Busters-EN BLOG

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遊☆戯☆王 『記憶は鎖のように』 1




「ありゃねぇよ」
 頬をさすり、涙目になりながら文句を言う少年。
 手を当てた頬は赤く腫れ、少女の鉄拳の威力を物語る。
「わ、悪かったってば……ごめんなさい」
 ワンピースを身に纏う少女は茶色交じりの髪を靡かせながら歩く。
「まぁいいんだけどさ……痛ぇ」
 大げさに頬を押さえて呻く少年はジーンズにTシャツという特徴のない服装。
 特徴はないが、雰囲気としてはそれらしく決まっている、といった風。
「もう、ごめんなさいってば!」
 わざとらしいその仕草に頬を膨らませる少女。
 ぷいっ、とそっぽを向いて拗ねてしまう。
「はは。でもホント大丈夫だよ。悪い悪い」
 胸元で光る、自分がプレゼントしたペンダントに少し視線を送る。
 そして視線を上げ、いまだ頬を膨らませる少女の姿を可愛らしいなどと思いつつ、少年は言う。
「さて、何処行くよ?」
 仕切りなおすようなその言葉に少女は目を輝かせて、さも当然のように、
「ゲームショップ!」
 と言った。
「……もっと可愛げのあるところとかはねぇのかよ」
 呆れたように溜息をつく少年。
 少女のカードゲーム趣味を、少年は理解している。
 少年自身はカードゲームをプレイしてはいなかったが、少女のカード好きは深く思い知っていた。
「可愛いカードもいっぱいあるよ?」
 不思議そうな顔をして言う少女。
 ゲームショップとはいったが、目的はやはりカードのようだ。
「判ってていってるだろ」
 わざとらしい仕草をする少女に、少年がそう返すと少女はえへへ、と笑い、
「とにかく、ゴー!」
 唐突に少年の手をとり、ダッと駆け出す。
 少年は不意をつかれ、ややよろめきつつ持ち直し、歩調を合わせながら、
「まったく」
 頭をかきつつ素直に従う。少年はいつものことだと、既に諦めている。
 そして、少女が楽しそうならいいかと、お人よしの自分に苦笑していた。

        *

「いつも思うけど、とんでもねぇ数だよな」
 ゲームショップの一角、カードコーナーにやってきた二人。
 少年が、壁に立てかけられたレアカードの一覧を眺めて言う。
「それはレアカードだからほんの一部だけどね」
 手にとって選ぶことの出来るノーマルカードの束を吟味しながら言う少女。
 その瞳は、らんらんと輝いている。
「そりゃわかるけど……うわ、一枚で8000円!? 誰が買うんだよ」
 まるで有名絵師の絵画を見るように視線を上に上げてカードをひとつひとつ確認していた少年が言う。
 自分の小遣いなどでは、買うどころか足りないものばかりである。
「甘い甘い、一枚何十万円するカードだって世の中にはあるんだから。全財産付きこんだ人とか、殺人事件起きたって話もあるよ」
 そんな少女の言葉を聞いた少年は目を丸くして、
「殺人って……カード一枚にねぇ……」
 と驚き、また呆れた様子で言う。
 少年にとっては、ただの紙であるカードは、希少価値があって値段が張るというのはわかっても、納得はできなかった。
「一番有名なレアカードコレクターはやっぱり海馬さんかなぁ」
 手に取っていたカードを置き、少年のほうを向いて少女が言う。
 少年は少女の口にした人物の名前を思い出す。
「海馬? ああ、あの海馬コーポレーションの社長か」
 海馬。カードゲームのことを知らなくても、その名を知るものは少なくない。その存在からカードゲームを知るものが多いだろう。
 デュエルモンスターズの、いやゲーム全般のエキスパートにして海馬コーポレーションの若き社長。
 デュエルモンスターズには異質なまでの執着を持つとされ、自ら大規模な大会を開催するほどの人物でもある。
「そ、有名な海馬ランドの若き社長さん。デュエルモンスターズに固執したゲーム好きのね」
 皮肉のような言葉を零す少女。
 人が『海馬瀬人』を語るのならば、それら単語は必ず出てくる。それほどに、そういう人間なのだ。
「童実野町でやったでかい大会の主催者だっけ。何か白い竜っぽいの使ってた気がする」
 少年は以前テレビで見たカードゲーム大会のことを思い出す。
 大物というには十分過ぎる態度の大きさから印象は始まり、
 女性ファンも多いと聞くだけの顔立ちをしていて、
 なによりトップクラスの実力の持ち主だった。
「それが海馬さんの至高の超レアカード、青眼の白龍。世界に4枚しかないって言われてる最強カードだよ」
 まるで自分のことのように語る少女。
 海馬瀬人がもっとも信頼するカード。
 異常なまでの執着で手に入れたそれは、海馬瀬人のシンボルとも言えるカード。海馬ランドのマスコットにもなっている。
「ブルーアイズホワイトドラゴンねぇ……格好良いのは確かだな。でも、あの人3枚も持ってるんだな」
 少年はデュエルモンスターズに詳しくない。故に、ブルーアイズが青眼の白龍という表記だということすら知らない。
 ただ、純粋に年若い少年として格好よさが理解できる程度。
「死ぬ気で集めたって噂だよ。社長っていう権力を使って手に入れたとかなんとか」
 少年は、やってることは子供だな、と呆れて言った。
 4枚しか存在していないとされるカードを3枚も所持しているという点でも、彼は有名人でもある。
 また、超レアカードとはいえ、昨今では何の特殊能力も持たない通常モンスターカードという点で、実際の決闘では攻撃力という点以外は魅力が低いといえるようになってきたが、海馬瀬人は今尚全てをデッキに投入し、絶対の強さを誇っている。
 彼は、墓場までそのカードを持っていくだろうというのが、彼を良く知るものたちの思いである。
「クリボーか……攻撃力も守備力も低いけど、効果は中々使える……のか?」
 少年はカードにデザインされた愛らしい毛むくじゃらのモンスターを眺めつつ想像する。
「本当、色々いるよなぁ」
 モンスターがソリッドビジョンにより実体化し、可愛らしい泣き声をあげながら自分の主と一緒に戦う姿を。炎を纏うが如く勇ましい戦士が、己の剣で主の勝利を切り開く姿を。美しい姿の神話の竜が、雄叫びを上げ激昂し絶対の力を振るう姿を。
「自分が信じたカードでデュエルに勝てたときなんて、最高なんだから!」
 少女は自分のデッキにある数枚のカードを思う。少しグロテスクな姿だけど爆発力は抜群のキーカード、愛らしい姿の割りに結構エゲツない能力を持った精霊などなど。
「信じたカードか。好きなんだな、このゲームが」
 嬉しさを前面に現す少女を見ながら少年が言う。
「うんっ」
 元気に答える少女。
「……俺も、やってみようか」
 ふと、少年が思いつきのようにつぶやく。その言葉を聞いた少女は信じられないと言った様子で驚き、次の瞬間には満面の笑みへと変わる。
「やりなよやりなよ! 楽しいよ絶対! 私がトレーニングしてあげるから! ねっ、ねっ、やろうよ!!」
 凄まじい勢いで迫ってくる少女。
 自分のちょっとした発言でその気にさせてしまったことを理解し、仕方なく頷く。
 言ってしまった以上は仕方なく、また自分も、少女といることでその魅力を感じ始めていたから。
「あはは。まぁ、よろしく頼むよ。才能なかったら勘弁してくれな」
 少年の承諾の言葉を得た少女は、満面の笑顔のまま早速店内に用意されたデュエルスペースへと少年を引きずるようにして連れて行く。
 思いもかけない出来事が、本当に嬉しそうだった。
「うおっ!?」
 少年が動揺しているのも意に介さず、少女は自由に使用していいフリーデッキの束を収納されている大きな箱ごと抱えて机に置く。世界的に有名であるこのカードゲーム。この店では初心者のためにさまざまな特徴を持ったデッキをいくつもフリー素材として用意している。初心者はルールから学ぶことも考え、レベル的には低めのものである。他人のデッキはプレイヤーごとの癖があり、借りて使用しても身につくまで時間がかかるだろうという配慮から来ている。
「うげ、すごい量だな……」
 少女が広げていく何種類もの束。ひとつひとつのデッキは帯で纏められているためカード一枚一枚が散らばることはないが、相当の量である。
「炎、水、風、地、光、闇の属性でしょ、モンスター主体と魔法主体と罠主体のデッキでしょ、こっちがモンスターの種族で纏められているデッキね。で、こっちが融合を活かしたデッキ、こっちは除外を得意とするデッキ、こっちは手札破壊のデッキで……ってアレ、店長、何かハイレベルなデッキもあるけど?」
 少女の並べていく単語が全然理解できていない少年を無視して、店長に呼びかける少女。
「ああ、最近ここに来る子供たちもレベルがあがってきたからね。要望にお答えして高レベルのデッキも投入してみたんだ。高レベルのデッキは別の箱に入れておいてるんだけど使った後仕舞う子は面倒なみたいでね。紛れてしまったのかも」
 落ち着いた雰囲気の店長は子供から慕われる先生タイプの人で、数多くの子供が集まるこの店には適役の人柄だった。人見知りせず話しかけられるような人がいるというのは、こういったゲームを扱う店には必要な人材である。
「反転召喚デッキに特殊召喚デッキなんてのもあるね。うわ、ライフ超回復デッキだ……これキラーイ」
 少女がデッキにざっと目を通しながら言う。
「召喚制限デッキ……リクルートデッキに……攻撃封じのデッキと守備封じかぁ」
 少年には本当にチンプンカンプンである。無知というのはこんなダメージもあるのかと苦悩する。
 とりあえず少女の広げているカードの絵柄に目を通す。
 少女が嫌いだといったデッキには、白い服に身を包む少女の絵柄が描かれていた。少女というにも幼すぎるぐらいだったが。
「こらこら、彼氏が置いてけぼりだよ?」
 取り残されるが如く空気と化している少年のため、店長がフォローを入れる。
 助かったとばかりに少年が安堵の息を漏らした。
「あ、ごめんごめん。つい夢中になちゃって」
 さて、と少女は仕切りなおすように言い、少年へ初心者用デッキを説明していく。
「基本的に、炎デッキは相手のライフポイントを削っていくのが多いかな。私もこんな感じのデッキなんだ。水は……」
 属性ごとのデッキを説明していく少女。
 少年にとっては、炎が赤くて水が青い、風が緑で地が茶色、程度の小さい子供でもわかる様なことしかわからない。
「強いのかどうかもわからんのだが……んー、そのカードにはさっきの『防御輪』ってやつで対処できるんじゃないか?」
 問題を解いていくように思いついた戦術を言ってみる少年。
 ただ、少女が少女なので聞いているだけでもある程度は理解できてくる。
「で、このカードは誰でもデッキにいれるような定番カードだから対策をしておくといいよ」
 少女は理解の早い少年に『教師』的な嬉しさを感じ、顔が綻ぶ。
「ミラーフォースってかなり嫌なカードだなぁ。モンスター全滅じゃないか」
「自分が使われて嫌ってことは自分が使うと強いってことだよ。それに、強いカードはデッキに何枚も入れることができないように大会とかではルールが決められてるんだよ」
「なるほどねぇ」
 盛り上がっていく少年と少女。カードを広げて、コンボなどの組み合わせを語る少女、相槌をつきながら熱心に聞き入る少年。
「……」
 そんな二人を周りの子供たちがキョトンとした不思議な目で見つめ、
「やれやれ」
 店主が暖かい目で見守っていた。




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