佐藤雅美メモ


花輪茂十郎の特技     ⇒ 05/05/27の日記


略年表・行動表
1805年(文化02年)
公事方勘定奉行石川主水正(当時左近将監)の発案で八州廻り創設。

1829年(文政12年)
冬から江戸詰。

1830年(天保01年)
12月 上州笠間まで,書籍を譲り受けに行く。

1831年(天保02年)
初夏 再び,上州笠間に。

夏 加賀美と江戸詰を交替。野州足尾に行く。
  木崎→足尾→日光→江戸と廻り約40日。
留守宅に佐原のとくが訪れ,登勢が実家に帰る。
代官山本大膳宅で,足の字四文銭の件に決着。

上州伊香保で顔役の権蔵を江戸送りに(門屋連中と弥三郎のたくらみ)。
留守宅にとくが再び訪れる。

上州太田宿で問屋場の市右衛門を江戸送りに。

冬 佐原で4人の浪人に襲われる。3人を殺し,1人を放免。
津宮,銚子,本城まで行き,佐原に戻る。
上総の夷隅郡白幡村に登勢を訪ね,江戸に戻る。
佐左衛門の死体があがった成田から佐原に回る。
江戸に戻ると登勢とお清が戻っていた。
師走 川崎に行き,廻村を中止して江戸に戻る。
12月29日 襲撃事件の決着。

1831年(天保02年)
正月 襲撃事件の黒幕と決着。


登場人物
桑山十兵衛  八州廻り(関東取締出役)。小石川同心町。
登勢  十兵衛の後妻。夷隅郡の豪農の娘。
小兵衛  年寄りの下男。
お清  登勢についてきた女中。

粂蔵  小者。お勝と一緒に薬研堀(米沢町)に住む。
五兵衛  雇足軽。市ヶ谷八幡門前。娘の家族と住む。
矢車の辰蔵  薬研堀の岡っ引。

辰治  木崎宿の道案内。
幸平  玉村宿の道案内。
茂平  太田宿の道案内。
幸平  佐原宿の道案内。
三平  川崎の道案内

加賀美徳蔵  江戸詰(評定所)中心の八州廻り。制度ができたときからの古株。
       四ツ谷伊賀町に住む。
川端三五郎  公事方勘定奉行所留役。評定所(和田倉御門外辰の口)に詰める。
真田九右衛門  公事方感情奉行所組頭。愛宕下大名小路に住む。
曾我豊後守  公事方勘定奉行。神田橋御門外が役宅。





© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: