umuyasuの日誌

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コンピューター昔の想い出


ついこの間まで56キロとか、14.4キロと言う一つ下の単位だったことを知って
いるだろうか。
さらに、たった15年ほど前には9600とか1200とか300と言うように、キロ
と言う単位さえなかった時代だったことを知っている人はどのくらいいるだろうか。
さらに、そのころ75とか45.5などという数字の通信まで使われていて、それは
大変生活に密着していたことも知っているだろうか?

45.5とか75などの単位は、テレックス、ラジオテレタイプなどという名称で呼ばれ
ていた通信で、商社や報道機関などで海外との情報のやりとりするのには欠かせない手段
だった。
この程度の速度になると、表示される文字が目で追えるような速度である。
1秒間に6文字とか7文字の世界だから、話しているより遅いくらいの速度である。

ばかでかい電動式のタイプライターの(タイプライター自体が死語なのかな)お化けが
えらい勢いで文字を打ちだしてくる様子はなかなか見応えがあった。

その後、パソコン通信なるものが出来てくるわけだが、その前にプログラム電卓なるもの
がカシオやシャープから出ていたのだが、その電卓に入れたプログラム(もちろん、
いちいちキーを叩いてプログラミングするのだが)をカセットテープに音として記録
すると言うものがあった。
そのころ出だした、マイコン(今のパソコン)でも、シャープのMZ-80Kなどで
カセットテープからIPLをロードし、システムをロードし、プログラムをロードし
と言うものもあったが(わかる人にはわかる)、その前の時点だから知っている人も
限られるだろう。
わたしは、そのころ友人とこのデータの「音」を通信回線に乗せれば、プログラムを
転送できるのではないか、と考え、当時の友人と実験を行った。
それも、電話回線ではなく無線を使ったのである。
非常に原始的な方法として、カセットテープに録音したデータの音を、無線機の
マイクで拾って送信し、相手はスピーカら出る音をライン入力から、電卓のデータ
音入力端子にぶち込んだのである。
果たして、簡単なプログラムはちゃんと転送され、相手の電卓上で動いたのである。
当時のデータはカンサスシティスタンダードと言う形式で音に変換されていたが、
速度的には300ボー程度であったと思われる。(300ビット/秒、文字数にして
1秒あたり40字程度かな)

当時のその友人は、今、総務省の独立行政法人でばかでかい動画データを超高速で
送るための新しいプロトコルの実験をしているようだが、時々会うと、その話で
盛り上がるときがある。
あのときもう少しがんばって研究してればなぁ  なんてね。

ともかく、たった25年くらい前と比べて、通信速度は300BPSから100000000BPS
まで跳ね上がったんだよね。
私みたいに、そのすべてを経験してきた人間は少ないんだろうけど、おもしろい時代
を生きてきたものだと思う。


その昔
大型コンピューターにパンチカードでプログラムをぶち込んで(本当にぶち込む
と言う表現だな。何百枚の穴をあけたカードをまとめて、ドン と言う感じでセット
するんだから)待つこと半日、バッチ処理の順番待ちの長かったこと。
そして出てきた出力(紙出力しか許されていなかった)は、白紙の紙が30枚。
泣きたかったねぇ
主にFORTRANだったけどね。
そういえば、そのころ初めてPETのCBM3032(個人用にはPET2001
が有名だったが)をさわって、これまたそのころまだ珍しかったプロッターの
制御プログラムを書いて、5インチのフロッピーに入れた覚えがある。
そのフロッピーは、なんと片面単密(1Sとでもいったんだっけ)だった。
と言ってもわかる人は少ないでしょうな。
今の、3.5インチのフロッピーディスクは、両面高密(だったっけ)一般に
2HDというけど、そのころ片面だけの記録で、記録密度が極端に低い状態だった。

たった ふた昔半でこんなにも変わってしまうんだよねぇ
ある法則から言えば1年半で性能は倍に成り続けていくとか...

もうそろそろ限界だと言われながらも、まだ性能は上がり続けているんだよな。
私も、いつまで技術についていけるだろうか
日々勉強である。(しなくても生きていけるのは生きていけるんだけどね)


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