札で確認した方がいいからな。引っ越して変わってるってこともあるし」
「了解です。」
 オレはガレージを抜けて表に出ると、右隣の家の表札を確認した。見るとその先に横断歩道がある。道幅を確認するにはちょうどいいと思い、横断歩道に近づいて行った時だった。キーッと急ブレーキを踏む音がした。振り返ると望月が道路の真ん中で尻餅をついている。その向こうに驚いてちょっと青ざめた女性の運転する車が止まっていた。
私は慌てて駆け戻ると、
「望月、大丈夫か?」
「はい・・・」ちょっと引きつった顔をしながら望月は立ち上がった。
「どうもすみません」オレは深深と頭を下げると運転していた女性に謝った。
「後ろ向いたまま急に出てくるかる、びっくりしたわ。気を付けてね」
女性はそう言うと、車を走らせて去っていった。
「怪我がなくてよかったな。一体何をやってたんだ?」
「道幅を測ってたんです」
「道幅?」
「車庫証明の図面に車庫の前の道幅を記入しろ、と書いてあったので」
「それでチョークとメジャーで道幅を測ってたのか」
「そうです」
「そんな事をしなくても、道幅は分るんだよ。第一そうやって測るにしても、向こうの車線に後ろ向きで出て行く奴があるか。轢いて下さいって言ってるようなもんじゃないか」
「すみません」
「こっちに来てみろ」
 オレは望月の腕を掴むと横断歩道の方に連れて行った。
「あそこに横断歩道があるだろう」
「はい。あ! 信号が青の時にあそこで測ればよかったんですね。」
「あそこで測るんだけど、そうじゃないんだよ」
「違うんですか?」
「横断歩道って、白と黒のゼブラ模様になってるだろう?」
「ええ」
「あの帯の幅は45cmなんだよ」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ。
「白も黒も45cmって決まってるんだ。だから、帯の数を数えれば道幅が分るって寸法なのさ。こういう車の多い通りでは、今みたいに直接測れないから、これも覚えておくといい」
「へー」望月は改めて轟の顔を尊敬を込めたまなざしで見た。
「他にもブロック塀のブロックとか、レンガとか、歩道の盲人誘導帯とか、基準になるものは色々あるぞ。そう言うものの寸法を覚えておくと、細かい寸法を測る時に重宝するんだ」
 オレは続けた「後は事務所に帰って申請書の地図を仕上げ、月曜日の朝一で警察署に申請すれば、水曜日には車庫証明は出るだろう。申請書に書く案内図は地図を添付してもいいので、駅からの道が分りにくい今回はそっちにした方がいいな。ところで、お前の事務所は住宅地図の有料サービスは申し込んであるのか」
「いえまだ。仕事が来てからでいいやって思ってたので」
「まあいい、オレの事務所で契約してるからそれを使わしてやる。実費は請求するけどな。有料だけど行政書士は住宅地図がコピーして使えるからその点は助かるよ。最近は著作権の関係で警察も地図の添付を認めなくなって来てるからな。お前もインターネットで公開している地図とかを勝手に印刷して使ったら違法だから気を付けろよ」
「え?まずいんですか。」
「普通はネットで見るだけで、仕事とかに使うとダメって書いてあると思うぞ」
「こんどから気を付けます」
「車とか、地図とか気を付けるものが一杯だな」
 2人は笑いながらお客さんに家に向かって戻って行った。


2005/11/03


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